新作ゲームの開発決定だったり、Blu-ray同梱の書き下ろし小説だったり、はたまた親世代の番外編あるかもだったり、まだまだ俺ガイルの青春ラブコメを楽しみに人生を送れそうです。
以上、わたくし事でした。。
兄妹喧嘩が始まってから数日、いまだ仲直りはできていない。
毎朝の小町の様子で一目瞭然だ。
結局、学校のある平日はどんどん過ぎ去る。
何かイベントがあったとすれば、陽乃さんから小町に連絡があったらしい。連絡先については文化祭の打ち上げの時で交換していた。まあ、あくまで八幡先輩への連絡だったらしく、その内容も聞いていないとのこと。
だから、気になって電話をした。
『川崎君、今日暇?』
『はい? いや、まあ、空いていますが』
というのが今朝のできことである。
からかうような声色が印象的だった。
カーキ色のモッズコートに、ロングスカートを合わせるというのは、小町的に少し大人びた雰囲気を醸し出ている。千葉駅までは2人きりであるし、陽乃さんと別れた後は駅周辺をぶらつくつもりだ。
「あっ、陽乃さんじゃない?」
小町の向いている方向を見ると、薄紫色のセーターを着た美人大学生が手を振っている。自転車で行くことのできる距離だが、バスと電車を使って千葉駅周辺までやってきた。他にも、電車とモノレールを乗り継ぐことも可能だが、千葉モノレールが土日は特に混雑する。
ある程度の電車の混雑から抜けてきたが、このカフェも人で賑わっているため、この辺りでは関東の都会ぶりを見せつけられる。そんなことを考えつつ、コーヒーとカフェオレをそれぞれ購入して、彼女が待つ席へ向かう。
「ひゃっはろー、小町ちゃん、大志君」
「はい、お久しぶりです! お誘いありがとうございます~」
「こんにちはです」
家が大好きな八幡先輩もいることで、小町は家に居づらい。彼女の両親も夜遅くまで働いていていたこともあって、惰眠をむさぼっているらしい。だから、元々川崎家に来る予定だった。
それが街デートに発展した。
心の準備なんてしていなかったのだけれど。
「ほんと、青春してるね」
テーブルの上で組んだ両手に顎を乗せて、陽乃さんは大人っぽく静かに笑みを零した。羨ましいと思うようなことはなさそうで、年下の子どもたちの仲が良いのを微笑ましく見ているような感じだ。
「そうなんですよー。小町もリア充ってやつです」
はにかむように、小町は照れる表情を見せた。
「あっ、でも。何かきっかけがないと街デートに誘ってくれないのが、小町的にたまにきずと言いますか。そういうわけで今日はとてもありがたいです」
「お出かけってなるとやっぱり千葉くらいには来ないとねぇ」
本人がいる前でガールズトークである。
いや、受験生だから、あまりそういうのは避けた方がいいなと思っていただけだ。確かに穏やかさに満足していることもあり、たまにはそういう刺激的な青春ラブコメも小町は味わいたいのだろう。参考になる。
「善処しますねっと」
「うんうん、コトシツね」
正しくは、言質(げんち)なんだけどな。
ミルクを入れてそっとカップを揺らす。
一口目はきつく感じるが、次第に苦みに慣れていく。
「へぇ、ミルクだけでいいんだ」
「そうですね。砂糖は気分で入れたり入れなかったり」
いや、気分というよりは、こだわりがないのだろう。スタバのメニューのコーヒーの豊富さには縁がなく、目の前にいる陽乃さんのような華やかおしゃれ大学生とは違った大学生活を送っていた。
「ふーん。2人は中学3年だっけ?」
細く長い指でカップの取っ手をそっと包み、コーヒーに口をつける。その所作は何度か見た雪乃先輩のものと近く、自然と優雅さが滲み出ている。カップを置いたソーサーの近くには、完全には使いきっていない砂糖とミルクの容器があり、ケーキのようなデザートを食べた形跡が残るお皿がある。
「うぅ、だから受験のことが頭の片スミに……」
「大丈夫、大丈夫。総武高ってあんまり倍率高くないし。ほら、お兄さんお姉さんだっているじゃん」
絶賛喧嘩中の兄の話題が出て、小町は苦笑いを返す。その様子を見て、陽乃さんは目を細めるが、気のせいと感じさせるくらい一瞬だった。
「なんならうちの雪乃ちゃんに教えてもらったら?」
「たしか、学年1位でしたっけ。今もキープしてるんですか?」
『そ。』と言って、自分のことのように嬉しがる様子を見せた。
「おーっ! ナイスアイディアです!」
「まっ、雪乃ちゃんスパルタだけどね」
ぅぐ、と隣の小町は声を漏らした。
定期テスト前の結衣先輩の嘆きを知っているからな。
「雪乃先輩って、理系と文系どっちが得意なんだろうな」
「なんかどっちもできる感じだよねー」
それな。
国際科とはいえ、理系科目にも強そうだ。
「んー、私と同じ理系だと思ってたんだけどね。
今はわからないかな~」
コーヒーに口をつけながら、俺たちから視線を逸らして考えにふけている。
それにしても、陽乃先輩と同じというのは、何か意味を含んでいたように俺には聞こえた。そんな俺に対して、陽乃さんは微笑みかける。
「そっか。君たちも雪乃ちゃんの後輩になるわけだ」
「1年間ですけどね」
入学すると、雪乃先輩たちは高校3年だ。
でも1年間は兄妹または姉弟で同じ学校である。
いいなーと陽乃先輩は声を漏らした。
「雪乃ちゃんがいて、小町ちゃんと大志君がいて、ガハマちゃんがいて、比企谷君がいる。なんだか面白そうだなって、ね」
静ちゃんやめぐりもいるかー、と楽しそうに、そして懐かしそうに言葉を紡いだ。
なんだかあまり自分のことは話さない人だなという印象を抱く。こちらへ会話を促してくれるような話し方であり、思わず一方的に話してしまいそうになる。そして、優しさを感じさせる相槌をしてくれる。
だから、今度は陽乃さんの近況を聞こうとして―――
「そろそろ行こっか」
「ですね! いっしょにショッピングしましょう!」
小町の元気のいい返事に対して、陽乃さんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「うーん、それもいいんだけどさ。私としては、弟みたいなのと、将来の義弟のデート、気になるじゃない?」
俺が首を少し傾げると、隣の小町はもたれかかるくらい首を傾げたようだ。しかもお互いがいる方向だったわけで、俺の肩に小町の頭が触れる。
ビクッと小町の身体が跳ねることで、頭が顎にこつんと当たることとなった。
陽乃さんはクスクスと笑う。
いつもとは雰囲気の違う笑い方だと感じた。
「2人は見てて可愛いなぁ
なんだか仲の良い兄妹みたい」
つまり年上と年下、それは的を得た評価なのかもしれない。
「小町、食器もっていくから」
「ゎ、うん。ありがと」
「おっ、私の分まで? 気が利く子だね」
陽乃さんの分も合わせて、1つのトレーにカップとお皿を重ね、その後、トレーを3段重ねして両手で持ち運ぶ。
お昼時ということもあり、賑やかな店内で店員さんは慌ただしく働いている。食器の返却口もある程度整理しなければならないくらいであり、そんな俺に気づいたのか、早口でお礼や謝罪を言いながら、裏へと食器を引っ込めていく。
少し時間がかかったこともあり、小町や陽乃さんは先にカフェの出入口で待っているようだ。
「大志君、ありがとねー」
「いえいえ」
実際に立って横に並ぶと、陽乃さんの背の高さを感じさせる。ヒールを含んだ背の高さということもあるが、それ以上に俺の背が男子中学生において平均的な高さだからだろう。
「それで、どちらへ?」
弟のデートの話だったか。
しかし雪ノ下家は2人姉妹のはずだが。
「隼人たちがそろそろ映画館から出る時間だと思ってね」
はやと、隼人、……
なるほど。葉山先輩のことか。
いわゆる幼馴染なのだろうか。それって羨ましいな。
「デートの見物にいくの」
「尾行ですよねそれ。馬に蹴られますよ」
お姉ちゃんだからいいの、と告げて陽乃さんは先導するように歩いていく。自由気ままというか、思い立ったら行動するというか、やりたいことをやろうとするというか。
ほんと、見習うべき点は多い。
「手、繋ごうか」
「ん、いいよ」
俺から手を差し出すと、小町も何かを掴むように手のひらを伸ばす。指先が触れ、思わず引っ込めてしまいそうになる不甲斐なさを乗り越える。5本の指でそっと包みこむように繋ぐと、俺の指も包み込まれる。
優しい感覚がする。
手を繋ぐという心理はいろいろあると聞いたことがあるけれど、このごちゃごちゃした頭の中で適する言葉を探すことはできない。いつもは間違えないように、何かを考えて行動を起こす俺だが、今この瞬間は衝動的に誘うことができた。
ちゃんと側にいたのに小町が不満な表情だったのは、俺は一体何を間違えたのだろう。