桜が芽吹く縹の空に   作:楠富 つかさ

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加熱された肉擬きなどとは比べ物にならない、

久々の血肉の味に恍惚としている桜芽の横で、

ドサリ、と物音がした。

横を見ると、そこには泡を吹く倒れている少女が。

 

「かっ...紙居先輩っ?!大丈夫ですかっ?!」

 

「気絶してるだけよ、少し安静にしてあげなさい」

 

「…やっぱり先輩も生肉を欲していたんですね!

惜しいですが...お気に入りの豚の脳ミソを差し上げますから、

目を覚まして下さい!!」

 

「……貴女はもう少し、常識を知りなさい...」

 

母が何を言っているのか分からないが、

目が覚めるよう懸命に呼び掛ける。

 

声をかけ続けていると、小さな声が聞こえた。

 

「ん... 」

 

やっと目を覚ましてくれたと、桜芽は安堵した。

 

「良かった!目を覚ましましたわ!大丈夫ですか?」

 

「ろ...ぱん...」

 

幽かに可愛らしい声が聞こえた。

 

「あの...今なんと...」

 

「...ろんぱん...」

 

「すみません、もう少し大きな声で...」

 

「めろんぱんっっっっっっっっっ!!」

 

先刻まで穏やかな寝息を立てていた少女が、突然、咆哮した。

 

「めろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろっめろんぱんめろんぱんめろんぱんめろんぱん...」

 

「先輩?!しっかりしてください!!」

 

「あ...これ...白い...めろん...ぱん...?はむっ」

 

「それはお母様の頭ですの~っ!!」

 

「あら...甘噛みってのも良いわね...」

 

「お母様~っ!」

 

――――――――――――――――――――――――

 

鹿威しの音が、カポーンと心地良く響き、蹲の水は、月の光を反射している。

少し大きく開いた障子の向こうには、

額を畳に擦り付けて土下座している少女と

おろおろする少女、恍惚としている女性。

なんとも異様な光景である。

 

「本っ当にすみませんでしたっ!」

 

「良い甘噛みだったわ、それに免じて許しましょう」

 

縹は、歯形が深く付いた竹刀を見て、自分の先程の行為に驚きつつ。

生身の人間ならひとたまりもないであろうそれを甘噛みと言い張る美女を見、

さすがは橘さんの母だと、畏敬と畏怖の念を抱いていた。

 

「本当に、抑えるのが大変だったんですよ...」

 

桜芽は、部屋を飛び回る猛獣と化してしまった縹の姿を想起し、ため息をついた。

散々暴れ回った縹は、メロンパンを食べさせる事でやっと鎮静化させられたのだった。

 

「一体どこからあれだけの力が涌いてくるのですか......

..そういえば」

 

桜芽は、ふと思い立って言った。

 

「すみません紙居先輩、一度、私の手を思い切り握ってみてください。」

 

唐突な頼みに困惑しつつも、目一杯に手を握る縹。

 

「分かりました...えいっ...!」

 

が。

 

「やはり...」

 

結果は、桜芽の予想通りであった。

 

(握力は恐らく15kg程度...

先程の異質なオーラも感じられませんし...)

 

「一時的に、力がハチャメチャに強くなるみたいですね。

きっかけは恐らく...」

 

「メロンパンね。

紙居さん、今までにこんな事が起こった事はあるかしら?」

 

「...いえ...こんなのは初めてです...」

 

「先輩、メロンパンで何か心当たりはありますか?

いかにも見た目がヤバそうなメロンパンを食べた、とか」

 

「いえ...そんな事は...

あっ、でも...」

 

「何か御座いまして?」

 

「そういえば、かれこれ10時間以上もメロンパンを食べて無かったんです...!

もしかしたら、それが原因かもしれません...」

 

「好物の力は恐ろしいですわね...

それにしても、メロンパン断ちであそこまでの力を生み出せるとは...」

 

久々の生肉だからと言って、他人が気絶するほどグロテスクに喰らう子が何を言うかと

ツッコミそうになったが、何も言えなかった。

 

「自分でも恐ろしいです......どうして私にこんな力が...」

 

「ただ、貴女のその強大な力は、一時的。

もし誰かがその力を知っていて、邪魔に思っていたとすれば。」

 

「力が出ていない時を襲われますわね。今日の様に。」

 

「で...でも、こんなの初めてだし、この力も、ここに居る人しか知らないんじゃ...」

 

「分からないわ。でも、可能性は低くはない。

警戒しておくに越した事はないわ。」

 

「それに、今日あの者は、殺しを失敗しましたわ。

姿を見たのもありますし、次は確実な方法で...」

 

「殺される.........?」

 

「...その可能性は、低くは無いわね。」

 

「...そん...な...

私、何も悪い事してないのに...!」

 

「......」

 

頬を伝う雫が、縹の服を濡らしてゆく。

重苦しい空気が漂う部屋に、すすり泣く声が響いていた。

 

重い雰囲気を最初に断ち切ったのは、桜芽であった。

 

「私に...私に任せて下さい!」

 

「......えっ?」

 

「私に、先輩を守らせて下さい!」

 

「でっ...でも、そんなの...駄目です...」

 

縹は、上ずった声で伝える。

自分のせいで橘さんが傷つくなんて、そんな事あってはならない、と。

しかし。

 

「これでも私、力には少々自信がありましてよ?

紙居先輩を護衛しながら自分を守る位、お手の物です!

お母様も...」

 

そう言って、桜芽は、母親をちらりと見た。

母の向けた表情に安堵の表情を浮かべ、彼女は続けた。

 

「大丈夫です。お母様も認めて下さっていますし、貴女に拒否権は有りませんわよ?

徹底的に護衛させていただきますわ!

それに...」

 

桜芽は急に立ち上がり─

 

「私も、こんなに血湧き肉踊るのは、久々ですわっ!」

 

─彼女はキメ顔でそう言った。


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