川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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第8話 転生輪廻

 

 

 京都の観光地は多い。

 

 歴史的に考えれば、世界文化遺産や重要文化財が多数ある。金ぴかな金閣寺・わびさびの銀閣寺を比べて『流行』の違いを感じることはよくあることだ。そして、中高生が訪れる観光地については、必ずしもその全てが昔ながらの定番スポットとは限らないのだろう。

 

 特に女子は、恋愛祈願できる場所を選ぶ傾向にあるのではないか。例えば、『玉の輿神社』と呼ばれる今宮神社、『恋占いの石』で有名な地主神社があてはまる。もちろん、そういった場所は多くの参拝客で賑わっているだろう。

 

「あっ!ここだ!」

 

 いわゆる隠れた穴場スポットに、俺たちは来ていた。比企谷さんが『矢田寺』と書かれた石を指差して、生徒会長の秋葉も自然と感心した声を出す。商店街の一画にちょこんと存在するお寺である。

 

「へぇ、ほんとうに商店街にあるんだね。」

 

 隣には交番があって、おまわりさんが軽く会釈してくれた。俺たちが制服を着て昼にここに来たこともあって、修学旅行生ということは彼女にとって一目瞭然である。明るい笑顔が可愛い比企谷さん、少し大人びた秋葉、大和撫子な神田さん、そしてありふれた見た目の中学男子。

 

 自由行動ではあるが、タクシー観光ということであらかじめ計画したルートに沿って観光を行う。そのため1班につき4人であり、生徒会メンバー3人と学級委員長で組んだ。

 

「ここってお寺だよね? 神社じゃなくて。」

 

 神田さんはいつも通りか細い声だが、ちゃんと聞き取れる程度だ。彼女が言いたいことは、お寺はどうお参りするべきなのか、確証が持てないということだろう。

 

「大きな違いは、合掌は静かにってくらいだろうな。神社と同じで、願いを伝えるのでいいと思う。」

 

 両手のひらを合わせながら伝える。

 ふーん、と神田さんは小さく呟いた。

 

「さっ!奈月ちゃんいこっ!」

 

 比企谷さんが促して、2人は本堂に向かっていく。

 何かしら願いがあるから、ここを選んだのだ。

 

 ご住職の人は穏やかに微笑んでいる。

 

「秋葉、どうした?」

「いや、なんというか……」

 

 異質さを感じているのだろう。

 

 絵馬の絵柄は、燃え盛る火炎である。地獄から罪人を救う僧侶を描いているらしい。苦しみを代わってくれると言われるお地蔵様が祀られているこのお寺を、なぜ彼女たちが選んだのか。

 

「どったの。2人も行ってきなよ。」

「あ、ああ……」

 

 苦しい恋を救うと言われており、『愛の願かけ地蔵』とも呼ばれる。確かに恋愛祈願として密かに人気のある場所なのだが、なぜここを選んだのかという疑問は残ったままだ。

 だからといって、経験上、俺は己の交通安全を祈るだけだ。

 

「なあ。こういうの、何を祈ったらいいんだ?」

「専門じゃないから、叶えてくれないなんて。神様仏様も心が狭くはないと思う。修学旅行が安心安全に楽しめますように、とかな。」

 

 そうか、と笑みをこぼした彼に、俺は首を傾げた。

 

「まあ、本当の願いは口に出さない方がいいという説もあるな。」

「じゃあ、自分で考えるしかないんだな?」

 

 自分で、か。

 炎の中でもはっきりと存在するお地蔵様だ。罪を犯した人も救ったとされる彼は、その時代においては、いわゆるヒーローだったのだろう。

 

「……自分なりで、いいんだよな。」

 

 誰かに縋るように、尋ねるような声が自然と出た。このままでは、蓋をしてきた『傷み』が掘り起こされてしまいそうで。だから、誰にも見透かされないように、急いで。

 

 手のひらを合わせて、目を閉じる。

 

 願いを口に出すことはできない。

 心の中で願うこともしない。

 

 叶えたい願いは、確かにあったはずだ。

 

「お待たせ。」

「あっ!大志君はこれとかどうかな!」

 

 指の大きさほどのぬいぐるみを見せてくる。

 お地蔵様を模したそれは、ご住職の手作りらしい。

 

 秋葉にも、神田さんから手渡されている。

 あらかじめ2人で選んでおいたらしい。

 

「他と、どこが違うんだ?」

「うん? なんとなくこれかなって。」

 

 そこに、明確な理由など存在しないのだろう。ちゃんとそ の目で見て、直感で見つけ出した。先輩はとにかくアホっぽいって言っていたけれど、そういうところが俺は羨ましいのかもしれない。

 自分用のおみやげを買うのは、初めてだな。しかも4人でお揃いで。

 

「じゃ、次にレッツゴー!」

 

 満面の笑みを浮かべて歩いていく彼女に、俺たち3人は付いていく。年相応に、自然と笑みが零れた。

 

 

****

 

 タクシーに乗り込み、次の目的地へ。

 

 駐車場には多くの同種のタクシー。

 京都でも屈指の人気スポットなだけはある。

 

「おっ、かいちょーも来たんだ!」

 

 生徒会メンバーの顔は広い。入場口の列から同級生がこちらへ気づいて、手を振っている。

 

 外国人やご老人が多い観光地に、平日に制服でやってきた観光客はかなり目立っている。結果として、入場口から出たときに俺たちは団体行動となった。

 

 まあ、提出する際に、秋葉や比企谷さんに合わせた人もいるのだろう。

 

 

「……人気者だね。」

「学校一だろうな。俺たちも行くか。」

 

 呟いた言葉に返事をした俺は軽く頭をかく。ジト目を神田さんから向けられたのだが、一体何が間違っていたのか。

 

「私、あれがしたい。」

「テーマパークのアトラクションじゃないんだから。……さて。」

 

 この清水寺には、胎内巡りというものがある。暗闇の中を歩くのだが、お化け屋敷のように決して騒がしいものではない。むしろその静寂で、心を落ち着かせることができる。

 悩むべきは、班員と別行動になるということだ。

 

「ん。連絡した。」

「あいかわらず仕事が早いことで……」

 

 別料金として、100円を払う。

 

 あちこちから日本語以外の言語が聞こえるし、海外からも清水寺は人気スポットとされているのだろう。階段の下は暗く、そして初夏の気候からすればこの涼しさは心地いい。

 

 手摺を掴みながら、歩く。

 

 笑い声や恐れる声。

 視界を奪われている分、音に敏感になる。

 

 真後ろに、神田さんがいるのだとわかる。

 

「……こわい」

「あ、そう。」

 

 無機質な声の呟きだった。俺でもさすがに嘘だとわかる。

 

「怖がる場所じゃないだろ。」

「うん。うるさいもん。」

 

 お化け屋敷に来たテンションの高校生や大学生が前後にいるのだから、心が落ち着くことはない。俺たちの呟きすら、反響する声にかき消されてしまうほどだ。

 

「石、あるけど?」

「結構、並んでるな。」

 

 唯一、灯りがある場所には1つの石がある。

 ここで、願うことになっている。

 

 

「みんな待ってるし、行こう。」

「ああ。」

 

 2人ボッチの単独行動をしているのだし、願うこともなくその集団から抜け出す。

 

「私って結構、大人びてるって言われる。」

 

 去年から休み時間はよく読書していて、ほとんど外で遊ぶことはしない。俺は周りに合わせるように、昼休みは外で遊ぶ。

 

「川崎君は、もっと大人びてるよね。」

「姉と妹がいるしな。」

 

「そ。」

 

 はぐらかしたことに、小さく呟いた。

 

 決められた一本道をただひたすらに進んでいけば、必ず出口の光がある。それは確定した未来である。受付の男性から『生まれ変わったでしょう?』という定型文を耳にして居たたまれなくなって、少し足早になった。

 

「そう簡単に変われないよね。」

 その呟きは、たぶん彼女自身に向けられたものだろう。

 

 人生にやり直しはきかない。

 俺も決してやり直したわけではない。

 

 

「川崎君は、好きな人いる?」

「いる。」

 

 積極的に恋バナをする人ではないはずだ。

 

 俺が知っている『人となり』

 変わっていないままなら、彼女らしくはない。

 

「そういう神田さんは?」

「生徒会のみんなは好き、かな……?」

 

 そうか、と呟く。

 悩んだままの俺が『依頼』を受けることはない。

 

 まちがいだらけの俺は、まちがえないように言葉を発するだけで精いっぱいらしい。関西特有のイントネーションを聞いていると、戻ってしまいそうだ。

 

 

「きれいだね。」

 

 初夏の、青々としたこの清水の『舞台』からの風景は、四季によって変わる。しかし1年前とほとんど同じなのだろう。遠く過ぎた過去の記憶を無理やり掘り起こしたのならば、あの頃ともあまり変わらないはずだ。

 

 変わってしまったのは俺だけだ。

 それは、急激な変化だった。

 

「あっ!2人とも。どこ寄り道してたのー?」

 

 合流場所は、清水寺の出口だった。

 団体客に遮られてはぐれてしまったことを、伝える。

 

「……次、どこだっけ」

 

 神田さんがみんなの行く方向を見ながら呟いた。その先には、地主神社という恋愛祈願の有名どころがあるはずだ。

 

「スタバ!」

 

 近くにあるスタバの方向を指した。

 もう、お昼時を少し過ぎたくらいか。

 

 確か、景観を壊すことのないよう、周りに溶け込むように和風に造られた店舗。

 

 

 

 

****

 

 家に帰った時間は、すでに夕暮れ。

 けーちゃんも保育園から帰ってきているだろう。

 

「ただいまー」

 

 玄関の扉を開けば、肩の荷が下りた気がした。何度経験しても、旅行疲れというものは感じる。俺が帰ってくる音を聞きつけてか、妹がやってくる。たぶん時計の針をずっと見ていたのだろう。

 

「たーちゃん、おかえり~!」

 

 屈むと、小さな両手が、荷物を持っていない俺の右手を握る。けーちゃんにとって、今の俺がたーちゃんなのだろう。1年という時間はこの少女にとって、貴重な時間だった。だから、俺は元に戻りたいと願うことはできなくなった。

 

「楽しかった?」

「俺なりに、な。」

 

「おみやげある?」

「ああ。京都のお菓子。」

 

 生八ッ橋の菓子箱を手渡すと、目を輝かせた。

 おみやげー、って姉さんに見せにトコトコ走っていく。

 

 

「ほんと、世知辛い。」

 

 小さく呟いた声は誰にも届かない。

 

 自分の部屋にかつてからあった物の位置を、ほとんど変えてはいない。その机に、お地蔵様のぬいぐるみを置いた。

 


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