バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 2020/3/18 用語集追加


11話 双角獣と女王出現

 ナラクヴェーラが射出された穴から、不気味な振動が唸り声のように鳴り響き始めた。加速度的に大きくなるそれは、何かが穴の出口へと近づいてきている事を容易に悟らせる。

 

「来るぞ」

 

 バビル2世が宣言した直後、振動(・・)が穴から出現した。大気を歪ませ、物体を力任せに粉砕する衝撃波そのものが勢いよく噴出し、すでに装甲が無残なことになっているナラクヴェーラを追撃する。穴を通り抜けた余波により、そこを中心として上層甲板が陥没しクレーターの生成を始めたが、それを気にする者はいなかった。少なくとも、今陽の光を浴びている者の中には。

 古代兵器を勢いのまま叩きつけた衝撃波の塊は、空中に留まったまま徐々に凝縮し形を成していく。無色であったはずの波は緋色に染まり、鬣が衝撃そのもののように靡く。雄々しく突き出た2本の角でナラクヴェーラを容易く貫き地面に叩きつける姿は、破壊の化身たる第四真祖の眷獣に相応しい双角獣(バイコーン)であった。

 

 

 

 全身から高周波振動を撒き散らす眷獣が引き起こした大陥没抗から、2つの人影が登ってくる。眷獣の召喚主である暁古城と、共に穴へと落下していた煌坂紗矢華だ。

 

「暁古城、さっきも言った気がするけどあなた手加減ってものを知らないの?

 地上まで出られたのはいいけど、私が〝煌華麟〟の障壁を使わなかったら、2人して今頃生き埋めよ?」

「だからそれはあいつに言ってくれよ。俺はここまで大規模な破壊じゃなくて、目の前の瓦礫を壊せればそれでよかったんだ」

 

 どこか情けなく言い訳を並べる古城と並び、彼のパーカーを羽織った紗矢華がどこか和らいだ表情で瓦礫をよじ登っている。互いが互いを支え合い、中々に息の合った動きで瓦礫を超える2人は、見方によっては状況を利用していちゃついているようにも映るだろう。

 そんな2人の身体が突然浮き上がり、何かに引っ張られるように動き出した。当然身構える2人だが、進行方向に立つバビル2世と雪菜が見えてくると表情を変えた。

 

「バビル2世の念動力(テレキネシス)か。助かった」

 

 安堵の声を漏らす古城だったが、対照的に何故か慌て出す紗矢華。だがどんなに暴れようとも空中で念動力(テレキネシス)には抗えず、まるで罪人のような表情で雪菜の前に着地することになった。

 

「あの、雪菜。これはその違うのよ……」

 

 弱弱しい口調の紗矢華と、それを無表情で見つめる雪菜。ようやく雪菜の纏う威圧感に気が付いたのか、古城が恐る恐る口を開く。

 

「いや、緊急事態というか……そう、海水が押し寄せてきてだな?」

「2人とも、その話は後でゆっくりと聞かせていただきます。まずは目の前の敵をどうにかしましょう」

 

 堅い口調で雪菜はバッサリと古城の言い訳を切った。後でということは、追及はかなり長くなるのだろう。戦う前から陰鬱な空気を振りまきだした古城を横目に、紗矢華は違和感を覚えた。

 

「ねえ、ナラクヴェーラが止まってない?」

「確かに止まってる。10秒近く動きが無い」

 

 バビル2世が警戒を解かず、紗矢華の疑問を肯定した。古城と雪菜も慌ててナラクヴェーラを見るが、地面にめり込んだままぴくりともしない。

 

「上手く攻撃が通って壊れたってことは……」

「無い。第四真祖の眷獣が直接内部機構を攻撃しても破壊できなかった代物が、外部から一点を貫いた程度の攻撃で仕留められたとは思えない」

 

 古城の願望も、バビル2世は視線すら動かさずに一言で切り捨てる。

 緊迫した空気の中、雪菜が視界の端に船を捉えた。

 

「あれは……〝オシアナス・グレイヴ〟!?」

 

 黒死皇派に乗っ取られたはずの巨大なクルーズ船が、いつのまにか視認可能な位置まで接近してきていたのだ。現在の所有者からして、いい兆候とは思えない。

 一行が警戒を強めると同時に、バビル2世の通信機が振動した。ディスプレイには、浅葱の文字が光っている。周囲の状況に注意を払いながら、通信を繋げる。

 

「バビル2世だ。どうやってこの番号を知った?」

『ほんとに繋がった……?

 あ、浅葱ですけど、塔守から教えてもらったんです。

 今さっき例の石版の解読が終わったから、その報告とお願いをしたくて』

「お願い?

 口調は無理に変える必要はないぞ」

『あ、ほんと?

テロリストたちに解読結果を送信したからナラクヴェーラは無秩序な破壊を止めると思う。で、あなたにはナラクヴェーラの足止めをお願いしたいの』

 

 解読結果をテロリストに送付したという浅葱の言にバビル2世は言葉を失ったが、先にお願いとやらを聞いてからでも判断は遅くないだろうと思い直す。

 

「足止めだと? 古代兵器がテロリストの制御下に移るというのに、随分とのんきな」

『解読結果を馬鹿正直に送るわけないじゃない。仕掛けをしてあるから、発動するまで被害を広めないでほしいの』

「なるほど。自信はあるんだな?」

『当然でしょ?』

 

 自信たっぷりの返答に、バビル2世は覚悟を決めた。塔守――バベルの塔を守護するメーンコンピューターと、合わせているとはいえ共同作業をやってのける存在の自信だ。乗ってみる価値はあるだろう。

 

「信じよう。どれほど持たせればいい?」

『そう長くはかからないと思うわ。通信は切るけど、何か起こったらすぐに教えて欲しいの』

「わかった。連絡すると約束しよう。切るぞ」

 

 バビル2世が通信を切ったことを見ていたかのようなタイミングで、〝オシアナス・グレイヴ〟が爆発した。沈没には至っていないものの、喫水線が目に見えて上がり始めている。10分もせず、海中に没するだろう。

 しかし、そんな未来を予想する者は今この場にはいない。ボロボロになったクルーズ船にとどめを刺すように、内部からナラクヴェーラが船体を突き破り這い出してきたのだ。寄生虫が宿主の肉体を食い破る様子を幻視させる光景は、一際大きなナラクヴェーラが這い出してきたことで終わりを告げた。

 

「ほう、あんなものを隠し持っていたのか。ガルドシュめ、なかなかやるじゃないか?」

 

 いつのまに近づいていたのか、古城の背後でヴァトラーがどこか楽しそうに呟いた。

 

「どうだい古城。僕が出た方がいいと思うんだけど?」

「お前は引っ込んでろって言ったはずだぜディミトリエ・ヴァトラー!」

 

 苛立ちを滲ませながら、古城は相変わらずの青年貴族を切って捨てる。そうしている間にナラクヴェーラ達は活動を再開し、クルーズ船の残骸も島に接近してきている。

 そう遠くない位置まで近づいたためか、ナラクヴェーラが行動を開始した。古城の眷獣から攻撃された個体も、ゆっくりと起き上がる。

 〝オシアナス・グレイヴ〟から這い出たナラクヴェーラの内、最も大きく異形の個体がブースターを吹かせ、古城たち目掛けて出力任せに飛翔する。

 

「ポセイドン、攻撃はするな。万が一仕留めきれなかった場合、お前の攻撃に対応して進化したナラクヴェーラとやり合うことになる。それは避けたい」

 

 バビル2世の指示により、海中で砲塔を静かに下したしもべがいたことを本人たち以外が気付かなかったことは幸いだろう。

 結果として何者からも妨害を受けなかったナラクヴェーラの一団は、異形の機体を守るように着陸した。そして異形のナラクヴェーラから聞き覚えのある声が響き出す。

 

『やあバビル2世。女帝殿と君の協力者が石版を解読してくれたおかげでご覧の通りだ。未覚醒とはいえナラクヴェーラを一機破壊されたのは予想外だったが、それでもこれだけの数があれば戦王領域を荒らしまわることなど造作もないだろう。

 戦争は此処の兵器の性能では無く、総合的な戦力で決まる。いかに強大な第一真祖といえど、広大な戦王領域を1人で守りきることは不可能だ。それは君にも言える事だろう?』

 

 自らの優位性を確信したガルドシュの問いに、バビル2世は答えない。つまらないものを見る目でナラクヴェーラを睥睨し続けている。

 

『気に入らんな。何をたくらんでいるのかは知らんが、少なくともこのナラクヴェーラの女王(マレカ)を倒せる戦力を持っているとは思えない。我らの活動において箔付のために、死んでもらうぞバビル2世!』 

 

 ガルドシュの声に従い、今までとはまるで違う滑らかな動きで小型のナラクヴェーラたちがバビル2世へ襲い掛かる。先頭を走る小型ナラクヴェーラの脚がバビル2世を貫かんと突き出されるが、それを横合いから雷の獅子が吹き飛ばした。獅子は勢いのまま後続の古代兵器を薙ぎ払い、とどめとばかりに高周波の双角獣(バイコーン)がその装甲を次々と貫く。

 

「俺を無視してんじゃねーよテロリストのおっさん。お前といいヴァトラーといい好き勝手しやがって。いい加減頭に来てるんだよ!」

 

 古城の心を憤怒が染め上げる。それは好き勝手に行動し、こちらを煽るような真似をする青年貴族や、友人を拉致しかけ、我が物顔で暴れまわる獣人のテロリスト、そしてそれらを相手に一歩も引かない過適応能力者(ハイパーアダプター)に比べ、情けないほどに対抗できていない自分に対して向けられた怒りだ。原始的な闘争本能が感情によって爆発し、第四真祖の〝血〟が震え、大気を軋ませるほどの魔力が溢れ出る。

 

「相手が戦王領域(ひとんち)のテロリストだろうが、古代兵器だろうが関係ねえ。ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

 古城の禍々しい覇気に、ヴァトラーが満足そうな笑みを浮かべる。特等席で観戦するつもりなのか、一跳びで戦域から離脱していった。

 そして戦闘態勢に入った古城の隣に、当然のようなふるまいで小柄な影が並び立った。銀の槍を構え、凛々しい表情でナラクヴェーラを睨みつける。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの聖戦(ケンカ)です!」

 

 霊力を高める雪菜の後ろで紗矢華が〝煌華麟〟を構え、バビル2世は念動力(テレキネシス)を強める。

 

「当然、私をのけ者にする気じゃないでしょうね?」

「指名されたのに、それを第四真祖とはいえ未成年に押し付けるわけにはいかないな」

 

 並々ならぬ実力者のそろい踏みに、ガルドシュは歓喜の声を上げる。

 

『ほう、その武器。獅子王機関の剣巫に舞威媛……そして眷獣の気配からしてもしやとは思っていたが、第四真祖の噂は真実だったか!

 相手にとって不足無し。我らの悲願達成への第一歩だ、全員この場で死ぬがいい!』

 

 女王ナラクヴェーラのレーザー砲塔が光り、通常のナラクヴェーラとは比較にならない威力のレーザー光が放たれた。しかし、どんなに威力を上げようとも単調な光線でしかないため、〝煌華麟〟の障壁に空しく弾かれる。

 

「ふん、威勢のいいことを言っていた割には、他愛ないわね!」

『当然だ。ただの目晦ましを防いだ程度でいい気になってもらっては困る!』

 

 レーザーを防いだ紗矢華の表情が凍りついた。レーザー光に隠れて気が付かなかったのだが、女王ナラクヴェーラが燃え盛る戦輪(チャクラム)を一斉に撃ち放っていたのだ。着弾のタイミングを計っているのか、周囲の小型ナラクヴェーラがレーザーの砲塔を光らせている。

 紗矢華の振るう〝煌華麟〟が生み出す障壁は物理攻撃に対して絶対の防御を約束するが、発動するためには切るという動作が必要となっている。障壁が発生するのは疑似的に再現した次元の裂け目が消滅するまでの一瞬であり、再び障壁を張るためにはもう一度切らなければならない。障壁の発動には僅かなタイムラグを挟まなければならないのだ。

 通常であれば、着弾した戦輪(チャクラム)を防いだ直後の隙を突かれ、紗矢華は蒸発してしまっていただろう。しかし、この場所で戦っているのは彼女だけではない。

 

「させるかよ! ――疾く在れ(きやがれ)、〝双角の深緋(アルナスル・ミニウム)〟!」

 

 主からの命令を受けた緋色の双角獣(バイコーン)が、その体を構成する振動を解き放った。衝撃波を受けた戦輪(チャクラム)が空中で爆散する。あまりの衝撃に足場が崩れ、小型ナラクヴェーラのレーザーも明後日の方向へと飛んでいく。

 

「すごい威力だ。出力だけならロプロスの超音波よりも強いな。

 ロプロス、あのデカブツを足止めしろ。V号にやった手が通じるだろう。攻撃は出力だけではないという所を見せてやれ」

 

 バビル2世の命令に従い、ロプロスの口から高周波が放出される。

 

『ハハハハハッ!

 悪あがきかねバビル2世。すでに第四真祖の眷獣に対して耐性を付けたこのナラクヴェーラに、それ以下の威力しかないロプロスの攻撃が効くとでも思ったか!

 バビル2世のしもべといえどこの程度……?』

 

 声高に優位を主張していたガルドシュが調子を崩した。スピーカー越しでもわかるほどに困惑し、苦しんでいる。

 

『ガハッ……な、何をしたバビル2世!?』

「お前はぼくがその程度の敵を想定していないとでも思ったのか?

 かつてしもべの攻撃をほとんど受け付けなかった敵など幾らでもいたさ。そのたびに突破口を見つけ出して勝利してきたぼくにとって、ただ頑丈な表面装甲を持つだけの古代兵器などガラクタと何も変わらない」

 

 かつてバビル2世と戦った敵が作り上げた戦闘兵器群。その中に、V号というロプロスを模して造られた飛行要塞があった。しもべの攻撃をほとんど受け付けない強靭な装甲を持っていた兵器を相手に、バビル2世はロプロスの超音波を使って内部の人員を気絶させることで撤退にまで追い込んだことがあった。小型ナラクヴェーラは無人機故に使えなかったのだが、女王ナラクヴェーラは有人機に加え内部浸透攻撃を経験していなかったために成立した攻撃法だ。

 

「少しの間悶え苦しんでいるがいい。時間はこちらの味方だからな、焦らずにじっくりと攻めていくぞ」

 

 女王ナラクヴェーラの機能不全により、小型ナラクヴェーラは独立行動を開始した。それを止めるために、古城たちもまた行動を開始する。

 第四真祖の眷獣が、剣巫の機械槍が、舞威媛の空間を切り裂く剣が、そして過適応能力者(ハイパーアダプター)念動力(テレキネシス)が古代兵器を抑え込む。

 

 戦いは、最終局面へと移行していく。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 双角の深緋  アルナスル・ミニウム
 12存在する第四真祖の眷獣が1体。振動と衝撃で構成された双角獣の姿を持つ。
 実体化している間常に高周波を撒き散らすはた迷惑な眷獣。
 振動で構成されているため、物理的感傷の面が強い。破壊と突破に優れるため、獅子の黄金と共に解き放たれることが多い。

 女王 マレカ
 古代兵器ナラクヴェーラの指揮官機。
 他のナラクヴェーラとは違い有人機であり、豊富な武装と統率のとれたナラクヴェーラの指揮で驚異的な戦闘力を生み出す。
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