朝から、何本の薪を割ったことだろう。
夜にあるキャンプファイヤーのためである。
肝試しもあって、小学生は風物詩を満喫するようだ。
「たーちゃん、元気ないのー?」
「大志。あんた、はりきりすぎ。」
ワンピース型の水着を着た妹が心配してくれた。姉さんはTシャツのまま川に入るとか、ワイルドすぎるだろう。
「途中から、楽しくなったんだよ。」
昼は小学生も自由時間ということで、各自グループを作って遊んでいる頃だろう。指定された範囲を探険している子もいれば、キャンプ場に来てまでドッチボールをしているメンバーも見かけた。
かくいう俺たちも、自分たちで自由時間を過ごしている。
「まっ、夜まで休んでおきな。」
2人も再び、川遊びに戻っていく。
けーちゃんは小町さんに懐いているしな。
「ずいぶんとみっともない姿ね。あなたのおかげで早く終わったことは確かなのだけれど。」
木陰でぬぼーっとしていると、話しかけられる。
「……ども。」
どうしても、昨夜のことが頭によぎってしまう。
白を基調としたビキニは、すらりとした手足を際立たせている。モデル体型すぎて、東京に行けばスカウトされること間違いなしだろう。
「なるほど。あなたはどうやら一般的な男とは違うみたいね。」
年上の余裕を見せつけられている気分になる。
男の視線には慣れているのだろう。俺が身体のどこをチラ見していたのか、彼女にはお見通しらしい。
「えっと、どうしたんすか?」
さすがに男として、はぐらかす。
「水遊びといっても、何をすればいいのかわからないのよ。」
「あー、確かに。泳げるほどの水位はないっすからね。」
ベクトルは違うけれども、見事なプロモーションの水着美少女・水着美男子が真夏の川にいる。水のかけ合いだったり、魚を追いかけたり、どの歳になってもその状況で『遊び』は思いつくものだ。
「ゆきのーん!」
結衣先輩が手を振りながら、呼んでいる。
「結衣先輩が勝負をしかけてきた……なんてな。」
「なるほど。勝負事というのなら、負けるつもりはないわ。」
ネタのつもりで言ったのだが、決闘かのように受け取られてしまった。あいかわらずの負けず嫌いである。
「どうせ休むのなら、向こうでぬぼーっとしている男とコミュニケーションをしてあげなさい。」
「はい。そうします。」
今にも、昆虫観察を始めてしまいそうな先輩がいた。
終わりが見えなくなるやつな。
「ここ、失礼します。」
「……おう。」
川に視線を戻した先輩が自然と目で追っているのは、パーカーを身に着けた戸塚先輩のようだ。好きすぎだろ。
「先輩。」
「なんだ?」
「暇です。」
無視された。
小川のせせらぎが心地いい。
「……好きな人の話をしますか?」
「……戸部かよ」
セミの鳴く声にかき消されそうな呟きだった。
「なるほど。昨日、俺がいない間に恋バナしてたんですかね。」
「まあな。だが戸部のやつが海老名さんの名前を出したくらいだ。俺や戸塚は興味ないし、葉山のやつははぐらかした。」
口軽いな。
そういうのは、秘密前提だろうに。
「お前、どこ行ってたの?」
「雪乃先輩と話をしていました。」
「ほーん。」
内容を聞かないあたり、たとえそれがそれなりに知り合いであっても、先輩は深くまで踏み込んではこない。
「雪ノ下ねぇ……」
先輩が奉仕部に入ってからの付き合いだから、先輩にとってもう数ヶ月は部活仲間だ。
「どう思います?」
「……さあな。」
雪乃先輩は困惑しながらも、結衣先輩たちと確かに笑っている。
「俺的には、美しくて怖い人だと思いますよ。」
ちらりと向けられた目が、続きを促している。
「もちろん、容姿も優れているんですけどね。俺が言いたいのは、その生き様とか、発言力とか、実はとても優しいとか。」
いつか、人の上に立つ存在になるだろう。
でも優しすぎて、儚い。
「まとめると、かっこいいんです。」
俺ならば、そう評する。
もちろんそれは人によって異なるだろう。
「気づけば、影響されているっていうか。いや、怖いですね」
言葉にはできないものだ。
その素敵な何かに、俺も惹かれていた。
「まっ、先輩もなんですけどね。」
雪乃先輩に変わるきっかけを与えたのは、きっと先輩たちなのだろう。
「冗談言うな。俺の影響なんて受けない方がいい。」
先輩らしい返事で、苦笑する。
だから後輩第一号は、譲る気が起きない。
「それでですね……」
今から言う内容はすでに、決して鈍感ではない先輩には気づかれていることだ。
黄色のビキニを着た天使を、目に焼き付けながら告げることがある。
「お義兄さん、妹さんをください。」
「断る。あと、お義兄さん呼ぶなし。」
……シスコンが。
小道から、ざっという足音。
先輩の『ざまぁ』という視線。
「ポイント、まだ足りませんかね?」
「残念だったな。さっきのでマイナス一億ポイント。」
まるで小学生みたいな返しだな。
「男子って、バカばっか」
この子に聞かれたこともあって、途中から自暴自棄になってしまった。男子だけの恋バナを女子に聞かれるって、運がない。
「思春期真っ盛りの中学男子なんて、そんなもんだ。」
「八幡も?」
小学生の女の子が呟くように告げる。
ちらりと彼女の姿を見ると、そのロングの黒髪と落ち着いた雰囲気が、どこか雪乃先輩を思わせる。この子も、かなり先輩に懐いているようだ。
「……聞くな。黒歴史だ。」
「ふーん。」
彼女が、つまらなさそうに相槌を打った。
「で。何しに来たんだ? るみるみ」
「るみるみ言わないで。」
むっとして、訂正させようとする。
彼女が件の依頼人候補ということか。
確か、留美ちゃん。
「今日は自由行動なの。朝ごはん終わって戻ったら、誰もいなかったけど。」
「ほう。これでボッチ仲間だな。」
直接的な被害ではなく、冷遇といったところか。
「うそつき。そいつ、誰?」
留美ちゃんが、先輩に問い詰める。
『お前、ボッチじゃなかったのか』的な。
「妹を狙う敵だ。」
「ふーん。敵ならいいや。」
そう言いながら、先輩とちょっと距離を開けてちょこんと木陰に体操座りした。
「ね、八幡はさ。」
「なんだ?」
「小学生ときからの友達って、今もいる?」
「いない……いや、元々いなかったな。」
疎遠になったわけではないんだな。
俺と違って。
「あんたは?」
「俺も、もう会っていない。」
「そうだな。卒業したら、会わなくなるもんだ。」
ともかく。
「やっぱり?」
ほんの少し、嬉しそうな顔をしている。
でも、それは不確定な未来だ。
今この瞬間、彼女は変わりたい。彼女がぎゅっと握りしめたデジカメは、たぶん一度も使っていない。
「おみやげは、友達との写真?」
「……うん。」
友達がいる前提だな、それは。
決して、一期一会の俺たちの写真ではない。
「……こういう嫌な感じも高校生になったら変わるのかな。」
年甲斐もなく川遊びをする年上を見て、留美ちゃんは呟いた。それこそ引っ越しや転生でもしないと、『周囲の評価』は一気に変わることはない。
「さあな。」
これからこの子の周囲がどう変わっていくかは、一期一会の俺たちにも、彼女自身にもわからない。
……雪乃先輩は、人ごと世界を変えたいと言った。
この子は、どういう考えを持つのだろう。
諦めるのか、抗い続けるのか。
自ら変わるのか、周囲を変えるのか。
「で。今はどうなんだ?」
「わかってて聞かないで。」
「いや。お前的には変えたいのか?ってことだ。」
先輩は、質問を重ねる。
ほんの少しだけ、彼女はこくりと頷いた。
その意志を、先輩はちゃんと汲み取る。
「……肝試し。」
先輩がそう呟いた。
留美ちゃんが、顔をあげる。
「……え?」
「肝試しを楽しみにしているんだな。」
先輩が本気の目になると、かっこいい。
「……わかった。」
いつのまにか、留美ちゃんは先輩のシャツの裾を握っていた。
彼女たちも先輩をちゃんと知って、好意を持った。
でも。
この現実で、幸せになれるのは1人だけなのだろう。
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Q. 本当に怖い思いをするとしても、人は脅威に立ち向かうことができますか。
祖国を守るために命を落とした『戦士』、銃で銀行強盗から母親を守った『女の子』、ガキ大将の足にしがみついた『いじめられっ子』、炎の中に飛び込んでいく消防士、紛争地域でのボランティア。
人ごと世界を変えようとする先輩、車に轢かれそうな犬を咄嗟に助けた先輩。
俺は転生して、一度何もかも失った。
再び経験することを考えたのなら、
A. 立ち向かうことはできない。
まだ数ヶ月という浅い関係だ。
それでも。
奉仕部という関係を大切に思っているのは、結衣先輩だけじゃないはずだ。