バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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12話 佞臣と毒杯

 脳を揺さぶる高周波に苦しみながら、クリストフ・ガルドシュは必死に考えを纏めていた。

 

「ガアアアッ! とにかくロプロスを排除しなければ! 大丈夫だ、まだ負けたわけではない、1機失ったとはいえ、ここでこの女王(マレカ)が動けば数的に抑えが利かなくなるのだ! なんとしてもこの音波を!」

 

 気を抜けば意識が途絶しかねない状況下で、自分を鼓舞するためにも現状を声に出して整理している。恐ろしいまでの精神力と、それを可能とする体力があってこそ成せる行動だ。

 

「ここで負けるわけにはいかん。我が盟友、黒死皇の理想を途絶させるわけにはいかんのだ!」

 

 ナラクヴェーラの学習が少しずつ高周波を弱めている。直接には機体にほとんど影響を及ぼしていないためなのか、非常にゆっくりとした効果だが無いよりはましである。ガルドシュは、いましばらく耐え続けるためあらためて全身に力を込めた。

 

 

 

 ロプロスが女王ナラクヴェーラを押さえている隙に、残る4体のナラクヴェーラは古城、雪菜、紗矢華、そしてバビル2世が個々に足止めをしている。

 

「しかし、下手に攻撃できないってのは俺と相性悪すぎる! もっと精密な行動ができる眷獣はいないのかよ!」

「無い物ねだりをしても仕方ありませんよ! 私だってこういった敵を相手にするのは苦手なんですから!」

 

 特に相性の悪い古城と雪菜が怒声交じりの愚痴を漏らすが、それも仕方のない事だろう。

 一瞬とはいえナラクヴェーラの攻撃を悉く防ぐ障壁を張ることができる紗矢華や、念動力(テレキネシス)で機体そのものを操り押さえつけられるバビル2世とは違い、2人は有効な対抗手段が殆ど無いのだ。古城の主武器である眷獣で迂闊に攻撃をしようものならばどんな進化をするのか予測がつかず、雪菜に至っては有効な防御方法を持ってないため、攻撃を避け続け適度に術で気を引く程度に攻撃をしなければ足止めができないのだ。

 雪菜の危うさを見た古城が〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟を守護にまわし防御面では安心できるものの、雪菜の火力不足は否めない。

 

「仕方ない、か……バビル2世、少しでいいから私の相手をお願いできる?」

「少しの間ならできるが、何をするつもりだ?」

「全体の足止めをするのよ。お願いできるかしら?」

「〝六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)〟の能力を開放するつもりか。任せろ」

 

 念動力(テレキネシス)を強め、瓦礫で古城と雪菜の援護をしつつバビル2世は一気に2体の古代兵器を縛り付けた。流石のバビル2世の表情にも疲労が浮かび、額には汗が流れ始めている。

 そうして生み出された隙を利用し、紗矢華は〝煌華麟〟の仕掛けを発動させた。突如銀の刀身が前後に割れ、鍔の部分を中心に上下に展開する。同時に銀の強力な弦が張られ、変形は完了した。新たな姿となった〝煌華麟〟を、舞威媛の少女は頼もしげに見つめる。

 

「雪菜、いつものお願い」

「紗矢華さん、任せてください!」

 

 雪菜の力強い返事を聞き、紗矢華はスカートへと手を伸ばした。思わず古城が顔を紅くするが、それも裾に隠れていたホルスターを見るまでだった。手慣れた手つきで裾に隠れていたホルスターから金属製の矢を抜きとり、一振りで展開する。

 

「弓……洋弓か!」

 

 古城の感嘆の声を聴き、紗矢華は美しくアーチを描く弓を誇らしげに掲げる。そして、天目掛けて力強く弓を引き絞った。

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

 紗矢華の唇が澄んだ祝詞を紡ぎ出す。彼女が体内で練り上げた呪力を弓が増幅し、それを矢に流し込んでいく。

 〝煌華麟〟の能力は2つであり、物理攻撃無効の障壁と絶対の切断攻撃は次元の断裂を魔術的に再現した1つの能力の応用である。では、今の今まで使わなかったもう1つの能力とは何か?

 それを彼女は今まさに解き放とうとしている。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり――!」

 

 銀の閃光と化した金属矢が天を射抜き、甲高い飛翔音を響かせる。勇ましい音を誇らしげに響かせていた矢が直後、その音を込められた呪力により忌まわしくも呪わしい慟哭の呪詛へと変えた。この悍ましい飛翔音こそが〝六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)〟――呪われた魔弓の真の能力である。

 天に放たれた矢はただの矢ではなく、音を響かせるための鳴り鏑矢であり、降魔破邪の呪矢なのだ。紗矢華の修めた位は舞威媛。暗殺と呪詛の専門家は、毒を以て毒を制するように呪術によって魔を祓う。人間の声帯や肺活量では唱えられない喪われた秘呪を、呪力によって変貌した魔弾が詠唱する。増設人工島(サブフロート)全域に鳴り響く呪文は、半径数キロにも及ぶ巨大な不可視の魔法陣を生み出した。

 不可視といえども呪術によって編み出されたそれは、当然効果を発揮する。大きさに見合った膨大な量の〝瘴気〟が生み出され、直下で拘束足止めされていたナラクヴェーラ達に降り注いだ。現状を打破するために各自行動していたナラクヴェーラだったが、瘴気を浴びた傍から次々とその機能を阻害(ジャミング)され、動きを止めていく。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 

 神々の兵器を汚染するほどの瘴気を浴びれば、人間は確実に命を落とすだろう。魔術的防御は薄いバビル2世はもちろんのこと、吸血鬼である暁古城もどうなるかわからない。

 そのための雪菜であり、そのための事前の合図だった。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓いたまえ!」

 

 舞うような動きで祝詞を紡ぎ、地面に機械槍の刃を突き立てる。純白の輝きが刃から放たれ、球状の防御結界が展開される。いかに強力な瘴気であろうともその根源は呪力であり、全ての結界や魔力を切り裂く〝神格振動波駆動術式(DOE)〟の結界の前ではあっけなく消滅していった。

 

「これでわたしたちは大丈夫です。この瘴気ならばしばらくは足止めを」

『ガアアアアアアアッ!』

 

 雪菜の声を遮るようにガルドシュの咆哮が響き、女王ナラクヴェーラが動き出した。ロプロスが攻撃を中断したわけではない。古代兵器の学習により高周波が僅かに軽減されたことを肌で感じたガルドシュが、無理やり体を動かして内部から操っているのだ。非常にぎこちない動きだが、現状での危険性は言うまでもないだろう。

 

『その状態ではまともに動けまい。さあ、これを喰らうがいい!』

 

 ガルドシュの勝ち誇った宣言と共に、女王ナラクヴェーラからレーザーと戦輪(チャクラム)が乱射された。まともに狙いもつけていない攻撃のためか、直撃するようなものこそほとんどない。しかし周囲を無差別に攻撃するため、このままでは増設人工島(サブフロート)の方が持たないだろう。

 

「くそっ! 〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟! 〝双角の深緋(アルナスル・ミニウム)〟!」

「ロプロス、攻撃を続けながら飛べ! お前ならその程度、受けても問題は無い!」

 

 古城は咄嗟に眷獣を呼び出し攻撃を片っ端から撃ち落とし、バビル2世はロプロスに命じその装甲で攻撃を受け止めさせる。それでも眷獣の1体が常に古城たちを守っている以上、どうしても守りきれない部分は出てしまう。本来であれば防衛に参加する紗矢華は、術式維持のため〝煌華麟〟の形態を変形できない。

 そして。

 

「まずい!」

 

 明後日の方向に飛んで行った戦輪(チャクラム)が、あろうことか絃神島本島への直撃コースを取っている。それも1発や2発ではない。

 

「あの野郎、まさかこれを狙って!」

 

 古城が悔しげに表情を歪ませる。無差別攻撃に見せかけ、敵のリソースを削った上で民間人目掛けて飽和攻撃を行う。もはやテロリストですらない、殺戮者の所業だ。ガルドシュの狙い通り、今の古城たちに戦輪(チャクラム)を防ぐ手段は無い。

 この場にバビル2世がいなければ。

 

「撃ち落とせ、ポセイドン!」

 

 バビル2世の命令に従い、海中から計10本の光束が伸び、一気に10の戦輪(チャクラム)を貫いた。同時に、突如現れた蛇の眷属が撃ち漏らした戦輪(チャクラム)を喰らい始める。

 

 

 

「非戦闘員に被害を出すと後が怖いからね、ちょっとしたお手伝いさ。

 まあ、あの様子なら手助けは無用だったみたいだけど」

 

 戦場を俯瞰するヴァトラーの呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。

 

 

 

 蛇の眷獣が喰らい損ねた戦輪(チャクラム)も、海中から連続して発射される光束が余すことなく撃ち落としていく。

 苦し紛れの行動すら対処され、いよいよ後が無くなったガルドシュを、さらなる異変が襲った。

 

『おのれ……ん? なんだ、これは!』

 

 古城たちにもその異変は見て取ることができた。女王ナラクヴェーラの動きが完全に止まり、小型ナラクヴェーラを含めた古代兵器の装甲が先端から崩れ始めているのだ。

 バビル2世は浅葱との話を思い出し、通信を飛ばす。

 

「僕だ。ナラクヴェーラが突然崩れ始めたが、心当たりはあるか?」

『ああ、始まったのね。あのテロリストに言ってやりたいことがあるから、スピーカーに変えてもらえる?』

 

 浅葱の注文を受け、端末をスピーカーに切り替えると、浅葱はガルドシュに向けて今起きている異常事態の説明を始めた。

 

『テロリストさん、私たちのプレゼントをずいぶんと気に入ってくれたみたいね?』

『その声は、女帝か? 一体何をした!?』

『ふん。あんなふざけた取引をされたまま、こっちが泣き寝入りするとでも思ったわけ?

 どう? 自分の手で古代兵器を殺す毒をインストールした気持ちは』

「古代兵器を、殺す毒?」

 

 思わずといった口調で雪菜が復唱する。古城と紗矢華も不思議そうに首をかしげた。ただ1人、バビル2世はどこか呆れたような表情を浮かべている。

 

『あんたたちが送ってきたデータの解析結果に、ナラクヴェーラの自壊プログラムを分割して仕込んでおいたのよ。最初は何の問題もなく動くけれど、少ししたら全行動を中止して自壊する命令をね!』

『女帝、貴様ァ!』

『昔戦争屋が言ったそうよ。〝古来より暴王はその傲慢さ故に毒杯を呷る〟。さしずめあなたは暴君に毒杯を差し出す佞臣といったところかしらね。

自らが飲ませたその猛毒で、御自慢の女王と近衛兵が死んでいく様を目に焼きつけなさい!』

 

 得意げに言い切った浅葱は通信を切り、真実を知ったガルドシュが怒りの咆哮をあげるが古代兵器の崩壊は止まらない。紗矢華が術式を解除し清涼な海風が吹く中、自壊したナラクヴェーラたちが変じた砂は宙を舞い海原へと消えていった。

 神々の兵器と呼ばれた古代兵器の、あっけない最後である。

 

「馬鹿な。ナラクヴェーラが、黒死皇の理想が、こんな、こんなところで……」

 

 放心し、うわ言を繰り返すクリストフ・ガルドシュ。その姿は、先程までの自信に満ち溢れた獣人の戦士とは似ても似つかない、気力を失った老人のようである。

 

「なかなな面白い見世物だったよ」

 

 脅威が過ぎ去ったことで一息ついていた古城たちの前に、ヴァトラーが着地した。興奮した子供のような表情は一瞬で静まり、軽薄そうな顔で飄々と用件を伝える。

 

「そこらへんに転がっている黒死皇派の身柄は、ボクが引き取るけどいいよね。彼らは戦王領域の法で裁く。

 絃神島本島を守った程度しか働いていないんだ。船も沈められてしまった手前、このくらいはしないとボクの沽券にかかわってくるからね」

「日本国政府に対して、その条件で構わないと既に許可を出させている。とっとと持って帰るんだな、蛇使い」

 

 突然転移してきた那月が、ヴァトラーの要求を既に通っていると伝えた。ヴァトラーは少し驚いた表情をしたものの、満足そうな表情を浮かべる。

 

「では、諸々の手続があるからボクは此処で。少しすれば部下が黒死皇派の拘束をしに来るから君たちに迷惑はかけないよ。

 愛しの第四真祖に憧れの過適応能力者(ハイパーアダプター)、見ごたえのある舞台をありがとう。それではまた今度会う時を楽しみにしているよ」

 

 キザな一礼を決め、楽しそうに去っていくヴァトラーを見て、古城の両肩に疲労感が押し寄せる。

 

「さてバビル2世、お前は私と来てもらうぞ。報告書のために現場の状況と推移を説明してもらうからな」

 

 続いて、那月がバビル2世の腕を掴んで有無を言わさず転移する。あっけにとられる古城だったが、ふと1つのことが気にかかった。

 

「なんか、那月ちゃんとバビル2世って遠慮が無くなかったか? 知り合いにしてもどこか変だったし」

 

 古城の疑問に、雪菜と紗矢華が呆れたように肩をすくめた。

 

「暁古城、あんたそれ本気で言ってるの? 空隙の魔女とバビル2世の関係なんて、少し考えればわかるじゃない」

「そうですよ先輩。ちょっとその疑問は間が抜けてます」

「え? じゃあ2人は見当がついてるのか?」

 

 古城の疑問に、現役攻魔師の2人は呆れた表情を浮かべる。

 

「まったく。あのね、真祖に匹敵する戦力を国がなんの対抗策も無くただ自由にさせると思っているの?

 あなたに雪菜、アルデアル公に私、そしてバビル2世に空隙の魔女」

「恐らくですけど、南宮先生はバビル2世の監視役です。彼が力を無秩序に振るおうとした場合、対抗できる人はそう多くありませんから」

「なるほど、たしかに言われてみれば納得できるな」

 

 那月とバビル2世が立っていた場所を見ながら、古城は最強の過適応能力者(ハイパーアダプター)との共闘を思い返す。いつか、何かがあった時に周囲を守れるだけの力を、あの高みを。

 彼がいなければありえなかった力への漠然とした意識が生まれ、古城の何かが変わった。それが何を生み出すのか、どう影響するのかは、まだわからない。

 

「ところで先輩、新しい眷獣を掌握した件ですが」

 

 雪菜の言葉に動きを止める第四真祖の行く末は、今だ霧の中にある。

 

 

 

 南宮那月が所有するマンションの最上階に、バビル2世は連行されていた。

 

「ここならば防諜が行き届いている。誰かに見られる心配は無いぞ」

 

 どこか気遣うような那月の視線の先で、突然バビル2世が崩れ落ちた。

 

「やはり無理をしていたな。あれだけの能力を使っていたんだ、あのころよりも強くなって許容量も増えているとはいえ、限界が無くなったわけではないんだろう? あまり無茶をするな」

 

 普段古城たち生徒へ向けるものとは違い、優しい口調で那月はバビル2世へ栄養ドリンクを差し出す。

 

「ああ、やはりばれていましたか」

 

 バビル2世はどこかばつの悪そうな表情で受け取り、一気に飲み干した。ソファーに移動する気力もないのか、絨毯の上で大の字になっている。

 

「何年お前と行動していると思っているんだ。お前の宿敵とかいうヨミほどではないだろうが、お前の強がりなどお見通しだ」

 

 茶目っ気のある表情でバビル2世に微笑み、那月はアスタルテに命じて大量の水と食事を用意させる。

 

「アスタルテ、動けるようになったのか」

「肯定。あなたのおかげで一命を取り留めました。感謝します、バビル2世」

「調べさせた技師からの報告書に目を通したが、特に異常はない、というよりも銃で撃たれた結果が現状という点が一番の異常だそうだ。

 私にもわからない何かがあるかもしれないからな、後で読んでおけ」

 

 投げ渡された資料を受け取りながら、バビル2世は眼前に運ばれてきた料理に思わず目を奪われた。アスタルテの命を救った恩を返すためでもあるのか、量も質も並以上のものが揃っている。

 疲れ果てて今すぐにでも食事をとりたいバビル2世だったが、まずはこの部屋の主へと視線を投げかけた。バベルの塔の設備には遠く及ばないが、信用する人物の元で滋養のある食事をすることは今のバビル2世にとっては重要な休養となる。それを知っている魔女だからこそ、ここまで迅速に回復用の食事を用意できたのだろう。

 

「あの転校生ではないが、監視対象がこんなことで倒れてしまっては張り合いが無いからな。政府からの補助金も無くなってしまう」

「その補助金が僕を監視した結果出ているというならば、この食事を遠慮する必要は無さそうですね」

「そういえば、学園からおめおめガルドシュを逃がすとは珍しい失態だったな」

「仕方ないでしょう? 本気で力を使ったら余波で学校が崩壊しかねない。ただでさえ眷獣の暴走で屋上部分が崩落しかかっていたんですから」

 

 どうにか上半身を起こしたバビル2世との会話に、那月は笑いながら紅茶を啜った。

 監視対象とその監視役とは思えない和やかな話し合いは、今まさに第四真祖とその監視役の間で交わされているものとは対照的であった。

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