川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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第22話 夏の終わりに

 

父親が単身赴任、母親が日中勤務、そして姉さんが夏期講習に週3回程度のペースで通い続けている以上、夏休みの昼間は俺とけーちゃんの2人で自宅待機かお散歩となることは何度もあった。そのときは、俺が昼食を作る場合と、同じく共働き家庭な比企谷家にお邪魔する場合に分けられるが、俺の料理スキルは1人暮らしができる程度の実力の域を出ない。

 

今日は後者だった。そして、そのまま比企谷君家に留まることはなく、姉さんたちが通う予備校の前までやってきた。

 

「まだかなー」

「まだみたいだねー」

 

今日のお散歩ルートは、姉のお迎え。保育園にいつも迎えに来てもらっているから、そのお返しにと、小町と手を繋いでいるけーちゃんはうきうきして待っている。

 

「あっ!さーちゃんたちきたー」

 

にこにことした笑顔で指を差している方向へ、小町を引っ張って、けーちゃんは向かっていった。それを見た姉さんは少し足早に近づいてきて合流する。

 

そして、元気ハツラツな彼女たちと違って、八幡先輩や雪乃先輩はげんなりとした表情で歩いてきた。

 

「あちぃー、まじないわー」

「ええ。許し難いことだわ」

 

2人はかなり不機嫌な様子である。タオルで汗を拭いながら、冷房の効いた店内へと先に入っていく。風邪を引かなければいいんだけど。

 

「なにかあったのか?」

「冷房が壊れてただけ。そこまで気にすることないよ」

 

なるほど。予備校にどれほどの人数が通っているかはわからないが、いくら窓を開けとしても蒸し風呂状態だろう。特に雪乃先輩は体力がない。

 

近しい人の感情の機微に敏感な、小町やけーちゃんも話しかけるかどうか迷っていたようだが、ある程度涼んだら問題はないだろう。

 

「はーちゃんたち、だいじょうぶ?」

「そうみたい!」

 

小町がけーちゃんを安心させてくれて、俺たちも店内に入った。手際よく人数分のドリンクバーを頼んでおいてくれたようで、各自ジュースを持って再び合流する。

 

 

「お兄ちゃん、ちゃんと汗拭いてよね。風邪引くよ?」

「この前夏風邪で1日寝込んだやつが言うと、説得力あるな」

 

その時は、予備校の講義を休んだシスコンな先輩が1日付きっきりだったらしい。俺もお見舞いに行ったが、まだまだ兄がいることによる安心感には敵わないようだ。

 

「で、今日はなんだ?これも続きなのか?」

「それもあるけどさ。今日は総武高のことを聞きたいのです」

 

小町が咄嗟に思い付いた提案なだけで、俺も事前には聞いてはいない。八幡先輩の質問に対する小町の回答に、先輩たちは顔を見合わせた。

 

「さーちゃんの学校のことか」

 

会話をもたせるために、俺はけーちゃんに補足説明をしておく。まだ小学校にも入学してはいないから、高校はまだまだ想像がつかないだろう。

 

「別に、いつでも聞けるだろ」

「小町はね、雪乃さんたちJKとガールズトークしたいんだよーだ」

 

会話を区切り、やりとげた顔でオレンジジュースをストローで飲み始める。八幡先輩は、すまし顔で紅茶やコーヒーを飲んでいるJKたちを見て、なにか言いたげな顔である。

 

「ほら。小町は女子のこと聞けるし、大志君は男子のこと聞けるし、イッセキニチョーだよ!」

 

ビシッと指を掲げて、小町が意見を述べた。小町には兄がいて、俺には姉がいる。確かに一理ある考えである。

 

「その場合、私まで呼ばれた必要はないと思うのだけれど」

「雪乃さんもぜひ聞かせてくださいよー、ほら、多角的ってやつですよ」

 

姉さんたちは普通科だけど、雪乃先輩は国際教養科だったはずだ。また違った視点から意見を述べてくれるだろう。

 

「多角的な視点ということなら、雪乃先輩って国際教養科ですよね?」

「そうね。普通科志望の2人にとって、参考になるかわからないけれど。」

 

少し照れた顔を見せたのは、了承してくれたということだろう。兄弟姉妹が姉1人であって、親しい後輩もいなさそうだし、あまり年下から頼られたことがなさそうだ。

 

「そう言われても。総武高はいい学校です、としか答えられんな。俺的に。」

「うわー、めっちゃ胡散臭いよ、お兄ちゃん」

 

呆気らかんと言い放って、先輩はアイスココアを飲んでいる。もちろん、何かしら言いたいことはあるかもしれないだろうが、それは生徒個人に対するものかもしれない。だから、言葉を濁したのだろう。

 

「一概には評価できないでしょうね。こういう、学校に対する評価は、日々の学校生活が充実しているかにもよるわ」

 

各高校の人気ランキングや評価コメントが、ネット上にはある。個人の価値観に基づいており、結局のところ賛否両論である。不満のはけ口に使われている場合も多いから、比率的には批判が多くなる。

 

 

「んー? でも、偏差値?とか違うと、変わったりしないの?」

 

何人かがドリンクバーから戻ってきたことを見計らって、小町が告げる。

 

高校の雰囲気を決める指標として、偏差値を考慮することは多い。首を傾げながらもがんばって聞いているけーちゃんに、偏差値を教えるにはまだ早いか。

 

でも、年上の中で会話をしっかり聞こうとしているけーちゃんは、成績優秀容姿端麗になる。今から妹の高校生活が心配になってきた。

 

「まあ、偏差値が上がるにつれて不良みたいなやつは減るとは思うが。一応65くらいはあるはずの総武高でも、結構派手なやつは多いけどな」

「いわゆる『流行り』と言えるものだから、私たちの学年に多いということはあり得るかもしれないわね。国際教養科ではむしろ少数派だから」

「まあ、国際のやつらって真面目ってイメージがあるね」

 

例えば、髪を染めるという行為がある。ある程度校則の緩い学校だと、それは生徒の自己判断にかかっている。もし校則で禁止されていたのなら、由比ヶ浜先輩たちはきちんと従うだろう。

 

結衣先輩や三浦先輩たちは見た目に反して、優しい人たちだ。

 

「言ってみれば、自分たちの考えた『高校生』っぽく振る舞おうとしているということだな」

 

ずいぶんと捻くれた言い方だが、納得できる。たぶん先輩たちの学年は、スクールカーストがかなり目立っている。髪を染めていることで仲間外れにされる可能性が低くなる、と無意識に思っている場合が多いのだろう。

 

「夏休み明けからは、1年のやつらも真似して派手になりそうじゃない?」

「それな。こうして伝統は引き継がれていくんだ」

「あまり継いでほしくはない伝統ね」

 

ここまでで、総武高のいいところなんて一度も話してはいない。この3人が揃うと、どんどん暗い方向に話が向かっていくんだけど。

 

「なんていうか、誰かと仲良くなりたきゃ何かしらは犠牲にする覚悟がいるんだろう」

 

時間やお金、たぶんそういうものだろう。

いや、『自分』もかな。

 

「うー、小町はなんだか上手くやれるか自信が無くなってきました……」

 

学ぶ環境の変化の1つとして、中1ギャップがよく挙げられる。もちろん、高校入学に対しても不安や期待は抱くものだろう。

 

たとえ、2度目であったとしてもだ。

 

「でも。姉さんや八幡先輩たちって自分を貫いているって感じですね」

 

だから、俺は惹かれているのだろう。空気を読むというスキルは十分に身についているけれど、俺には無い物を先輩たちは持っている。

 

「まあな。その結果がボッチだ」

「お兄ちゃん、そこは誇るところなのかな」

 

小町はくすっと笑みを零した。ありのままに今の総武高を分析してくれる先輩たちも、総武高生の1人である。

 

「他の高校と比べて、個人の意思に委ねていることは確かね」

「それもそうだな。学校行事なんて、ほとんど生徒任せだ。俺は働く気はないが」

 

高校の生徒会、かなり忙しそうだな。中学では成り行きで入ったが、高校ではまだどうするかは決めてはいない。俺も小町も、入りたい部活が1つ決まっているからだ。

 

「そういえば、9月には文化祭があるね」

「奉仕部としては特に計画はしていないのだけれど、小町さんたちにとっては学校見学になるでしょうね」

 

「小町たち、ぜひ行きますー!高校のお祭りだよ、けーちゃん!」

「おまつりー!」

 

小町やけーちゃんが目を輝かせた。平日か休日かによるが、けーちゃんも連れて総武高を参観することになるだろう。

 

話が逸れたが、総武高の魅力を話してもらうにはどうするべきかと考える。いや、小町の受験勉強のモチベーションアップという目的について、総武高の現状を話してもらうこと以外でも可能か。

 

「そういえば、先輩たちってどういう理由で選んだんです?」

「一応面接があったな。形だけとはいえ」

 

八幡先輩は腕を組んで、自信満々に述べようとしている。

 

「これは自慢じゃないけどな。俺の場合は中学のやつらが絶対に行かないところへ行こうと思って頑張ったんだ。中学から行くのは毎年1人くらいというデータに基づいてだな」

「ほんとに自慢できないじゃん……」

「清々しい動機ね……」

 

やはり先輩らしい志望動機である。後ろ向きなように見えて、過去を振り返らないという、消去法だ。

 

「私は、日本に戻ってきたから中学に編入したのだけれど」

「なに、雪ノ下って帰国子女だったの?」

 

言わなかったかしら、と言いながら雪乃先輩は首を傾げた。本人からすれば、言うほどのことでもないだろう。

 

「総武高を選んだきっかけは、一応……姉さんが通っていたからかしら」

 

国際教養科とはいえ雪乃先輩の学力なら、偏差値70の私立高校に行くことはできたと思う。それでも、総武高を選んだ。

 

彼女の表情からは後悔の気持ちは全く感じられない。

 

「あたしは、まあ。なんとなく」

「学費が比較的少ないし、国公立へ行く人が多いからだろ。俺もそうだしな」

 

「ちょっ!?」

 

姉さんは気まずそうに目を逸らす。俺やけーちゃんを気にして、はぐらかそうとしたようだが、まだまだ甘い。

 

「それで。小町さんは?」

「うーん。小町は、大志君やお兄ちゃんがいるからですかねー」

 

モチベーションアップに繋がる動機は人それぞれだ。こうして、教師や家族、先輩に進路相談をする。でも、自分で動機を考えていたり、納得して選んでいたり、そういうことが大切なのだと思う。

 

「というのは、ポイント高いですよね! あー、あれです、制服かわいいからです!」

 

冷房の効いた店内で、パタパタと手であおいでいる。その姿を、俺も先輩たちも温かい目で見ていた。

 

「ま、2人とも頑張れ」

 

お兄ちゃんしてる目でそう伝えられた。実の姉からも、姉のような先輩からも、応援されている。

 

まだまだ暑くはあるが、確かに受験がある冬は近づいていた。

 


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