川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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夏休み
第11話 夏休み、千葉村に行く


英語と数学のワーク、漢字学習、自由研究というラインナップである。いくつもの冊子が俺の机の上に積まれている。

 

そう、夏休みの宿題だ。

 

まあ、それほど驚異に感じるものではない。去年度もここに絵画が加わった程度で、俺たちの中学は夏休みの課題が比較的少ない。普段からコツコツとやらせるタイプである。

 

自由研究に関しても、調べ学習程度のレポートでいい。10円玉を綺麗にする方法や、料理の科学についてまとめるだけでいい。例えば俺のように、チョコレートの科学についてサクサクっと、文書作成ソフトで論文を作っておけば完成である。

 

「……さて。」

 

残すは読書感想文となったが、ちらりと見た本棚にそれっぽい文学は見つからない。ライトノベルについては、あらかじめダメと言われている。増税が近いこともあって、税に関する作文を書いてもいいが、ボロが出そうである。

 

 

「たーちゃん! えほん読んで!」

「おー、いいぞー」

 

絵本を俺に渡したけーちゃんが布団の上に座って、ポンポンと叩く。そこに座れということだろう。

 

電子メディアや携帯端末による『遊び』がかなり増えている傾向にある。それも時代の変化なのだろう。それでも、本のページをめくり、活字を読み聞かせする機会を設けることは必要だろう。我が家にはお下がりといえど、絵本が多くある。

 

「『ぐりとぐら』か。」

 

確か、7冊くらいあるシリーズものだったよな。

夕飯までこの小さな手を離してはくれなさそうだ。

 

「ぐり?ぐら?」

「ふたりは、野ねずみのふたごです。」

 

指で示しながら、登場人物を確認する。

青と赤のとんがり帽子が特徴的だな。

 

「仲良しのふたりが、この世で一番好きなのは、お料理すること、食べること。」

 

俺の仲良しだった友達なんて、この世にいない。あの日々はもう帰ってはこない。

 

「続けるぞ。」

 

首を傾げたけーちゃんを撫でて、読み聞かせを続ける。

続けるしかない。

 

 

 

****

 

すでに2週間ほど過ぎてしまった。

 

夏休みにも関わらず、共働きの両親は忙しい。休みの日があっても連日として続くことはない。けーちゃんを旅行させてあげられないことを申し訳なく思っているようだった。だから、平塚先生の申し出はありがたいものだった。

 

長文のメールを要約すれば「長期休暇中のボランティアに参加しろ」という内容で、姉さんに対する通告があった。すでに面倒くさそうな顔の姉さんが、『千葉村』って言っていたけれど、千葉県や千葉市に『休暇村』があるのかーなんて思っていた。

 

 

「群馬県!?なんでや!!」

 

単身赴任している父が休日を使って、俺たち3人をここまで送ってくれた。2泊3日ということで帰りにも送迎をしてくれる。見た感じ、ありふれた青少年自然の家ではあるが、どういう経緯で千葉が群馬に拠点キャンプを作ってるんだよ。

 

「ほら。大志、行くよ。」

「いくよー」

 

ちゃんと麦わら帽子を被ったけーちゃんが姉さんの真似をする。通気性のある半袖Tシャツなので、虫除けスプレーによる保護もばっちりなようだ。だからといって、姉さん自身が黒のタンクトップで山に来るとかワイルドすぎるだろ。

 

けーちゃんの分もあるので、少し重くなっている荷物を俺は担いだ。

 

「どこで集合だって?」

「あそこ。」

 

指差した方向には、美男美女が揃っている。小町さんや八幡先輩たちはわかるが、金髪の男女たちとは初対面である。

 

けーちゃんを俺に任せて、姉さんが先に進んでいく。

 

 

「川﨑……、お前らも来たのか?」

 

先輩が、姉さんに声をかける。

 

「先生に呼ばれただけ。」

「あ、そう。」

 

それで会話終わりとか、これがボッチか。

 

「ふむ。全員揃ったようだな。」

 

サングラスをかけた美人の先生が、そう告げる。

総武高生を中心に集められたメンバーか。

 

「さて、今回君たちを呼んだのは他でもない。泊まりがけでボランティア活動をしてもらう。もちろん、自由時間は遊んでもらっていい。」

 

くるくると巻かれた金髪の女子とか、キャンプに来ただけだろう。見た目チャラい男子もボランティアと聞いてうんざりしている。八幡先輩も同様に、働かされると聞いてうんざりしている。

 

自分に正直な人、多いな。

 

 

「具体的には、どういう内容ですか?」

「小学生の林間学校のサポートスタッフとして働いてもらう。簡単に言うと、雑用だな。君たちには適宜、動いてもらう形になる。」

 

雪乃先輩が説明を求めると、事務的な説明が行われる。だが、具体的なことは何も言っていないな。

 

「先生、そっちの子たちは?」

 

優しそうな金髪イケメンが、俺たちや小町さんを見ながら尋ねた。

 

「弟と妹だけど?」

「うちの妹。」

 

特に視線が集まったけーちゃんが、俺の後ろに隠れる。

 

単純に、かわいいという声が発せられているだけだ。姉さんと見比べて、あり得ないという表情をしていることについてはちょっと後でお話しようか。同じく見比べられている八幡先輩も、かなり驚いている。

 

金髪の男子がこちらへやってきて、膝を曲げて目線を合わせてくる。

 

「君は、川崎……」

「大志です。」

 

なんだこの先輩のコミュ力。

高校生集団に混じらせようとしているのか。

 

 

「俺は葉山隼人。妹さんのお名前は?」

 

俺は少し屈んで、けーちゃんの背中を押す。

 

「ほら。」

「……けーか」

「けーかちゃんか。よろしくね。」

 

女子からキャーキャー言われそうなイケメンスマイルである。コクコクとしたけーちゃんも、初対面の高校生集団に対して少しだけ安心を持てたようだ。

 

 

「川崎弟や比企谷妹は特別参加だ。2人とも中学では生徒会をやっているらしいから、戦力になるだろう。それに、川崎の妹さんのことについては、姉弟に任せておけばいい。」

 

そろそろ行こうか、と言って先生が先導していくと俺たちはぞろぞろと歩き始める。結衣先輩が奉仕部と葉山先輩グループを繋いでいる形だ。後者はあまり好んでいないらしい姉さんは、どちらかといえば奉仕部の方にいる。

 

 

「大志君も来たんだ。」

「姉さんが呼ばれて、芋づる式にな。」

 

八幡先輩は平塚先生たちと話しているようだし、小町さんが俺たちに近づいてきた。

 

「妹さんなの?」

「そうだな。保育園児。」

 

年上が多い中、けーちゃんは俺の手をギュっとして離すことはない。

 

 

「小町はね、比企谷小町って言うのです!」

 

いつも通りの満面の笑顔だ。

 

「あそこのお兄ちゃんの、妹なんだー」

「けーかはね、けいか!」

 

「そっかそっかー!」

 

けいかと、ちゃんと発音した。

川崎京華、まだその漢字は書けないけれど。

 

「こまちの、お兄ちゃんのなまえは?」

「はちまん。」

 

はち? とけーちゃんが首を傾げる

ちょっと発音しづらい名前らしい。

 

「この男のことは、呼びやすい名前で……そうね、数字の8でいいわよ。」

「いや、まあ、それでもいいんだけど……」

 

どうやら俺たちの会話が、八幡先輩や雪乃先輩の耳に入ったらしい。さすがにけーちゃんの前では雪乃先輩も『言葉遊び』は軽度のものになるようだ。

 

「はーちゃん!」

「あっ、お、おう。」

 

動揺している。今までで付けられてきたあだ名で最高だったらしい。

 

 

「はーちゃん、おもしろいかおー」

「あ、ありがとう?」

 

それって、誉め言葉なのだろうか。

雪乃先輩がクスクスと忍び笑いをしていた。

 

 

 

****

 

一度、荷物を宿泊施設に置いてきた。

 

オリエンテーリングということで、総勢100人の小学生が山を歩いていく。ボランティアの仕事として、ゴール地点での昼食の準備を行うことになる。徒歩で小学生より先に来いだなんて、スタート後に言うだなんて、ずいぶんと無茶ぶりである。

 

俺はまだ幼いけーちゃんと一緒に、平塚先生の車に乗せてもらった。

 

 

「君たちはよく働くものだ。感心感心。」

「いえ、けーちゃんも参加させてくれたんで、これくらいはやりますよ。」

 

後部座席からネットに入っている梨を、近くの小川まで運び出している。流水に浸せば冷たくなる。まあ、約40個ほどだからそれほど重労働というわけではない。

 

「謙虚だな。」

 

比企谷兄も見習ってほしいものだな、とため息とともに呟いた。

 

 

「たーちゃん、つぎは?」

 

「はい。気を付けてな」

「うんっ!」

 

梨を3つ抱えるように持たせると、よいしょよいしょとけーちゃんが歩いていく。足元に注意しながら頑張って運搬する光景に、俺の頬は緩みっぱなしである。

 

 

「確か、君は中学3年だったか。志望校は決まっているのかね?」

 

ネットを上手く引っ掛ける作業をしながら、雑談を交えていく。

 

「総武高ですね。」

「ほう。それは楽しみだ。」

 

ニヤニヤとしているから、将来的に何か役職を持たせようと考えているのだろう。

 

「その様子なら、受験勉強も順調なのだろう。」

「まあ、そうですね。」

 

ただのチートだけど。

それでも、当時の雪乃先輩の点数には敵いそうにない。

 

 

「さて。残りの仕事は、比企谷たちに任せたまえ。」

「ええ、そうします。」

 

俺は、水遊びを始めようとしているけーちゃんのところへ行く。汗を拭くタオルしか持ってきていないから、川を手でパシャパシャする程度に留まらせるしかない。

 

「仕事の報酬だ。1つくらいは持っていて構わん。」

「ありがとうございます。」

 

 

そのことを伝えると、けーちゃんは大喜びである。

 

「つめたーい!」

「おいしくなるぞー?」

 

梨を両手で持ったまま、流水で冷やす。むしろけーちゃんの手が冷たくなっている。

 

 

 

おいしくなーれって言いながら、わくわくしているけーちゃんを携帯で録画しているとそれなりの時間が過ぎたらしい。

 

「あっ!さーちゃん!」

 

冷やした梨を見せに、姉さんのところへ向かっていく。

 

 

 

「うっわ、多いな……」

 

早速、先輩が仕事内容を確認してテンションダウンした。

 

「時間は限られているわ。この人数でやればすぐに終わるでしょう。」

 

 

雪乃先輩が行動を促し、まずはキンキンに冷えた梨を仮設調理場まで運ぶ。休憩している平塚先生が、組み立て式のキャンプ机を用意しておいてくれたようだ。

 

 

「よしっ!」

「やる気だな……怪我すんなよ。」

 

「だいじょぶ! よくママがやってるの見てるから!」

 

意気揚々と結衣先輩が包丁を扱おうとするが、かなり手つきが危ない。剥きすぎた梨は、まるで彫刻刀で刻んだようだ。

 

 

「さーちゃん、はやくー!」

「待ってな。」

 

頬の緩んだ姉さんがするすると皮剥きをしていけば、『意外』という声が上がる。実はかなり家庭的女子で、里芋の煮っころがしが得意料理である。

 

小町さんはもちろん、先輩も意外に上手だ。

 

 

「なかなかね。」

 

それは皮肉だ。勝ち誇った笑みを浮かべながら、雪乃先輩が次々と飾り切りをしていく。梨のうさぎさんが立ち並んでいく姿は、壮観である。

 

 

「……やるじゃん。」

 

リスのように梨をモグモグしているけーちゃんを俺に任せて、姉さんがその挑発に乗った。

 

 


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