I'm home, welcome back 作:佐藤_ライパク勢
荷物をまとめてから、改めて部屋を振り返った。
元々かりそめの宿としてしか考えていなかった場所だ。大したものも置かなかった。増やさなかった。備品と、支給された教科書や参考書のたぐい――どれを読んでみたところで今更としか思えないような内容のものばかり。ただ、それを捨て去る段に至ってみれば何のかので愛着はあったのだ、と思う。ふと思いつき、荷物を置いた。荒れたままだったベッドを整える。それから机に置いた退学届に目をやった。
「紅葉さん! そろそろ――」
しかし東堂院の声は、そこから先に続かない。
「なんだ、いちいち律儀だな、戒」
「なんでそんな格好なんだ、あんた!」
あまりに予想の出来た物言いに、つい笑ってしまった。
「出て行くからさ。他に何かあると思うか?」
白のタキシード、水玉模様の蝶ネクタイ。それだけなら結構なのだが、何故かベルト周りに孔雀もかくやといった装いの羽根が飾り付けられていた。ただし、一番目立つのは右腕だ。黒獅子のドラコンからだいぶ時間も経つはずだが、それでも未だ袖を通すにはいたっていない。
「相変わらずだな、お前の格好も」
「はぐらかさないでください! 出てくって――」
立ちふさがる東堂院の額へ容赦のない平手をくれてやり、強引にどかす。
「鬱陶しい。中途半端に敬語使うくらいならはじめからタメ口でいろ」
「無茶言わないで下さいよ、あんたが俺にとっ」
もう一度はたいた。
「お前の事情なんぞ知ったことか。聞いてていらつくんだよ」
「す、すいません」
語気をすぼめる東堂院を尻目にパーティの会場とは反対、エントランスホールに向けて歩を進める。ややあって後ろから「じゃなくて!」と声が上がった。
「出てくって、紅葉さん! どういうことなんですか!」
腕をつかまれる。もちろんそれで歩みに淀みが出るはずもない。そのまま東堂院を引きずり、邁進する。
「お前に言う必要があるのか?」
「まだ教えて欲しいことがたくさんあります!」
その言葉に、つい足を止めてしまった。
唐突のことだったか、東堂院が背中にぶつかり「ぶ」と声を上げる。
「そう、だったな。お前はそういう奴だ」
「え?」
手から強引に引き剥がし、正面に放り投げる。たたらを踏みながらも東堂院は何とか踏みとどまり、そして須賀川へと向き直った。
「ここにいる理由がなくなった。これでいいか?」
「理由って……?」
どこまでバカなんだこいつは、舌打ちする。
黒峰の顔を思い描く。可憐で、美しく――しかし、どこまでも強い女。
思い知らされたのだ。あの強さは不完全で未熟、そして弱いと思っていた東堂院の存在があるからこそ生み出されていたのだ、と。自分の中で輝いていたのは東堂院を支え、また東堂院に支えられてきていた黒峰だったのだ――そのことに気付き、確信を深めれば、いよいよ自身が惨めになっていく。
「お前と肩を並べてゴルフなんざ、かったるくてやってられんねえんだよ」
「え、でも俺――」
「いる意味がなけりゃ時間のムダ、そういうことだ」
ふと東堂院の向こうに注意が向いた。
二人の男が立っている。アシュクロフトと――アルロワ。
「とにかくだ、戒」
失意に暮れるその肩に手を置く。
「美花――あれはいい女だ。大事にしてやれよ」
唐突に出して見せたその名は、東堂院を硬直させるのに覿面の効果を示す。面倒を掛けてくれる、と内心で軽く舌打ちし、二人に向かって歩き出す。
ついでに、東堂院とのすれ違いざまに思い切り背中を叩いてやった。
「あ、あんたに言われなくても!」
思わず笑い、後ろ手に手を振ってみせた。
「麗しき先輩愛じゃねえか」
「言いたいことはそれだけか?」
白いスーツに身を包んだアルロワと、全身を黒で統一したアシュクロフトと。実に正反対の装いをした二人が廊下を遮る形で立っている。二人の前に立ち,睨みつけるも、引こうとする気配はない。
「お前がどこ行こうが知ったこっちゃねえ、が、はいそうですかって行かしても示しがつかねえからな」
返事の代わりに鼻を鳴らしてみせる――
のと、アルロワの拳が腹にめり込むのはほぼ同時だった。
華奢そうな外見からは思いもよらない威力だった。上半身がわずかに揺らぐ。
「ったく、クソ頑丈だな手前は。全力だってのによ」
「お前が非力なだけだろう?」
「言ってくれんじゃねえか」
アシュクロフトが隣に迫る。
何事かと思う間もなく、その手に携帯電話がおさめられた。
「貴様」
須賀川から一歩離れたアルロワにアシュクロフトが携帯を渡す。カバーを開けるとダイヤルを押した。
アルロワのポケットから着信音が聞こえてきた。
「これでよし、と」
満足げに笑うと、携帯を須賀川に投げてよこす。
「何の真似だ?」
「首輪だよ。お前みたいな狂犬、野放しにしちゃらんねえからな」
「もと野良犬がよく吠える」
「なんとでも言え」
携帯を開け、リダイヤルを確認した。
「番号を変えればそれで終わりなのにな。よくやる」
「そうなったら俺も知ったこっちゃねえよ」
アルロワが拳を握り、今度はそれを須賀川の胸板の上に載せた。
「俺とお前じゃ総帥との付き合い方もまったく違った。それでも、あの人がいなきゃ俺もお前もそれこそ道端にひっ転がる犬っころだったろう。――いいか須賀川、お前が何をしようと思ってるかとか、その辺はどうでもいい。だが」
「だが?」
「総帥の顔に泥だけは塗るんじゃねえぞ」
ちらりとアシュクロフトを見る。普段はアルロワに対し敵愾心をむき出しにしているはずが、今は須賀川をまっすぐに見据えている。
どいつもこいつも、と思う。
「俺とアーサーは飽くまで契約で結ばれた関係だ。奴が死んだ今、そいつにいちいち義理立てするまでもない。お前たちの都合をいちいち俺に押し付けんでもらおうか」
「手前っ!」
再びアルロワの拳が握られた。だがそれはアシュクロフトによって制される。
「およしなさい、グットルム。去る者に一々激昂しても無駄です」
「何言ってやがる! こいつは――」
「数分後に他人です。なら、そこから先は内輪揉めではありません」
底暗いアシュクロフトの声。
目が合った。にやり、と笑われた。
「面白い」
二人が一箇所に固まったのを見て、その脇をすり抜ける。制止は、もうない。
いい加減放せよ、アルロワが不機嫌そうに呟く。
「須賀川! 手前、その内ボコしてやるからな!」
「返り討ちにしてやる」
お節介な奴らばかりが揃っている。
不思議と、悪い気分ではなかった。
「遅いですよ紅葉さん」
「お前、何だその格好は」
門を出たところに、トランクケースにもたれる六条がいた。
そのいでたちは、パーティー用などでなく、外出着。
「何だってなんですか。東堂院くんにはかっこよさげなこと言ってたのに」
「聞いてたのか?」
「僕、地獄耳なんですよ」
「そうか」
「無関心だなぁ。もうちょっと違う反応できません?」
思わず空を仰いだ。
よく晴れている。
目の前には幾層もの丘が連なり、その向こうには雪をたたえた峰峰が見える。
「いい天気だな」
「違うでしょ、もぅ! 何でついてくるって聞いてくれなきゃ!」
「うるさい奴だな。お前のやってることにいちいち疑問を持っていたら疲れるだけだ」
「へへー、さすが紅葉さん――じゃなく、てー!」
いい加減面倒臭くなり、歩き始めた。「ちょっと、待ってくださいよ!」と荷物を引きながら六条が追従する。だが歩幅が全く違えば荷物の量も違う。勢い彼我の差は開いていく。
「速すぎですよぉー!」
「何でお前のペースに合わせてやらにゃならんのだ」
「紅葉さんを慕ってついてくなんて僕ぐらいしかいないじゃないですか! 大切にしなきゃ!」
「お前が、慕って、だと?」
それを聞いただけでどっと疲れが噴き出してくる気がした。
思わず大きなため息をつき、足を止める。
「やっと止まってくれたー!」
拳を振り上げると「ひゃっ」と声が上がる。
「白々しい」
「そういう反応がお望みじゃなかったんですか?」
「ふん」
荷物を置き、六条に向き直る。腕を組む。
「それで? どうしてついてきた」
「へへ、結局聞いてくれるんだ。律儀ですね、紅葉さん」
「おためごかしはいい」
小躍りでもするかのような勢いだった六条もぴたりと足を止める。
その顔から笑顔は消えない。
「そうですね。何ていうのかな。我慢ならないんですよ」
「クエスターか?」
「やだなぁ、分かってるんじゃないですか」
冗談めかして肩を小突いてくる。
「その通りです。と言ってもクエスター君のことは嫌いじゃない。ただ、あの人の息子だからってあの人の代わりにはならないでしょう? グラールはアーサーさんの王国だった。だから僕にも居場所はあった。けど、クエスター君は、ね。彼じゃ、アーサーさんの替わりはつとまりません」
「饒舌だな」
「この際だからですよ」
トランクケースを開けると、その中から大量の衣服と――小さなリュックサックが出てきた。
リュックサックだけを担ぐと、トランクは路肩から蹴り落とした。
「予想はしてましたけど、やっぱ邪魔そうでしたからね」
「だったら始めからそれだけにしておけばよかったろうに」
「やだなぁ、気分ですよ、気分」
冗談めかして笑う六条に対し、思わず嘆息する。
「それで?」
「え?」
「それで、何でついてこようと思った?」
「出てくんならついでと思いまして」
「それだけか」
「それだけ、ってわけでもないんですけどね」
六条が歩き出した。
自分勝手な、とも思ったが何も言わずに荷物を担いでそれに続く。
「正直、今までの紅葉さんなら勘弁だったかな、ってのはあります」
「今まで、だと?」
「確かに退屈はしなかったし、嫌いじゃありませんでしたけど」
「好き放題言ってくれるな」
「この際ですからね」
その声が妙に重かった。
初めて聞くような声色だった。
「気付いてないでしょうけど、紅葉さん。ほんのちょっと、変わりましたよ」
「俺がか?」
「東堂院君と、それからガウェイン君と黒獅子で対決したときから。あんな風に負けを認める紅葉さんなんて想像もつかなかったですもん。そのときから、なんて言うのかな。深みが増したって言うか」
「莫迦なことを――」
「バカなことなんかじゃないですよ。だから僕は今こうしてるんです。紅葉さんと一緒に行けばきっと面白いだろうって思うから」
笑い飛ばそう、と思った。
だが、無理だった。
「なんだろ。僕も、やっぱり弱いまんまなのかな」
ぽつりとこぼされたその言葉は。
全く理解の範疇を超えた言葉だった。
六条が振り返る。その表情は明るい。
――明らかに取り繕っていると分かるほど。
「ところで、紅葉さん!」
「なんだ?」
「せっかく外に出たんです、今更ゴルフもないですよね!」
「何が言いたい」
「新しいことしましょうよ! そうだなぁ、プロレスとかどうです?」
「プロレス?」
「紅葉さんのその体格有効利用するんなら、やっぱ格闘技でないと! それにものすごい悪人面ですし、きっと立派なヒールつとまると思うんですよ!」
笑顔で言い放ってくるのだからたまらない。
「いい度胸だな、六条」
「あーっ、いいから聞いてくださいよ! そしたら僕女装して女子プロのほうに進みますから! そこでベビーフェイスになって頂点取りますんで! で、僕対紅葉さんみたいな超異色カード組みましょうよ! きっと話題になりますよ!」
怒鳴ろうとする。
が、その瞬間脳裏に今しがたの呟きが引っかかる。
怒りは、瞬く間にさめた。
「どうです、紅葉さん?」
「そうだな」
それから一気に距離を詰めた。乱暴に頭をかきむしった後ヘッドロックを決めてやる。
「あっ、っちょ! いたっ、せっかくセットしたのに!」
「面白そうだな。ならここから先、思い切りしごいてやろう」
「えー! そういうの勘弁してくださいよ!」
「お前が言い出したことだろうが」
そう言って須賀川は笑った。
ありがとうとは、結局言えそうになかった。