川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:ヒラメもち

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第32話 寒空の中のお出かけ(後編)

 

 雪乃先輩と結衣先輩が人混みに紛れていき、その姿はここからは見えなくなる。八幡先輩はこちらをちらりと見て、気まずそうに、そして苦い表情を浮かべた。彼女たちを追いかけていくことのない陽乃さんは、肩を竦めるだけだ。

 

「で。あのパーマの子が、比企谷君が昔好きだった子なの?」

「……まあ」

 

 先輩の煮え切らない反応に対して、ふーんと呟いた陽乃さんはますます興味を失くしたようだ。彼女は、なんというか、親しくなった相手の、地雷や黒歴史にわざと触れて、逃げ道を潰す、そんな印象だ。

 

 前に進むことはできるのだろうけれど、荒療治。

 お悩み相談を依頼するには覚悟がいるというか。

 

「その……」

 

 静寂の中、八幡先輩は何か言葉を探す。

 少しでも沈黙を打破するために。

 

「ちょっかいにしちゃ、手間かけてましたね」

「そう?」

 

 美しさと可愛さを兼ね備えて、ちょこんと不思議そうに陽乃さんは首を傾げた。彼が空気を換えるべく出した話題は、雪乃先輩についてらしい。

 

「ええ。そう思います」

「そっか。比企谷君もよく分かってるねぇ」

 

 陽乃さんの表情によって、八幡先輩は息を飲み、その場でたじろいだ。俺たちには陽乃さんの言葉が耳に反響する。発しているのは褒め言葉ではあったが、淡々としていてどこか冷たさを感じさせる感想だった。

 

「いや、妹いるし、姉妹でなんかあるってのがわかるというか」

 

そっか、と陽乃さんは呟いた。

 

「いつも言葉や行動の裏を読もうとする、君たちのそういうとこ結構好きだよ」

 

優しく柔らかい声に戻った。

そして、こちらを向いてにこりと微笑んだ。

 

「現実的、んー、でも優柔不断なとこもあるし」

 

顎に指を当てながら、陽乃さんは考える仕草を見せて、人を表現するための適切な言葉を探す。やがて、思いついたように頷いて、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「臆病、俯瞰的、そんなところかな」

 

 今は、そのように評価した。

 よく分かっている。

 

「自分じゃよくわからないものですけど」

「まっ、2人とも可愛いってことだよ」

 

 とぼけるように発言した八幡先輩に対して、すれ違いざまに彼の肩に触れた陽乃さんはそうやって会話を締めた。相変わらず、一挙一動を追いかけてしまう雰囲気を持っており、いわゆるカリスマを彼女は発している。

 

「あの子のことは、見守ってあげてね

 またね、比企谷君」

 

 八幡先輩の側で、お願いをするように告げる。

 見守るという依頼に、八幡先輩は頷くことはない。

 

「そうそう。大志君と小町ちゃんも今日はありがとうね」

「いえ、こちらこそです。服、ありがとうございました」

「あっ、その、ありがとうございました!」

 

『自分が連れ回しただけ』だと小町に助け船を出して、手のひらをひらひらさせながら彼女は去っていく。妹がいる彼女からすれば、兄妹になにかがあったことなどお見通しなのだろう。

 

 大人の香りを感じさせる香水が残っている空気は、今ここにいる4人の関係性も相まって、居心地の悪さを感じさせるものだ。小町はかけるべき言葉を探して年相応に悩んで、八幡先輩は普段より目を細めて。

 

 葉山先輩は弱々しく自嘲的な笑みを浮かべ。

 

「すまない」

 

 そう呟いた。

 

「ずっと考えていたんだ。俺が壊してしまったものを取り返す方法を」

 

 話をぼかしながらも、彼は償いをしたかったのだと伝えた。

 

「期待していて、だからわかっていたのに俺は頼ってしまった。そのせいで……」

 

 彼は申し訳なさそうに、ちらりと小町を一瞥した。

 

「君は自分の価値を正しく知るべきだ。君だけじゃない、周りも」

「お前、なにいって……」

 

 葉山先輩に対してか、自分自身に対してか、それともこの拗れた状況に対してか、苛立ちを隠しきれていない八幡先輩は、意外な発言には純粋に反応し、続きを促そうとする。

 

「もっと上手くやれれば良かったんだけどな。俺にできるのはこれくらいだった。すまない」

 

 求めた続きは、重ねるような謝罪であり、八幡先輩は舌打ちで返事をする。

 

「君はずっとこんな風にしてきたんだろう。

 もう、やめないか、自分を犠牲にするのは」

 

「……一緒にするな」

 

 余計なお世話なのだと、八幡先輩はそう吐き捨てた。

 

「犠牲? ふざけんな。

 当たり前のことなんだよ、俺にとっては」

 

抑えきれなかった感情を、憤りを、ようやく吐露する。

 

「いつも、ひとりだからな。そこに何か解決しなきゃいけないことがあって、それができるのは俺しかいない。なら、普通に考えてやるだろ」

 

 早口でまくし立てるように、発言の意味を噛み砕きながらその表情も見るというのは、本職のカウンセラーや経験豊富な教師にしかできないだろう。だから、俺は、ちゃんと耳を傾けて、聴くだけだ。

 

「だから、周囲がどうとか関係ねぇんだよ。俺の目の前で起きることはいつだって、なんだって俺の出来事でしかない。だから、勘違いして割り込んでくんな」

 

 それが実の妹であったとしても、か。

 小町は、さらに手のひらを強く握ってくる。

 

「君が……、君が誰かを助けるのは、誰かに助けられたいと願っているからじゃないのか?」

 

 優しみを込めて、憐れんで、同情して、葉山先輩はそう尋ねる。

 

「気持ち悪い同情押しつけて、勝手に憐れんでるんじゃねぇよ。迷惑だ」

 

 誰にも縋ることはなく、拳を強く握って、地面にそう吐き捨てる。

 

「……すまない」

 

 葉山先輩は、彼女たちとは逆方向へ去っていく。

 

 何度目かになる謝罪は、今日のことについてだろう。

 他校との女子のデートに騙すように同行させて彼の『価値』を八幡先輩自身に自覚させること、そして雪乃先輩と結衣先輩に引き合わせて拗れている関係を修復しようとしたこと、この2つが失敗に終わり、むしろ悪化させてしまったこと。

 

 それでも、八幡先輩たちのために何か行動を起こしたことは確かだ。

 

「……何があったの?

 なんで雪乃さんたちと喧嘩してるの?」

 

 震えるような声で尋ねる。

 少し一歩進んだが、いまだ俺の手を強く握ったままだ。

 

「別に。これは喧嘩じゃないんだよ」

 

 突き放すように、そして苦しそうに、彼はそう答えた。

 

「じゃあ、なんなの。

 小町にもちゃんと教えてよ……」

 

 周囲を気にして声を抑えながら、涙を押しころして、縋るように、そう告げる。繋がれた手のひらは、今は決して離されることはない。そんな彼女から、彼は視線を泳がせて、そして俺がいる方向に身体ごと向けた。

 

 だから俺は、彼に意識を集中させるように切り替えた。取り繕った言葉や、俺程度のアドバイスは届かず、むしろ否定的に受け止められることもある。だから、特に親しい友人との、雑談に近いくらい本音で会話していくべきだ。

 たとえそれがあまり見せたくはない素であっても。

 

「お前は、よく分かってるみたいだな」

「いや、ほんと分からないことだらけです」

 

 皮肉たっぷりの言葉に、素直にそう返す。

 一番分かっているのは当事者の3人なのだから。

 

「だから。ちゃんと表情を見て、必死に聴いて、言葉や行動の裏まで考えて、ようやく俺になにかできるかなーって考えたり、まあ、今は考え中です」

 

 我ながら、考え中というのは上手い逃げ方だと思う。

 

 逃げ道を作りながらでないと、俺は前に進めない。

 逃げ道を貰えないと、俺はちゃんと選べない。

 

「悩んだり焦ったりしながら、ちゃんと頑張っているというのはすごいなって……というのは話が逸れているか」

 

 いわゆる若さってやつなのだろう。

 年相応に悩めるというのは、なんとも眩しい。

 

「別に、焦ったりなんか」

「そこは、俺の受け取り方に問題があって、語彙力とかボキャブラリーに問題があるというか」

 

 人を評価するには、多くの言葉を尽くして導き出さなければとならないのに、凝り固まった知識からは偏った言葉ばかりが先に出てくる。支離滅裂な発言を含んでいることを自覚しつつも、そうやって最も伝えたい本音を言うために、自分自身の思考と感情をまとめる。

 

「先輩が頑張っているというのは、譲りません」

 

 頑張れと言わずとも、ちゃんと彼は頑張っている。強さと若さを持っていて、優しい両親と妹がいて、彼はひとりで立ち上がることができる。俺程度のアドバイスや、同情と憐れみという感情は、むしろ彼の邪魔になる。

 

「頑固なやつだな。めんどくせ」

「いや。お兄ちゃんだって、めんどくさいし」

 

 小町は指で涙を拭きながら、会話に入ってくる。

 少しずつ握った手のひらの力が弱まっていった。

 

「お義兄さん的に、ポイント低めでしたか」

「お義兄さん呼ぶなし。まあ、赤点回避ってとこだな」

 

 やはりシスコン。

 そして、久しぶりの捻デレだな。

 

「メル友の愚痴を聞くとか、ニチアサの話か、結構ポイント稼ぎのためってあるんです。ていうか、明日ってニチアサですよね、先週の分も早起きして話しましょう」

 

 リアルタイムで視聴しながら、誰かと趣味について語り合えるというのは、個人的にも楽しいものだ。ますます、生きてるって感じがして、1週間頑張ろうって思える。

 

「意外とずぶといな、この後輩。やはり重い」

 

 伸びていて寝癖のひどい髪に手を当てて、言いづらそうに、でもちゃんと言おうとしていて。

 

「1日、いや2日待ってほしい。それでちゃんと整理するから、その……」

 

 愚痴を聞いてほしい、と彼は『お願い』をした。

 

「ん。小町と大志君が聞いたげる」

 

 そう小町は即答して、腰に両手を当てる。

 横目で見た彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「その、あれだ。いろいろと俺の言い方が悪かった」

「言い方だけじゃないでしょー。態度とか性格とかさー」

 

 見上げるように身体を傾け、上目づかいになるように、あざとく叱りつける。まあ、小町的に、八幡先輩のそういうところは分かっていることであり、彼らしい一面なのだろう。急にその自然体を変えてしまったのなら、それは無理していることになる。

 

「ああ、まったくだ」

「でも。小町は妹だから許してあげる。だからさ……」

 

 そして、咳払いして、小町はちょこんとお辞儀をして、ちゃんと謝る。

 

「だからさ。小町もごめんなさいでした」

「なに、気にするな。お兄ちゃんだからな」

 

 くすくすと笑い合う兄妹を見ると、安心感がどっと湧く。

 千葉の兄弟姉妹はこうでないと。

 

 ようやく。

 店内のざわざわとした活気が、俺の耳に入ってくる。

 

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