バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

11 / 81
 古城君メイン回です。

 2020/3/18 用語集追加


10話 地下と地上

 突然の崩落に巻き込まれた古城は、暗い穴の底で目を覚ました。

 

「いってえ……」

 

 頭をさすりつつ身を起こすと、差し込む陽光が視界一面の瓦礫を浮かび上がらせている。上を見れば、高くに落ちてきたであろう穴がぽっかりと口を開けていた。

 

「あそこから落ちてきたのか。ってそうだ、煌坂!」

 

 眷獣の攻撃による崩落に巻き込まれ、視界の端で共に落下していた舞威媛の少女の姿を思い出し、古城は慌てて周囲を見渡す。先程見た穴の大きさからみてかなりの距離を落下してきているのだ、第四真祖として不死身の呪いを受けている古城が無事なことに対してはなんの不思議もないが、あの状況下で生身の人間が落下したのだ。最悪の状況を想定するには十分な材料がそろっている。

 顔を青くして辺りを見渡すと、少し離れた瓦礫の上に倒れる紗矢華が古城の目に映り込んだ。

 

「煌坂、おい煌坂!」

 

 駆け寄って声をかけるも、紗矢華は反応を返さない。吸血鬼としての感覚が、眼前の少女の状態をただの気絶であると古城へ伝える。ひとまず安堵する古城だが、落下に巻き込まれたとは思えないほどの健康体であることと、何故気絶しているの理由がわからない。

 頭でも打ったのかと考えた古城の目が、瓦礫の上に散らばった紙片を見つけた。

 

「これは、浩一さんが使ってた呪符と同じか? たしか姫柊が獅子王機関の呪符って言ってたな」

 

 紗矢華は落下の最中、とっさに呪符で落下速度の軽減をしたのだ。術により瓦礫に直撃こそしなかったものの無茶な発動をしたために制御に失敗し、反動で意識を失ってしまった。

 それを知らない古城は何かしらの術を使ったことまでは推測できたものの、何故意識を失っているのかがわからない。

 

「まずいな、このままここで待つわけにもいかない」

 

 当然ながら崩落現場の中心である。いつ不安定になった周囲の構築物が崩れてきてもおかしくはない場所に、気を失った少女と共に待機してもろくな結果にならないことは火を見るより明らかだろう。

 

「仕方ない、後で謝るか」

 

 古城は雪菜から伝えられた話を思い出し躊躇するも、今そこにある危険の回避を優先することにした。

 意識を失った人間の身体というものは非常に重い。悪戦苦闘しながらもなんとか紗矢華を背負い、不安定な道を歩き出した。

 

「とにかく、端に行けば、非常用の、梯子くらいは、あるだろ!」

 

 自分を鼓舞し、背中の柔らかな感触から意識を逸らすために口を動かし続ける。共に落下したはずのナラクヴェーラが見当たらないのだ。内部機構に〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟で攻撃を仕掛けたものの、破壊しきったという保証は無い。少しでも早く表層階に上がり、雪菜やバビル2世と合流したいというのが古城の本音だ。

 バビル2世に戦闘員が襲い掛かっているのは知っているものの、古城はそこまで心配をしていない。那月が認めあのヴァトラーが興奮するほどの実力者なのだ。たかが銃を持った獣人程度に苦戦するとは思えない。

 

「でも、こういうときには、第四真祖とかいう、ふざけた体質にも、感謝だな!」

 

 瓦礫のせいで不安定な道を歩いても、気を失った人間を担いでも、息も切らさず歩き続けることができるのだ。バスケで少し鍛えた程度の常人ならば、すでに動けなくなっているだろう。いや、崩落からの落下で命を落としていた可能性の方が高い。

 不安定な足場による揺れと、鼓舞のための独り言。それらを一度に味わい続けてなお意識を取り戻さないほど、煌坂紗矢華という少女は図太くなかった。最初は状況を飲み込み切れていなかったものの、古城に、いや、男に背負われている現状を認識した瞬間、顔を真っ赤に染めて暴れはじめた。

 

「ちょ、なに、降ろしなさいよ! 速く!」

「な、わっ! 暴れるな、おい!」

 

 転倒寸前になりならがも古城が屈むと、一息に紗矢華が飛び退き間合いを開いた。

 

「何する気だったのよこの変態第四真祖!」

「なにもする気なんかねーよ! あの場所にいたら危ないからとりあえず運んでただけだろうが!」

 

 古城の反論を受け、周囲を見渡し紗矢華は少し冷静さを取り戻した。

 

「そうか、私落ちる時に無理に使った術の反動で……。って、あんたがきちんと眷獣の制御をしていれば落ちることも無かったじゃないの!」

「うっ、それは……すみません」

 

 全力で眷獣を解き放った負い目がある古城は、流石に言い返すことができなかった。

 

「まあ、済んだことだしもういいわ。

ところで、上に戻る算段はあるの? 手持ちの呪符はほとんど使っちゃったから、私1人でもあれだけの高度まで飛ぶのは厳しいんだけど」

「一応非常用の梯子でもないかと思ってここまで来たけど、いまのところは見当たらない。早く上に戻りたいのはこっちも同じだけど、地道に探すしかないか」

「第四真祖の眷獣に使えそうなやつはいないの?」

「今のところ、俺が制御できてるのは〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟だけなんだ。他のヤツはまだ俺を主と認めてないから、呼び出しなんかしたら暴走してこの島を沈めかねない」

「で、その唯一制御できる眷獣の霊媒として、雪菜の血を吸ったのね?」

「それ今関係ないだろ!?」

 

 梯子を探しながら緊張感のない会話を続ける2人だが、壁から海水が染み出し始めたのを見て焦りが強くなった。

 

「まずいな、この島本格的にガタが来てる。急がないと」

 

 古城のぼやきに反応したかのようなタイミングで、突然強い揺れが発生した。徐々に強くなる揺れに、2人は警戒を露わにする。

 一際大きな揺れの直後。床を突き破り、ナラクヴェーラが姿を現した。

 

「あいつ壊れてなかったのかよ!」

「切った場所が悪かったのかしら。まったく、これじゃ舞威媛失格よ!」

 

 2人は知らないことだが、機動直後のナラクヴェーラならばすでに瓦礫の底で破壊されつくしていただろう。皮肉にも古城が参考にしたバビル2世のエネルギー衝撃波を喰らった個体からの情報で、今のナラクヴェーラはすでに進化していたのだ。内部機構には衝撃やエネルギーを逸らす紋様が浮かび上がり、装甲と二重の防護を成り立たせている。流石に真祖の眷獣が相手だったためつい先ほどまで一時的な機能停止に陥っていたのだが、逆に言えば破壊までは追い込めなかったのだ。

 臨戦態勢に入る2人に対し、ナラクヴェーラは不気味なほど反応を示さない。表面の紋様が機能している以上、眼前の2人は脅威ではないと判断しているのだろう。壁面に脚を突き刺し、上層部へと這い上がっていく。

 

「このまま行かせたらまずい、眷獣で!」

「落ち着きなさい! あんな雷の塊をここで呼び出したりなんかしたら、少なくとも私は黒焦げの上に大規模な崩壊であんたも生き埋めよ!」

 

 冷静さを欠いた古城の方を掴み、紗矢華が愚行を制止する。

 

「そうか……くそっ、どうすりゃいいんだ!」

 

 頭を掻き毟り、ただ登って行く古代兵器を睨みつける古城。其の背後で、紗矢華は覚悟を決めた。

 

「暁古城、新しい眷獣を使いたいと思ってる? 新しい眷獣を制御すれば、この状況を打破できる?」

 

 つい先ほどまでとはまるで違う雰囲気の紗矢華に、古城は思わず動きを止めた。ゆっくりと振り向きながら、目の前の少女と向き合う。

 

「待て煌坂、なに考えてるんだ?」

 

 古城が何かを察するが、紗矢華は止まらない。

 

「あ、あのさ……わたし大きいし、雪菜みたいにかわいくないけど、それでも」

「待て、なんか無理してないか? 今の状況がヤバいのはわかるけど、少し落ち着けって!」

 

 思わずといった様子で古城が紗矢華の両肩を掴み、我に返って素早く手をひっこめた。

 

「な、何よその反応。いくらかわいくないからって、それは無いんじゃない!?」

「いや、すまん。実は姫柊から聞いてるんだよ。男に触れられるのが怖いんだろ?

 非常事態とはいえ、けっこう無遠慮にしてたからさ」

 

 古城の言葉に、紗矢華の表情が人形のように強張る。しかしその硬直はすぐに解け、柔らかな笑みが古城を捉えた。

 

「なんか、雪菜があなたにそれを伝えた理由がわかった気がする」

 

 今までのつんけんした態度とはまるで違う雰囲気に、思わず古城が視線を逸らす。

 

「改めて聞くわ。暁古城、新しい眷獣を掌握すれば現状を打破できる?」

 

 紗矢華の真剣な声音に、古城は思わず正面を向いた。そう変わらない高さに、真摯な光を湛えた双眸が光っている。

 

「……正直に言って絶対打破できるとは言えない。でも、少なくともなんとかできそうなやつなら心当たりがある」

 

 危うく学校を屋上から瓦礫の山へと変えかけた眷獣を思い浮かべながら、古城は答える。予想が正しければ、瓦礫を粉砕して雪菜やバビル2世と合流するための道を作るには十分な力を持っているはずだ。

 それを聞いた紗矢華は、戸惑いなく自分の首筋に煌華麟の刃を当て、軽く引いた。あっけにとられる古城に対し、紗矢華の動きは止まらない。

 

「私の血を吸いなさい。もたもたしてれば、間に合わなくなるわ。

 大丈夫、不思議とあなたは怖くないのよ」

 

 首筋を艶めかしく露出させながら、紗矢華は微笑む。着崩れた上着の隙間から、僅かに見える肌着が目に入り、古城の瞳が赤く染まる。

 

「いいんだな?」

 

 古城の確認に、紗矢華が頷いた。吸血衝動の赴くまま、古城は眼前の少女を掻き抱く。漏れた吐息すらも、今の古城には興奮を増進させるスパイスにしか感じ取れていない。

 最低限の理性は働いているのか、ゆっくりと牙が傷口に当てられ、2人の影が溶けあうように重なった。

 

 

 

 一方バビル2世は、戦いの天秤を少しずつ傾けることに成功していた。古城たちとはぐれてしまった雪菜を引き入れたことにより、戦闘不能にはなるが命にはかかわらないという手加減できる攻撃担当と、瓦礫を自由自在に操り、戦闘員の視線から射線を見切り弾丸を防ぐ防御担当に分かれることができたのだ。

 とはいえ、劇的に殲滅速度が上がったわけではない。雪菜は一発の被弾が命取りになってしまう。防御を引き受けた以上、バビル2世は広域攻撃ができなくなっているのだ。

 

「剣巫、次はそこから4時の方向に3人だ。武器は銃2槍1」

「土雷! わかりました!」

 

 獣人に霊力の籠った肘打ちを打ち込むことで、骨ごと内臓を揺さぶって地面に沈める雪菜。バビル2世の指示を受け、的確な位置を把握され続ける獣人達にとっては悪夢であろう。すでに10人ほどの獣人が戦闘不能状態となっており、黒死皇派の焦りが強くなってきている。

 指示に従って獣人3人組に襲い掛かる雪菜を見ながら、バビル2世は援護のために瓦礫を数個放った。雪菜の死角から撃たれた弾丸は、瓦礫に阻まれ役目を果たせない。その発射角度とロプロスの情報を照らし合わせ、また1つ戦闘員の小隊を発見した。

 さっそく雪菜に指示を出そうとするバビル2世だが、突然の突風と共に何かが飛来してきていることを感知し意識を切り替える。念動力(テレキネシス)で飛来物を手元に引き寄せると、小型の通信端末だった。着信を示すランプが点灯しており、ご丁寧にバビル2世へとメモが貼ってある。雪菜へ一旦待機の指示を出し、端末の通信を開いた。

 

「どこのだれかは知らないが、ぼくに何の用だ?」

『単刀直入に伝える。人工島管理公社から、ロプロスの戦闘許可が下りた。その増設人工島(サブフロート)にいるテロリストを全員捕縛、ないし戦闘不能に追い込むまでの制限つきだ』

 

 通信先の男が伝える情報は、些か虫のよすぎる話だった。制限もバビル2世が無秩序な破壊を好まない以上、あってないようなものだ。

 

「その情報が正しいという保証は?」

『疑り深いな! お前の塔にいるメーンコンピューターで探ればすぐだろ!』

 

 自身の塔について、さらには塔の管理存在についても知っている。男の情報に対する信用が上がる一方、同じだけ警戒も強まる。即座に自前の通信機でバベルの塔のコンピューターを呼び出し、通信を逆探知させ端末の背後関係を全て洗わせる。

 結果は白。人工島管理公社製の端末に、管理公社の人間であることが確定した。同時に通信相手の簡単な情報が送られてくる。そこに添付されていた顔写真を見て、バビル2世の顔が僅かに見開かれた。

 

「確認が取れた。情報伝達に感謝しよう。

 後で話したい。今晩22時に学園の屋上、破壊の発生源で待つ」

 

 自分の用件だけを伝えて端末を握り潰した。同時に発火能力(パイロキネシス)で跡形もなく溶かしつくす。用心に用心を重ねた証拠の抹消を終えると、バビル2世は自身のしもべへと呼びかける。

 

「ロプロス、退屈させたな。できる限り被害が出ないようにとの制限つきだが、お前を動かしても問題が無くなった。調子に乗った獣人共を叩き潰してしまえ! 殺さなければそれで構わないぞ!

 剣巫、そこではロプロスの邪魔になる。こっちに戻ってくるんだ!」

 

 バビル2世の声に従い、雪菜は一跳びで戦線を離脱した。それを好機と見た数名の獣人が銃を構えるが、巻き起こった突風が瓦礫ごとその体を吹き飛ばした。大型トラック程度なら軽く宙を舞う突風を引き起こし、ロプロスの巨体が遥か上空から舞い降りたのだ。飛び立つ前は多くの制限のせいでろくに戦えなかったが、今はその鬱憤を晴らすように風を吹き荒らし、カメラアイで地面にしがみつく獣人を正確に捉える。

 

「ロプロス、殺さない程度にやってしまえ」

 

 バビル2世が促し、ロプロスの嘴が開く。口内から何かが発射された様子は無いが、口が向けられた方向では異常事態が起こっていた。風がやみ負担が減ったにもかかわらず、瓦礫が独りでにひび割れ砂と化し、隠れていた獣人たちが耳から血を流してのた打ち回っている。

 

「な、何が起こってるんですか?」

「ロプロスの超音波攻撃だ。指向性を持たせて口から発射することで、生物を気絶させることから物体の固有振動数を増幅して破壊することまで自在にできる。獣人は頑丈だが、その鋭敏な聴覚が返って弱点になったわけだな」

 

 指向性が高いため、反射音すらほとんど聞こえてこない。しかし、音も無く瓦礫が崩れ獣人が倒れ伏す光景は、剣巫の修行を受けたとはいえ少女にとっては少々刺激が強い。地面が揺れているような気さえする。

 

「剣巫、警戒しろ。何か地面から来るぞ!」

 

 バビル2世の声で、実際に地面が揺れていることに気が付いた。揺れは段々と大きくなり、訓練を受けていなければ転倒しかねない強さになっている。

 そして一際大きな揺れがバビル2世と雪菜を襲い、次の瞬間甲板を突き破ってナラクヴェーラが空へと撃ちあがった。普通であれば驚愕するところだが、今行動しているのは百戦錬磨の過適応能力者(ハイパーアダプター)と天災に匹敵する存在と戦うために訓練を受けた少女である。古代兵器をああも痛めつける相手を警戒して、ナラクヴェーラの開けた穴を睨みつける。

 

「この気配は……先輩、まさか」

 

 雪菜の漏らした言葉に対し、追及をしようとしたバビル2世は視線を穴へと戻した。全身から不機嫌そうなオーラを漂わせる少女に対し、女性関係に疎い彼はかかわりを避けたのだ。

 この矛先が向けられるであろう第四真祖の少年に対し、バビル2世はらしくもない慰めを考え始めた。




 バビル2世 用語集

 用語

 メーンコンピューター
 バビル2世の居城であるバベルの塔すべてを統括する超高性能コンピューター。今でいうAIのような疑似人格を備えており、現行の地球上ではこのコンピューターに電子戦で対抗できる存在はいない。
 塔の資源を利用し、自己修理だけでなく部品のアップデートまでこなすため、塔を含めて1つの生き物とも表現できる。

 超音波
 高周波攻撃とも呼ばれる、ロプロスの主兵装。鳴き声のように口から発し、直撃した物質を塵のように分解することから壁越しの兵士を悶絶させ行動不能にするまで出力の調整が可能。
 主な破壊力としては爪で引き裂くよりも強くないものの、速度と射程では遥かに勝る。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。