I'm home, welcome back 作:佐藤_ライパク勢
「ああ、言われたとおり、歩いて向かってる。わかるさ、あいつの勘って鋭いしな。むしろ、こうまでしてくれて助かるよ、……っと、いたいた。じゃ、こっちは切るな」
クエスターは携帯を切ると胸ポケットにしまい、正面に見かけた少女に手を振る。相手も同じように手を振りかけたが、顔に包帯、というクエスターの異様なたたずまいにぎょっとしたようだ。慌てて駆け寄ってきた。
「ちょ、何があったのさ、クエスター!」
こめかみに乗る、HELP のタトゥーがいかにも彼女の雰囲気をものものしく見せかけてはいる。だが、いちどクエスターのことをファミリーとして受け入れてくれれば、こちらのことを我が身のようにも心配してくれるのだ。
クエスターは苦笑した。
「怒られたのさ、ビルフォードに。いい加減、あいつを救い出してやれって」
「あのいかつい人? 確かに怒ったら怖そうだけど……」
「本気だったらな。あの人は優しいのさ、どんなことがあっても。だから俺だって、こうしてピンピンして動いてられる」
そう言ってやや大げさに体を動かしてみせると、彼女は戸惑いながらも、やがてくすりと笑った。
「ま、あんまシリアスになっても仕方ないしね。そんくらいが丁度いいのかも。来なよ、なんだかんだで、たぶんアイツも待ってるからさ」
「あぁ、……ありがとう、あいつを守ってくれて」
思いがけない言葉だったが、彼女の足が止まる。
「べ、別に! こっちゃ好きでやってることだしさ!」
彼女はやや顔を赤らめ、自宅へとクエスターを案内するのだった。
出奔したブリジットは行くあてもなく、ほうぼうをさ迷ったのだと言う。その間に何が起こったのか、まではわからない。が、以前大いに荒れていた彼女のことだ、ろくな事にはなっていなかっただろう。
そんなブリジットを始めに見つけたのが、ヤンキー時代の仲間たちだった。しかしブリジットは見知った顔を見るなり、逃げ出そうとした。
だからこそ、仲間たちはブリジットを追い、捕まえた。たとえ進む道がいちど分かたれたとは言え、ともに苦楽を乗り越えた間柄だ。見過ごすわけには行かなかった。
捕まることしばし、抵抗する素振りこそ見せかけたものの、それまでをずっと気の抜けない環境で過ごしていたのだろう、仲間たちに囲まれ、遂にブリジットは号泣し、眠りについたのだと言う。それ以来、仲間たちは手分けして彼女を匿ってきた。
そんなヤンキー仲間たちにクエスターが行き当たるまでには、さして時間を要することはなかった。
だが、問題はその後だ。
ただでさえ彼女らとクエスターとの間には、社会階層的断絶が大きく横たわる。加えてクエスター自身が、ブリジットを追い詰めた張本人ですらある。彼女らがクエスターを排除せん、と動くのは、ごく自然なことだった。
だが、クエスターは食らいつき続けた。言葉の限りを尽くし、時には腹に拳を食らってのたうち回り、それでもなお、ブリジットを求めた。
一人の選手であり、またグラール・キングダムの総帥でもある。そのほとんどの時間を公人として動きながらも、クエスターがブリジットを諦めることはない。
「殴るのは構わない、だが、服に隠れるところにしてくれ」
クエスターは、そう彼女らに求めた。
そのためだろうか、いつしか彼女らもクエスターの本気を感じ取り、受け入れるようになって行った。
ただ、一度クエスターが探しに来たとブリジットに伝えたら半狂乱になったため、それからはクエスターのことについては語らずに来たが。
「最近は、ちょくちょく笑うようもなってきてるよ。なんだかんだであんたのことも気にかけてた。そういや、アバなんたらの総帥になったんだって? おめでとう、でいいのかい?」
「ありがとう。それもこれも、君たちがアイツを守ってくれてたおかげだ。おかげで俺も、心置きなく仕事に打ち込めた」
「へ、へっ! 仲間を助けるのなんか、あ、当たり前じゃねえか!」
「――そうだな」
ふ、とクエスターが笑う。
「それは、俺も君たちの仲間に加えてもらえた、って思っても構わないのか?」
ぴた、と足が止まる。
何事かとクエスターがいぶかるよりも、彼女が振り向いてくるほうが早い。
「そいつは、このあと次第だね」
先程まで照れていたはずのその顔つきは一転し、真剣そのものだ。
だからクエスターも、やはり顔つきを引き締める。
「ほんとうの意味でアイツを救えるのは、きっと、クエスター。あんたしかいないとは思ってんだ」
「ああ」
「だからこそ、こけんじゃねーぞ。そしたらあたしら総出でボコしてやるからな、それこそ顔の形が変わるくらいに」
冗談を言っている顔つき、ではない。
クエスターはつばを飲む。が、次の言葉は自分でも驚くほど、スムーズに出てきていた。
「ああ、問題ない」
「はぁ!? キャロラインてめぇ! おれを売りやがったな!」
ドン、とドアを蹴る音がする。クエスターがひるみかけこそするものの、彼女、キャロラインはまるで引こうともしない。
「売るも売らないもないだろが! こんなとこにまでわざわざ乗り込んでこようってやつの覚悟も拾えねえなら、いますぐヤンキーの看板だって下ろしたらぁ!」
一拍の間と、ずん、とドアの向こうに腰を下ろす音と。
キャロラインに促されると、クエスターはドアの前でしゃがみ込み、ひた、とドアに触れた。
一枚の板を隔てて、ブリジットの体温すら感じられるような気さえする。
ようやくだ。
ようやく、ここまで来れた。
「久しぶりだな、ブリジット。会えて嬉しいよ」
「会わねぇよ! おれみてぇなのに、いつまで構ってんだ! お前にゃ大切な仲間たちが――」
「お前以上に優先すべき奴なんて、いない」
どくん、と壁の向こうの心拍が跳ね上がる。
そんな気が、した。
「報告するよ。ついさっき、キャメロットとグラールは、正式に一つになった。お互いの感情を考えれば、まだまだ問題は山積みだろう。だが、動けたんだ。それもこれも、お前がキャロラインたちに守ってもらえてる、って分かってたからだ。だから俺は、この未来にたどり着くため、戦い抜けた」
しばしの間と、やがて漏れくる嗚咽と。
ドアに当てた手は離さない。ブリジットのひと挙動、わずかな心のゆらぎ。何もかもが、ドアを介して伝わってくるような気さえする。
「それもこれも、お前なんだよ。お前に隣に立ってもらいたいから、立ってもらえるだけの場を作りたかったからなんだ」
ドンと、しかし弱々しく、ドアが叩かれる。
「ふざけんな! おれはお前を裏切り続けたんだ! いまさら、どの面下げて立てるってんだよ」
「仮にお前に罪があるとしたら、それは全部、親父があちらに持っていったさ。息子としては、それでも天国に行ったと信じてやりたいが、な」
「! ……だ、第一おれが、どうしてお前のことを思ってるって? 全部金だよ、金目的だったんだ! だからもう、お前なんか用無しに――」
「それなら、お前は逃げなかっただろう」
なぜか、確信がある。
クエスターが、手を当てている箇所。そこから、ブリジットは動けずにいる。正確には、動きたくない、のだろう。
「お前とは、長らく一緒にいたわけでもないさ。けど、分かるんだ。俺がお前を求めたように、お前もまた、俺を必要としてくれてたって。だからこそ親父につけこまれてしまったのも、確かにある。だったらきっと、お前がお前自身を許せるはずもない」
「そこまで分かるなら、放っといてくれよ」
「それは無理だ。俺にはお前が必要だ」
「――おれ、が?」
頑なな言葉の棘が、わずかに剥がれかけたような気がする。
わずかな、身じろぎの気配。
「覚えてるか? お前が俺の練習に顔を出してくるようになった頃のこと。うちの奴らがお前になんのかんのと、難癖つけてきただろう?」
「当たり前だろ、お前が、おれのために――」
「そう。そこなんだよ、ブリジット。あのとき俺は、お前のためになんて思ってなかった。ただ、許せなかったんだ。お前を――つまり、俺を受け入れてくれる存在を否定してくる、あいつらが」
熱く、饒舌になってしまっているのに気付く。
ブリジットを置いてけぼりにしてはいまいか、と不安になる。それも仕方のないことだ、伝えたいことはいくらでもある。けれど、重要なのは、それを受け入れてもらえるか、どうか。
「なぁ、ブリジット」
「――なんだよ」
「グラールのシンボルの意味、考えたことあるか?」
「は? 何でいきなり」
「無いよな? 俺もなかった」
「じゃ聞くなよ」
「それもそうだ」
くくっ、と笑う。
「ただな、こうして自分以外の人間を引っ張らなきゃいけない立場になって、初めてわかったことがあるんだ。人間、そう簡単に誰かを導けるだけの強さを備えられるわけじゃない――まぁ、そう思うと、ビルフォードのあの強さは本当に何なんだろうって思うけどな」
「そりゃそうだ」
「俺たちは、ビルフォードにはなれない。それは、きっと親父も一緒だった」
天を仰ぐ。
「情けない親父さ。七海笑子をウーゼルに取られて、その傷も癒やしきれないまま、おふくろと結婚して。あるいは、おふくろがもう少し長生きできれば、笑子のぶんの穴は埋められたのかもしれない。けど、そうはならなかった。その代わりを求めて、親父なりに足掻いてみた結果がグラールだったって思えば、とてもじゃないが、あいつを笑えない」
「話が見えねえよ、クエスター。何が言いてえんだ?」
「グラールを象徴する、片翼の聖杯。あれは、俺たちが一人きりでは決して羽ばたけない、って言いたかったんじゃないかって思うんだ。羽ばたくには、もう片翼が要る。つまり、俺にとってのお前だ」
「っ!」
がたり、と音がした。
「っば、バカなこと言ってんじゃねぇよ! お前にはビルフォードだっているだろうが! ティムだって助けてくれるはずだ! どうしておれなんかが――」
「お前がそばにいてくれることで、初めて俺は満たされるんだ。彼らは、共に走ってはくれる。支えてもくれる。だが、走るためのエネルギーは、お前からしか貰えない」
そこまでを言い切ると、ふ、とクエスターは苦笑した。
「まったく、結局俺もあいつの子なんだな。どこまで行っても自分のこと、自分のことだ。ただ、これは言える。お前が俺の半身なら、俺も、お前の半身なんだ。お前のために全力を尽くすのは当然のことだし、喜びだ。お前の傷を癒せる、なんて安請け合いはしない。しないが、間違いなく言えることはある。俺以上に、お前のために全力を尽くせる奴はいない」
ドアに当てる手に、力がこもる。
「愛している、ブリジット」
とん、と、小さな音がドアに響いた。
「――おれもさ、クエスター。愛してる」
「ありがとう。お前の顔を久しく見れてなくて寂しいよ。そろそろ、お前に会いたい」
「――ああ」
その言葉から、どれだけの時間が経ったのか。
わずかだったようにも、長かったようにも感ぜられた。
やがてドアが、おずおずと――