川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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第20話 友達とはなにか。

先輩たちは一度の会話をすることなく、ショッピングモールに併設された映画館へ着いた。ゴーイングマイウェイする八幡先輩を、雪乃先輩が数歩遅れて歩いていたのだから、お互いに世間話や雑談をするきっかけが生まれない。

 

映画館全体にキャラメルの甘い香りが充満しており、食欲を誘ってくる。もしこれが家族と来ていたのなら、親にねだる中学生も多いのだろう。残念ながら、個人のお小遣いから支払う余裕はない。

 

「で、何見るんだ、小町」

「お兄ちゃん、ポイント低いよ。小町たちは採点してるんだから」

 

4人で同じ映画を観ることは確定。だからこそ、シスコンな先輩は小町に尋ねたのだろうが、今回の主役の先輩たちを優先するらしい。

 

「毎年恒例のポケモンに、仮面ライダー、戦隊もの、どれも次の上映まで時間かかりそうだな」

 

先輩たちは独りで観るには映画好きのようで、まずは一覧から観るものを決めようとしているらしい。ここでプリキュアでもやってたら、八幡先輩はすぐに選びそうだった。

 

秋だったな、確か。

 

「例えば。アポロ11、アルキメデスの大戦は良かったのだけれど」

「さすがユキペディアさん、興味深そうなタイトルはチェック済みのようで」

 

俺的にも気になるな。Blu-ray借りれるようになったら、観てみるか。

 

「上映してから時間の経ったものはレイトショーに近いわね。それか、早朝」

「みたいだな。このまま待つほどのものでもない」

 

今は夏休みも後半だ。人気作品や気になる作品はどれも、7月半ばという夏休み前に放映開始されている。

 

「これはリケコイと読むのかしら。もうすぐ上映させるらしいわ」

「といっても、このドラマは見てないんだが」

 

『理系が恋に落ちたので証明してみた。』の実写映画か。コミック版しか知らないが、最近ドラマ化したんだったな。アニメは年明けからだったはずだ。

 

「正直に言ってくれ。俺と2人で恋愛ものの映画を観ることの是非について、どう思う」

「ないわね。別のものにしましょう」

 

「いやー、仲の良い友達同士ならこういうの観ますよ、雪乃さん」

「原作を知らなくても、たぶん見れる感じですね」

 

小町的にはこれが観たいんだなと思いつつ、話を合わせる。シャツの袖を上下させて合図してきた。

 

「なるほど。確かに証明というからには、学術的な映画かもしれないわ」

「それはお友達というより、学友だな。しかし理系ねぇ...」

 

成績が文系に傾いている先輩的にはあまり気が進まないらしい。

 

「まあ、ここで悩んでいても仕方がないしな。結局小町の観たいものになったけど」

「なんのことかなー、お兄ちゃん。さあ、はやくはやく」

 

前後2席ずつを画面でポチポチと選択している、小町の行動力はさすがである。

 

「あの、私は前で見たいのだけれど」

「俺は後ろなんだが」

 

「じゃ、間とって真ん中ですよね!」

 

先輩たちの逃げ道はこれで塞がれた。

 

 

 

****

 

映画の半券はショッピングモール内の店で使える場合がある。俺たちもそれを無駄にすることはなく、フードコート内でドリンクSサイズを片手に、4人がけをしていた。

 

「小町さん、どうだったかしら」

 

ここで聞いてきたのは映画の感想ではない。お友達ごっこの採点だ。

 

「そですねー、始まる前に一緒に映画のこと調べたり、ポップコーン一緒に食べたりしなかったのは、ポイント低いかなと」

「えっ、君たち後ろでそんなことしてたの」

 

ちらりと先輩がこっちを見てきた。

 

「映画観賞にお菓子を食べるというのは、私には合わないわ」

「いや、まあ、小さいサイズでしたよ。俺たちも」

 

ポップコーンについては、小町は誘惑に耐えられなかったらしい。わざわざ一度出て、買いに行った。

 

「それは置いておいて。雪乃さんたち、映画の感想とか話したりは...?」

 

一度それぞれ解散した後は、小町は興奮したままだった。先輩たちが気になったから集合したわけで、もちろん今も続けている。

 

「興味深い話だった、くらいかしら」

「文系なめんなよ、くらいだな」

 

基本的に個人で思考する人たちだから、感情を言葉にして述べないのだろう。めんどくさい理系大学生の青春ラブコメに、個人として感じたものはあるはずだ。

 

「同じものを共有して、そこで新しい会話が生まれて、その繰り返しが友情を育むのです」

「なるほど。複数人での映画観賞にはそういう意図があったのね」

 

「だが、映画の感想なんて、人それぞれだろ」

 

同じ場所と同じ時間を共有しても、感情を共有できるとは限らない。感傷に浸っているからこそ、干渉するべきではないということか。

 

「他の人の考えを聞いて、へぇって思ったりとかないんですか」

 

「思わないな」

「思わないわね」

 

小町は一度肩を落とした。趣味を共有する人が、先輩たちには今までいなかったんだろうな。

 

「うー、例えばですね。あのシーンすてきだったねって言って、なるほどって言ってくれるとか、映画ってそういうのがいいんですよ」

「多角的に観るための情報交換、ということかしら」

 

考え方が理系的だな、この先輩。ちなみに俺は同意できる。ソースは、仮面ライダーのストーリーに隠された伏線や意図の話し合い。

 

「いいなって思ったものを他の人もわかってくれたら、うれしくないですか?」

「そうね...」

 

顎に手を当てて、雪乃先輩は今までのことを思い起こしているようだ。

 

「小町は……小町も普段からそう思っているのか」

「そだよ。小町の好きなものがすてきものなんだって知ってほしい。お兄ちゃんや大志君のいいところ、もっといろんな人に知ってもらいたい

 

俺の問いに、真剣な声色で答えた。そして、彼女は頬を染めながら慌てて目を逸らした。

 

「なーんて、小町的にポイント高いですよね!」

 

ポイント高すぎるくらいだ。それが照れ隠しであることはわかっている。一度やろうと決めたことをがんばる姿は、見ていたくなる。

 

俺ももう少しがんばらないとな。

 

「小町さん...自分の好きなものを分かってもらうこと、私もわるくないと思うわ」

 

外出時にたまに見かけるツインテールを指でいじりながら、少し俯いて彼女は告げる。いつだったか、4人で初めて出かけた時に見せた、感情だ。

 

「これから本屋に行くのはどうですか。どうせ原作本買うんですよね、おふたりとも」

「...まあな」

 

ラブコメの感想を述べることはしないけれど、いまだ年相応に興奮しているのは確かだ。それはわかりにくいけれど、年上の目を誤魔化せるほどのものじゃない。

 

「えっ、そなのお兄ちゃん」

「せっかくだからな。冒頭や途中で原作にあったシーンがあったんだが、そこが気になる。上手い商売だ」

「それは同意見ね。あの映画は、過程を踏まえたものなのだから」

 

自然と席を立って、次の目的地へ歩いていく。

 

「せっかくですから、1冊だけ買って読み回したらどうですかね。小町には今度電子版で見せるけど」

「大志君、ナイスアイデア!お兄ちゃんのお財布事情もこれで解決だね」

 

「私は紙で読みたいから、どっちにしろ買うことになるわね。その場合、比企谷君が取りにくるなら、貸してあげるわよ」

「どっちかと言えば、俺も紙がいいんだが。その、雪ノ下はいいのか?」

 

本屋の前に来て、雪乃先輩は振り返った。

 

「ええ。物の貸し借りというのも、友達の間では当たり前なのでしょう。比企谷君は意外と丁寧に物を扱うから、信頼もできるわ」

「意外と、は余計だ」

 

その信頼は、一緒にいる時間を積み重ねた結果なのだろう。いつのまにか、友達以上の関係になっていることは、元ボッチ2人にも当てはまるらしい。

 

 


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