キャンプと言えば、カレーかバーベキューだと答える人が多いと思う。いくらラーメン好きな人でも、キャンプ場へ集団で来てまで食べたいと言わないだろう、たぶん。
ありふれた飯ごう炊飯場に総勢100人を超える小学生がいる。職員や小学校教師陣がサポートするようで、俺たちは自分たちの夕飯を作るだけでいいようだ。
「男子は火の準備でもしていたまえ。我々は食材を取りに行く。」
平塚先生によって男子と女子で、完全に役割を分けられる。適切な人選とはいえないから、何かしら思惑があるのだろう。例えば、仕事もしないでイチャイチャする男女を見させられた、平塚先生のトラウマとか。
俺も似たような経験はある。
「じゃ、準備するか。」
葉山先輩が動き始めて、友人の戸部先輩が彼のサポートを始める。男子5人で計3つも火を起こさないといけないのか。火が広まりづらい狭いタイプだから、カレー用で2つとご飯用で1つである。
ちなみにこの上に鉄板を置いてバーベキューをすると、上に逃げられない熱がほとんど前に出てくる。しかもあの時は木炭ではなく、木材だった。俺的にはそれが一番トラウマである。
「お前、できんの?」
「まあ、何度かやったことはあるんで。」
先輩が尋ねてきたので、はぐらかす。
10回くらいはやったことがある。
「僕はあんまりやったことないんだよね。」
「よしっ、戸塚。共同作業しようぜ。」
どこか生き生きとし始める、八幡先輩。
「まずは炭積むんしょー?」
「ああ。空気が入るようにしろよ。」
「かしこまっ!」
葉山先輩が的確に戸部先輩に指示しているように、積み上げるというよりは、組むという方が正しい。いろいろな組み方があるが、どの方法でも空気穴を大きく開けることが求められる。ついでに俺はいつも通り、たぶん燃えやすい木炭の欠片を入れておく。
新聞紙を使う場合が多いが、上昇気流で炭が舞うからあまり好かない。特にバーベキューの時は顕著だ。着火剤があるのだから、落ち葉を入れておけばそのうち大きい木炭に火が付く。
「順調か?」
「はい、先輩。」
最重要なことは、団扇で空気を送り込むことだ。気合いさえあれば、ベランダに数ヶ月放置されていた湿気のある木炭でもなんとかなるさ。
「暑そうだね?」
「なんか飲み物持ってくるわー!」
葉山先輩、八幡先輩、俺が、無心で団扇をパタパタとしている。少しずつ燃え上がっていく炎と、夕暮れ時とはいえ真夏の暑さによって、俺たちの頬を汗が流れていく。
戸塚先輩や戸部先輩が気を利かせてくれたらしい。
「……なんだ?」
「いや、なんでもないよ。」
ほんの少し見つめ合っていたようだが、もしここに海老名先輩という女子がいれば鼻血を噴き出していただろう。
「本当になんでもないよ。」
「それ、なにかあるようなものじゃないですかね。」
思わず、口に出してしまった。
でも、何かしら聞きたいと思っているのは確かだ。
「で、なんだ?」
「……ヒキタニくんは」
「順調?」
そこまで言いかけて、戸部先輩たちが戻ってくる。そんなに距離はないからな。
「はい、大志君も!」
「……ども。」
まじで戸塚先輩、メイドカフェで働いていたら引く手あまただろう。
「隼人、すごーい!」
「うん。隼人君、さすが。」
戻ってきた三浦先輩や海老名先輩が、葉山先輩を大絶賛である。戸部先輩ががんばったアピールしているし、葉山隼人がフルネームなのか。
「ヒッキー、がんばってるね!」
「顔に泥を塗っているわよ。」
「ああ、付いてたか。というか、炭だろうが。」
結衣先輩や雪乃先輩がボウルを持っている。その中には人参・じゃがいも・たまねぎが細かく切られていた。結衣先輩が切ったのだろう歪な形もあるが、キャンプカレーには合っている。
顔に泥を塗るようなことはしていないと思う、俺の知る限り。
「お兄ちゃん。拭くから動かないで。」
「おう。」
ナチュラルにブラコン・シスコンするよね。ウェットペーパーで頬をごしごししている。
「ほら、大志置くよ。」
「熱いから気をつけろよ。」
急いで、炭火を分散させておいた。姉さんが軍手もせずに飯ごうを置いてしまうから、ひやひやする。
「けーかもお米やったんだよ!」
「おおっ、えらいな!」
米研ぎのことだろう。えへへと照れている妹を写真撮影して親に送ってあげたいのに、炭で汚れた軍手がそれを阻む。
さて。
俺たちは中・高校生であり、その中には料理を得意とするメンバーもいるから、かなりスムーズに進んでいた。雪乃先輩や平塚先生が主体となって鍋で肉と野菜を炒めている。水を入れた後には、じっくりと煮込むだけだ。
だから、手持ち無沙汰なメンバーが出てくる。
「暇なら見回って手伝いでもしてくるか?」
平塚先生が高校生組に向かってそう言った。
特に、先輩と姉さんが対象のようだ。
「まあ、小学生と話す機会なんてそうそうないですよね。」
葉山先輩は乗り気なようだ。
俺も周囲を確認したが、小学生は和気藹々と飯ごう炊飯を楽しんでいる様子だ。男子を中心としてドッタンバッタン大騒ぎが目立っていることに対して、黙々と作業を行っている児童もいる。
「いや、鍋見ないといけないでしょう?」
「ふっ、気にするな比企谷。」
平塚先生の言葉に、先輩は首を傾げた。
「私が見ててやろう。」
「……そうっすか。」
逃げ道を塞がれた先輩は、内心舌打ち。
鍋を見ている雪乃先輩は内心ホッとしているようだ。
「比企谷妹。雪ノ下と代われるか?」
「あっ!はーい!」
平塚先生は、奉仕部部長も見逃さない。
ほんの少し溜息をついて、彼女は場所を譲った。
「川崎姉も行きたまえ。」
「……京華のこと頼んだよ。」
けーちゃんの前だと、姉さんも断りづらいらしい。
こうして、高校生組は小学生との交流を行うことになった。コミュニケーション力向上というよりは、営業セールスマンのような社会性を身につける機会といったところか。
「待っている間、保護者面談といこうか。」
俺たちは首を傾げた。
「無論、この夏休みをどう過ごしているかについてだ。」
問われているのは、勉強をしているかどうかではないのだろう。外に出て、誰かと遊んでいるのかというやつだ。
「家にいる以外だと……スーパーへ買い物に、バイトと……」
専業主婦みたいなことしているな、俺の姉さん。
「はぁ……川崎姉は本当に高校生なのか?」
けーちゃんと過ごす時間が多い。
そんな我らの妹は、飯ごうから出る湯気を楽しんでいる。
「俺的には。家族思いすぎて、心配ですけどね。」
平塚先生は嬉しそうに頷いた。
『学校では任せておけ』ということだろう。
「それで、比企谷兄はどうだ?」
「うーん、ずっと家ですかね。でも小町的には超頼れる優しいお兄ちゃんですよ!」
「ほう?」
平塚先生は鍋を一度かき混ぜて、会話の続きを促す。
「小町の読書感想文のために、昔の作文読ませてくれたり自由研究手伝ってくれたり。まー、作文は参考にしちゃダメなやつでしたけど。」
「君は将来有望だな。扱い方を心得ている。」
捻くれた作文だろうな。
小町さんも苦笑いである。
「んーまあ、ホントいい兄ですよ。小町が家出したときは必死に探してくれましたし、小町のわがままもなにかと聞いてくれて、帰る時間とか早くなったし……」
「それを伝えれば、喜ぶだろうな。」
「わうあっ!それは反則ですよ!」
かーっと赤くなった顔からは、目を離せない。
「ふむ。だが、川崎弟と妹も聞いてしまったようだが?」
平塚先生はニヤリと告げる。もちろんけーちゃんはまだそういうの早いようで、ちょこんと首を傾げている。
「だいじょーぶですよ。大志君って口が堅いんで!」
顔が熱い。嘘偽りのない明るい言動に対して、俺は言葉を返すことはできない。
ずるいな、ほんと。
知っていて、信頼されているということだ。
「ぐはぁっ!」
「せんせー、どうしたの?」
「い、いや、大丈夫だ。」
けーちゃんの無垢な目が、未婚の平塚先生に追撃のダメージを負わせたようだ。
「……たばこすいたい」
「控えてください。」
いや、まあ、まだ付き合ってはいないんだよな。