I'm home, welcome back 作:佐藤_ライパク勢
「お疲れ様です、ティムコーチ」
「ああ、参ったよ」
テーブルをコーチたちが囲む。
マーリン、ジェーソン、ドルファ、ティム。
そして――アリアと、レイン。
「ビルフォードどんはなんと?」
「驚きましたよ、アヴァロンの礎となりたい、と言ってきました」
「なるほどない、らしい選択と言えばらしい選択じゃがね」
各員が改めてグラスを持つ。
「では改めて、アヴァロンの結成に」
「乾杯」
グラスのぶつかる涼やかな音。それぞれのメンバーと杯を交わしたああと、アリアは最後に隣を向いた。ブラウンの頭髪にはずいぶん白髪が混じったものだと思う。だが、その眼差しはまるで変わっていない――レイン。
「よろしく」
「ええ」
グラスを合わせるときに、つい左手に目をやってしまった。
指輪は、ない。
「まだ結婚していないのね」
「アーサーにこき使われてね。その暇もなかったよ」
「そう」
シャンパンを仰いだ。妙に回る。
「なにやら不思議な感じがするな」
ジェーソンが口火を切る。
「我々は、アーサーがために道を違えた。だが今こうして一堂に会しているのも、結局はアーサーが理由だ。いったい今までの時間は何だったのだろう、と思ってしまうな」
「未熟なままだったのだろうさ、ワシらは。全員な」
「そうかもしれませんのう」
表情は一様に重い。とはいえその当時を知らないドルファやアリアではその重さの意味を真に理解することも出来ない。キャメロットとグラール、二つの力が相争ったその意味は、決してその理念の違いだけでは到底片付けようがない。
「一つ、聞いていいかな」
「どがんしたっちゃかね、レイン殿?」
「君達にとって、アーサーとはどのような存在だったのか。それを教えてもらいたい」
一瞬の驚きの後、アーサーを直に知る三人は顔を伏せた。
沈黙が落ちる。
「――勘弁してくれ」たまらずドルファが口を挟む。
「今日はパーティーだ。だのに何だこれは? 葬式じゃないか」
「済まない、ベントレー君。ただ君にも聞いておいてほしいんだ」
「ワシに? 何故だ」
「我々は相手を正面から見ようとしなかったために道を違え、その結果我々の事情に子供たちを巻き込んだ。キャメロットとグラールの争いが何だったのか? そこを君のような者にも知っておいてもらわねば、知らないうちにまた同じ間違いを犯すかもしれない」
「偉そうに言うが、貴様はどうなのだ」
「もちろん、間違いを犯した一人さ」
後ろのほうから「パパのところに行く」という声が聞こえた。
ただそれだけでアリアの胸が詰まる――シェリアの声だった。
「もう少々お待ちなさい、お父様は大事なお話をしているのですよ」
困惑気味にシェリアをたしなめる声の主は、アシュクロフト。
「えー、なら遊んでよ、アッシュ」
「――仕方のないお嬢様ですね」
振り返ろうと思った。が、出来なかった。
アリアのその様子を見、レインが目を細める。
「シェリア、ちょっとこっちにおいで」
「!」
反射的にアリアはレインを見た。
その顔には、微笑み。
「なぁに? パパ」
「こちらのお姉さんがたがね、君のことを紹介してほしいそうだ」
こともなげに言い切ったが、それはある意味で明確な拒否だった。
母親である、とは言わせない。言外にそう含んでいる。
レインがシェリアを抱き上げ、顔の高さをアリアに合わせた。
「きれーなお姉さん」シェリアがはしゃぐ。
「初めまして、シェリア」
シェリアの細い髪を撫でつけた。色はアリアと一緒だったが、髪質はどちらかと言えばレインのものに近いのではないかと思う。
「私はアリア。よろしくね」
「うん!」
満開の笑顔。胸に棘が刺さったような気がした。
それからレインはキャメロット学院コーチの面々を順に紹介していく。シェリアを前に誰もが表情を崩していた。話の腰を突如折られ、不機嫌な面持ちでいたドルファまでもがだ。もっともドルファは素っ気無い言葉を掛けた後、すぐにあらぬ方に向いてしまったが。
「時間をとらせたね。じゃあ、もうちょっとアシュクロフトと遊んでおいで」
「うん!」
去り際にシェリアはレインのひげ面にくちづけた。
眼前でそれをやられてしまえば、アリアとしてももう苦笑するより他ない。
「いい子に育ってるわね。ありがとう、レイン」
「私の子だからね」
「――そう、ね」
そうしてレインは改めてテーブルへと向き直る。
「話をわき道に逸らしてしまったね。申し訳ない」
「いやいや、構わんっちゃよ」
苦笑いを浮かべてからシャンパンを乾し、嘆息する。
「アーサーのう……あやつの孤独を、みどもらが察してやれなかったのがいけんかったかの。あやつはいつでもウーゼルにのみ心を開いとったと思ったんじゃが、存外みどもがあやつに心を開かんかっただけなのかも知れん」
「いや」ジェーソンが言葉を継ぐ。
「こう言ってしまっては何だが、アーサーにとってはウーゼルこそが全てだったのだろう。いつしかウーゼルがキャメロットからも姿を消し、その時になってアーサーは倒すべき相手を見失った。そしてウーゼルの幻影と戦い始めた」
「あの時は大変だった」ティムが苦笑いを浮かべる。
「アーサーにウーゼルを失い、そして気付けばレイン、君までいなくなってたな」
「申し訳ない」レインが苦笑する。
「彼を、知らなければならないと思ったからね」
「知る?」
「元々アーサーは私たちとも笑い合えていたんだ。だが、やがて一人になる道を選んだ。何故、アーサーはその道を選んだのか――いや、選ばねばならなかったのか」
レインがそれぞれの顔を見回す。誰も答えない。
一拍間をおき、レインは言う。
「本当は、まぶしかったんだ。ウーゼルだけじゃない、君達も」
「我々?」
レインが頷いた。
「君たちは子供たちの可能性を信じた。それはそれで素晴らしいことだ。だがアーサーにはそれが出来なかった。何せ彼は誰よりも大いなる才能、というのを痛感していたから。そのため彼は才能が持つ可能性に対し懐疑的になっていた。そして逆説的な話になるが――懐疑していたからこそ、憧れた」
自分が持ちえないものに対する憧れ、それは往々にして対抗心、反骨心としてあらわれる。アーサーのケースとは全く違ったが、アリア自身すぐにそのような気持ちを自らの中に見出すことが出来た。
あの日、打ち出したボールが彼女のこめかみを直撃したとき。
取り返しのつかないことをと思った、その裏に潜んでいた――
あの、暗い愉悦感。
「今更アーサーを許してやってくれ、とは言わない。けれど知っていてほしい。彼もまた弱い男だった。人の弱さを直視できなければ、この先にもきっと同じような過ちが繰り返されてしまうことになるだろう。こんな思いをするのは、もう我々だけでいい」
辛気臭い話になってしまったね、レインが苦笑した。
「後ろばかりを見てばかりでも仕方がない。だが、そういうやり方しか出来なかった奴がいた、ということは忘れないでやってほしい」
「――そうっちゃね」
「そうっちゃって?」
マーリンの隣に顔を出したのはシェリア。見れば部屋の入り口付近でアシュクロフトが嘆息している。マーリンは一瞬驚きを示しかけたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「お嬢ちゃんのパパが立派な人だと話しておったのでおます」
そう言うと、頭を撫でる。
「うん!」
ただそれだけで、場の空気が変わる。
二、三の目配せのあと解散する。マーリンはテーブルに残り何かを思案するかのよう。ジェーソンは会場の外れにあるベンチに腰掛けた。ティムは早速ビルフォードをつかまえ努めて明るい笑い声を上げる。ドルファは会場に戻り、生徒たちににらみを利かせている。
「パパ! アリアと遊んでいい?」
振り向けば、そこにはシェリア。いつの間にやらスーツのすそを掴んでいる。
顔に比べて若干大きな眼鏡の奥で、その大きな瞳がきらめいた。
思わずレインを見た。諦めたような笑顔で、ため息だけをつく。
いま一度シェリアを見る。形容しがたい気持ちが次々と去来する。突如涙が溢れそうになった。
「――ごめんね」何とか、その言葉を振り絞る。
「お姉さん、ちょっとだけ済ませなきゃいけないご用事があるの。そのあとで構わないかしら?」
笑顔がふくれっ面に変わった。
「えー? 遊ぼうよー」
「なら、ほら」小指を差し出す。
「指きりげんまん」
「ほんとにほんと? 遊んでくれる?」
「ええ」
ふくれっ面は直らない。
それでも、ややあって小指を絡ませてきた。
「指きりげんまん」
「うそついたら、はりせんぼん、のーます! 約束だからね!」
「大丈夫よ」
シェリアはまっすぐにアリアの瞳を見据え、それからようやく笑顔に戻った。
小指が離れる。
「じゃ、またあとでね!」
「ええ」
再びアシュクロフトのもとに駆けていくシェリアの背中を見送る。
今しがたまで感じていた感触を確かめるため、もう片方の手で小指を包んだ。
「さすがに子供は鋭いな。見抜くところは見抜くものだね」
「私が何者か、ってこと?」
「違う。君があの子を愛していることをさ」
「そうなのかしら」
アシュクロフトの足に絡みつくシェリアを眺める。すると視線に気付いたのか、シェリアがこちらに向き直って手を振ってきた。少し驚いたが、笑顔で手を振り返す。
「レイン」
「ん?」
「ありがとう」
ふ、と小さな吐息が聞こえた。
「どういたしまして」
呼吸をすればすぐにため息になる。もう、何回目か数えるのも面倒になった。
無人の教員室。ソファにもたれかかるも、どうにも体が重い。
「今更――母親面なんてね」
後悔はしないつもりでいた。全てが自分で選んだ道なのだから、と。ツアープロとして世界各地を回ればどうしても子供の存在が厄介になる。トップの座を維持するためには子供は足手纏いでしかなかったのだ。だから、親権はレインに譲渡した――そのときは自分がクラブを置くことになるなど、想像だにしなかったから。
目をつぶればシェリアの笑顔が浮かぶ。自分が置き去りにしたものの大きさを痛感する。
と、ドア越しに人影が現れた。
こん、こんとノックの音がする。
「アリア先生」
「ランスロット?」
慌てて居住まいを正す。生徒に見せられる姿ではない。
「入っていいでしょうか」
「どうぞ――しかし、どうしてここが?」
「いるとしたらここだろうと、レイン先生が仰っていました」
筒抜けか、さすがに苦笑を禁じえなかった。
ドアの向こうからランスロットが姿を現す。
「何か、私に用ですか?」
「はい、姉からの伝言を」
背筋が凍る思いだった。
ランスロットの姉。カジェリ・ノーマン。視力の喪失のため戦線を離脱せねばならなくなった、もと賞金女王。彼女が視力を失ったのは、他でもない。アリアの打った一球だった。
無論そのことはランスロットも知っている。ただし立場の違いを慮ってか、アリアに対して何がしかの悪感情を示すことはない。だからといって好感情を寄せるわけでもない。何か特別なことがない限り、ランスロットからアリアに接するようなことがそもそもないのだ。
「そう、ですか」
ようやく振り絞れたのが、その一言だった。
「先日姉が視力回復の手術に成功したことはご存知ですよね?」
「ええ、ニュースにもなっていましたね」
「その姉がイギリスに戻り、練習を開始しました」
そう言ってランスロットがポケットから携帯電話を取り出す。
「見て下さい」一通のメールを開き、アリアに示す。
“以前の勘を取り戻すのは大変です。
けれど諦めるわけには行かないの。
また、アリアと試合がしたいから。”
「え……?」
一読したきりでは、まるで文意を把握できなかった。
文字を追う指が自然と震える。一行、また一行と読み、最後の行だけがうまく読み取れない。
「先生。正直なところ、あなたを恨んでいます」
硬質な声。
携帯から顔を上げる。
「――そう、でしょうね」
「ですが、姉はそれでもあなたと戦いたい、と言っている。あなたが自責の念からクラブを置いたことも知っているはずなのに」
ランスロットは携帯電話をポケットに戻した。
そして、深々と頭を下げる。
「どうか、受けてください――姉のためにも」
「ランスロット」
返事をしようにも、何を言えばいいのかわからない。
さまざまな言葉を模索しては打ち消す。やがて――
涙が、こぼれる。
慌てて後ろを向いた。気取られたくはなかった。
「ごめんなさい、少し、考えさせてくれないかしら」
「はい」
そう言ってランスロットは踵を返す。食い下がる気は毛頭ないらしい。今はその淡白な性格に感謝する。もう涙は止まらなくなっていた。
カジェリにボールをぶつけたときに感じた、あの愉悦。それを自覚したとき、アリアのゴルファーとしての矜持は粉微塵に砕かれた。到底勝ち目がないからと逃げ出したようなものだ。以来ショットの精度は目に見えて落ちていった。誰よりも強くなりたいと願い、戦ってきたのではなかったか。そのために夫や娘を捨てたのではなかったか。迷い、足掻き、だが結局のところ抜け出せもしないまま、時間ばかりが過ぎた。気付けばあらゆる物を失っていた。
引退表明後マーリンからキャメロットへの誘いを受けていなかったら、今頃どのようなことになっていただろう。キャメロットで生徒たちと接する内に見えてきたいろいろなものがアリアを支えてくれていた。今ならば、カジェリとも以前と違う形で向き合えるだろう。そう確信できる。
失われたものが帳消しになることはない。だが、新たなものを積み上げることは出来るだろう。
「ありがとう、カジェリ」
その微笑みを思い描く。
――私も、あなたと戦いたい。
アリアがアヴァロンに辞表を提出したのは、その数日後のこと。
「ようやっと立ち直ってくれたんじゃな」
マーリンは若干鼻声になっていた。
それが、無性に可笑しかった。