紫を基調とした『魔女っ娘』と、サーバルキャットのフレンズ『サーバルちゃん』を司会として、肝試しが行われている。それは戸塚先輩と小町さんであるのだが、2人とも可愛かったな。
小学校教師が持ってきた仮装がハロウィンのものだったのだ。まあ、仮装しなくとも、うちの姉は『不良の演技』をするだけでホントに怖い件。
「ひゃうっ!」
俺は、雪乃先輩も驚かすことができたようだ。
白い着物の彼女は月光を浴びている。
美しくて、先輩も見とれていた。
「大志君……?」
古い白いシーツに穴を開けただけ。
そんな仮装の俺は、ふらふらしている。
「ごめんなさい。」
たぶん俺は、してやったりという笑みを浮かべているだろう。
「……あちこちから悲鳴が聞こえるのだけれど、あなたの仕業かしら。」
むっとしながら、彼女はそう告げる。
「そうっすね。うろうろしています。」
深く暗い森には、オリエンテーリングのコース番号がある。肝試しはそれを利用しているから、シーツの中でスマホに映っている地図を見ながら移動している。
「私が怖がりということではなくて、あなたが上手なのよ。」
「あ、はい。」
遊園地のお化け屋敷にあるように、声を出して驚かしてくるのだと小学生は予想している。だから、幽鬼的に通りすぎるだけでいい。正体がわからないというのは、酷く怖いことだ。
「そろそろ、留美ちゃんの班が来そうなので。小町さんたちから合図がありました。」
着物の袖から、彼女はスマホを取り出した。
その仕草は、様になっている。
「……由比ヶ浜さんから、メールは来ていないわね。」
連絡については、LINEで行われている。彼女の連絡先を知っているのは、結衣先輩や平塚先生くらいだ。
「知らせてくれて、ありがとう。」
「はい、よかったです。」
まあ、先輩って方向音痴で遭難しそうで、心配だったこともある。
―――だ、だれかぁ!!
「叫び声。何かあったのかしら。」
「俺たちも行ってみましょう。」
たぶん、助けを求める声だ。
被っているシーツを、一度折り畳んだ。
「っく…っく…」
泣いている女子の膝の傷が、痛々しい。
外傷は軽い擦り傷のようだ。
足首を抑えていることから、捻挫らしい。
「木の幹に、足を挫いたのかしら。」
「そうらしいですね。」
木陰から、俺たちは様子を伺っているまま。
あの少女のグループには、留美ちゃんがいるはずだ。
「その、どうしましょうか……?」
助けに行くことはできる。
俺は、手に持っているシーツを握りしめた。
「これが、最後のチャンスかもしれないから……」
最後の夜、俺たちは先輩の作戦に懸けるしかない。
留美ちゃんの『依頼』が解決しないままになる。
「本音を言えば、今すぐに助けたいです。」
「私もそう。」
「でも、それでいいのかなって……」
「そうね。」
一度関係を壊すだなんて、酷く怖いことだ。
でも、優しいことが常に正解とは限らない。
彼女たちを脅して、とても怖い思いをさせる。そして、『自己中心的』な考えという人間の醜い部分を表面的に引き出させる。そして、『そんな人だったんだ』と裏切る。そういう、作戦だ。
「いたいよぉ……こわいよぉ……」
「泣かないでよぉ……」
迷っている間に、悲しみという感情は連鎖していく。
そこに過去は関係ない。
今この瞬間、『共感』している。
「ごめん、遅くなった!」
留美ちゃんだ。
踏み出そうとしていた俺たちは、止まる。
「どこ、行ってたの……?」
「小川。ここからは近かったから。」
ボッチ仲間で夕方までいた場所だ。
大人びた彼女は、冷静に対処している。
「ちょっと、手を外して。」
「う、うん……」
つめたっ!と女の子が叫ぶ。
濡れたハンカチを患部に押し当てたのだ。
俺と雪乃先輩は大きく頷いた。
合っている。それでいい。
「助けが来るまで、動かない方がいい。大丈夫、助けはすぐ来るから。」
それは、優しい嘘だ。留美ちゃんがそう告げたように、無理に立たずに休むべきなのは確かだ。
それを聞いて俺はLINEで先輩たちに知らせる。
『緊急事態につき作戦は、中止。
待機で。
その理由は……』
「大丈夫。なんとかなるから。」
「なに、してるの?」
「捻挫の応急処置。RICEって言うの。まずは休んで、冷やして……」
言い淀んだ。
その小さなハンカチでは、うまく結べない。
これ以上は、彼女たちだけでは対処できないようだ。
でも、『きっかけ』はできた。
「圧迫するんだけど……」
「なにかあったのかしら?」
そこに、俺たちが駆けつけた。
まるで急いで駆けつけたように見せた。
「仁美ちゃんがケガしたんだけど……」
「……捻挫、かしらね。」
彼女も嘘をついた。
それは、優しい嘘だけれど。
「うん、捻挫。とりあえず冷やしたんだけど……」
留美ちゃんが、俺が手に持っているシーツに気づいた。
「それ!」
「ああ。これでCompression、圧迫だろ。」
綻びから、シーツから部分的に俺は引き裂いた。
「我慢してくれよ。」
患部に、布を少しずつ巻いていく。
「由香ちゃん、手をにぎってあげて。」
「う、うん!」
仁美ちゃんは目をぎゅっと瞑る。留美ちゃんが指示した通り、彼女の手はちゃんと友達と繋がっている。
「よしっ、できた。向こうに戻ったら、先生に見せよう。」
背中に、確かな重みを感じた。
できるだけ、揺らさない
ように来た道を戻る。
仁美ちゃんに、ちゃんとみんなが付き添っている。
「鶴見さん、どこで捻挫の応急処置を習ったのかしら?」
「えっと、お母さんから。」
雪乃先輩が思い出したように尋ねると、留美ちゃんは答えた。
「こういうとき冷静な人がいると、安心できるな。」
それを覚えていたとしても、実践できるとは限らない。落ち着いていて、大人びていて、そういったことは彼女の『長所』なのだ。
「その、鶴見……ごめん」
仁美ちゃんをおぶっている俺でも聞き取りづらい、小さな声だった。
あたしも、私も、わたしも……
その謝罪には具体的内容がない。
「ううん、いいよ。」
留美ちゃんがそう告げる。
5人とも、気まずそうだ。
でもこの静寂は悪くはない。
ちゃんと伝えているし、ちゃんと伝わっている。
「そろそろだぞ。」
誰よりも前を歩いている俺は、バレないように笑みを零した。
****
『もうすぐ今日が終わる
やり残したことはないかい
親友と語り合ったかい
燃えるような恋をしたかい
一生忘れないような出来事に出会えたかい
かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい』
「オワリはじまり」、か。
キャンプファイヤーを囲んで、歌っている。
「……はぁ」
ただいまも伝えていないし、おかえりも伝えていない。
さよならも、決してできていない。
丘の上から広場を見ている。ここも月光に照らされ、キャンプファイヤーの炎の明るさが少し届く。
「やっほー!」
「……おう」
すでに仮装から着替えていて、Tシャツの上に緑色のパーカーを羽織っている。夏といえど、夜は冷える。
「もっと近くに行かないの?」
「小町さんこそ、フォークダンス参加しないのか?」
フォークダンスを始めようとしている。
彼女なら、参加すると思ったけれど。
「大志君も行かないんだったら、いいかな。」
やりたいことしか、やらない……か。
「まあ、主役は小学生だからな。」
そんなことを言えば、彼女はやれやれ顔である。
「大志君や雪乃さんのおかげで、解決したんだよね?」
「いや、待っただけだ。」
留美ちゃんもまだぎこちないが、フォークダンスの輪に入っている。あの4人の女子とは近くに固まっていて、今この瞬間留美ちゃんの雰囲気は、雪乃先輩が結衣先輩に川遊びに導かれた時のようだ。
「でも、嬉しそうだよ?」
「それは、良い感じに解決したからだ。」
俺は、何もしていない。
偶然『きっかけ』が起こっただけだ。
「だって、作戦立案も先輩だし……俺は結局、あの子たちのために行動を起こすことはできなかっただろうし。」
また違った結果になっていたはずだ。
それが、良いものか悪いものかわからない。
それでも、関係が変わっていたのは確かだろう。
「大志君はがんばりました!」
「ちょっ!」
地面に座っている俺の頭を、ナデナデしてきた。
咄嗟にのけぞると、両手を頭に押し付けられる。
「今日もがんばったよ!おつかれさま!」
ええい。
あざとい!可愛い!香りがやばい!
「いや。俺、特に何も……」
「直感じゃないもんねー!」
ナデナデが、止まった。
「小町はね。大志君のがんばってるとこ、いっぱい見てきたのです。」
「それにね。」と耳元で囁いた。
柔らかい感触が背中にある。
たぶん、膝を地面につけて抱きついている。
「待つって、結構つらいことだよ。」
心臓が、バクバクと音を立てている。
「……ごめん。」
「ううん、いいよ。」
また、逃げ道を作ってくれる。
彼女の優しさに何度も甘えてきた。
「無理に聞かないから、さ……」
本音は、聞きたいはずだ。
彼女は『引き際』を知っている。
彼女は抱き着くのをやめて、離れていく。
タイムリミットは、迫っていた。
「待ってくれ。」
口に出した言葉に、振り向いた。
ちゃんと向き合ってくれる。
俺はずっと待たせていたんだ。
「俺は……小町ちゃんが思ってるくらい、いいやつなんかじゃない。」
何度も、彼女を傷つけてきた。
傷つけているのだと自覚していた。
俺は、大きく息を吸った。
「川崎大志というありふれた人間の、人生を奪って生きている『転生者』だ。」
伝えた。
伝えてしまった。
「俺には、別のやつだった前世があるってことだ。」
誰にも伝えたくなかったことだったけど、伝わったはずだ。
この関係を失う可能性の高い『真実』だ。
失いたくなくて、『嘘』ばかりの生き方を選んだ。
それは、決して楽なことではなかったけれど。
独りで悩み続けた。
「黙っていて、ごめん。」
炎を、俺は見続けるだけ。
地獄とは思えないほど、まぶしい。
「えっと……」
秘密を伝えてしまった彼女の表情は見えない。
川崎大志のかつて友達だった彼らのように、『否定的な目』なのかもしれない。
「えっと。それでさ。何歳くらい、かな?」
尋ねられる。
自虐的な笑みを、俺は浮かべていることだろう。
潔く、その質問に答えるとしよう。
「転生したのは、大学生の時。たまに身体年齢に引きずられる時もあるけど、まあ、合わせて23歳くらい。」
目覚めた時には、病室だった。
そこからリハビリ。
慣れない身体は1年あってもまだ馴染まない。
「あ、あれ……?」
小町ちゃんが困惑している。
それはそうだろうな。
非科学的で、まちがいだらけの俺を理解できるはずはない。
「もっと年上かと覚悟してたんだけどな……」
一体、どういうことだ。
「……はい?」
「いや、だってさ。お兄ちゃんより大人っていうかさ。まあ、お父さんほどではないんだけど。」
さすがに、30代扱いしてほしくはない。
「あっ!お兄ちゃんが子どもっぽいのかも!」
「俺からすれば、先輩たちって高校生にしては大人びているんだけど。」
いや、それよりもだ。
「えっと、気づいてた感じ?」
「ううん。全然。でも大人っぽいとは思ってたけど。」
さすがに、信じられないことだからな。
「勉強ができるとことか、あとネタがちょっと古いとかもあるんだけど。なんだか学校の先生みたいだなーって。」
「……そうか。」
俺は、呟いた。
秋葉や神田さんたち、それなりに話すやつがいる。
俺は偽り続けているし、これからも偽り続ける。
彼ら彼女らの、人生を狂わせてきた。
だから、離れようとした。
それなのに。
離れたくないと思ってしまう。
「うん。キミのこと、もっと知れてよかったよ。」
えへっと、彼女ははにかんだ。
「いや、……意味わかんない、とかあるだろ?」
「そだね。まだよくわかんないよ。だから、ごめんなさい。」
ぺこりとお辞儀した後、にこりと微笑んだ。
謝るべきは俺の方だ。
「なんで、謝るんだ。俺の方こそ謝らなきゃいけないのに。」
「小町は好きで待ってただけだよ。大志君の言っていることを信じたいんだけど、でも、まだちょっと時間がかかりそう。」
俺だから、信じてくれるのか。
「でも、こんなめんどくさいやつと関わっていたら、ろくなことにならないだろ。」
本来歩むべき『ストーリー』を狂わせる。
「だいじょぶ!お兄ちゃんで慣れてるし!」
俺は。
俺たちは。
この1年と4ヶ月という期間をかけて、ようやく互いの『人となり』を知った。
「それにね。小町が幸せかどうかは、自分で決めるのです。だからさ、大志君も自分で決めなよ?」
自己アピールとか、長所を述べるとか、結構苦手なんだけどな。
「It’s gonna be your worldってことだよ!」
流暢とは言い難い英語だった。
いつか小町が歌った『プラチナ』の歌詞か。
「……ありがとう。」
答えは得た。
伝えるべきは、お礼だ。
「どういたしまして!」
目の前にいる彼女は、
幸せそうな笑顔が似合う女の子。
背伸びして大人になろうとする女の子。
お兄ちゃんが大好きな女の子。
「……よしっ」
いつしか『素敵な何か』に惹かれていたけれど、それが何かを知ろうとしていた。
それはこれからも変わっていく『虚像』にすぎない。
知らない一面を知って、また『好き』になるんだ。
「伝えたいことがあって……」
「うん。話してみて?」
もうこれ以上、待たせたくはない。
これからも人生を狂わせ続けることになるけれど。
「……なぁ小町。俺と!」
「名前呼び!しかも呼び捨てなんて!」
人生初の告白は、中断させられた。
目をキラキラさせている。
「小町やったよ!お兄ちゃーん!」
その声は届いてはいないだろうが、広場に雪乃先輩たちといる先輩に対して小町は手を振っている。これが現実か。
「やっぱり俺の初恋の人ってブラコンじゃねぇか! 最後まで言ってないのに失恋したぁ!」
「いやいや、大志君の方こそ! すっごいシスコンじゃん!?」
実の姉妹とはまだ思えないが、大切な家族なんだ。いまだ、負い目とか責任だとか、弟や兄としての役割を演じている節はあるけれど。
それでも、俺の存在を認めてくれた大切な存在だ。
「ほんとさ。大志君ってシスコンで。なんかめんどくさくて、うじうじしてさ。いつも自分の気持ち、踏みにじって。」
「……はい」
自覚がある分、心がいたい。
小町はしょうがないなぁという顔を見せる。
1年とちょっとという時間で、俺はいろいろとダメなところを見せてきたらしい。
「お兄ちゃんにも懐いちゃってさ。」
いつもの、捻デレシスコンだな。
「一番に頼りたいと思う男子の将来が、小町は心配です。」
両手を後ろで組んだ。
星空をバックにして、微笑む。
「だからね。なにかと目の離せないキミは、小町が末永く支えてあげます。」
まだ、あどけなさを残したままだ。
それでも。
少しずつ大人になっている。
歌詞転載:
『オワリはじまり』JASRAC楽曲(167-2191-8)
『プラチナ』(070-3488-1)