俺は/私は死にたくない!~死亡√は断固拒否です~ 作:黒三葉サンダー
ヒラヒラと羽のように空を舞う銀氷が木漏れ日を照り返し、アリシアを───ラムを飾るように周りを漂う。
彼女を幻想的に飾るその光景は神々しい絵画のように見えるが、その対象であるラムだけはスッと目を細めバアルと相対していた。
その姿はやはりシグムッドの愛娘に間違いないのだが、彼女の姿は本来彼が見知っている姿とは少しだけ違っていた。
今もなお銀氷を蒔く白い翼のような氷の魔法に、絹のような金色の髪は冷たくもキラキラと光を返す銀色へと変わっており、宝石のような翡眼も蒼眼へと変わっている。あまりにも娘の容姿が変わっていた為にシグムッドは困惑した。
(アリシア、なのか。しかしその髪の色は……しかもその魔法は……飛行魔法だというのか!?)
シグムッドが困惑するのも仕方ない。そも飛行魔法事態が非常に珍しく、制御の方も難しいものだと彼は友人に聞いていた。
それは正しく、この世界において飛行魔法を行使出来るのは魔術学院の一部の講師や大魔法使いと呼ばれる存在だけだ。しかも飛行魔法を行使するための媒体も必要になる。例えるなら箒や細長い板等だが。
しかしラムはそのどれもを必要とせず、空から飛行魔法のみで完全制御を行っていたのだ。
そんなことが出来たのは今までの歴史でただ一人。
そしてそれにバアルは歓喜していた。
「あ……あぁぁ!アハハァ!我ら魔族を圧倒出来る程の魔力!美しい銀色の髪!忌々しくも惹かれ焦がれるその飛行魔法!そして何よりその魂!!あぁ!あぁ!バアルは、このバアルはずっと貴女様にお会いしとうございました!魔王様!!」
「……」
バアルの敬愛にラムはただ睨み付けるだけであり、その瞳は冷たく鋭いにも関わらずバアルは身体中に走る喜びに震え、悦に浸っている。
そんなバアルの様子に、シグムッドは己の中で確信を持った。
己の愛娘は魔王の生まれ変わりだったのだと。
「……!!逃げなさい、アリシア!ここは父さんに任せ、うぐっ!」
それでもシグムッドはラムを逃がそうとした。
例え彼女がバアルの言うとおり魔王の生まれ変わりだったとして、それがなんだというのだ。
魔王だとしてもそれは生前の事であり、今は己と妻、そして彼女の姉であるルクシアもが溺愛する娘なのだ。
己の子を守らんとする事に何の間違いがあろうものか。
ヨロヨロとおぼつかない動きで彼は剣を杖代わりに立ち上がるも、身体へのダメージは大きくまともに戦える状態ではない。
それを気配で察したラムはどこか寂しそうに、そして羨ましそうに一瞬笑うと、再び膝を屈したシグムッドに手をかざすと暖かな光が彼を包み込んだ。
「ここは私に任せて。あなたは
ラムがそう告げると、シグムッドの傷が少しずつ癒えていき身体から力が抜けていく。
その光はどうやら回復魔法らしく、それは彼女の心の暖かさを感じるものだった。
「待たせたわね、バアル。随分と元気になったようね」
「そんな待たせたなどと滅相もない!寧ろ魔王様のお姿を永遠に眺めていたい所存です!あぁ……しかしバアルは嘆かわしく思います」
「……!」
怪訝な様子のラムを気にする事もなくバアルはショックを受けたように片手で顔を半分覆うと、ギョロリと覆われていない方の瞳をラムへ、否その奥底へと向ける。
バアルが向けるその瞳は魔眼と呼ばれるものであり、バアルの魔眼は身体の奥底、魂を覗く能力を持つ。それは魔力を伴うものであるため、ラムはそれを探知することが出来る。
魔眼で覗かれている事を理解した瞬間、ラムはアリシアの魂を隠すように魔力でフィルターをかけるものの既に手遅れだった。
バアルはアリシアの魂を見つけると、不愉快そうに表情をしかめた。
「魔王様。それは、それだけはなりません。そんなものを抱えていては魔王様に悪影響です。それは魔王様を腐らせてしまう!」
「……勝手な事を言わないで。あなたにそんなことを言われる筋合いはないわ」
「魔王様!どうかバアルの話を聞いてください!それは魔王様が考えている以上に危険なものなのです!魔王様の御体を蝕む猛毒なのですよ!!」
「黙りなさい。これ以上あなたと話すことはないわ。今は退きなさい、バアル」
バアルのアリシアへの毒物扱いにラムは不思議と苛立たしさを感じ、有無を言わせぬ態度で示すがバアルはそれでも退かない。
バアルからしてみれば魔王たるラムの身体の中に恐ろしい程の輝きを放つアリシアの魂が紛れ込んでいるように見えているが、ラムとしては己こそがこの身体の持ち主にとって異物であると判断している。
「……いいえ。退けません。魔王様の中からその穢らわしい魂を切り離して差し上げましょう!我等が魔王様を穢す罪深き魂に粛清を!」
「っ!くっ!」
バアルは一度首を横に振ると、魔法で新しく剣を作ると、あろうことかラムへと斬りかかってくる。
その剣は魂魄魔法を主軸にした魔法剣であり、肉体を傷付けず魂を傷付けるものだ。これは魂魄魔法を得意とする魔族特有のものであり、かつて悪魔と呼ばれていた彼等の専売特許だ。
ラムもその魔法事態は生前に幾度も目にしている為、バアルが生成した魔法剣の危険性を悟り氷の魔法剣で初撃を防ぐ。
魔法剣の質は同等、あるいはラムの方が勝っているように見えるが、その実は数百年ぶりの肉体な為出力が安定していない。
しかも体格差は歴然であり、大の男であるバアルの一撃はまだ幼い身体であるラムでは耐えきれず後ろへと弾きとばされ、魔法剣も粉々に粉砕されてしまった。
ラムは翼で衝撃を緩和するとゆっくりと地に足をつけ、先制攻撃を受けたにも関わらず冷静にバアルの動きを注視している。
「もう一度だけ言うわ。退きなさい、バアル」
「いいえ。このバアル、退きはしません!」
「っ!アリシア!!」
ラムの警告とも言える言葉をバアルは尚も聞き入れず、双剣を交差させてラム目掛けて距離を詰める。
その動きはラムの首を狙ったものであり、左右から挟み込むような軌道で双剣を振るう。
それをただ見ることしか出来ないシグムッドは後に起こるであろう娘の無惨な姿を想像し、悲痛な声を上げた。
(取った!その穢れた魂を今斬殺してくれる!!)
この時、バアルは確信していた。
その剣速は久しぶりに現界したラムでは避けることは出来ないだろうと疑わない。
シグムッドは絶望した。
己が不甲斐ないばかりに大切な娘の命が刈り取られようとしていることに、心臓が止まりそうになっている。
二人とも共通しているのは、アリシアの魂が失われるだろうと確信していることだ。
しかし、残る一人だけは違った。
「……不愉快ね。本当に、不愉快だわ」
ただ一人。ラムだけは能面のような無表情で、ボソリと呟いた。
そして同時に、バアルはゾクリと身体中に嫌な気配を感じ取った。それはバアルの本能が発した警告であり、命の危機に晒される寸前だということである。
バアルは咄嗟にラムから離れようとするが、下手に距離を詰めてしまったツケが回ってくる。
ラムの後ろ、なにもなかった筈の場所から突如現れた巨大な手がバアルへと伸びていき、その体躯をガッシリと捕まえる。
その手は余裕で大の男一人を完全に握り締める事が出来るものであり、その存在がゆっくりとラムの後ろから姿を現していく。
「氷召術式九番、
それは巨大な氷の精霊であった。
其処らの木々など優に越える体躯、目と思われる二つの小さな器官に口、そして額から伸びる一角。
うっすらと青く透けて見えるその体躯と四肢は細々としたものであり、普通であれば歩くことは愚か立つことさえも困難にさえ思える。
しかし足と手は意外とガッシリとしたものであり、指先からは鋭い爪が生え揃っている。
全体的に見れば精霊と言うよりは悪魔にも見えるが、氷精霊を中心にどんどんと周りが凍りついていく現象が否応なしにその精霊の在り方を示していた。
氷精霊。それは十三種存在すると言われている魔王の召喚獣の内の一体であり、ラムが特に気に入っている召喚獣である。
氷精霊の存在は人々の間で魔王と同じく語り継がれ、最早伝説と昇華されている。
元来、精霊とは人々の信仰心から力を得る存在であり、元から強力だった精霊が伝説にまで昇華される程にまで語り継がれたらどうなるか。
「ぐっ!オォォオァァァァ!!」
その力は精霊の中でも最上位、【精霊王】に匹敵する程に氷精霊は進化した。
しかも精霊はその特性上、魔族と同じように魂そのものへと干渉することが出来る。
つまり氷精霊の力は本来神聖属性でしか届き得ない魔族の命を容易く奪う事が出来てしまうのだ。
苦悶の声を上げるバアルを冷たく見つめるラム。
何とかバアルは氷精霊の腕から逃れようともがくが、身体を魂ごと握られたバアルは脱出することが叶わず、徐々に身体と魂が凍りついていく。
バアルは己の死を覚悟した。これ程までに己の死を感じた事はグリフレッドと交戦した時以来であり、その時はラムが魔王だった事もありその力を頼もしく思えたものだ。
だが、いざ己がその力を向けられてみればグリフレッドとの交戦は茶番にすら思える程の差を感じていた。
しかしバアルがそう感じてしまうのも仕方ない。
そもそも氷精霊に唯一傷を負わせる事が出来た相手などたった一人だけしかいなかったのだから。
ラムが右手で握り潰すような動作をすれば、氷精霊は主人の想いを汲み取って望むままに実行する。
そしてそのままバアルを凍らせるよりも早く握り潰そうとして────
『────ダメだ!!ラム!!』
ラムの右手
その事実にラムは一瞬呆けると、すぐさま覚醒して慌て始めた。
「……は?あんたもう起きたの!?ってかどうして動かせるのよ!身体の主導権は今はあたしの筈でしょ!?」
『うっさい!そんな事より自分に嘘つくのは止めろよ!本当は殺したく無いんだろ!』
「は、はぁ!?何であんたにそんなこと言われないといけないのよ!」
『あんなに心の中で悲鳴上げてりゃ嫌でも分かるっての!本当に殺したかったんなら、その巨人の能力でとっくに死んでるだろ!全く、力を貸してほしいとは言ったけど、何もラムの仲間を殺せなんて言ってないだろ、俺』
アリシアのため息混じりの言葉にラムはピシリと固まった。それは無意識に見ないフリをしていたラムの心の悲鳴の事だった。
確かにラムはバアルを好いてはいない。魔王崇拝者の中でも特に変態的でウザったい存在ではあったことは間違いないし、時折殺意に溢れていた事もあった。
それでも、バアルは魔王──ラムにとって数少ない味方であり、信を置けた部下でもあった。
勿論バアルがアリシアの魂を穢れと呼び、あまつさえ消し去ろうとしていた事に無性に腹が立っていた事も事実である。
だが、それでもラムにとって味方とは何にも勝る大切なものであり、例えそれがどうしようも無い変態であろうとも殺そうとしたことに心が悲鳴を上げていたのだ。
その為に本来であれば瞬時に凍結させることも可能だった筈の氷精霊の侵食もゆっくりとしたものだったのだ。
そしてその悲鳴が眠っていたアリシアを目覚めさせ、ラムの感情に気付いたアリシアが感情の綻びをついて一瞬だけ右手の主導権を奪い取り、バアルの命を助けたのだった。
『ほら!もうバアルは戦える身体じゃないだろ!バトンタッチだ、バトンタッチ!』
「ちょっと!?そんな強引に───」
「───さて。私の方からも再三と。ここから去りなさい、魔族。彼女の慈悲を無駄にしないでくださいませ」
アリシアがラムから半ば強引に主導権を奪い取ると、スッと翼と氷精霊が消えていき、銀髪蒼眼だった容姿も金髪翡眼へと戻っていた。
バアルは震える身体で何とか立ち上がると、アリシアを睨み付ける。少しの間お互いに視線を交差させた両者だったが、先に折れたのはバアルであった。
「……魔王様の御慈悲に感謝を。しかしワタシは貴様を認めない。何時か必ず、その魂を斬殺してくれる。努々忘れるなよ、小僧」
荒い口調でバアルは吐き捨てると、翼を広げこの場を飛び去っていく。
その姿を最後までアリシアは見送ると、急激に身体が怠くなっていくのがわかった。
「お父様っ!だいじょ……ぶ……?」
「アリシアっ!!しっかりしなさい!」
アリシアはシグムッドの元へと向かおうと足を動かそうとするが、氷精霊を召喚した反動は大きく、膝から崩れ落ちるように倒れ伏してしまった。
漸く動けるまでに回復したシグムッドは血相を変えて倒れたアリシアを抱き抱えると、必死に呼び掛ける。
その顔は少し青ざめているが、シグムッドでは今アリシアがどういう状態なのか把握出来なかった。
「アリシア!!アリシアどこ行ったの!?お願い!返事をして!」
「レリィ…?レリィか!?ここだ!!ここにいるぞ!」
「っ!あなた!!それに、アリシア!!?どうしたの!」
遠くからレリィの声が聞こえ、シグムッドが声を張り上げるとレリィは即座に場所を把握し、二人の元に辿り着く事が出来た。その先ではシグムッドの腕の中でアリシアがぐったりと横たわっており、顔を青ざめさせていた。
シグムッドは駆けつけたレリィにアリシアの症状をみせると、レリィはすぐにアリシアが陥っている症状を理解した。
「いけない……これは魔力失調よ。本来使用出来る魔力量よりも過剰に使ってしまったのね。でもこんなになる程の失調なんて、どれだけの大魔法を使ったの……」
「とにかく、危ない状況なんだな?どうすればいい?」
「まずは家に連れて帰りましょう!治療するにしても家にある魔道具が必要だわ!」
「分かった!……すまん、皆。もう少しだけ供養は待っててくれ。すぐに戻るからな」
シグムッドはアリシアをしっかりと抱え直すと、なるべく揺らさないようにレリィと共に走り出した。
娘の命を溢し落としてしまわないように。
早めに学園編を書くべき?
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ササッとゲーム本編にいこう
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ゆっくり幼少編やってこう
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お前の信じたシナリオを行け!
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アリシアちゃんのイチャイチャはよ!