川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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第25話 文化祭中編

 名前も知らない先輩の暇つぶし・サボりに付き合った後、俺たちは再び校内の探険に出た。

 

 自作のジェットコースターやコーヒーカップといった、ディスティニーランドのある千葉らしいアトラクションをよく見かける。あくまで木製かつレールを使ったものだろうが、その本格的さからリピーターも多いようだ。

 

 そのため、行列となっている。

 目的を忘れて乗りたがった小町を押しとどめた。

 

 そして。

 

「お兄ちゃ~ん!」

「おお、小町か」

 

 八幡先輩の背中に向けて、小町が飛び込んだ。

 

 朝には会っているとはいえ、まるで久しぶりの再会のようにその背中に頬を擦りつけている。先輩は突然のことに驚きながら、明らかに口元が歪んでいる。羨ましいことこの上ない。

 

「川崎のやつ、それに友達と来たのか」

「そ。学校見学~!」

「こんにちは、です」

 

 周囲の視線を気にして引っぺがされた小町は、キラッとして指でピースをした。お可愛いこと。

 

 この笑顔で地球をお手当してくれるくらい。

 ほんと、生きてるって感じ。

 

「あっ! それに、お兄ちゃんに会いに来たの

 これってポイント高いよね!」

 

「ああ、ポイント高い。親父にも授業参観してもらったことないからな」

「来たら来たで恥ずかしいから、別にいいんだけどね~」

 

「けーちゃんも、母さんと来ているそうなので、会った時にはよろしくお願いします」

「ん、あー、まあ、なんか懐かれているしな……えっと」

 

 そして、先輩は、秋葉や神田さんに目を向けた。

 自分が小町の兄ということにどのような反応をするのかと、そういうことを考えているのかもしれない。

 

「小町のずっ友、いつメンってやつで~す!」

 

「俺、秋葉って言います。先輩のことは比企谷さんからよく」

「お、おう。そうか」

 

「神田奈月です。よろしくお願いします」

「ご、ご丁寧にありがとうございます。比企谷八幡です……」

 

 先輩はドギマギしながらも、新しくできた後輩と自己紹介し合った。2人にも兄のことで愚痴を言うけれど、それは兄のことを語りたくて仕方がないのだから、秋葉や神田さんも先輩のことは少し知っている。

 

 過保護で優しい兄なのだと。

 

「結衣さんとか雪乃さん、沙希さんとかは?」

 

「由比ヶ浜や川崎姉はうちのクラスにいるはず。

 雪ノ下は、まあ、その辺うろうろしてるだろ」

 

 なんだか、いつもより態度がそっけない。総武高にいる時の先輩は初めて見るが、周囲の目線を気にしている感じなのだろうか。もっとゴーイングマイウェイでボッチをやっていると思っていた。

 

 小町をちらりと見たが、どこか不満そうだ。

 

「ぶー、せっかくの文化祭でしょー?」

「俺もあいつらも暇じゃないんだ、いろいろと」

 

 躱されてしまったか。

 これ以上、追求しても効果はないだろう。

 

「俺たち、先輩のクラスの劇は見てきましたよ」

 

 ともかく、姉さんや結衣さんが舞台裏にいるとなると、そう簡単には会うことはできないな。

 

「あれな。戸塚がお可愛いやつな」

「星の王子様役の人ですね」

「うん。男の人とは思えないくらい」

 

 神田さんの発言に、秋葉は二度見した。

 やっぱり、気づいていなかったのか。

 

「で、お兄ちゃん、ボッチで何やってんの? 演劇に出ないのー?」

「仕事だよ、仕事。というか、俺に任せられるの『木』の役くらいだろ」

 

 先輩は『文実・記録』の腕章を指で掴んで見せてきた。

 それに、アナログカメラを持っているということは、写真撮影の役割を与えられたのだろう。腕章のおかげで撮影が認められるとはいえ、撮影していいかどうか、1人1人頼むことは、かなり骨が折れる。コミュ力もいる。

 

「あのお兄ちゃんが、お仕事!?

 小町、嬉しいよぉ……」

 

 指で自分の涙を拭う仕草をした。

 

「ただの下っ端だっての」

「うん。お兄ちゃんらしいね」

 

 集団で起きたできごとを記録に残すということは、引継ぎすることに大きな材料となる。それが毎年恒例の行事なら尚更だ。それに、風景を主体として写真に残すことは、先輩だからこそ多くなりそうだ。

 

「ちゃんとした記録係がいないなら、来年度の引継ぎとか困りますけどね。縁の下の力持ちでしょう」

「そうそう。お兄ちゃん、力持ち~♪」

 

 先輩はむず痒い表情で、そのアナログカメラに視線を落とした。

 

「奉仕部は、何かやらないんですか? 受験相談とか」

「何もしないな。俺も雪ノ下も文実だし」

 

「えー、部室見たかったのに~」

「別にただの空き教室だぞ、あれ」

 

 だからこそ、見てみたかった。

 先輩たちにとっては、そこは特別な場所となっているだろうから。

 

「まー、そこにはいつかお邪魔するとして……あっ! 雪乃さんだ」

 

 おーい!と手を振って呼びかける小町は、かなり目立っている。まあ、中学の制服を着ていることもあって、知り合いの先輩に声をかけていると思うくらいだろう。

 

「やっはろーでーす!」

「やっはろです」

「小町さん、大志君、こんにちは。

 お2人はお友達かしら?」

 

 その呼びかけに、秋葉は少しビクッとなった。

 

 すごい美人な先輩だけれどなぁ。

 隣に将来美人になる女子がいるのだけれど。

 

「俺、秋葉俊哉って言います」

「神田奈月です。よろしくお願いします」

「雪ノ下雪乃よ。よろしく」

 

 雪乃先輩には、隠しきれない疲れが見えている。

 文化祭実行委員で激務をこなしているのだろうか。

 

「……あなた、小町さんたちと回っていたのね」

「いや、さっき会っただけだ。お前は今日も見回り?」

 

「ええ。あなたは今日も記録係のようね」

「まあな。だが、お前、クラスの方はいいのか?」

 

 雪乃先輩は視線を逸らした。

 すかさず、小町が前のめりになって近づく。

 

「え~ 雪乃さん、ファッションショー出ないんですか?」

「仕事で忙しいもの」

 

 つまり、仕事を口実に逃げ出してきたということ。

 大体予想はつくけれど。

 

「なんとか抜け出してきたんですかね」

「ああ。着せ替え人形にされるところだっただろうな」

「そこの男共、聞こえているわよ」

 

 俺たちは鋭い視線が向けられたので、服装を直すことで動揺を誤魔化す。むしろその仕草が動揺を表しているけれど。

 

 中学生を含む男女グループで歩いていると、ちらりと視線を向けられるくらいだ。校内で雪乃先輩はちょっとした有名人らしいというのは、すぐにわかった。雪乃先輩の横をキープしてあれこれ会話している小町や、国際教養科について話を聞いている神田さんも、視線を集めている。

 

「……なんだ、その、小町が迷惑かけてないか?」

「藪から棒、もとい藪からスティックですね。

 まあ、いろいろ助かってますよ」

 

 個人的に側にいてくれると、ほっとする。

 俺たちを引っ張っていってくれる存在でもある。

 

「俺もこの1年、川崎や比企谷さんには助けられてばかりで。その、むしろ俺なんかより、生徒会長が合ってると思いますよ」

「お前、生徒会長だったのな」

 

 まあ一応、と秋葉は返事をした。

 

「なんというか、成り行きでなったんですよ」

「立候補者が現れず、最終的には秋葉1人だけの信任投票。そう言えば分かるかなと」

「ああ、そういうこと。お前も苦労してそうだな」

 

 他の生徒会役員含めて、今年度は立候補者が出ず、何人も教師陣から声をかけられた。俺や小町もその一部なのだが、のらりくらりと躱した。そして結局は、俺たちの学年で1番人気のある秋葉が、周りから期待され、選ぶしかなかった。

 

「後輩2人も含めて、秋葉が良いやつだから付いてきただけだって」

 

 人が良すぎるくらいに、優等生だから。

 そこに付け込まれることも少なくない。

 

「小町のやつも単独行動のが好きなまである。なんというか、あの小町が友達を連れてくるのは珍しくてな」

 

 やけに、友達、が強調されていたな。

 このシスコンめ。

 

「あれだけ人付き合いの上手いやつはいないぞ。俺という反面教師を見てきたからな」

「つまり秋葉は、小町的にポイント高いということ、ですね」

 

 それに秋葉は人一倍責任感があるから、学校の代表者として相応しかったと思う。もちろん業務の処理能力で言えば、今のところ『チートキャラ』の俺の方が上なのだが、当時の俺よりはずいぶんとしっかりしている。

 俺なんて、いつか何もかも追い抜かれるだろう。

 

「……まあ、そう言ってもらえれば助かります」

 

 苦笑いを零して、秋葉はそうお礼を言った。

 

 おとなしい性格の雪乃先輩や神田さんとおしゃべりをしている小町だが、1人の時間も好む。あんな風に自然体でいる時よりは、中学では優等生として『うまくやる』時が多い。

 

 その反動からか、適度にだらだらしたがる。

 小町とのデートが多くないのは、受験時期だからということもあるが、ソファでぐでーっとして、一緒にテレビを見ながらあれこれ話すことが、むしろ気晴らしになるらしいからだ。先輩と同じく、かなり家が好きみたいだ。

 

 彼女たちが足を止めたので、俺たちは少し足早になって追いついた。

 

「どうした? なにかあったか?」

「あのクラス、申請書類とやっていることが違うわ」

 

 八幡先輩と雪乃先輩が仕事ムードに入り、俺たちはその様子を静かに見る。これでも、俺たちは生徒会役員や委員長をこなしてきたので、志望校の委員会活動は気になる。

 

 雪乃先輩が胸ポケットから取り出したパンフレットを、先輩は口元をヒクヒクさせながら受け取った。たぶん特に考えなく、あの行動をしたのだろう。天然あざとい。

同性として、小町はニヤニヤとし、神田さんは感心した表情を見せる。

 

 トロッコに乗って暗い教室内を冒険するという、人力アトラクションなのだろう。さっき小町が行列に並んでまで乗りたがっていた、人力ジェットコースターと似たようなものだ。

 

「代表者の方はいらっしゃいますか?」

 

 1学年上ということに全く動じず、雪乃先輩は受付の女子たちに声をかけた。そして彼女たちは、文化祭実行委員の証である腕章を見て、ざわざわし始める。まして、雪乃先輩という有名人からのお声がけだ。

 

 やばいとかバレたとか言っている。

 相談の結果、彼女たちは大きく頷いた。

 

「ちょ、ちょっと」

 

 女子たちがぐいぐいとその背中を押したり、腕を引っ張ったり、雪乃先輩はトロッコの中へ押し込まれていく。そして、勢いのままに誤魔化そうとする先輩たちに対して、雪乃先輩が助けを求めた視線の先にはもう1人実行委員がいる。

 

「な、なにを……」

 

 人力トロッコを動かしているだろうメンバーだから、完全に体育会系の男子たちだ。八幡先輩は、かの有名な捕獲された宇宙人の図のように、地面から浮かび上がってトロッコに入れられる。

 

「小町たち、いいものが見れたよ! これが高校なんだよ!」

「あ、ああ、そうだな……」

 

 目をキラキラさせながら、小町に肩を揺らされる。

 

 先輩たちは狭いトロッコ内でバランスを崩しており、いまだ立ち上がることはできない。体育会系の男子たちがそのトロッコをスライドさせてしまえば、もう暗い闇の中へ2人の姿はそのまま消えていく。

 

「後輩ちゃんたちも乗ってみる?」

「はい! ぜひぜひ!」

 

 手作り感が溢れるトロッコアトラクションに乗り込んだ。

 理系の俺からすれば、かなり丈夫でしっかりと作られていることに感心する。遊園地のアトラクションなんかよりずっと近くにいて、安全バーの代わりに、小町は俺の制服のシャツを掴んでいた。

 

「それでは神秘の地下世界を存分にお楽しみください!」

 

 異世界へ向かって、トロッコは進む。

 

 序盤からずいぶんとアップダウンが激しい。洞窟をモチーフとして改造された教室は、予想以上にクオリティが高く、高校生の底力を見せつけられる。まさに『すごい』の一言だ。

 

「すごいすごい!」

「ああ!すごいな!」

 

 お互いの笑い声が絶えない。

 なんだか、久しぶりに声を出して笑った気がする。

 

 


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