バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 今回は私の力量不足により説明文が多くなってしまっています。
 ご了承ください。


9話 激戦

 彩海学園の保健室で、浅葱は驚愕していた。塔守と名乗ったバビル2世の協力者が、自身の予想をはるかに超えた情報処理能力を有していたためだ。

 

〔独自性BFアルゴリズム換算からの予測データは8割の処理が終了しています。このまま言語的データ称号を続行し、エラーが出現した場合順次投影情報フォーマットに当て嵌め処理を進めます。

 以上の行程に当たり、何か注意等はありますか?〕

「いえ、その調子でこっちが流したプログラムの精査を続けて。

 ちょっとモグワイ、あんた見ず知らずの相手に情報処理能力で負けてて悔しくないの? スーパーコンピューター5基分の並列人工知能として恥かしくないの?」

『あのな嬢ちゃん、できれば比べないでほしいんだが……』

「何弱気になってんのよ! 塔守のおかげで都市管理領域に負荷かけないで処理できてるんでしょうが!

 ほら、全データの統合性のチェックと細かい不確定要素の洗い出しよ!」

 

 モグワイに対して容赦なく仕事を割り振りながら、浅葱の中でも疑念が膨らみ始めていた。明らかに塔守の処理速度がおかしいのだ。何故か本調子でないモグワイと比較しても、異常なほど速い。

 

「……ねえ塔守、ちょっと聞いていいかな」

〔なんでしょう浅葱さん。今集中しているので、手短にお願いします〕

「たいしたことじゃないんだけど、これが終わったらあなたの使ってる機材知りたいなと思って。そろそろ愛用の機体バージョンアップしようと思ってたし、その処理速度は魅力的なのよ」

〔残念ですが、使用機材はこちらの生存に直結するので教えられません。バビル2世からの命令があれば別ですが、彼も自身の安全面から許可を出すことは無いと思いますよ〕

「そう、なら無理に聞くこともないからいいわ。変に聞き出して藪蛇になっても嫌だしね」

 

 塔守の正体からして聞き出しても再現はできないと思われるが、その内容からして世界的に狙われることは確実な情報を浅葱は手に入れそびれた。塔守のやんわりとした拒絶と浅葱の持つ無意識の危機回避能力がもたらした帰結である。

 

『ところで嬢ちゃん、そろそろ解読自体は終わりそうだが……まさかこのまま大人しく渡すわけじゃないだろう?』

「当然じゃない。でも下手に時間をかければそれだけ被害が広がるし、なんかいい手が無いか考えてるんだけどね」

〔では、こういった手段はいかがでしょうか?〕

 

 作業を止めずに進む悪巧みは、結果として浅葱の案を中心に進むことになった。それがどのような芽を出すことになるのかは、今はこの3者しか知らない。

 

 

 

 一方、増設人工島(サブフロート)での戦闘は新たな局面を迎えていた。バビル2世があっさりと1機のナラクヴェーラを行動不能に追いやったため、危機感を募らせた黒死皇派は潜んでいた戦闘員をほとんど全て動かしたのだ。その結果負傷こそしなかったもののバビル2世と古城たちは2つに分断され、古城たち対ナラクヴェーラ、バビル2世対黒死皇派戦闘員の戦いが個別に発生することとなった。

 

「獣人なだけあってタフだな。殺してしまえればすぐにでも終わるが、流石に皆殺しにするわけにもいかないだろう。

 この数をエネルギー衝撃波ですべて処理していてはこっちが持たない」

 

 意外にも、バビル2世相手に戦闘員たちは均衡を保っていた。決してバビル2世が弱ったわけでも戦闘員たちが並外れて強者だったわけでもない。いくつかの要素が重なった結果である。

 かつてバビル2世が戦った相手は、公的には存在しないはずの秘密組織だった。バビル2世に匹敵する強大な過適応能力者(ハイパーアダプター)に率いられた彼らは、法や一般社会の拘束を受けないが故にそれらの加護を受けられない。故にバビル2世は全力で闘争し、悉くの息の根を止めてきたのだ。

 しかし今戦っている相手はそう簡単な存在ではない。たしかにかつての敵と同じく法の拘束を受けない組織である。

 だが、彼らは公的に脅威と認められるテロ組織の構成員であるが故に、国が裁きを与える必要がある。そのためにも、またテロ組織の内情を引き出すためにも、迂闊に殺すわけにはいかないのだ。

 結果として、バビル2世の主な攻撃手段は念動力(テレキネシス)を使った間接的攻撃になるのだが、人間を遥かに超える身体能力を誇る獣人相手では手加減が難しく、虫の息にするか戦線復帰可能な負傷しか与えられないというジレンマに陥っていた。公的な立場を得てしまったが故の、バビル2世に生まれた新しい弱点だ。

 しかし、獣人側からすれば事態はバビル2世が考えている以上に深刻だった。訓練を受けた獣人が数十人掛かりの上、全力の攻勢でやっと足止めできている状況である。戦闘復帰可能とはいえ負傷は蓄積する上に武器弾薬も無限ではない以上、いずれやって来る敗北を引き延ばしているにすぎないのだ。

 

「ロプロスでもたかが数人拘束するか爪で引き裂いてしまうかしかできない。まったく、強い力も制御しきれなければ宝の持ち腐れだな」

 

 バビル2世のぼやきの通り、今動かせるしもべはロプロスとポセイドンだけである。どちらも対軍や対要塞といった辺り一面を破壊しつくす攻撃は得意であるものの、殺さない壊さない戦いは極めて向いていない。浅葱の護衛につけたロデムであればこういった戦いに適任なのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

「拙いな、こちらはまだしも、第四真祖側も余裕があるわけではない」

 

 バビル2世の焦りの原因は、分断された古城たちにもあった。擱座したと思われたナラクヴェーラが突如瓦礫を取り込んで再生し、何事も無かったかのように古城たちへと襲い掛かったのだ。直後に戦闘員の横槍が入ったため、今現在の状況が全く分からない。

 

「仕方がない。ロプロス、上空から情報を逐一送れ!」

 

 命令に従い、暴風と共に鋼の怪鳥が天へと舞い上がった。戦闘区域全体をカメラアイに収め、映った情報を分析しバビル2世へとリアルタイムで送信する。それを元にして戦闘員や古城たちの位置を把握し、反撃や援護を行い続ける方針へと転換した。直接古城たちの手助けに向かわせないのは、初対面の彼らとロプロスとではうまく連携が取れないであろうとの判断である。逆に互いの攻撃が互いを傷つけかねない。

 

「ちっぽけな力しか持っていないくせに、調子に乗るな!」

 

 ロプロスの目から得た情報を元に念動力(テレキネシス)を発動する。瓦礫が津波のように蠢き、数人の獣人が巻き込まれかけて跳躍した。追撃のために数個の瓦礫を飛ばそうとするも、無事だった獣人達からの射撃を防ぐために断念する。この隙に跳躍した獣人も安全圏に引いており、その高い身体能力で正確な射撃を打ち込んでくる。互いの精神を削る戦いは決定打を欠いたまま、徐々に激しさを増していた。

 

 

 

 一方古城たちの戦況は、御世辞にも良いとは言えない状況に陥っていた。紗矢華が瓦礫から再生した脚に向かって切りかかったのだが、装甲に触れるかどうかの位置で弾き返されたのだ。勢いを利用して再び切りかかるも、やはり斬撃は弾かれる。

 ナラクヴェーラの表面装甲を見れば、うっすらと奇妙な紋様が全身に浮かび上がっている。舞威媛としての知識から、その正体を即座に悟った紗矢華は思わず呻いた。

 

「斥力場の結界!?」

 

先程までナラクヴェーラの装甲を易々と切り裂いていた〝煌華麟〟の刃は、空間の連結を斬り裂く刃である。刃という形を取っている以上、斬り裂くためには刃が対象に触れる必要があるのだ。ナラクヴェーラはそれを察知し、刃先に触れられる前に斥力場で刃そのものを弾きかえすように()()したのだ。

 

「これが、神々の兵器……でもね」

 

 もはや紗矢華の刃はナラクヴェーラに通用しない――紗矢華1人だけであったのなら。

 不敵な笑みと共に、紗矢華は信頼する剣巫の名を叫んだ。

 

「お願い、雪菜!」

「はい、紗矢華さん!」

 

 即座に飛び出した雪菜が〝雪霞狼〟を振るい紋様の浮かぶ装甲を斬りつけた。とたんに、紋様が力を失い掻き消される。

 

「たとえ神々の兵器が進化によって生み出そうとも、魔力を使用する結界である以上は〝雪霞狼〟で無効化することができます。

 紗矢華さん!」

 

 瞬時に飛び退いた雪菜と入れ替わるようにして紗矢華が飛びかかる。紋様が力を失い結界が消失している以上〝煌華麟〟の刃に物理的な装甲はほとんど意味を為さない。コツをつかんだのか、振るわれた刃は一太刀でナラクヴェーラの脚を切り落とした。だが、ナラクヴェーラも学習したためか切断面を地面に押し付け、瞬時に脚の再生を成す。連携を駆使しつつ即座に別の脚を切り落とすも、より素早く脚を再生された。

 その光景に動揺し、雪菜と紗矢華の行動が一瞬鈍った。それを隙ととらえたナラクヴェーラは、沈黙していたレーザーを2人めがけて放つ。

 

「危ない!」

 

 光線が照射されるよりも一瞬早く、駆け寄っていた古城が2人を引き寄せ射線からずらした。焦ったために安定性を欠き2人分の体重を支えきれずによろめくが、逆に雪菜から手を引かれ持ち直した。そのまま3人そろって素早く瓦礫の影に隠れる。

 

「悪い姫柊、ありがとう」

「いえ。それよりも、少しまずい状況ですね。このままではこちらが持ちません」

 

 無尽蔵の体力を持ち自己進化を続けるナラクヴェーラは、まさしく神々の兵器と呼ぶにふさわしいと言えるだろう。対して古城たちは体力も装備も限られている。今は〝雪霞狼〟で無効出来る程度の進化しかしていないが、いつ対応不可能なほどに力を伸ばすかわからない。

 

「……仕方ない。姫柊、あの結界を斬ってくれ。煌坂、胴体部分にできるだけ大きな傷を頼む。その傷口から、眷獣を流し込んで内側から破壊する」

「何言ってるの!? そんな危険な事、させられるわけないでしょう!」

「そうです先輩! もしも失敗したら、近距離から攻撃をもろに受けることになるんですよ!」

「でも今はそれくらいしか思いつかないんだよ! さっきバビル2世がやってたから、内側への攻撃なら少しは効果があるだろ?

 それに失敗しても、俺は死なないから大丈夫だ」

 

 僅かに睨み合いが続き、最初に口を開いたのは意外にも紗矢華だった。

 

「わかった。失敗した時を考えて、私はその場に待機するわ。雪菜は切ったらすぐに下がって」

「紗矢華さん!?」

「雪菜、確かに今はこの作戦が一番効果的よ。

 大丈夫よ。私の〝煌華麟〟があれば、失敗しても身を守りつつ戻ってこられるから」

「でも、紗矢華さんは、その……」

「大丈夫よ! 流石に状況が状況だしね。

 さあ雪菜、行って!」

 

 追及を笑顔で封じられ、作戦の決行を促された雪菜は気持ちを切り替えて走り出す。すぐ背後から紗矢華が、そして少し間を置いて古城が続く。

 

「雪菜、下がって!」

 

 雪菜の接近を感知したナラクヴェーラの銃口が輝き、レーザーを射出する直前に紗矢華が飛び出す。

 

「煌華麟!」

 

 次元の断層に阻まれ、空しく霧散するレーザー。その残光を纏いながら。雪菜は疾走する。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 祝詞と共に雪菜の霊力が練り上げられ、増幅器でもある機械槍を白く発光させていく。一歩踏み出すごとに、祝詞を唱えるたびにその光は強く、輝きを増していく。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 最大にまで増幅した霊力で全身を強化し、剣巫の霊視によって得られる疑似的な未来予知を活用しナラクヴェーラの懐深くまで入り込む。速度と予知に阻まれ、ナラクヴェーラの迎撃は見当違いの地面を叩くだけだ。

 

「雪霞狼!」

 

 裂帛の気合と共に銀の閃光が奔り、古代兵器を守護していた結界はその全面から取り払われた。流れのままに雪菜は雌鹿のようなしなやかさで跳び去り、続いて紗矢華が走り寄る。

 

「結界さえなければ、どうってことないのよ!」

 

 雪菜と同じく霊力によって底上げされた身体能力で、侵攻の邪魔になる脚を斬り落とし胴をがら空きにする。称号に相応しい舞うような動きで装甲を切断し、内部機構を大きく露出させた。魔力の輝きの中で紗矢華は振り向き、控える本命へと声を張った。

 

「やりなさい、第四真祖!」

「ああ!

焔光の夜伯(カレイドブラッド)〟の血脈を継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ――!」

 

 走る古城の全身から、鮮やかな鮮血が吹き出す。傷も痛みも介さず排出されたそれは、即座に荒れ狂う雷光へと姿を変えた。自然が生み出す稲妻とは比べ物にならないほどの光と熱量が凝縮され、輝く獅子の姿を形造る。

 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟――!」

 

 膨大な魔力を振りまきながら、雷光で構成された獅子が顕現した。咆哮で大気を震わせながら、獅子はナラクヴェーラの内部構造目掛けて突進する。一瞬の空白。着弾と共に轟音が鳴り響き、ナラクヴェーラの破壊に注ぎ込まれなかった余波で周囲の構造物が爆ぜ飛ぶ。

 

「暁古城!」

 

 作戦通りの位置にいた紗矢華が飛び出し、飛来する瓦礫と衝撃波を空間切断の障壁で防ぎきった。

 ここで予想外の事態が発生した。ナラクヴェーラが再生の材料として取り込んでいた装甲は、当然穴埋めなどされずに空洞として残されていた。結果として骨抜き状態にされていた人口の大地が、天災に匹敵する古城の眷獣がもたらす破壊に耐え切れなかったのだ。

 

「なっ」

「う、嘘!」

 

 雷撃で動きを止めたナラクヴェーラを中心に亀裂が広がり、あっという間に崩落が始まった。そもそもがこの増設人工島(サブフロート)の建造目的は廃棄物処理殻として建造されているのだ。わかりやすく言えば巨大な中抜き構造の浮島であり、当然上層甲板で戦闘が行われることなど想定していない。

 ただでさえ比較的脆い甲板を、ナラクヴェーラが自己修復のために吸収し密度を下げたのだ。もっと早く崩壊しなかっただけましだったと言えるだろう。

 だが、そんなことは今まさに落下している古城たちには何の慰めにもならない。

 

「先輩! 紗矢華さん!」

 

 雪菜の悲鳴を道連れに、少年少女の身体は暗い穴の中へと吸い込まれていった。




 ここ数話を書くにあたり、ヨミ様の偉大さを思い知りました。
 どれだけ枷をかけて動きにくくしても、同格がいなければあっという間に蹂躙を始める超能力少年を相手に、よく組織をまとめ上げて対抗できていたものです。

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