I'm home, welcome back 作:佐藤_ライパク勢
「まずは今日という日を迎えられたことを神に感謝します。キャメロットとグラールは元々同じ方向を見据えておりましたが、些細な確執により互いを憎しみ合っておりました。しかるに今日を以って、我々はようやく全てのゴルファーたちをより高みへと導くための階梯、その輝かしき一段目に踏み出せたのであります。キャメロットを創設したコーチの皆々様がた、そしてグラールを作り出した父アーサーが目指した物がきっとこのアヴァロンで結実するものだと確信しております。特に父はグラールのためにまさしくその身を投げ出し、たとえ自分が汚れたとてあらゆる子供たちにゴルフの素晴らしさを伝えることをやめようとはしませんでした。今までの悲劇の引き金にこそなった父ではありましたが、このような日を迎えたいと願っていたことでしょう。
今回アヴァロンの総帥の座に私が就かせていただいたのも、ひとえに父の志を受け継ぐものとして皆様にご期待を頂戴しているためだと感じております。皆様がたのご期待に沿えるよう邁進してまいりますが、未熟者ゆえ皆さんのお手を借りずに父の願いを達成することはかないません。今日この日、クエスター・フェニックスは新たに生まれ変わったものと思い、よりよき道を探ってまいりたいと考えております。なにとぞご協力のほどよろしくお願いいたします」
○ ○ ○
「いい挨拶だった、クエスター」
ビルフォードの拍手に、ようやくクエスターは相好を崩した。
「ありがとうございます、ビルフォード」
シャンパンの入ったグラスを重ねる。くいと一息で飲み干してから、クエスターは大きくため息をついた。
「さすがに慣れないです。柄でもないし」
「ここからはいやでも慣れていただかなければな、総帥どの」
「勘弁してくださいよ」
冗談だよ、と肩を叩き、ぐるりとビルフォードは周囲を見渡す。
当たり前といえば当たり前なのだが、会場にいる生徒たちにはあからさまな温度差が感ぜられた。無理もない、と思う。どちらも自らの所属する場所こそが最高なのだという自負を持ってはばからなかった選手たちなのだ。それこそ大人の事情で勝手に合併などといわれたのでは収まりもしないだろう。
「見ろ、クエスター。これが現実だ」
「はい」
「お前は生徒の身でありながら総帥を任された。何故だと思う? ここからがコーチたちの問題でなく、俺たちの問題だからだ。もちろん助けてはくれるだろう、だが、それだけでは本質的な解決にはならない。――茨の道だぞ」
「わかっています」
英国校メンバー。グラールとの衝突の中では一番影響が少なかった。女子のエースであった光鈴がグラールへと移ったとは言え、元々スフィーダにパーシバルと女子のパイは揃っていた学校だ。今後のことを考えれば不動のエースであったトリスタンの動向次第ということにもなるのだろうが、とは言え今後もその牙城がやすやすと崩れることもないだろう。
日本校メンバー。ライザーに王煉を失い、また荒井が高校進学を待たず退校を申し出た。その上エースであった東堂院が負傷による引退。実質戦力が半減したといってもいい打撃だ。しかし、その上でもなおキャメロット-グラール合併劇の最大の推進要因だったガウェインを始めとし、ランスロット、リーベルの存在は日本校の牽引要因として十二分な働きを示す。女子についても黒峰を筆頭とし、また祐美子、プラタリッサの躍進が目覚しい。ともすれば英国校に比肩しうる実力を手に入れられるかもしれない。
そして、米国校メンバー。今回の合併劇によりグラールの主要メンバーが丸まる選手となったため単純に頭数だけならばもっとも充実していると言える。だが、その実もっとも問題を抱えている学校であるとも言える。元々グラールはアーサーへの忠誠心によって成り立っていたようなところのある集団だ。アーサーの意思などといったごまかしでどこまでも通じるような相手ではない。
何よりも懸念すべきは――
「ね、ねぇ、ビルフォード?」
「ケイト」
旧来のアメリカ校の面々。
ケイトの後ろにはチャールズにジェームズ、レイディルがいる。
他の面々も揃っている。誰もが一様に不安を顔に浮かべていた。
「私たち、これからどうなるの?」
その言葉が全てだった。
「――済まなかった」
深々と頭を下げる。すぐさまクエスターがそれにならう。
「事情はどうであれ、俺たちの勝手がお前たちを不安にさせてしまった。そして今度はいきなり慣れない連中と一緒に練習しろという。本来ならふざけるなといわれても仕方のないことだ」
「え! ちょ、ちょっと、やめてよ!」
「そうだぜ! お前らと練習できるだけで嬉しいんだからよ!」
チャールズの声。
我慢しようと思ったが、だめだった。つい涙腺が緩んでしまう。
指で拭い、それから顔を上げる。
「約束する。もうこれからは絶対にお前たちを裏切らない」
その一言で壁が破れた。ケイトたちが周りに駆け寄ってくる。チャールズの手痛い一撃がクエスターの背中に入れば「ちょっと、今やクエスターはアヴァロンのボスなんだから!」とケイトが怒鳴り散らす。「かてぇこといってんなよ!」と言い返すのがジェームズだ。
「ブリジット」
そこに、レイディル。場が凍りつく。
そう、そこにはブリジットだけが、いない。
ケイトがクエスターのほうを見る。
「え――どういうこと?」
クエスターが目をそらした。
ビルフォードはため息をついた。
「いなくなった」
「いなくなったって――なんで?」
ぴくり、とクエスターの肩が動いた。
暫くクエスターの様子を伺ったが、それ以上の反応は出来ずにいる。
「仕方がない――クエスター」
そう言うと、クエスターの肩に手を置く。
向いてきたその顔に――
ビルフォードは、拳をねじ込んだ。
「すみません、先生にまで残っていただいて」
「いや、構わんさ。しかしビルフォード、お前らしくもない」
「ええ、自分でも信じられません」
医務室にはビルフォード、クエスター、ティムのほか誰もいない。普段常駐しているレインにしても今日に限ってはパーティーに参列しているし、何よりもビルフォードたっての願いで席を外してもらった。状況を飲み込みきれず混乱するケイトたちには「今度ちゃんと話す」とだけ伝えてある。
「すみません、ビルフォード」
「殴ったのは俺だろう」
「いえ、俺がしっかりしてればよかったんです」
なるほど、とティムが嘆息した。
「ブリジットのことか」
言葉が途切れる。
パーティー会場である中庭に面している医務室ではあったが、今はその喧騒も遠い。何事かと騒いでいた参列者たちも、今ではもとの喧騒を取り戻しているようだった。
「つくづく惨めになってくるな。合併のことにしろ、ブリジットのことにしろワシには何もしてやれん」
「それを言わないで下さい。今回の件で無力感を覚えているのは、恐らく全員でしょう。良かれ悪しかれ、アーサー氏がどれだけ凄かったのかを痛感します」
「アーサー……な」
ティムの言葉に反応したか、クエスターの拳がきつく握られた。
「ところで、クエスター」
「なんでしょう、ビルフォード?」
「その顔では、人前にも出られないな」
頬に湿布を張り、それを固定するためテーピングされている。
言葉を飲み込みきれていないクエスターの肩に手を置く。
「人前に出られないのであれば、いくら総帥とはいえいても時間の無駄だろう。着替えて、街に息抜きにでも行くといい」
「え――」
クエスターが戸惑いながらティムを見ると、ティムは軽く肩をすくめてみせた。
「ワシは着替えに出るところまでしか聞いとらんよ」
「ありがとうございます」
「知らんことに感謝されてもな」
「もっともです」
ビルフォードとティムのやり取りを、ひとりクエスターが追い切れずにいる。
「ち、ちょっと待ってください、どういうことです?」
「いいからブリジットを連れ戻して来い、と言ってるんだ」
クエスターの顔に驚きが走った。
「総帥として、お前は立派な挨拶を果たしたよ。今はそれでいい。ここからお前はこれまで以上に忙しくなる。だから――けりをつけてこい。もう居場所はわかっているんだろう?」
言葉を追うごとに、その表情が晴れ渡っていく。
「は、はい!」
クエスターがビルフォードの手を掴んだ。
「必ず連れてきます!」
そう言って、クエスターは立ち上がった。
ドアを乱暴に開け、満足に閉めることも忘れて廊下を走る。「全く、あいつは」ビルフォードは思わずぼやき、ドアを閉め直す。
「アーサーにも、お前のようなサポートがあったらな」
「繰り返させはしませんよ」
「よろしく頼む――と、ワシが言っていいセリフじゃないな」
苦笑いするティムのシルエットは心なしか小さくなっていた。
コーチ陣、特にキャメロットの創設にかかわったメンバーは、みなこの合併劇で心身ともに多大な労苦を背負った。アーサーの遺志は全てをクエスターに任せる、というものだった。そのクエスターがキャメロットとグラールとの対抗戦の後に合併の話を持ち出したのだ。死の床でアーサーに語られた全てを打ち明けた、その上で。
「先生、今後コーチングについて教えてくださいませんか?」
「なんだ、出し抜けに?」
「ずっと考えていました」そう言って椅子に座る。
「その肩に重い定めを背負ったクエスターですが、自分個人として、あいつは選手でなければならないと思うんです。その為には、誰かがあいつの荷物を背負えるようにならねばならない」
「お前が背負う、というのか?」
「はい」
二人の視線が交差する。
ややあって、ティムがビルフォードに相対する形に座り直した。
「初めてアーサー氏と話した時に、こんなことを言われました。キャメロットは才能ある者のためだけのブランドに成り果てたと。それがジュニアゴルフ界のバランスを大きく崩しているのだと。――あるいは自分を誘い込むための方便だったのかもしれません。しかしながら、ことあるごとに氏の言葉が脳裏に閃くのです。一極化は、結局のところ衰退を招くのではないか? と」
「ブランド化か。そう言われても仕方がないのかも知れんな」
「トリスタンやアルロワやランスロット、そしてガウェインのような突出した才能の存在を否定するわけではありません。しかし、一方で思うのです。もっと裾野を広げることは出来ないのか? と。彼らのような才のない人間は全て切り捨てられればいいのか? と。正直なところ、アーサー氏の言葉には強く揺さぶられました。それは何にも増して、自分自身の内にあった一つの願望を喚起させられた、と言うべきなのでしょうが」
「願望?」
「ジュニアゴルフ界の底上げです」
ティムのその細い目が見開かれた。
予期せぬ出来事を前に一瞬たじろぎかける。
「あ、ああ、すまんな。腰を折った」
「いえ」咳払いを一つ。
「正直なところ、自分自身がトップを目指す、と言うことにもそろそろ意味が分からなくなってきたのです。その気持ちがなくなった、と言うわけではありません。しかしながらトリスタンのような人間がいる。キャメロット杯個人戦、初めて相手を恐ろしい、と思いました。情けのない話だとお笑いになるでしょうが」
さすがに相手が悪すぎるな、ティムが苦笑した。頷く。
「ギフトとは恐ろしいものです。聞けばランスロットもギフト持ちとか。そしてグラールにいた面々も殆どは何がしかのギフト持ちでした。ならばゴルフ界の牽引は彼らに担ってもらえばいい、と考えるようになりました。だが、彼らでは決して出来ないことがある」
「伝えること、だな」
「はい。才ある者にとり才なき者は一種理解の外にいる存在です。何故自分たちが当たり前のように出来ることを他の者はできないのか。仮に彼らがその差を自覚してみたところで、埋めるためにはまたひとかどの労苦を負わねばなりません。ならば自分は、その橋渡しとなりたい」
そこでようやく言葉を切った。
口元のひげをもてあそび、ティムがしばし黙考する。
「全く、お前と話しているとワシは何歳の人間と話しているのかと思うな」
「済みません」
「いや、褒めているのさ。――だがな、ビルフォード。お前の決めた道は、トッププロを目指すよりも険しいかも知れんぞ?」
「承知の上です」
「そうか、ならワシからはこれ以上言うこともない」
大儀そうにティムが立ち上がる。
「ビルフォード、最大限の助力を約束しよう」
その丸い手を差し出してくる。
「未来のアヴァロンを、頼んだぞ」