川崎大志の初恋の人がブラコンだった件   作:狩る雄

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第9話 道案内

しとしとと雨が降る6月。

 

今日も洗濯物は干せない天気だ。

あって良かった、乾燥機。

 

修学旅行からはすでに一週間が経っていて、俺は無意識に変わろうとしていた関係を元通りにしようとしていた。いや、より顕著に変わらないことを選ぶようになったのは、あと1年で離れ離れになる可能性があるからだと、実感したからかもしれない。神田さんの抱えているものに踏み込むことを躊躇っているのは、俺自身がこの傷みに触れてほしくないからなのだろう。

 

携帯から流れる軽快な音楽が、俺を思考の海から浮上させる。

 

 

『お兄ちゃんが変なの!』

 

LINE電話に出た瞬間に、比企谷さんがそう告げる。

 

「詳しく。」

『えっとね、覇気がないことと目が腐ってることは変わらないよ。いつも通りツッコミも中途ハンパだし。でも、いつもより変なの!』

 

それって普段から変みたいじゃないか。

何かしら、気に病んでいるということか。

 

「学校で何かあったんだろうな。」

『たぶん。部活には行ってるみたいなんだけどね。』

 

まるで保護者と会話しているみたいだな、これ。

 

「雪ノ下さんや由比ヶ浜さんに相談することも、悪手になる可能性があるな。」

 

親しい人だからこそ、気にしているのかもしれない。

 

傷つけたのだと先輩が自覚し、その表情に表れているということは、少なからず大事に思っている人の範囲に入っているということだ。何年も妹として兄を見てきた比企谷さんだからこそ、感情の機微に気づけた。

 

 

『あっ!もしかして、恋ワズライってやつかな!?』

 

それも候補にあるが、あのメイドカフェ以来、俺は彼女たちに会ってはいない。

 

「といっても、先輩と親しい女子って、由比ヶ浜さんや雪ノ下さんくらいしか、俺は思いつかないんだけど。」

 

あれから姉さんとも、ほとんど話していないみたいだし。

 

 

『雪乃さんと最近どうかーって、この前探ったんだけどね。なんかはぐらかされた。』

 

俺的には、あの『言葉遊び』から、恋愛に発展するのかは疑問だ。

 

「それなら……、戸塚さんに告白して玉砕して」

『それだったら、もっと落ち込んでると思うよ。』

「あっ、はい。」

 

先輩、戸塚さんのこと好きすぎだろ。

 

『あっ! 戸塚さんとざ……あの大きい人の!』

「材木座さんか。」

『そう。その人と、プリクラ撮ってきたみたい。』

 

男2人と男の娘で、プリクラか。

むしろうちの姉さんの方が、ボッチな気がしてきた。

 

『プリクラが財布にあったんだけど。』

「それ、洗濯する前?」

『うん、もうちょいで洗濯しかけた。』

「セーフ。紙幣やばくなるやつところだったな。」

『お兄ちゃんの財布、1000円も入ってないけどね。』

 

それから。

 

最近雨が多いよねって、まるで主夫や主婦みたいな会話を交わした。そういう雑談で話が逸れてしまったのだが、まあ、比企谷先輩の悩みの種は由比ヶ浜さんの可能性が高いといったところか。

 

確か。

交通事故の時に先輩が助けた犬の、飼い主だったか。

 

『明日さ。お兄ちゃんと出かけるつもりなんだけど、来る?』

「気分転換にでも連れ出すってことか。」

『そだね。大志君になら、お兄ちゃんも話すかもって。』

 

妹の比企谷さんに迷惑をかけまいと、悩みを打ち明けない。話したとしても解決しない場合もある。俺が力になれるかはわからないけれど。

 

「まあ、姉さんの件では……、先輩に助けてもらったし、俺なりには聞いてみる。」

『ん。わかった。』

 

集合時間と集合場所を聞いた後、こっそりガッツポーズした。いや、仕事をしに行くだけか。

 

 

 

****

 

幕張海浜駅の付近には、ショッピングモールやオフィスビルが立ち並んでいる。さらには千葉ロッテマリーンズの本拠地であるマリンスタジアムもあって、多くの人で賑わっている。

 

東京わんにゃんショーというイベントが幕張メッセで開催されている。ペットの即時販売会であったり、自分自身のペットを連れてきて遊ばせる場であったり。いわば動物園なのだ、しかも入場料無料である。

 

犬や猫だけでなく、販売目的ではない珍しい爬虫類やペンギンもここに来ている。

 

 

「うさぎ、もふもふだ~」

 

ブラウスの上にサマーベストを羽織り、膝丈のプリンツスカートの美少女がキャスケット帽を被っている。その格好はまるで探偵であるし、本人も意識したのだろう。しかし今はそんな比企谷さんも、動物園に来たテンションである。

 

「小学校の頃、世話したことあるな。当番制だけど。」

「いいな~」

 

会場に呼ばれてしまったウサギたちは、一日中多くの人に囲まれてビクビクしている。スッとカラフルな土管へ隠れていったウサギは、お互いの存在を確かめるように密着して、寄り添い合っているのだろう。

 

 

「あっ!ハムスターもかわいい!」

「眠そうだな。」

 

今はとっとこ走っているわけではない。ハムスターはお昼過ぎでずいぶんと眠そうである。もしハムスターを飼うとしたら、夜行性であることを考慮しなければならない。ここでも、カラカラと音を立てないような回し車も売られているようだ。

 

比企谷さんも初耳だったようだし、意外と夜行性であることは知られていないのだろう。

 

 

「沙希さんも来れたらよかったのにねー?」

 

姉さんやけーちゃんを連れてきてもよかったのだが、ちょうど歯医者を予約していた日だった。子どもの頃から早期的に通っていれば、歯磨きの習慣ができて、将来的にも虫歯予防になる。

 

「ああ。だから、今度動物園に行くことになった。」

「へぇー、上野?」

「いや。千葉市の動物公園」

「あー、千葉のね。昔、何回も行ったなー」

 

現在開催されているけものフレンズコラボの謎解きラリーは、むしろ俺が楽しむまである。

 

 

「あれ?雪乃さんはー?」

「見つからないな。次のブースに、もう行ったのか。」

「お兄ちゃんいるから、だいじょーぶだと思うけど。」

 

赤いリボンで長い黒髪を2つ結びに、いわゆるツインテールにしている清楚系美少女は周囲の視線を集めていた。地図を片手にキョロキョロとしていた彼女を案内することにしたのは、どこかぬぼーっとしている先輩である。方向音痴とは、雪ノ下さんの意外な弱点である。

 

小動物ゾーンから、もう立ち去って行ってしまったようだ。

 

「やばっ!追いかけないと。」

 

「それなら、猫のブースじゃないか。」

「あー、雪乃さんって猫大好きみたいだからね。」

 

犬や猫のブースは他よりも広い。留まっている2人を見逃さないよう、また見つからないよう、少し離れた位置から動向を観察する。先輩のお悩み相談をするはずだったのだが、デートの野次馬をしているだけだ。

 

2人とも、デートとは決して認めないだろうけど。

 

「うまくやってるねぇ、お兄ちゃん。」

 

涙を拭く仕草は、まるで先輩のお母さんだ。

専業主夫志望の兄を持って苦労しているらしい。

 

「いや、あれは雪ノ下さんが楽しんでるだけだろ。」

 

屈んで、ケージに入った猫を真剣に見つめている。実際に何を話しているのかわからないが、まるで猫に話しかけているように見える。先輩とは会話をしていない。普段は直感より理論派な彼女が真剣すぎて、本当に猫語を理解しているのかと思ってしまうまである。

 

「カーくんもなんとなく小町の言ってることわかってくれるよ?」

 

誰だよ、それ。

「猫?」

「うん。うちで飼ってる猫もここで会ったんだー」

 

灰色の毛の雌猫の近くに屈んだ。

たぶん似ているのだろう。

 

猫の撫で方に、慣れを感じる。

 

「よく来るのか?」

「お兄ちゃんとね。そういえば、友達と来るのは初めてかも。」

 

そうか、と呟いて俺も屈んだ。

 

 

「カー君も大きくなったなぁ。ねっ、大志君のうちって猫飼ったりしないのー?」

 

ペット愛好家同士とか、会話弾みそうだな。

 

「姉さんは猫アレルギー、らしい。」

「あちゃー」

 

ペットを飼った経験なんて、公園で見つけたカブトムシくらいだ。ろくに世話もできないから、たった数日という短い間だったけれど。

 

命の責任を持つということは、俺にはまだわからない。

 

「実際、ペットを飼うのってどうなんだ?」

「かわいいよ。寝ているときにベッドに入ってくるんだー」

 

添い寝してるのかよ、雄猫。

 

 

「まあ、さみしい時間が減るかな。お兄ちゃんもいつかは、ね……?」

「……将来が専業主夫じゃ、家を出る可能性の方が高いな。」

 

かける言葉に迷い、ようやく口にした言葉は、空虚なもの。

 

 

「ん。そだね。でもやっぱり、お兄ちゃんが幸せならいいかなって思うわけですよ。こういうのは、小町的にポイント高くない?」

「……それなら、良いお嫁さんを見つけてあげないとな。」

「うん。カー君のお嫁さんもね。」

 

 

今この瞬間、先輩の周りには雪ノ下さんや由比ヶ浜さんがいる。高校からそのまま結ばれるカップルはそう多くはないことはわかっている。それでも先輩なら、周囲に気を使ってしまう由比ヶ浜先輩やどこか儚さのある雪ノ下さんを『道案内』してあげられると思う。

 

俺とは違って。

 

 

「あっ!お兄ちゃんが呼んでるみたい。」

 

雪ノ下さんがようやく満足したのだろう。こちらへ軽く手を振っている先輩のところへ向かった。

 

 


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