特に『銀の匙』の一話をみれば卵かけご飯を食べたくなるのは避けられない。
皆さん、卵黄の醤油漬けを知っているだろうか?
そのままの字の通り、卵の黄身だけをとって醤油、または味醂などに一日近く漬けさせておく料理だ。
人の好みによって漬ける時間は変わるのだが……どうやら僕の場合は違う。
『旦那!! 今すぐあげてくだせぇ!! 醤油が──!!! アッシが醤油ごときに!!』
『我を黒に染めあげようというのか!! 良かろうだが、我を侵食できるのであればな!!!』
『ふー、極楽極楽。若い衆は騒がしいの〜』
食材の声……マジいらない。
一日近く漬けなければいけないのだが、その一日間は頭の中に食材の声が響く。故に眠れない。
確かにこいつらはベストなタイミングを知らせたりしてくれるが、そこに至るまでが騒がしい。三個目の卵は当たり臭いが、一番目はとにかく五月蝿い、それで二番は痛い。
あと10時間以上もこの声を聞き続けるのが地獄でしかない。
僕自身こういった漬けたり寝かしたりする料理は好まないのだが……。今回これを作っているのには訳がある。それを話すには数日前の出来事を話さなければいけないだろう。
○○○◽︎◽︎◽︎△△
「内弟子!!??」
桂香の声がリビングに響く。というか本気でビビった……心臓が止まるかと思った。
というか鋼介さんが小さな女の子を傍らに連れている。
(内弟子ってなに!? 隠し子!! 隠し子なのか!!!??)
まさかの修羅場かと思えばそんなことは無く、親元を離れて将棋の指南を受ける人のことを内弟子というそうだ。
というかこの歳で親元を離れるなんて……。いや、何も言うまい壮大なブーメランが突き刺さりそうで怖い。
「ほら、自己紹介できるか?」
「……」
鋼介さんにそう言われるが内弟子の子は自己紹介しない。というか三、四歳の子供に自己紹介はキツいだろ。
え? 僕? 7歳ですけど無理ですよ? それが何か?
というか僕は悪くない、ポーカーフェイスとか引いたやつが悪い。
誰だよそんなクソみたいなの引いたの……。
……僕じゃん。
と、くだらない事を考えていると桂香さんは大反対しながらも鋼介さんに説得され渋々と言った具合。
「コタ、お前はいいんか?」
えー、そこで僕に振るの。てか僕も居候だからこの子のことについて僕なにも言えないし……。
というか口が動かない。仕事しろ表情筋!!
──コク
「そか」
頷くことで反応をする。
三人から四人に変わっても正直やること変わらないし、料理も一人分くらいなら苦ではない。なんならおかずが一品増えるまである。なにそれ楽しい。
だから僕は断る必要は無い。
そんな形で清滝家には清滝姓以外にも、松風と空が加わった。
尚鋼介さん経由で空 銀子の自己紹介は滞りなく終わった。
と、これまでが簡単な話なのだが……。
桂香さんは銀子ちゃんをよく思っていない。というか毛嫌いしている説が浮上するまでだ。
理由は簡単に血の繋がっている僕のようなのは仕方ないが、なぜこのこの面倒まで見なければいけないのか。みたいな理由だと思う。
中学三年で受験もあるし、色々と溜め込んでいるのだろう。
今度勉強中にホットミルクでも差し入れしてあげよう。
ともあれ鋼介さんはプロとして多忙であるし、桂香さんは受験で手一杯。自動的に面倒を見るのが僕しかいないわけなのだが……。
(……うん、ごめん。会話が続かない。というか始まってすらない)
ある程度この子の身の上事情は鋼介さんから聞いた。
病院で生活していたが、こういった内弟子のような環境に身を投じた方がいいのではないか? とか確かそんな感じだった気がする。
そんなシビアな話をされても小2にどんな反応をしろと言うんだよ。いや、何もしてないんだけどな。
取り敢えず僕は銀子ちゃんのお世話係的なものになった。
「お腹空いた」
始まりはそんな一言だったと思う。小学校から帰って鋼介さんと入れ替わりになった時に銀子ちゃんから言われた言葉だ。
というか初めての会話だと思う。
今日は鋼介さんは将棋会館の方で夜遅くなると言われていたし、桂香さんも勉強会とお泊まり会をするといって夕飯は要らないと言われている。
というか桂香さん、それは勉強しないフラグです。
今日は二人だけしかいないので早めに夕食を作ることにした。
何か食べたいものとかあるのか?
と思いつつも、先に食材を買ってしまったいるので早速調理に移る。
といっても大阪なら他県の人達が考えるのは『たこ焼き』か『お好み焼き』の二つだろう。内弟子になっているくらいなのだから、恐らく他県。ここは大阪ならではのおもてなしをしなければ(使命感)
というわけで今日はお好み焼きにしようと思う。
二人でタコパは流石に悲しくなるしな……。
どのお好み焼きにするかって?
何言ってんだ? お好み焼きはお好み焼きだろ?
広島?
お客さん、ここどこだと思ってるんでい。ここはナニワですぜ。
もんじゃ? それは東京の郷土料理だ。
正直広島とか言われても作れるけど美味しくは作れないと思う。だって作ったことないんだから。モダン焼きはあるけど……。
ともかくいつも通りに作ろうと思う。
キャベツを千切りにして肉も一口サイズにして一緒に掻き混ぜる。鉄板やホットプレートなら別々にするが、家庭にあるフライパンでは別々にする必要性は感じない。いや、美味しいけどさ。
ちなみに粉は多めだ『それ邪道〜』とか『にわか乙』とかいうやつもいるが、ちょっと待って欲しい。いっぺん食ってみろと。絶対ハマるから……しかしダイエットには向かない。
それから混ぜすぎないようにする、それは気泡が入ってて焼く時に広がらないのでフワフワしてて美味しいからだ。
と、まぁこんな感じだ。
ほら、調理中に考え事しすぎだって。
だってほら、ほかの事考えてないとヤバい奴らの雑音が入ってくるだろ(白目)。
「……」
無言で食卓に四枚のお好み焼きを中心に置く。
僕が手を合わせて食べ始めると、銀子ちゃんも釣られるように「いただきます」と言いながら僕に続くように食べ始めた。
(ちょっと舐めてたかもしれない)
銀子ちゃんはお好み焼き二枚をペロリと平らげた。
なんというか、本当に一瞬の出来事だったのだ。サメの捕食とか、カメレオンのハエの捕食だとか。それと同じようなレベルの食べっぷりだった。
「おかわり」
食べ盛りの子供にこれだけは少しダメだったか?
次からは少し多めに作るか……。
とはいえ今から何か作るにしても限られる。
締めのラーメンと言いたいところだが、幼児二人が外にいていい時間ではないので補導でもされたら後々面倒なことになるだろう。
しかし作るにも時間がかかるし……。
(冷蔵庫になんかあったっけ?)
そう思いながら冷蔵庫に手をかける。
見たところ先程のお好み焼きで使って余っている卵とキャベツ、あとじゃがいもに鶏肉が一パック。ニラにカイワレと言った具合だ。
うむ、何も無いな。お手上げだ。
料理と呼べるか怪しいが、あれで行くか……。
まずはジャーから熱々のご飯をだす。
そして別皿に卵を割って、卵黄だけを抜き卵白は熱々ご飯と欠けて混ぜる。
すると白米が卵白を吸って米がフワフワとなる、そして最後に卵黄を上に乗せて割る。
以上。
これが本当に美味しい。
普通に別々に混ぜる卵かけご飯とは食感が違うのだ。これなら顎の弱い子供やご老人にも安心して食べてもらえるだろう。
「醤油は好みで」
そう言うと銀子ちゃんは醤油をぶっかけた。
うん、かけすぎだな。
食材の声断末魔が今頭に響いたぞ。
「病気になるぞ?」
「でも、こくないとおいしくない」
なるほど銀子ちゃんは濃い方が好きなのか。
というかこの卵かけご飯は流石に濃すぎる気も……ていうか下の方で醤油が溜まっている。
仕方ない。
「明日は休みだから味の濃い卵かけご飯作ってやるよ」
「…………うん」
少し変な子ではあるが、意外と律儀な子なのかも……。と思わなくもない。
その後は一緒に風呂に入ってから将棋を指して寝た。
なんというかあれだ、内弟子でここに来るようなこなんだから下手くそな僕ではサンドバッグにもならなかったみたいだった。
全戦全敗、銀子ちゃんマジやばくね。ほんとに4歳なの?
後日、醤油漬けしておいた卵黄を白米の上で割らせて食べさせた。
結果銀子ちゃんの好物が増えたとか……。そして銀子ちゃんの実家は大阪であることを知った。大阪人に大阪料理でもてなすとか…くそ、恥ずかしい。
次回、未来の竜王来る!
ある動画でこの卵かけご飯のやり方を見つけて以来、時間に余裕がある時はこの食べ方で食べてます。マジで美味いからやってみて(切実)
俺が思うに卵かけご飯の食べ方で言い争えるのは日本人くらいな気がする。普通派と卵白メレンゲ派と醤油漬け派、それ以外にもかけるのは醤油とか塩とか偶にケチャップとかいうのもいるらしいからな。
それと地元ならではのB級グルメとか教えて欲しい。