川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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あけましておめでとうございます。体調不良や年末年始により、かなり投稿が遅れてしまいました。今年もまたよろしくお願いいたします。



第17話 重ね合う日常 後編

気まずそうなのは、雪乃先輩もらしい。猫の頭から手のひらを離して、惜しみながら離れる。そして、緩んでいた頬から、いつもの冷静な表情に戻した。

 

一度咳払いして、こちらへゆっくりと歩いてくる。

 

「あら、奇遇ね。ヒキタニ君。」

 

「お前もそう呼ぶのかよ。夏の暑さにやられたのか?」

「あなたの方こそ、まるで屍のように歩いていたわね。」

 

いつも通りの『言葉遊び』に、雪乃先輩はくすりと笑みを零した。日陰で休んでいた雪乃先輩の方が俺たちより平然としている。

 

「川崎君も合宿以来ね。」

「はい、お久しぶりです。」

 

先輩の持っているバッグを見て、彼女は顎に手を当てた。そのクリーム色の手荷物は『先輩らしくはない』。

 

「これから、昼食のお買い物?」

 

「ああ。」

「そう。」

 

 

もう、会話が途切れるのか。

 

 

「……じゃあな。」

「ええ、さようなら。また夏休み明けに。」

 

てか、次に会うのは夏休み明けかよ。

結衣先輩が真ん中に入っていないと、こうなるのか。

 

「少々お待ちを。」

「なにかあったのかしら?」

 

ちょこんと不思議そうに首を傾げている仕草は、様になっている。

 

「雪乃先輩は、お昼はどうするので?」

「昼食については、私もこれから買い出しに行くつもりよ。」

 

今は、1人暮らしだったはずだ。

チャンス。

 

「奇遇ですね!ご一緒しませんか、先輩と!」

「いや、なんで俺となんだよ……」

 

 

小町に急いで連絡を取る。

『雪乃先輩、出会った

一緒に買い物行って、ごはんたべるでおk?』

 

あまりいい文章ではない。

でも、意味は伝わるはずだ。

 

すぐに、『グッショブ』を示すスタンプを受信した。

 

 

「小町さんもいいみたいです、雪乃先輩。」

「どうして、小町さんの許可が必要なのかしら?」

 

こめかみに手を当てて、結衣先輩と話すときの目をしている。

 

「えっとですね、小町さんのご両親って共働きらしくて、俺もお邪魔させてもらってます。」

「……そう。それなら同伴させてもらうわ。」

 

先輩の意志を無視した行動ではある。でも、先輩が小町に向けるような『やれやれ顔』をするくらい、俺はポイント稼ぎをできているようだ。

 

最近、かなり影響されていると自分でも思う。

 

「あっ、先輩の家って猫いますよ。」

「急ぐわよ。」

 

即答である。

1人暮らしということもあって、猫を飼うことを躊躇っていると言っていたはずだ。執事やメイドさんがもしいたなら、家は猫カフェになっているだろう。

 

まあ、1人暮らしをしている理由を、俺は聞いたことはない。

 

 

「雪乃先輩は夏休みどうお過ごしで?」

 

あまりに会話がないものだから、俺が話題提供するしかない。急ぎ足だった雪乃先輩も次第に、減速し始めた。あまり体力のない人だからな。

 

「予備校に通うくらいかしら。それ以外は、家で読書よ。」

 

「雪ノ下もいたな、そういえば。」

「ええ。偶然、いえ不幸にも、同じ教室になるとはね。」

 

それと、と雪乃先輩が言葉を紡ぐ。

 

「初めて授業態度を見たのだけれど。あなた、いつも猫背なのね。」

 

「余計なお世話だ。」

「川崎さんは姿勢がいいわね。比企谷君も見習いなさい。」

 

予備校にはうちの姉も通っているのだが、顔見知り3人同じ教室で講義を受けている状態か。

ちゃんと、視界には入れている。

 

「このままだと、さらに目が悪く……いえ腐るわよ。」

「おいおい。これ以上ゾンビになるのかよ、俺。」

 

現在10時半。

スーパーに着くと、すでに人で賑わっている。

 

とりあえず、小町やけーちゃんに、お昼ご飯のリクエストがあるか聞いてみるか。そう思いながら、俺は携帯をポケットから出した。

 

「ここ、来たことないのか?」

「ええ。いつもは、家のもっと近くだから……」

 

雪乃先輩は、きょろきょろしていた。

 

お爺さんやお婆さんから子供まで。

もちろん、家族連れも多い。

 

「……どうした?」

 

普段行ったことのないスーパーだからだろうか。

立ち止まっていた雪乃先輩に、先輩が声をかける。

 

「いえ、行きましょう。」

「はいよ。」

 

慣れた手つきで先輩が、カートに籠を放り込んだ。

 

「で、何にする?」

「お邪魔する側としては、希望を聞いた方がいいと思うのだけれど。小町さんは何がいいかしら。」

 

「それなら俺の希望はどうなるんだ。いや、別にいいんだけどよ。」

 

野菜売り場にたどり着いた。

雪乃先輩は顎に手を当てて、ふと思いついた顔をする。

 

「比企谷君、何が嫌いかしら?」

「言ってたまるか。そう簡単には引っかからん。」

 

「あら、弱点は克服するべきだと思うわよ。」

 

ピーマンを手に取って、先輩の反応を雪乃先輩が確認した。

 

「いぬ……」

「別に嫌いとは言っていないわ。苦手なだけよ。」

 

「俺は人は無理に変わらなくてもいいと思うんだ。雪ノ下的には、苦手は克服すべきか?」

 

猫大好きだけど、反対に犬は苦手なのか。

彼女はちらりとこちらを向いて、ニコニコと微笑む。

 

「ところで、大志君は何がいいと思うかしら?」

 

交渉を持ちかけてきた。

バラすな、ということか。

 

「しいて言うなら、あっさりしたものが良いですね。あと、けーちゃんはあまり苦手な食べ物はないです。」

 

うちの妹、ピーマン食べれるって偉くないか?

料理上手な母親と姉のおかげだ。

 

「なるほど。妹さんも来ているのね。」

 

みずみずしい赤のトマトを、彼女は手に取った。そして、傷んでいないかどうか、ちゃんと確認している。

 

「それなら。パスタにしましょうか。」

「……トマトで、か?」

 

先輩、表情がヒクついている。

雪乃先輩は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「ええ。新鮮なトマトをたっぷりと使ってね。」

「待て。あれだ、小町の希望を聞いてだな。」

 

先程打ったメッセージに、ちょうど返信があったようだ。

 

「小町さん、『冷たいやつならなんでも』、らしいです。」

「なんでもって。小町のやつ……」

 

「幸運にも、冷やし中華やそうめんであっても、トマトを使うことは可能よ。」

 

テキパキと野菜を選んだあと、鶏肉を吟味している雪乃先輩は、どこか生き生きとしている。

 

「……ったく」

 

意を決した表情の先輩も、雪乃先輩にもう反対はしない。時折り、調味料があるかどうかを尋ねられた際には、ちゃんと答えていた。

 

まあ、優しい雪乃先輩のことだから、策があるんだろう。同級生や後輩と過ごす夏休みは、先輩にとっても雪乃先輩にとっても初めてということだ。誰かのために料理をして、誰かと一緒に食べる、そんな経験が彼女にとって多くはない。

 

 

 

****

 

住宅街の中に、ありふれた家がある。

表札には『比企谷』という珍しい苗字。

 

「いらっしゃいませー!ささ、雪乃さん、どうぞこちらへ!」

「お邪魔するわね。」

 

雪乃先輩は小町に大歓迎されて、リビングまで導かれている。

 

「たーちゃん、おかえりーっ!」

「ワンッ!」

 

すっかりサブレと仲良くなった妹が、抱っこを求めてきた。サブレのお姉さんをしていたけーちゃんも、甘えたい時はある。

 

掬いあげるように、しっかりと持ち上げた。

 

「か、カマクラ、カーくん……?」

 

「ふんすー」

「……にゃー」

 

リビングに行けば、雪乃先輩と猫が見つめ合っている。

いつか、猫語学を修めそうなくらいだ。

 

俺はけーちゃんをソファへゆっくりと下ろして、その隣に座る。のそのそと、サブレもソファに上がってきた。カマクラ含め、ペット2匹ともよく人に懐いている。

 

 

「雪ノ下、これどうするんだ?」

「そうね。まずはお料理してからよね。」

 

袋を両手に持った先輩に、呼びかけられた。

 

「……待っていて」

 

キャットフード選びが一番時間がかかっていたと思う。

 

名残惜しそうに、雪乃先輩はキッチンまで行った。といっても、リビングと併設されているタイプだから、2人の声は聞こえてくる。雪乃先輩も、使い込まれているけれども綺麗なキッチンに感心しているようだ。

 

 

「ポン酢?寒天? んなもん、何に使うんだ?」

「今日は気分が良いから、いくつか教えてあげるわ。あなた、専業主夫をまだ志しているのでしょう。」

 

「……カレーと、焼肉のタレ野菜炒めなら、俺にもできる。」

 

「それは、最低限一人暮らしができる程度ね。まずは、鍋を出して。」

「はいよ。」

 

 

小町や俺も手伝おうとしたが、2人に任せて大丈夫なようだ。

 

「雪乃さんとお兄ちゃんが……我が家で料理……うぅ……」

 

どこか姑さんっぽい。

小町が涙を流す仕草をする。

 

「これで小町も安心してお嫁にいけるよぉ……」

「えっ、ああ、そうだな。」

 

珍しく動揺する俺に、けーちゃんは首を傾げる。

小町は、えへへって笑った。

 

「いつもお兄ちゃんと2人で食べてるんだけどね。でもたまにこういうのがあると結構、小町的にはうれしいわけですよ。」

 

兄弟姉妹がいてくれるというのは、共働き家庭においてはありがたいことだ。そのことは俺も実感している。千葉の兄弟姉妹は仲が良いからな。

 

「……まだ夏休みは続くからな。また今度、勉強会でもしよう。」

「うんっ!」

 

草食系男子の俺から誘うことは、あまりない。

それでも、踏み出したいとは思っている。

 

「お昼食べにくるだけでもいいからね。」

「ああ。それは楽しみだ。」

 

「まあ、雪乃さんみたいに、おしゃれにはできないんだけどね。」

「姉さんも和食中心の家庭料理だしな。ていうか、俺の好きな物は、美味しいもの全般だ。……今は食べる専門だけど。」

 

トマトの冷製パスタ、そこにポン酢ジュレ。雪乃先輩の料理が本格的すぎるし、小町も普段から料理をしている。俺も姉さんの料理、今度から手伝おうと思った。

 

「俺も、自炊はできるんだけどなぁ」

「じゃあじゃあ!小町が教えてあげるよ!」

 

家事を率先してやるのって、ポイント高そうだ。教えたがりな彼女の応援もあることだし。


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