I'm home, welcome back 作:佐藤_ライパク勢
背後より洩れ来た嗚咽には気付かなかった振りをする。易しい話ではなかった。心にさざ波が立つ。何が出来るわけでもなく、どのような言葉を掛けられるわけでもない。つい立ち止まってしまっていたことに気付き、吐息をこぼす。
姉の敵、そうとだけ考えていられた時は、いまにして思うとどれだけ気楽だったのだろう。彼女への憎しみがまた一つの原動力ともなっていたことは否めない。振り上げた拳をぶつける先を見失ってしまったかのような、かと言ってただ下ろすのもためらわれるかのような。上手く飲み込めない感情が喉元に引っかかっている。
パーティーの賑わいが実際の距離以上に遠く感じられた。途切れる様子のない嗚咽から逃げ出し、廊下の壁に寄り掛かる。携帯を開き、カジェリからのメールを読み返す。
日々のこと。リハビリのこと。喜び。楽しみ。
そこには苦しさ、辛さ、といった要素は決して現れない。気を使わせてしまっているのかな、と幾分申し訳なく思う。仮に不安を抱いていたとしても、それはおそらくメールの上では見せようとしないだろう。手術と言う大勝負への挑戦を経て、自分と言う杖は、少なくとも当面のところは必要がなくなったように思う。それが喜ばしいような、また寂しいような。
携帯を閉じ、天井を仰いだ。
「試合がしたい、か」
一言呟けば、すぐさま脳裏には二人の顔が浮かぶ。トリスタンに、ガウェイン。強敵は他にもたくさんいる。だが、何故か二人の存在だけが余りにも大きい。勝利したい、それだけではない、戦うことにより、自らの感覚が研ぎ澄まされていくのを実感するのだ。更なる戦い、更なる高み。思い描くだけでも体が熱を帯びていくのが分かる。
「姉さんも、そうなのかな」
光を失い、一時期は全ての希望をも見失いかけていたようにも思う。その反動もあるのだろう。再び試合に臨める喜び。推し量ることは出来るが、その全てを理解することは出来ない。ただ、もし今自分が抱いている種類の熱が彼女の胸にも宿っているとしたのならば。
グラール・キングダムとの対抗戦の前、ガウェインと繰り広げた二人きりのマッチプレーの時のことを思い出す。以前より燻っていた薪に、あの時火がついたように思う。
そして、対抗戦。
それはあまりにも奇妙な符合で、陳腐な言葉を用いれば奇跡、と呼ぶしかない気もするのだけれど。
姉のために自分が出来ること。
そして、この渇望と呼ぶにふさわしい思い。
ともすればその両者が軌を一としているのでは、と思うのだ。
「――ランスロットか」
我に返るのが一瞬遅れ、不必要に驚いてしまったのが恥ずかしい。トリスタンがいた。服装こそパーティー時のいで立ちでこそあるものの、ネクタイを外し、襟元を開けている。
「君も抜けてきたの?」
「時間の無駄だ」
「確かにね」
その鋭い目つきが一瞬和らいだ気がした。とは言え反応らしい反応はその程度で、そのままランスロットの脇を通り抜けようとする。
「練習?」
返事はない。歩みも止まらない。
苦笑してから、そのあとを追う。
「ボクも、付き合っていいかな?」
「勝手にしろ」
実に端的なやり取りで、それが何とも心地よい。宿泊用にあてがわれていた部屋に戻り、クラブバッグに手をかける。何のトレーニングをするのだろうかと迷った末、結局一式を担いで練習用ホールへと向かうことにした。
ホールの入り口近くに立ち「遅かったな」と言うトリスタンが持っていたのは、
「――パター?」
「せっかくの機会だからな」
その言葉に、見誤ったな、と思った。まさかここで少しでもこちらの技術を盗もうと考えてくるとは。想像以上に貪欲らしい。
「今更、必要もないと思うけど?」
「キャメロット杯では、それで痛い目に遭った」
話は終わりだ、とばかりに歩き出す。その後姿を眺め、いささか面くらいはしたものの、すぐさま続いた。ここでその目論見通りに動くのもどうかとは思ったのだが、今以上にトリスタンが強くなったらどうなるのか、と言うのも楽しみではあるのだ。壁は高いに越したこともない。
パーティから、そして煩わしい悩みから解放され、今から訪れるであろう新たな一打に思いをはせる。いつもとは全く趣の違った一打となるだろう。面白い緊張感だ、と思う。たまにはこういった緊張感も悪くはない。
「トリスタン」
先行するその背中に声を掛ける。足が止まる事もないし、返事もない。
折り込み済みだ。言葉を継ぐ。
「ボク、イギリス校に転校するから」
ようやくその足が止まった。
振り向いてくる。
「カジェリ・ノーマンの付き添いか?」
その名前が出てきたことに意外さを覚える。
「確かに、それもあるけど」と前置きをする。
「アヴァロン最強の君を倒したい、じゃ理由にならないかな?」
「試合で勝てばいいだけの話だ。理由として弱い」
妙なところで鋭い。苦笑を禁じ得ない。
言うか否かで迷ってはいたのだが、こうなっては隠しだてする意味もないだろう。最も端的な言葉を探す。見出した後、まずはひと呼吸を置く。
眩しいコース風景。
その中にあって、実にその黒は映える。
「最大の敵になりたいんだ。ガウェインの」
「ガウェインの?」
「そのためには、まず君を倒さないとね」
もちろん、ただ倒したいと言うだけではない。間を置かずトリスタンはプロの舞台へと打って出るだろう。アメリカや日本にいたのでは、次に戦える機会がどのくらい先になるのかの見当もつかない。時間は、あまりにも限られている。
トリスタンが前に向き直った。
「それが叶うならな」
「叶えるために行くのさ」
その言葉が聞こえたのかどうか、トリスタンは再び練習ホールに向け、歩き出した。歩き出しざま「面白くなりそうだな」と呟いたように思えたのは、果たして気のせいだったろうか。
結局自主トレーニングは鬼の形相をしたドルファの出現で中断させられた。「自分勝手な行動に過ぎる」のだそうだ。トリスタンが殊更に大きな舌打ちをしてみせたのが妙に可笑しかった。
「ずっけーぞ、二人して!」
戻り際、何故かドルファと一緒にいたガウェインもふくれ面。
「ボクらが抜けたことに気付かなかったんだろ? なら仕方ないんじゃないかな」
そこに美味しいものは食べられたかい? と付け加えれば、もうガウェインは拗ねるしかない。こちらには聞き取れないような大きさで何事かをぶつぶつと呟きだした。その中で「オレだってトリスタンと……」と言う言葉はなんとか拾えたので、軽く頭を撫でてやる。
ふと立ち止まり、コースに振り返る。
今度、選手として訪れたとき。このコースをどう攻略してみせようか。また、他の選手たちはどのように攻略していくのだろうか。今までにあまり体験したことのない種類の喜びが沸き上がってきているのを感じる。
「ランスロット、どうかしたのけ?」
「ん?」
不思議そうな表情でこちらを見るガウェイン。
――ああ、と思った。
「何でもないよ」
きっとガウェインは、この喜びを既に知っているのだろう。少々これまでの道のりでは勿体ない事をしたかな、と思う。早い段階から自分自身もその喜びの中に浸っていられたのであれば、あるいは――直後には、それがまるで意味のない仮定だと気付くのだが。
大きく息を吸う。
「――そうだ」
この気持ちを伝えたい相手がいた。すぐにバッグのポケットから携帯を取り出す。長々しい言葉は必要ない。今は、ただ一番の思いを伝えたい。
“ボクも、彼と戦いたい。最高の舞台で。”
携帯を閉じるのとドルファからの怒号が飛んでくるのは、ほぼ同時だった。
Theme Song "Ways to you"
https://nico.ms/sm16292601
詩曲:佐藤
絵 :タマ子
歌唱:Vocaloid 巡音ルカ
あなたのことを思い星々見上げる
そんな夜も時には素敵だけれど
目の前のこの道があなたにつながる
遠くとも険しくとも喜びとめどなく
いくつもの回り道迷い込んで
どこに向かうかさえ
見失いかけたけど
欠けた月がいつしか
光に満ちあふれるように
今と先とが結びつき
未来を照らすの
ここやそこにつけた足跡が
宝物と気付けた時から
あなたの元へ続くこの道に
希望抱いて歩き出せた
あたたかな日差しが
柔らかにそよぐ風が
優しさや時に厳しさ
尽きせぬ愛を恵む
きっと誰もがさだめの迷い子
手にしていたはずの物も
見失っていた
言葉を交わしあえば心が重なる
ほんのささやかな奇跡を導く
Ways to You