川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:ヒラメもち

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第29話 春はまだまだ遠く

 休日が終わり、慌ただしく母さんは仕事へ出かけていった。

 もう11月末であり、クリスマスまでに終わらせたい仕事があるらしい。既婚者かどうかはともかく、女性が多い職場ならではなのだろう。最近は通勤ラッシュを避けるように早く出て、寒くなる前に帰宅することが多い。

 

 共働きの両親に対しては、寂しさや感謝の気持ちが芽生える。父さんに至っては単身赴任で、月に2回くらい俺たちに会えるかどうかというくらい、忙しなく働いている。2人とも重要な役目を任される立場になっているからこそだ。

 

「大志、また携帯」

「ああ、悪い」

 

 姉さんに声をかけられたので、ポケットに携帯を入れる。

 玄関で2人を待っていて手持ち無沙汰だったこともあるが、朝起きた際にはTwitterの未読のツイートが溜まっている。深夜まで起きている友達であったり、はたまたアニメや漫画の公式アカウントであったり、ニュース記事だったり。いつのまにか超スマート社会と呼ばれるくらい、無意識に情報に呑み込まれそうになる。

 

「たーちゃん、わすれものない?」

「ああ。宿題もばっちり」

 

 姉さんがよく俺に言うことを、たまにけーちゃんが真似して尋ねてくる。いわゆる置き勉をしているから、忘れ物をするならむしろ下校の時だ。最近さっきの暇だったらスマホをいじるところもだけど、あまり褒められたことではないだろうけど。

 

「おっ、あったかそうだな」

「うん、もこもこ~」

 

 モコモコの手袋、ミトンと言うべきか。

 ぷにぷにのほっぺたを水色のミトンで挟んで喜んでいる。けーちゃんの荷物はというと、姉さんの手にあり、これまた手作りの巾着袋がある。裁縫は姉さんの趣味なのだが、家庭レベルの範囲では最高位なのではないか。先日の総武高の文化祭でも見事な衣装を作っていたし。自慢の美少女姉妹、ほんとスペック高いな。

 

 けーちゃんが喜ぶ姿を見て、姉さんも笑顔だ。

 

「そろそろいこうか」

「「はーい」」

 

 姉さんとけーちゃん、そして俺は3人で家を出る。姉さんは自分の荷物を自転車のかごへ、そのハンドルにけーちゃんの荷物を引っかけた。

 

 重い教科書の入ったランドセルを背負ってみんなで歩く小学生たち、朝練に汗をたらして自転車を漕いでいく中学生、バスに乗るために列を作っている高校生たち、そんな朝から元気に登校する子どもたちとして、俺も混じっている。

 

 少し強い風が来て、身をかがめる。

 千葉は比較的温暖とはいえ、寒いものは寒い。

 

 それにしても、姉さんは総武高の制服の上に紺のコートを着ているとはいえ、そのすらっとした素足は寒くはないのだろうか。もちろん寒いことには慣れを含めて我慢し、女子高生としてのコーデなのだろうか。

 

 けーちゃんがルンルンと鼻歌を歌いながら歩いている横で、1人の男子として下手すればセクハラ紛いなことを考えている。てか、女子ってこういう視線に敏感と聞いたが、本当なのだろうか。

 

「大志、それじゃあ」

「ん、ああ、いってきます」

「いってらっしゃーい!」

 

 いつもの住宅街の交差点で二手に分かれる。

 

 けーちゃんたちに手を振り返して、少し早歩きで目的地へ向かう。姉さんはこれから保育園にけーちゃんを送り届けて、自転車に乗って総武高まで登校する。対して、俺は小町と合流するために少し遠回りをする。

 

 T字路でカーブミラーを見ながら車にビクビクしつつ、すでに見慣れた住宅街を歩いていく。ちゃんと総武高に受かることができたのなら、また徒歩でここを歩く可能性が高いだろう。

 

 白いコート、そのポケットに両手をそれぞれ入れて少し俯いている姿を見て、思わず走ってしまいそうになった。

 

「おはよう。小町、待たせたか?」

「あっ、うん。おはよう」

 

 小町の笑顔を見るのは、朝の楽しみだ。

 付き合っている彼女が無理して笑ったことに、心の中で『何かがあった』と勘づく。俺が何かしたかもしれないと焦りを覚えるほど、カレカノ関係でヒエラルキーは低く、俺が臆病である。

 

 受験でナイーブになるにしても、特に小町に対しては優先的に気を使っている。秋葉も結構心配だが、そっちは神田さんに任せればいい。それで、他に何か思い当たることだと、先日のお泊まり会や、寝る前のSNS上での会話だが。

 

「目、キョドってるよ。なんか浮気ばれたみたい」

 

 あれこれ思考している前に尋ねるべきだろうか、それすらも迷っていると、小町はくすっと笑みを零しながら言ってきた。自然と俺も笑みが零れた。

 

「なんだそのたとえ」

「キモかわってことだよ」

 

 たぶん褒めてくれていると思いたい。

 たぶん女子特有のかわいいである。

 

「ん。いこっか」

「ああ、そうだな」

 

 隣り合って、少し足早に俺を促すように歩く。

 比企谷家から遠ざけるようにだ。

 

 ローファーの音がアスファルトを叩く音が大きめだ。少しずつ歩くペースが落ちてきて、やがて一度立ち止まった小町は大きく溜め息を吐いた。彼女の物憂げな表情は、なんだか大人びてみえた。

 

「ちょっとお兄ちゃんと喧嘩」

「喧嘩か」

 

 仲の良いこの兄妹にしては珍しいことだ。八幡先輩は基本的に小町に対して甘々だし、小町は八幡先輩に対するちょっとした不平不満を持ったとしても『しょうがない』と許す。それは十数年関わってきた兄妹であり、良いところも悪いところも見てきたからだろう。

 

「小町がさ。お悩み相談しようとしたら、しつこいとかウザいとか」

 

 唇を尖らせて、愚痴を言うように告げる。

 ちょっとした喧嘩ならともかく、今回は結構長引くかもしれない。普段から優しくめったに怒らない人ほど、静かに怒った時はそう簡単に収まらない。お節介かもしれないとはいえ、善意を無下にされたこともある。

 

「で、勢いよく飛び出してきたと」

「う~う~」

 

 唸り始めた。

 仲直りしたいけれども、八幡先輩側から謝ってきたり相談してきたりしないと、満足できないという、いわゆるジレンマだ。小町だって、本当は喧嘩しないで仲良くしたいだろう。

 

 今回の喧嘩は、特に八幡先輩側に精神的な余裕があるわけではないことが大きい。小町は込み入った話に関しては口が堅い。それに含めて妹に相談できないような内容で悩んでいる可能性が大きい。

 

「八幡先輩も、困っているんだな」

「うん、たぶん」

 

 花見川を、小町はじっと見つめる。

 川から離れていく方向へ、総武高があるはずだ。

 

 花見川はその名の通り、春になれば桜が咲き誇り、千葉県民が花見に集まる。夏休みにはサイクリングや川遊びで賑わっていた。だが、今は枯れ葉が目立ち、河川敷には全く人気がない。

 

 6月頃にあった結衣先輩とのギクシャクは、雪乃先輩がうまく仲介してくれた、そんなことをふと思い出す。

 

 だから、解決を2人に期待してしまう。

 頼りたくなる。

 

「……いや、結衣先輩や雪乃先輩と、かもな」

 

 修学旅行中、特に結衣先輩のTwitterの更新が最終日から途切れ途切れになった。ただ遊び疲れただけかと思っていたが、そうではないかもしれない。もしそうだったら、八幡先輩の相談相手に一体誰がなれる。

 

 小町でさえ、その対象とはならなかった。

 他に有力なのは平塚先生だが。

 

「俺でいいなら、いつでも話し相手になるから」

「うん、ありがと」

 

 また悪い癖で思考に更け込んでいたため、心配そうに見つめてきている小町に専念する。少しずつ学校が近づいてきているので、周りを気にせず甘えられる時間は少ないけれど、小町は俺との距離を縮めた。

 本当はベンチにでも座って、もたれかかりたいくらいだろう。

 

 文化祭の件からまだ日が経っていない状態で、修学旅行でのトラブル、さらに兄妹喧嘩まで付け加わっている。兄の悩みの種の1つとなっていることが、小町にとって悩みの種だろう。

 

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