川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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第31話 寒空の中のお出かけ(中編)

 

 

 千葉駅前でのショッピングモールのデートは続く。

 2人きりというわけではなく、陽乃さんという女子大生に連れられてだ。陽乃さんと歩いていると、男女問わず視線が集まるが、慣れている彼女は我が物顔で歩いている。

 

 もちろん、彼女と同行している俺たちも視界に入り、姉弟または姉妹のような印象を持たれているように思える。

 

「んー、やっぱりこっちのカーキですかね」

「もうちょっと明るめの色の方がいいんじゃない。その方がかわいいし」

 

 まだ着せ替えさせるのか。

 

 タケが長いベージュ色のコートを脱いでハンガーに丁重にかける。たしか、チェスターコートと2人は呼んでいた。俺の目には同じに見えるが、トレンチコートやロングコートとはまた違っているらしい。

 

「これとかだと学校行くときにも使えるよね」

「上着としては派手じゃないな。紺色だし」

「Pコートって言うの」

 

 まだコートに派生あるのかよ。

 女子2人が揃ったとして、女性向け服飾店を見回るのかと思っていた。今いる店は男子向けであり、ただしボーイッシュな服装を求める女子も訪れている。小町もそれにあてはまる場合がある。

 

「大志君、去年とかずっと学ランだったよね」

「じゃ、これは買っとく?」

「いや、いいんですか? この帽子とか」

 

 中学生のお小遣いではそう簡単に手が伸びないものだ。

 

 雪ノ下建設の令嬢ということでお小遣いは多いらしいが、2人分のご飯と服飾を奢ってくれるだなんて、かなりの額になると思う。こういうのは、そう簡単にお返しができないというのが歯がゆさを感じさせる。

 

「いいのいいの。忙しい受験生カップルを呼んだのは私だからね。あとそっちはニット」

 

 さっきから俺と小町に被せられているが、変装の意味もあるらしい。

 葉山先輩と八幡先輩、そして海浜高校女子2人のダブルデートを追いかけながらショッピングをしている。俺も小町も、総武高以外の女子とデートをする先輩に驚いたが、彼の醸し出す『うんざりさ』から、無理矢理連れてこられたのだろうと推測している。

 

「じゃ、会計してくるね」

 

 鼻歌を歌うような雰囲気でレジで精算をする陽乃さんは変装以外コソコソとした仕草を見せない。堂々と尾行していた方がバレないものらしい。

 

 どこかで見覚えのある女子と買い物をしている戸部先輩とすれ違ったが、こちらには気づかなかった。大量のプロテインの容器を持たされていたこともあるだろう、部活関係だろうか。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 申し訳なさと感謝の気持ちいっぱいのまま、紙袋を受け取った。少し目を離していたが、俺や陽乃さんが八幡先輩たちを注視していなくとも、小町が静かに見つめている。

 

「小町ちゃん、比企谷君と何かあったの?」

 

 耳にコソコソと話しかけられたが、雪乃先輩並みにマイナスイオンを含んでそうな声だ。まあ、個人的には小町のちょっとクセのある声はポジティブイオンをくれるから、好きだ。それはもう毎日が側でプリキュア。

 

 そんな思考をしながら、簡潔に状況を伝えなければならない。

 

「喧嘩を少し」

 

 小町と、そして俺が八幡先輩の話題を避けていることはとっくに気づいていたはずだ。

 

「へぇー。比企谷君とねー、ふーん」

「先輩もいっぱいいっぱいみたいで。文化祭のことと、それに修学旅行のことでも何かあったみたいで」

 

 文化祭のことは当日に陽乃さんも噂程度に聞いたはずだ。

 

「そっか。何かと忙しい子だね」

 

 消えていきそうな声で、陽乃さんは呟いた。

 

「もし誰かと付き合うなら、比企谷君や大志君みたいな子がいいかな」

 

 2人で話しこんでいたため、小町がこちらへ視線を向ける。その状況で、陽乃さんは耳にコソコソと話してきた。

 

「もう好きな人がいるんで」

「ありゃ、振られちゃったか」

 

 腕を抱き込むように小町は飛びついてきた。

 まるでコアラのようなしがみつき方だ。

 

「そりゃ、陽乃さんはかっこいいけど、小町だっていつかは」

「ああ。わかってる」

 

 心臓の振動が聞こえるというより、胸が張り詰めるような心地いい痛みを感じた。実際に体験してみると、こういう表現の方が正しい気がする。

 

 頭を撫でようとして、俺はその手を引っ込めた。

 

「もっと可愛くなるよね、君たちは2人一緒にいると」

 

 貼りつけた笑みを隠すように、くるりと背中を見せた。それがどういう意味で可愛く思っているのかはともかく、彼女が気に入ってくれているのは確かだ。

 

 いや、目をつけられたというべきか。

 

「おっ、今日はツイてるね」

 

 さらに彼女の機嫌が良くなった。

 

 雪乃先輩と結衣先輩が、八幡先輩たちの集団に近づいていっている。八幡先輩が少し動揺を見せているのに対して、葉山先輩は冷静なままだ。

 千葉駅周辺とはいえ、偶然会ったわけではないだろう。

 

「姉さん」

「小町」

 

 雪乃先輩や八幡先輩が一早く反応した。俺たちが4人に合流する頃には、海浜の女子高生2人は去っていったようだ。お昼時が過ぎ、飲食街周辺はあまり混雑していないから、ここで立ち止まるのは適しているだろう。

 

 小町はバツが悪そうに、俺の背中に回る。

 

 浮かれていた。陽乃さんの誘いに流され、そして八幡先輩の抱える悩みを知るためだったとはいえ、このままではもっと拗れるだけだ。

 

「これはどういうこと?」

 

 雪乃先輩が口を開いた。彼女が矛先を向けたのは葉山先輩であり、2人はどうやら彼に呼ばれたらしい。

 

「選挙の打ち合わせ、と聞いていたのだけれど」

「……選挙って、生徒会のか?」

 

 何も答えない葉山先輩の代わりに、重々しく八幡先輩が質問を返した。お互いに牽制し合い、表情を伺う2人の姿は、夏休み中に見ていた2人の関係性とはまるで違う。

 たぶん『対立』という言葉があてはまる。

 

「あのね。隼人君に選挙出てもらえないかなって話になって、それで、今日はちょっと話せそうって聞いて……」

 

 2人の間に入るように話し始めた結衣先輩だが、次第にその声は尻すぼみになっていく。確かにこのすぐ近くには、俺と小町と陽乃さんが使ったカフェがあり、そこで相談を行う予定だったのだろう。

 それは『嘘』だったけれど。

 

「……俺はただ、俺にできることを」

「雪乃ちゃんが生徒会長やるんじゃないんだ。てっきりそうすると思ったのに」

 

 葉山先輩の声をかき消すように、陽乃さんが雪乃先輩に語りかける。

 

「そうやって誰かにやらせたり押しつけたり、なんだかお母さんそっくり」

 

 一歩一歩と距離を詰め、動揺しているうちに畳みかける。八幡先輩や結衣先輩が止めようとするけれども、言葉が出てこないようだ。これは、姉妹同士の、家族の会話だからだ。

 

「まっ、雪乃ちゃんはそれでいいのかもね。

 いつもだれかがやってくれるもの」

 

 頼りがいがあり、甘美な声色に聞こえる。

 姉が妹に優しくしてあげるような。

 

「総武高の生徒会長に立候補する人がいない、ということですか?」

「そうみたい。私は雪乃ちゃん以外に相応しい人はいないと思うんだけどねー」

 

 俺の声に反応し、彼女は差し伸べようとした手を引き下げた。

 

「あの文化祭の子には荷が重いだろうし」

 

 相模先輩のことか。

 

「いや、最初から決めつけるのはどうかと。

 例えば平塚先生や、奉仕部もいますから」

 

「でも、雪乃ちゃんには敵わないでしょ?」

 

 あの屋上での一件は俺の記憶にも新しい。実行委員長としての責任を全うしたとは言い難く、八幡先輩たちがいなければ間に合わなかっただろう。でも、姉さんからは体育祭でも実行委員長を頑張っていたと聞いた。

 

「今のところはそうですね。でも周りから担ぎ上げるのはなんか違うでしょう。雪乃さん、先輩自身が決めないと」

 

「だってさ、雪乃ちゃん。もし出ようと決めたのなら、お姉ちゃんは応援するから」

 

 応援や挑発が含めており、いまだ促していることは確かだ。それでいて、嬉しそうな声からは明るさが滲み出ている。そこまで、彼女が生徒会長をやらせたい理由は何かと俺は気になった。

 

「……姉さんには、関係ないわ」

「とにかく。今はいろいろ立て込んでいるんで」

「ひどーい。これでもOGなのにー」

 

 先輩たちから突き放すような言葉が投げかけられた。

 よよよ、と陽乃さんは涙を拭う仕草を見せる。

 

「特に用がないようなら、私は帰るわ」

「あっ、待って。ゆきのん!」

 

 ここぞとばかりに雪乃先輩は背を向けて、結衣先輩は追いかけるように去っていく。葉山先輩はその姿をじっと見つめて、拳を握りこんだ。『俺にできること』というのは、嘘をついてでも八幡先輩と2人を引き合わせることだったようだ。葉山先輩は3人に何があったか知っていて、その解決のために動いた。

 

 俺も小町も何があったかさえ聞くことができていないことが、とても寂しく思える。そして、雪乃先輩と結衣先輩という友達が、どんどん遠くへ離れていってしまうこともまた、本当に寂しい。

 

 八幡先輩は、去っていく2人から視線を落とした。

 


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