I'm home, welcome back   作:佐藤_ライパク勢

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case 0&case 1 Rizer Hopkins

case 0 prologue

 

 

200x年x月x日、キャメロット学院アメリカ校にてキャメロット学院とグラール・キングダムの代表者及び顧問弁護士が集まって調印式が開催され、合併の調印が行われた。大要は以下の通りである。

 

 1、合併後の名称はアヴァロン学院とし、本校をアメリカ校と定める。

 2、旧グラール・キングダムは閉鎖、諸設備は創立記念館として維持。

 3、生徒は各個人の意思で所属国(米、英、日)を選択できるものとする。

 4、代表はクエスター・フェニックス。マーリン・オルブライトがこれを後見する。

 

 かくのごとくにより最精鋭ジュニアゴルファー養成施設が誕生した。キャメロットについてはこれまで多くの名選手を生み出した学院としても知られている。またグラールについても、その創設者がキャメロット創設に携わったアーサー・フェニックスであることも手伝い、専門筋では早い段階からその潜在力に注目が集まっていた。ともなれば今後のジュニアの動向を占う上で、アヴァロン学院が持つ影響力の大きさは計り知れないものであると言える。

 

――では、この合併劇の主役とも言える生徒たちについてはどうか?

 この物語は、特に影響が顕著であった数名について追う。

 

 

case 1 Rizer Hopkins

 

 

 いくら結んでみても、このネクタイという奴はうまく締まってくれない。あちらをくぐらせ、こちらを通ししてみるもののどうにも要領を得ずにいる。こんなことだったらもう少し父親からしっかりと結び方を教わっておくべきだったか、と思う。

「ま、考えるだけ無駄だけどよ」

 そもそも折り目正しい格好が柄でもないのは分かりきったことなのだ。結び目を下げ、第一ボタンを外した。ポマードでしっかりと固めた頭髪もくしゃくしゃにしてやろうと思ったが、さすがにそれはやめておく。洒落にならない。

 面倒くせえな、つい溜息が漏れた。

 鏡に映る自分の顔。沈みきっている。

 その理由が面倒くさいから、だけでないことはわかっているのだが。

「ライザー、準備できたか?」

 鏡にクエスターが映った。

 さすが、と言うか、上から下までスーツをきっちりと着こなしている。調印式後の内輪の席と言うこともあり格式ばった服装はしていないが、それにしても様になる奴だ、と思う。

「ああ。もう行く」

 鏡から目を外し、クエスターに並んだ。

 廊下に出ると、その先に中庭が見える。スタッフたちが忙しそうに動き回っている。何人かの生徒たちがスーツ姿のまま手伝っていた。その中にリーベルの姿もあった。あいつらしい、思わず口元に笑みがこぼれる。

「何かいいものでもあったか?」

「ああ、リーベルがな」

 中庭を指差した。「なるほど」クエスターも笑う。

「パーシバルもいるな。二人ともよく動く」

「イギリス校の? そういえばガウェインと一緒に写ってる写真で見たっけな」

「お似合いだったぞ」

「……気にいらねえな、あいつばっかりもてやがる」

「そうひがむな」

「ひがんじゃねえけどよ」

 何人かの生徒も中庭に集まっていた。コーチたちの姿もある。

 その様子を眺めているうちに、気付けばクエスターが先行し始めていた。

「どうかしたか?」隣人の変化にクエスターが足を止め、振り返る。

「いや、」

 なんでもない、と言いかける。しかし、それは飲み込む。

「多分、怖えぇんだ。どの面下げて今更って感じでよ」

 言葉は返ってこない。しばしクエスターはライザーのほうを眺めたあと、改めて中庭に向き直った。やっと帰ってきたのは「そうだな」の一言。

 隣に並ぶ。

「眩しいな」

「ああ」

 戻りたかった場所がある。それは今、目の前にある。けれど、以前のような形でそこに戻れることはないだろうと思う。――だから、眩しい。

「クエスター」

「何だ?」

「先行っててくれ。ちょっと、気分落ち着かせる時間が欲しい」

「わかっ

「あーっ、クエスターにライザー!」

 二人の空気をぶち壊したのは――

「「が、ガウェイン!?」」

 

 思わず構えてしまった二人に対して、ガウェインに一切の頓着はない。

「おう、対抗戦以来だな二人とも! 元気してたけ?」

ぶかぶかのスーツに身を包み、慣れない靴のせいかどこかぎこちない足取りで、それでも迷いなく近付いて来た。

「ガ、ガウェイン、貴様――」

「ん?」

 少しばかり薄くなった額の傷に、そのすぐ下に広がる満面の笑みに。たくさんの言葉が頭の中を駆け巡る。多すぎて絡まり、解けない。けれどすぐさま全てが吹き飛んでしまう。

「ったく、この野郎! なんだかぐだぐだ悩んでた俺が馬鹿みたいじゃねえか!」

 照れる気持ちもあったが、こうして以前と変わらない笑顔を向けられてしまうともう駄目だ。思わず手が伸びた。そしてガウェインの髪の毛をわちゃくちゃにかき回す。

「? ぬははははははっ!」

 クエスターが屈み、ガウェインと視線を合わせた。

「少し、背が伸びたか?」

「おう! 見でろよクエスター、すぐに抜かっちゃっからな!」

「楽しみにしている」

 そしてライザーがかき回した髪型をセットし直してやる。

 くっ、この紳士が、思わずライザーは呻いてしまった。

「けんど、パーティーいっぱいあんのっでいいな! うまいもんいっぱい食えるしな!」

「うまいもの?」

「んだ!」

 思わずクエスターと顔を見合わせた。

 お互いの言わんとするところは全く一緒らしい。思わず苦笑すると、クエスターも肩をすくめてみせた。

「貴様にかかっちゃ合併がどーのって話も形無しだな」

 わかってはいる。それがガウェインの何よりも強いところなのだ。ともに腕を磨ける相手がいて、たとえ普段は顔を合わさずとも、試合で競い合うことさえ出来るのならばそれでいい――と。

 言葉の上ではそれを理解できている。だが、飲み込めない。

「強いな、つくづく」

「? ライザー、何か言ったが?」

「いや」

 目に入るクエスターの背中に、勢い任せに平手を叩き込む。

「うお!?」クエスターがガウェインにぶつかった。

 突如の出来事ではあったがガウェインはクエスターをしっかりと受け止める。

「負けちゃられんな、クエスター!」

「ライザー、お前……」

 すっくと立ち上がり睨みつけてくる。顔には笑みらしきものが張り付いている。

 左拳が握られ、腹に伸びてきた。

「甘めぇ!」

 すかさずガードの体勢をとる。

 だが次の瞬間、クエスターの体が視界から消える!

 後ろ、と気付くのと背中に衝撃が走るのはほぼ同時だった。

「っが!」

 一、二歩ほどたたらを踏み、振り返る。

 そこにあるのは、勝ち誇ったクエスター。

「いや、奇遇だな。全く同感だ」

「てめぇ――」

 ぬははは、とガウェインが笑う。

「おめぇら、仲いいな」

「「本当にな」」

 思い切り言葉が被る。

 全くもって意図の外だった。ガウェインの笑いが加速する。一気に気が抜けてしまう。

「ま、何にせよ何にも変わりゃしねえやな」

「何がだ?」

「同じゴルファーだ、ってことがさ」

 文脈を上手く掴めなかったか、クエスターが狐につままれたような顔になる。

 ようやく、少しガウェインの強さを飲み込めたのではないかと思う。誰がどこにいたところでガウェインはガウェインの強さでしかない。クエスターについても、ライザーについてもそれは一緒だ。ならば強くなればいい。それは全くもって単純で、ゆえに見出しにくい事実。

「ガウェイン」

手を差し出す。

「んお?」

「改めて、よろしくな」

「おう!」

 ガウェインがライザーの手を取った。

 それは小さな、けれど豆だらけの手のひらだった。ゴルフを始めて一年やそこらしか経っていないはずの人間の手ではない。俺の努力もまだまだ甘いんだな、そう思う。

 クエスターがガウェインとライザーの肩に手を置く。

 と、曲がり角から人影が現れた。

「プニ助! なに油売って――」

 その怒り、あるいはいらつきに彩られた表情が、見る見るうちに硬化していく。

 きっと自分の表情にも似たような変化が起こっているのだろう、そう思いながら、声の主の名を呼んだ。

「祐美子」

 

「ライザー」

 しばらく呆然としていた表情が、きっと厳しいものに変わった。

「ほら、プニ助! そんなのと遊んでんじゃないの! 行くよ!」

 つかつかと歩み寄り、ガウェインを二人から引き離す。「なんだなんだ?」状況を把握し切っていないガウェインのことなど意に介した風もない。

「お、おい祐美――」

 ライザーが引き止めようとした瞬間、祐美子が振り返り、

 その腹に、電光石火の拳を埋めた。

「!!」

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

 強烈なパンチだった。一瞬呼吸が止まり、ひざから崩れ落ちる。

「祐美子、何してるんだ!」

 慌てクエスターが動き出すも、祐美子のひと睨みがそれを制した。

「あのさ! あたしたちの問題だから!」

 鋭く言い切ってから、その顔に驚きがあらわれた。

「――ごめん」俯く。

 中庭にいる何人かも祐美子の声を聴きつけたようだ。視線が集まってくる。駆け寄ってくる者もあった。「何をこんな席で――」などと言い寄ってくるのはライアン。振り返った祐美子は両手を顔の前で合わせ「ごめーん☆」と、不自然に明るい声を上げた。

「久しぶりに再会しちゃったもんだから、ちょっと興奮しちゃった。すぐ行くからさ、ね?」

「あ、ああ。あんまおどかすもんじゃないぞ」

「ごめんってば!」

 強引に回れ右をさせ、中庭のほうに押しやる。それから集まるほかの何人かに対しても同じように、努めて明るい態度で謝ってまわって見せた。不承不承、と言った感じではあったが、何はさておきパーティーの開催はまもなくだ。ときおり振り返りながらも準備に戻っていく。

「ライザー、大丈夫か?」

「ああ、何とかな」

 クエスターがライザーの腕を取る。何とか立ち上がる。

 そこに祐美子が戻ってきた。先ほどのように激した様子はない、しかしながらきつく硬化した表情。

 クエスターがライザーと祐美子の間に割って入る。

「祐美子、これはどういうことだ? 説明してもらえるか」

「後でにしてもらっていい? それより、ちょっとライザーと話したいんだ」

 初めて聞くような声色だった。

 しばしの沈黙が落ち、やがてクエスターがため息を漏らす。

「わかった。ガウェインも連れて行ったほうがいいか?」

「ごめん、お願い」

「ああ」

 やはりいまいち状況をつかめていないガウェインの手を取り、クエスターが中庭に向う。

 目でそれを追ってから、改めて祐美子がライザーに向き直った。

「なんで殴られたか分かる?」

「なんで、って」

「よくものこのこと顔出せたもんだよね。いなくなったと思ったらグラールのユニフォームにまで袖通しちゃってさ。対抗戦のときにだって、ろくに顔合わせようともしないし」

「済まなかった」

「済まなかった、ですって?」

 は、と祐美子が笑った。

 一歩、二歩と近付いてくる。びくり、と腹がうずく。

「今更? 遅いのよ」

 拳が握られた。

 もう一発が来る、ライザーは覚悟を決め、目を瞑る。

 どこも庇わない。無防備なまま、どこを殴られてもいいように。

 やがて、飛び込んできた。

「心配、してたんだから」

 ――祐美子そのものが。

 

 全く状況を受け入れられずに戸惑う。両の拳を胸板に押し付け、額はその狭間に。

 ある意味では下手に殴られるよりもよほど衝撃的だった。

「お、おい」

「自分勝手に決めちゃってさ。どうしてあたしたちに何にも打ち明けようとしなかったのよ。そんなに信じられなかった? 一緒に過ごした時間って、そんなに薄っぺらだったわけ?」

「そうじゃねえよ、そうじゃねえけど――」

「話してくれなかったじゃん」

 言い返しようがない。言葉に詰まる。

 濃い時間を共有していた仲間だからこそ、言えなかった。仲間だからこそ弱いところは見せたくなかったのだ――返しの言葉など、それで足りはする。それは分かっている。だがその言葉で祐美子を納得させることが出来ないことも、また分かっている。

 だから、

「済まねえ」

 結局、この言葉に戻るしかない。

 もう返事はない。その拳を、額を、力の限りライザーに押し付けて、祐美子はあえぐ。

 大きく上下する肩が目に映る。恐る恐る肩に手を置いた。

 わずかに肩が震えたが、それ以上の抵抗らしい抵抗はなかった。

「――俺は」

 何とか言葉を振り絞る。

「怖かったんだ、貴様らのお荷物になるのが」

 つかんだ肩を押し、祐美子を剥がした。

 その目に涙が浮かんでいるのを見、思わずうろたえかける。慌てて背を向けた。

 全く、俺は臆病者だ。つい自嘲が浮かぶ。

「だから逃げ出した。一回自分をどこまでも追い込んで、どん底から這い上がって、で貴様らの横に胸を張って立てるようになりたいって――心のどっかじゃ、自分のやってることが間違ってるってのもわかっちゃいたんだけどな」

 結果、対抗戦の最中は後悔の渦に巻き込まれた。心が乱れてまともなゴルフが出来るはずもない。対抗戦のあと、どれだけグラールの面々から詰られたことか。そして、激しい自責の念の中、ようやく受け入れたのが――全てが自分の選択だった、と言うこと。

「祐美子」

「何よ」

「お前さ、ゴルフ好きか?」

「? 何なのよ突然」

「俺は好きだ。多分、今までで一番好きになってる」

「わけわかんないんですけど」

「ああ、俺もなんでこんなこと言い出してんだかわかんねえけど」

 ばっかじゃないの、祐美子が鼻をすすった。

「――好き、だよ」

「そっか」

 大きく頷いた。頭の中で、色々なことが繋がってくる。

「ならいいや。俺はこのままアメリカ校に残るつもりだ。自分の決めたことだし、これ以上中途半端なことは増やしたくねえ。だから貴様らと一緒に練習したり、馬鹿やったりは多分もうあんまできねえだろう。けど、ゴルフやってりゃ会える。いくらだってな」

「は? なに一人で悟ってんのよ」

「お前な、人が一生懸命真面目なこと話してんのに――」

 続く言葉は、全て驚きにかき消される。

 祐美子がライザーの背中に抱きついてきたのだ。

「お、おい祐美子?」

「あのさ、あんたか馬鹿なのはみんな知ってんの」

「んだと!?」

 思わず気色ばむライザーに、祐美子が「ほらそう言うところ」と斬って落とす。

「むぐ……」

「だからさ、あんたが悩んでたのも分かってたし。――けど、あんたも馬鹿なりに考えて、馬鹿なりに答え出したんだよね」

「あんま馬鹿馬鹿言うなよ、凹むぞ」

「っさいよ馬鹿」

 この野郎、つい拳を握り締める。

 はは、と祐美子が笑った。

「なら、もういいや。おかえり」

 その言葉に振り返ろうとする。

 だが、祐美子の腕の締め付けはゆるまない。だから肩越しにも、その顔を確かめることも出来ない。仕方がないので、へその辺りで組まれる祐美子の両手に自分の手のひらを重ねた。

「ああ」

 心臓が高鳴っているのがわかった。初めて味わう気持ちだった。

 正直なところ、照れ臭い。だから、つい軽口が飛び出る。

「しかし、祐美子よ」

「なに?」

「アリア先生やプラタリッサに隠れて目立たなかったが、貴様、意外とあるんだな」

「なっ!」

 何が、などと言う必要もなかった。

 固く組まれていたその手が不意に離れる。

「手前、言うに事欠いて――死ね!」

 にやにや顔を祐美子に向ける暇もない。

 先ほどより何倍も強烈な蹴りが背中に突き刺さる!

「どおおおおっ!?」

 予期せぬ衝撃だった。つんのめり、廊下へとダイブする。

「そこで一生死んでろ!」

 無様に伸びた足へ、追い討ちのひと蹴り。

 そして、荒れた靴音が遠ざかっていった。

 

「っの野郎、容赦ねえなぁ」

 何とか起き上がり、ダメージを貰った箇所をさする。

 顔をしかめ、だが次の瞬間にはすぐにほぐれてしまう。

「おかえり、か」

 中庭に向き直った。

 見れば祐美子はプラタリッサに合流し、何か当り散らしているようだった。そこにリーベルが制止に入り、東堂院が怒鳴り散らす。びくりと肩をすくめた祐美子は、今度は東堂院に対して不満を漏らし始めた。

「帰ってきたんだな、俺」

 再び東堂院に怒鳴られた祐美子を見て「馬ぁ鹿」と笑う。

 中庭に向け、ライザーも歩き出した。

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