背中に固い感触を感じて、寝返りをうとうと体を横にする。身体中が角ばった何かに当たる様な違和感を覚えた。
眠気まなこを手で擦ると、布地の様な柔らかな感触が頰に伝わった。そして、見覚えのない白いコンクリートで固めた天井を見やり眠気は完全に消え、思わず飛び起きた。
「……ここは? 私は確かベッドに横になって、それで……」
固い、コンクリート地面の上で意識を覚醒させ、直前までの記憶を思い出そうと声に出して一つ一つ確認しようとして、そこで自らの異変に気付いた。
「……声が高い? それにこの格好は?」
最初に自らの視線の高さがいつもよりも低いことに気づき、次いで私自身の鈴の様に透き通る様な、高い女性的な声に気づいた。それに加えて長く伸びた黒い髪が視界に入る。まるで自分が女性になったかの様な、妙にリアルな錯覚に囚われる。
恐る恐る胸元と股に手を向ける。
「……嘘だろ?」
そしてそれは錯覚ではなかったと思い知ることとなった。胸からは確かな膨らみと柔らかさを感じ、股下には本来付いていたものが綺麗サッパリと消えていた。
この時点で私の寝起きの頭では既にキャパシティオーバーを起こかけていたが、更にそれに被せる様に肩に掛けていた何かがガチャリと音を立てて地面に落ちた。
「……じ、銃? なんで……?」
地面に転がるタンカラー一色に塗装された、形状からしてアサルトライフルと思わしき物を見やる。銃身の側面にはM4A1と刻印されていた。
おずおずと地面に転がった自動小銃を拾い上げる。ズシリと、確かな重さが両手にのしかかった。
余りの情報量の多さに眩暈がしてきた。
「明晰夢、といったやつかな。たしか、すごくリアルな夢をみるという」
半ば現実逃避気味に思いっきり自らの頬を勢いよくつねる。鋭い痛みが頬に走った。
「……夢じゃ、ない?」
そして漸く私は今起こっていることが現実だという事を理解した。
◆ ◆
あの後私が寝ていたらしい、頑強なコンクリートで建てられた何処かの工場? らしき所を散策する。連結通路の窓からコンベアやマニュピュレータアームが存在することを確認できた。多分工場の筈だ。
とりあえず今の自分の全容を確認したいので姿見でもあると有難いのだが。自らが倒れていた連結通路を渡り辺りの部屋を一つづつ調べようと手近なドアノブを引き、そして私は後悔した。
「……っ!」
その部屋は誰かの自室だったのだろう。
ベッドや本棚にテレビや冷蔵庫など、おおよそ生活感のある家具が置かれていた。それだけなら良かった。肝心なのはその部屋がまるで赤い絵の具をぶちまけたかのように真っ赤だったということだろう。家具は散乱し、おまけにこの部屋の主と思しき、頭蓋骨に大穴が開いた白骨死体がベッドの上で眠っていたのだ。お目当ての姿見は壁に立てかけてあったが、この状況じゃあまり使う気にもなれない。
「……少し、お借りします」
物言わぬ骸となった持ち主に断りを入れ、姿見を拝借し一旦部屋を出る。
通路側の壁に姿見を立てかけて自分の姿を見る。
そこに写っていた姿は、やはり自分のモノではなかった。
端正に整った顔立ちに肩まで伸びる、緑のメッシュが一部入った黒い艶のある髪の毛。黒で統一されたプレートやアーマーを複合した、それでいて動き易さを保持する様に工夫が凝らされたサーコートの付いた戦闘服。腰元や腕にはポーチやサイドバックが取り付けられ、太腿の両側には拳銃の様なものが収まったホルスターがあり、背中には縦長の大きなケースを背負っていた。
「……はぁ。タチの悪い夢だな」
タクティカルグローブ越しに鏡に手を当てしげしげと自分の姿を見て、思わず大きな溜め息を漏らす。
寝て起きたら見知らぬ所で目覚め、武装した少女になってたと思ったら部屋から白骨死体だ。
……無性に泣きたくなってきた。
その後姿見を持ち主に返して再び辺りのドアを片っ端から調べたが、どれも最初の部屋と同じかそれ以上の惨状だった。
思わず泣きだしてしまった。