幕張メッセから出て、少し歩いたところにショッピングモールがある。
親子連れから、中高生、大学生、社会人、おじいさんおばあさん、様々な世代の人で賑わっている。もしはぐれてしまえば、そう簡単には見つからないような人混みだ。迷子センターは大忙しである。
雪ノ下さんがはぐれないようにしないと。
「効率重視でいくか。」
「そうね。」
「じゃあ、俺と小町でこっち。」
「わかったわ。私と大志君でこのエリアを受け持つわ。」
これがボッチの所以か。
案内板を目の前にして、方針を立てている。
「ストップです♪」
比企谷さんが笑顔で、2人の作戦を中止させた。
「何か問題があるのかしら?」
「みんなで回りませんか? そのほうがアドバイスし合えるし、お得ですよ!」
雪ノ下さんは、心底わからないという表情である。
先輩はわかっていて捻くれるのだから殊更に質が悪い。
「各自候補をいくつかリストアップしてから、話し合って決めた方が懸命だと思うのだけれど。」
間違ってはいない。しかし、由比ヶ浜さんへの誕生日プレゼントを決めるだけなのだから、もっと気楽でいいと思う。
「俺と雪ノ下では実力不足だと理解している。人選も完璧だな。」
「……そうね。認めざるを得ないわ。」
さすがシスコン、難癖つけて俺から引き離すつもりか。学校帰りに一緒によく夕飯の買い物へ行くことについては黙っておこう。
「だいじょーぶです。小町にお任せあれです!」
レッツゴー、と言いながら俺たちを先導していく。
道中、パンダのパンさんのぬいぐるみに、雪ノ下さんが猫と同等の興味を示した。なんだか今日は彼女の意外な趣味を知る日である。
「……意外?」
「まあな。」
勢いのままに買ったぬいぐるみを両手でぎゅっと抱きかかえている姿は、普通の女の子らしい。恥ずかしそうに俺たちを見ているのは、気づかれないようにしていた趣味だからなのだろう。
「別に、好きなんだからいいんじゃね。俺の方が口外できないくらいだ。」
パンさんはディスティニーのキャラクターだ。純粋に好きなことが伝わってきて、むしろ好印象である。
「お兄ちゃん、いつも銃でなんかやってるよね。あれって楽しいの?」
「あなた、実は特殊訓練を受けているのかしら?」
「いや、ゲームの話だからな? 俺はゲリラじゃない。」
たぶん、そのネタは2人には伝わらないと思う。
「ゲリラとは、対物テロのことかしら?」
「合っているんだろうが違うぞ、ユキペディアさん。」
「コマンドーという洋画のネタっすね。」
「へぇー」
そんなこんなで、雑談をしながら。
アクセサリーショップや洋服屋が立ち並ぶ場所まで、導かれる。文房具や小物も、そのほとんどが女子向け商品になっているようだ。俺や先輩からすれば、少し居心地の悪さを感じる。
女の子同士で、服を見に行ってしまった。
「……なあ。小町って最近どうなの?」
ベンチを見つけて座ると、先輩がつぶやく。
「どう、とは?」
女性・カップル専用ゾーンに堂々と踏み込むほどの度胸はない。まして、女子しか行けない場所で身体的特徴の話をしているとか、俺たちにはきつすぎる。
夏が近いから、水着売り場にも行くのだろう。
「ほら、受験だろう? そういうの、気にしてきたんじゃないかって。」
「修学旅行が終わって、学校は受験ムードに入るか入らないかってところですね。」
まだ夏休み前ではある。
「少なからず、気にしていると思います。何がなんでも入らなきゃってなっているようで。」
その原因に、俺がいる。
同じ学校に通おうという約束をしてしまったから。
「あいつ、一度決めたら簡単には折れないからな。」
「こういう風に、友達と出かけることは遠慮しがちになってきていますね。」
保護者に相談されているみたいだな、これ。
「だからって、雪ノ下に懐きすぎだけどな。」
修学旅行以来、久しぶりに同性の友達と出かける機会。
「で、どうなの?あいつあんまり成績良くなかったはずだけど。まあ、由比ヶ浜もなんとかなったし...いや、由比ヶ浜がすげーのかも。」
今現在、どんな成績なのやら。
「成績は上がってきていると思います。ちょっと暗記が苦手だとか、直感派なところはありますけど。普段の授業も頑張っていますよ。」
去年度から塾に通うことはしていない。その分、秋葉や神田さんを中心としてみんなを集めて、勉強会をすることが多かった。
最近は生徒会の仕事終わりに、勉強をやって帰るくらいだ。
「でも受験って、絶対に力を発揮できるってわけじゃないですから。」
「はぁ……、1度や2度の受験で評価を決められるんだよな……」
大学入学共通テストの話題もあるし、先輩も大学受験を意識しているのだろう。
「生徒会なら推薦という手もあります。まあ、あまり周囲からはよく思われないでしょうね。」
可能性を増やす手段の1つではある。
「小町次第だな。てか進路なんて、周りとか気にしなくてもいいだろ。」
「気にする人は意外と多いと思いますけど。」
進路選択によっては誰かとの交流が途切れることも多い。それは酷く怖いことなのだと、一度経験した今なら思える。
「いや、なんだ、その...お前に頼むのは癪だけど。」
首を傾げて、先輩の発言を待つ。
「それなりに気にかけてやってくれ。自由そうに見えて意外と繊細なやつだ。」
「はい。」
友達より上の関係は認めない、みたいな感じか。
自然と苦笑いが零れた。
「あれー、雪乃ちゃんはどこに行ったのかなー?」
セミロングの黒髪でとても綺麗な人、たぶん大学生だ。どこか無邪気さを感じる声の持ち主は、雪ノ下さんを超えるほど同性からも視線を集めている。俺たちに話しかけてきたのは明確なのだが、俺の知り合いではない。
「えっと、どちら様で?」
どうやら先輩の知り合いでもないらしい。
「初めて会ったと思うよ?」
初対面の人を前にして、先輩はビビっている。
いきなり好意的に話してきたからな。
「はじめましてー!雪乃ちゃんのお姉さんですっ」
「……ども。」
姉妹揃って綺麗な人であるのは間違いないが、姉の方は朗らか系美人らしい。常に、感情豊かな表情をしている。
「ね。どっちが雪乃ちゃんの彼氏?」
ストレートな質問が投げかけられる。
自己紹介、すっ飛ばしてきたぞ。
「いや、違いますけど……」
「同じくです。」
「なーんだ。せっかく雪乃ちゃん見かけて抜け出して来たのになー?」
友達を撒いてきたって感じだな、それ。
少し、残念そうな表情を見せる。
「妹さんに何か伝えておきましょうか。」
「久しぶりに会いたいからいいよ。」
「でも、友達を待たせているんでしょう?」
「あー、いいのいいの。ちょっと1人いないくらいじゃ気にしないから。」
その集団に愛着はない、ということか。気にされることを自分でわかっていて、気にされない風を見せているのだろう。友達が急にいなくなったら心配すると思う。
あいつらも、俺のことを気にしているのだろうか。
「本当にいいんすか?」
「うん。だってさ。」
再び笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「待ってたら、雪乃ちゃんここに来るんでしょ? 」
まちがってはいない。
「だ・か・ら、それまでおねーさんとお話しようぜー?」
スッと先輩が視線を逸らした。
俺も、彼女の一喜一憂は自然すぎると思う。
「あらら、フラれちゃった?」
「いや、まあ、少しだけなら……」
すっごい怯えているぞ、先輩。
「うんうん。まずはお名前をどうぞっ!」
「ひきぎゃや、です」
「ひき……ヒッキーくんね!」
「いや、比企谷です。ヒキタニでもヒッキーでもないんで。」
ヒキタニも、あだ名だろうか。
「比企谷くんねー。で、そっちの少年は?」
「川崎って言います。雪乃さんの後輩みたいな感じです。」
「へぇ!雪乃ちゃんを慕ってくれる後輩ができて、お姉ちゃん嬉しいよ。」
胸の前で、腕を組んで何度か頷いている。
雪乃さんにも後輩がいなかったのだろうか。
八幡先輩にはいなかったらしいけど。
「ありがとねっ! 後輩君?」
「はい。よかったっすね。」
ほんの一瞬、彼女の目が細められた。
いや、そんな気がしただけかもしれない。
「で、比企谷君は、雪乃ちゃんとはどういう関係なのかな?お姉さんに教えたまえ!」
「別に。ただの同級生ですけど。」
あっけからんと答えた。
彼女は、目をぱちくりさせる。
「えーっ、もっとなんかないのー?」
「何もないんで、何も言えません。」
先輩の言い方が面白かったのか、クスッと笑みを零した。そのちょっとした仕草ですら、様になっている。
「雪乃ちゃんって繊細な性格の子だから、2人ともよろしくね?」
先輩の手を握ってお願いしようとしたのだろうが、先輩は急いで自分の手を逃がす。その様子を見て、俺は苦笑いを零した。
「アハハ、おもしろーい!」
ポンッ,ポンッと俺たちの頭をタッチした。そこに不快感は決してなく、軽いスキンシップにすぎない。
妹のことが心配すぎて仕方のない姉のように思える。先輩とはまた違ったタイプのシスコンっぽい。
「どっちか雪乃ちゃんの彼氏になったら、カフェしに行こうね! まったねー」
今、属している集団に見つかったらしい。
こちらを見ながら大学生がひそひそしているのは、俺たちがどういう関係なのかと彼女に尋ねているのだろう。男性陣から敵意を感じるし、どれだけ好かれているのやら。
手を振りながら去っていくが、嵐のような人だったな。
「……そういや、結局名前言わなかったよな。」
「そうですね。」
最後までペースに乗せられたということだ。まあ、ボロが出ないようにしたこともある。
「ごめんなさいね、姉さんが。」
雪乃さんと比企谷さんがこちらへやって来る。ツインテールからポニーテールに、さらに比企谷さんから借りたキャスケット帽を少し深く被っていた。
嫌いというより、苦手なんだな。
「お前の姉ちゃん、すげぇな。」
「うん、すごく綺麗な人だったね。」
比企谷さんの言う通り、確かにそうだ。
なんでもできそうな人だった。
「なんつーか、完璧だよな。会話の流れを作ってくれるし、スキンシップするし、あれが理想的な女性ってやつだな。」
「お兄ちゃんや大志君って、ああいう人がタイプ?」
「いや。むしろ、疲れる。疲れた。」
疲れる、は言いすぎでは。
むしろ彼女の方が疲れそうだ。
「まあ、向こうに気を遣わせてしまってそうでしたね。」
「いや、もはやあれが自然体じゃね。」
「たしかに。」
いつか、自分を見失ってしまう気がする。
俺も失いかけた。
「え、えっと……」
雪乃さんは、少し驚いたような表情だ。
「その、一体何を尋問されたのかしら?」
「尋問って……まあ、お前とどういう関係なのか、聞かれただけだ。」
「それは。同級生で、いいかしら?」
「ああ。そんなところだ。」
雪乃さんは嘘を吐かない。
今、先輩は決して友達以上ではないのだろう。
もちろん、それ以下でもない。
「ところで。お前とねーちゃん、似てねぇな。」
「そうかしら。よく周囲からは顔が似ていると言われてきたわ。」
「いや、笑った顔が全然違うだろ。」
行くぞ、と言いながら先輩は由比ヶ浜さんのプレゼント探しに戻っていく。
「え、ええ……」
そして、雪乃さんが彼の斜め後ろに付き従う。少し俯いて、パンさんのぬいぐるみでその表情を隠していた。
「小町たちも行こっか。」
「おう。」
確かに、こういうのが本物の笑顔だろうな。
****
雪乃先輩、結衣先輩、材木座先輩、戸塚先輩、八幡先輩、比企谷さん、俺。
カラオケの個室で誕生日会をしていた。
プレゼントを手渡し、ケーキを食べた後。
どうせならということで、歌うことにしたのだ。
『見つめるたび ドキドキしてる!
キミにもっと近づきたいよ
いつかSweetな未来に会いたい
ありのままの言葉で届けるよ
君の隣にいたいみたい...』
音源のバンド演奏の余韻が、個室に残る。
「雪乃さんも結衣さんもすごいですっ!」
「おまえら、めっちゃ歌上手いな。」
最初に、雪乃先輩と結衣先輩が最近流行りのデュエット曲を歌った。本家にも決して負けてはいないと思う。この後、歌う人のハードルが上がった。
「そ、そうかな……?」
髪のお団子をくしくしっとしている結衣先輩、体力があまりないようで息を整えている雪乃先輩、そして絶賛する八幡先輩。今この瞬間の3人の関係は、ギクシャクしたものとは程遠い。
どうやら解決したようだ。それは一時的かもしれないけれど。
「次、誰が歌う?」
戸塚先輩が、ちょこんと首を傾げた。
「八幡、これは知っているか?」
「いや、俺知らねぇんだけど。」
「なぬっ!?」
通常、有名曲以外が排他的になることも多い。
もちろんこの集団においては、アイドルソングやアニソンを歌ってもいい雰囲気だけど、誰も知らないとなると寂しいよな。まあ、それなりに盛り上がる曲やメッセージ性のある曲なら、盛り上がらないこともない。
アニソンに限らず、知らない曲を知るというのも本来カラオケの醍醐味だと思う。
「じゃあ。大志君、よろしくっ!」
「俺ですか……」
結衣先輩からマイクを差し出される。
主役からの指名だから、断れない。
「……じゃあ『Funny Bunny』で。」
俺が生まれてすぐに流行ったらしい曲であり、前世で憶えているアニソンでもあり、最近CMソングに起用されたカバー曲でもある。似ているようで似ていない世界に俺はいる。
どうやら、みんなもこの曲を知っているようだ。
ほんと、会いたい。
「キミの夢が叶うのは
誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を選んで
走ってきた」
この1年と数ヶ月しか知らないけど、俺は小町さんの努力を見てきた。
「飛べなくても不安じゃない
地面は続いているんだ
好きな場所へ行こう
キミなら それが出来る」
出会った頃より、知っている。
この調子で頑張ればだいじょーぶだ。
もちろんそれは理論ではなく、直感でしかない。
「大志君も全然歌えるじゃん!」
「そうね。誇っていいわよ。」
6月半ば。
刻一刻と、有限の時間は過ぎていく。
それでも。
彼女らしく頑張ればいい。
「じゃ。次は小町が歌いますね!『プラチナ』で!」
「なぬっ!」
材木座先輩が特に喜びの表情を浮かべた。
確かに有名ではあるけど、よく知っているな。
八幡先輩や俺も好きな曲を歌ってくれる、そんな小町さんに頬が緩んだ。
中学最後の夏休みは少しずつ近づいてきている。
※歌詞利用コードは設定しております。JASRAC楽曲(070-8803-5,194-2623-2)