バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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2020/5/5 用語集追加


3話 狩りの準備

 猫の里親探しが発覚した翌日。関わってしまった学生たちが知り合いに片っ端から声をかけたかいもあり、無事に引き取り手が見つかった。

 待ち合わせの時間に古城が夏音を伴って向かうと、引き取り手を買って出た内田遥と、その付き添いらしき棚原夕歩がすでに待っていた。

 

「悪いな内田、助かった」

「いや、こっちこそ助かったよ。家族はみんな動物好きだから、何か飼おうかって話してたとこなんだ」

 

 朗らかに笑う内田は、2匹の子猫が寝息を立てる段ボール箱を抱えている。

 そんな内田をうっとりとした目で見つめる夕歩が、不意に古城へ話しかけた。

 

「なんか意外ね。中等部の聖女ちゃんと暁が仲良しなんて」

「叶瀬のこと、知ってるのか?」

「高等部でも噂になってるからね。あの見た目、ハーフだって言っても反則よね」

「まあ、それは俺も思う」

 

 視線の先では先輩たちに気を使ってか、少し離れた所で待機していた夏音がいる。視線に気が付き、銀髪を揺らして優雅に一礼した。

 

「実はあたし、あの子のこと、少し苦手なんだよね」

「苦手?」

 

 普段教室で見る、気の強い彼女らしからぬ言葉に古城は首をかしげる。

 

「べつに嫌いってことじゃないのよ。ただ、あの子が子供のころに暮らしていた修道院、知ってる?」

 

 夕歩の問いに、古城は頷いた。昨日浩一と別れた後、雪菜を伴って猫の世話を手伝いに廃墟と化した修道院に寄っていたのだ。そこで世話をされていた猫たちを見て雪菜がはしゃいだのだが、それは割愛する。

 

「あそこがああなった事故で私の知り合いもいなくなっちゃって……彼女を見てると、思い出しちゃうのよね。

 あの子が悪いわけじゃないんだけど」

 

 思わぬ過去を聞かされ青ざめる古城に、夕歩は無理やりに微笑んだ。

 

「そんな暁が気にするようなことじゃないから、今のは忘れて。

 それよりも、あの転校生ちゃんといい今回の聖女ちゃんといい、あんまり浅葱をいじめないであげてね」

「なんでそこで浅葱が出てくるんだよ。俺はただ凪沙に頼まれて猫の里親探しを手伝っただけだっての」

「はいはい」

 

 古城の言い分を雑に流し、夕歩は内田の元へ駆け寄っていった。古城は改めて内田に礼を言い、彼らと別れる。

 

「これで、里親は全員見つかったんだっけか?」

 

 樹の陰で待っていた金瀬と合流し、古城が聞いた。

 

「はい。今の子たちで最後でした。お兄さん、本当にありがとうございます」

「いや、俺が見つけられた里親はさっきのあいつらだけだけど……」

 

 丁寧に頭を下げる夏音に、古城は苦笑を隠せない。修道院で世話をされていた猫の数は10数匹に及んだのだ。それだけの数を引き取る里親を探したのは凪沙と夏音であり、古城は最後の2匹の分を偶然見つけたに過ぎない。

 

「まあとりあえず、片付いてよかったな」

「はい。あとは、さっき拾ってきたこのこだけですので、私1人でも大丈夫です」

「え、また拾ってきたのか!?」

 

 見ると、たしかに夏音の腕の中には毛布にくるまれた子猫がいる。動物1匹の世話を見るのにもかなりの労力が必要なはずなのだが、こうも次から次へと拾っていてはばかにならない負担がかかるはずだ。

 どうしてそこまでするのかと古城が口を開いた時、背後から不敵な声が聞こえた。

 

「ほう……猫を配って歩いていると聞いていたが、本当だったようだな」

 

 反射的に古城が振り向くと、そこにはレースの日傘を差した南宮那月が実に楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。

 

「な、那月ちゃん。なんでこんなところに?」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな」

 

 古城の疑問に肘打ちで答えた那月は、夏音が抱えている子猫を嗜虐的な瞳で凝視している。

 

「知っているか、古城? 中国では猫は薬膳としてよく食べられていたそうだ。

 異国の文化を教える教師として、実食をしてみるというのも面白そうだとは思わないか?

 丁度今晩は鍋の予定だったしな」

 

 よくわからない理屈と共に猫を差し出せと迫る那月に、夏音は小さく悲鳴を上げた。淡々とした口調が一層の恐怖を演出している。

 舌なめずりする那月を見て、夏音は耐え切れなくなったのか怯えたように後ずさりする。

 

「すみませんでした、お兄さん。私は逃げます」

 

 踵を返して駆け去る夏音を見ながら、那月はどこか傷ついたように口をとがらせた。

 

「なんだ、緊張をほぐすための小粋なジョークだというのに。真に捉える事もないだろう」

「あの言い方で迫られたら普通に怖いわ。冗談に聞こえなかったぞ」

 

 那月は古城のツッコミに睨むことで返答した。実に心外そうである。

 

「ところで今の小娘は誰だ。見慣れない顔だったが」

「自分の学校の生徒に小娘は無いだろ。

 中等部の叶瀬夏音だよ。3年生の」

「ふむ。随分と気合の入った反抗期のようだが、不良が動物を助けて好かれるのは物語の中だけだぞ」

「そんなわけねーだろハーフだよハーフ。詳しくは本人も知らないみたいだけど」

「そうか」

 

 僅かに考え込むそぶりを見せた那月だが、すぐに興味を失ったのか顔をあげた。

 

「まあいい。それよりもだ暁古城、今晩私に付き合え」

「え、つきあうって……まさか」

「何を勘違いしているのかは知らんが、いつもの要件だ」

「あ、攻魔官の?」

 

 実に嫌そうな古城に対し、那月は気にしたそぶりも無く話を続ける。

 

「数日前に西地区(ウエスト)で戦闘があったことは知っているな?」

「ああ、未登録魔族が暴れたってのはクラスの奴らから聞いたけど」

「あれは未登録魔族の仕業じゃない。容疑者の片割れが捕まったが、その調査で判明した」

「未登録魔族じゃないって、じゃあいったい誰の仕業なんだよ?」

「それを確かめるために今晩動く。

 伏せられてはいるが、同様の事件がここ2週間ですでに5件起きている」

「5件……!?」

 

 古城が顎を落とす。3日に1回は戦闘が行われている計算になるのだ。スポーツのリーグ戦のような頻度である。

 

「法則性から、今晩戦闘があるって踏んだわけか」

「察しがいいじゃないか。そういうわけで、お前には私の助手として来てもらう。いくら私でも、複数の犯人を1人でとらえるのは難儀だからな」

「ちょっと待ってくれ、他にもっと戦力になる人がいるだろ?」

 

 古城は今までのこうした手伝いの記憶を思い返した。

 那月は古城の正体を知る数少ない大人の1人であり、攻魔官としての立場を使って、古城ができるだけ普通の生活を送れるよう尽力してくれているのだ。ただし、その代償として今回のように攻魔官の仕事に手伝いとして駆り出されてきた。どれも非常に苦々しい経験であり、できれば関わり合いたくないというのが古城の偽らざる本音である。

 

「いるにはいるが、今回は少しでも人手が必要だ。お前が抜けるとなると、ガルドシュに銃で撃たれたアスタルテの手を借りることになるな。傷はバビル2世の特殊な治療で塞がっているが、それの副作用がないかの調整中なのだが、まあお前が嫌と言うなら仕方がない」

 

 怪我人を人質にする悪辣な交渉術に、古城は戦慄を隠せない。

 

「それにディミトリエ・ヴァトラーからお前をこの件に関わらせるなと忠告を受けているからな。嫌がらせとして一石二鳥だ」

「言ってることむちゃくちゃだぞあんた!」

 

 あまりの傍若無人ぶりに古城は頭を抱える。最近は、ここまでになる前に浩一が諌めていたので実に久しぶりの感覚だ。まったく嬉しくないが。

 

「……そうだ、浩一さんはいないのか?」

「何故急にあいつの話になったのかわからんが、当然今晩合流予定だ。今は政府から呼び出されていてな、明日以降島の外へ行くことになっている。今晩しかないというわけだ」

 

 どうやら那月の無茶な召集にも、戦力が減る前に動くためという理由があったようだ。

 

「反論は無いな? 今晩9時にテティスモール駅前で集合だ。1秒でも遅刻した場合、お前と藍羽が美術室で生着替えをしている動画をクラスの連中にばら撒くからな」

「ちょっと待て、なんであんたがそんなもの持ってるんだよ!」

「担任を舐めるな。

 遅れるなよ、古城」

 

 得意げに笑い、日傘を揺らしながら去っていく那月を、古城は疲れ切った眼で眺めるしかなかった。

 

「…………勘弁してくれ」

 

 

 

 那月が集合場所に指定したテティスモールは、絃神島西地区(アイランド・ウエスト)の中枢にして繁華街の象徴ともなっているショッピングビルである。ここに来ればほとんどの娯楽施設が集まっているという利便性から、混雑がひどいため古城はあまり得意ではない。ましてや金曜日の夜ともなれば、混雑は殺人的なものとなる。

 にもかかわらず、那月が集合場所に現れたのは午後11時少し過ぎ。実に2時間以上の遅刻である。

 

「いくらなんでも遅すぎだろ! しかもなんだその恰好、攻魔官の仕事じゃねーのかよ!? 浩一さんだけ仕事着で、逆に浮いてるじゃねーか!」

 

 華やかな浴衣姿の那月を発見し、周囲に一切配慮しない大声で古城が叫ぶが、那月はなんの反応も無く受け流した。隣を歩く浩一は訓練場でも見る簡易戦闘服であり、デザインは街中を歩けるものではあるものの、祭りの場で浴衣と並ぶと何かのコスプレと間違えられてもおかしくはない。

 

「なに、すぐそこの商店街で祭りをやっていてな。アスタルテに夜店を堪能させてやっていたのだ」

「だったら連絡くらいよこせよ!」

「すまないね古城君、例の事件の影響か電波障害でつながらなかったんだ。アスタルテの様子から切り上げようとも言い出せなくてね」

 

 ふてぶてしい那月と、素直に謝罪する浩一が実に対照的である。たしかに那月から古城の携帯に送られた資料によれば、被害の中に中継局の一部が含まれていた。とはいえ、納得できるかは別の話である。

 

「そうカリカリするな。ほら、お前の分のたこ焼きだ」

「……どうも」

 

 憮然とたこ焼きのパックを受け取る古城の前に、アスタルテが歩み出た。こちらも浴衣姿であり、淡いラベンダー色の生地が藍色の髪によく映えている。

 

「合流時刻に2時間11分の遅延がありました。謝罪します、第四真祖」

「いや、アスタルテは悪くない。……楽しかったか?」

「――肯定」

 

 無表情で分かりにくいが、一応喜んでいるようだ。

 

「さて、込み入った話になるから移動でもと思ったのだが……どうしてお前がここにいる、転校生?」

「私は第四真祖の監視役ですから」

 

 古城の陰に隠れていた制服姿の雪菜が、ギターケースを背負ったまま現れた。古城が那月に呼び出されたと聞いて、当然のようについてきたのだ。2人の間に漂う謎の緊張感に晒され、古城は思わず息を呑む。

 

「まあいいか、人手があるに越したことはない。お前も浴衣を着るか? 駅前でレンタルしていたが」

「……いえ、結構です」

 

 僅かな沈黙に、浴衣への未練を感じさせる。だがこれから戦闘があるかもしれないという状況で、機動力が命の雪菜が着物を着るわけにはいかないだろう。

 

「それよりも、どうして暁先輩をこんな危険な仕事に呼び出したんですか。戦闘で眷獣が暴走でもしたら、どんな被害が出るのか……」

「こいつが何も知らずに戦闘に巻き込まれる方が問題だろう。わけもわからず眷獣を召喚し、辺り一帯を瓦礫に変えかねん。違うか?」

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 想像よりもまともな理由を告げられ、雪菜の勢いが削がれていく。

 

「目の届く範囲であれば、私の能力である程度のフォローができる。訓練を見ている浩一がいれば、できる範囲での指示も出せるだろう。

 下手に見えない位置に置くよりも、よほど安全だ」

「うー…………」

 

 あっさりと論破され、雪菜は肩を落とした。那月は勝ち誇るでもなく、浩一と今回の作戦を話し合いながらエレベーターへと向かう。すぐ後ろで内容を纏めるアスタルテが続き、その後ろを古城が雪菜を元気づけながら歩く。

 ふと古城が目線を前にやる。

 

「なんか、ああしてみると家族みたいだな」

 

 思わず感想が古城の口から漏れた。しっかりした父親に話したがりの妹、そして大人しい姉が連れ立っているように見えなくもない。思わず笑う雪菜を見て、古城は気を紛らわせることに成功したと内心ガッツポーズをとった。

 

「聞こえているぞ阿呆」

 

 直後、不可視の衝撃を額に受け蹲ることになったが。

 どこか不機嫌そうな那月は、リンゴ飴を舐めながら思い出したように口を開いた。

 

「古城、メールで送った資料は読んだか?」

「一通り目は通した。〝仮面憑き〟だっけ? そいつを捕まえるのが目的なんだろ?」

「2体とも、だ」

 

 〝仮面憑き〟とは、都市上空で戦闘行為を行う怪物につけられた通称(コードネーム)だ。記録では必ず2体同時に現れ、どちらかが敗れるまで戦闘を続行している。当然、今回も同時に現れる可能性が高いと那月は踏んでいるようだ。

 

「でも、捕まえるったって空を飛んでるやつ相手にどうするんだよ。バビル2世に頼んでロプロスでも呼ぶのか?」

「撃ち落とせ。お前の眷獣なら容易だろう」

 

 あっさりと酷く物騒なことを言い放つ那月に、古城は無茶を言うなと思わず呻く。

 

「相手も大概化け物だ。そう簡単には死なんさ。うっかり殺してしまっても、刑務所に差し入れくらいはしてやる。安心して撃ち落とせ」

「どこに安心できる要素があるんだよ! そこは無罪にしてくれ頼むから!」

 

 那月は古城との漫才を続けながら、最上階からさらに業務用のエレベーターへ乗り換えた。そのまま屋上まで上がると、見事な星空が一行を出迎えた。テティスモールはこの一帯で最も高い建造物であり、上空を見張るというのなら最適と言えるだろう。

 

「でも、変ですね」

「何がだ。俺が指示に従っただけで殺人犯にされる可能性があることか?」

「いえ、それではなく」

 

 古城の抗議をさらりと流し、雪菜は〝仮面憑き〟に破壊されたビルを指差した。上層部がごっそりと抉られており、瓦礫は未だに路上で放置されている。隕石が直撃でもしたかのような光景に、雪菜は眉をしかめた。

 

「あれだけの破壊があったというのに、私は気づきませんでした。魔術や召喚術を行使してあれだけの破壊を生み出すには、相当な魔力が放出されるはずです」

「獅子王機関の剣巫にも感知できていなかったのか。絃神島内部に設置されている魔力検知器も、一切の反応を示さなかった。民間の警備会社が倒壊したビルで騒ぎ出して初めて異変が判明したほどだ」

「どういうことだ……?」

「わからん。詳しくは本人たちに聞けばいいだろう。

 殺すなよ、古城?」

 

 那月の視界には、繁華街はずれの巨大な電波塔が映っていた。その上空で、何かがぶつかり合っているのが見える。常人の視力では夜の闇に紛れて何も見えないだろうが、この場には人間離れしたものしか存在しないのだ。

 

「〝仮面憑き〟!?」

「思ったよりも早かったな。

 アスタルテ、公社の連中に花火の時間だと伝えろ」

命令受諾(アクセプト)

 

 言われるままに、アスタルテは袖口から通信機を取り出し操作を始める。

 

「那月ちゃん、花火って?」

「古城、流石に花火を知らないとは世間知らずにもほどがあるぞ?

 丁度いい、今から見られるから後学の助けにしろ」

 

 何かを言い返そうとした古城が口を開くよりも早く、古城たちの背後で爆音が轟いた。同時に色とりどりの光が乱舞する。

 

「打ち上げ花火って……まさか、この辺で祭りなんかあったかと思ってたけど」

「これで庶民共の目はあちらを向く。ある程度のカモフラージュにはなるだろう」

 

 那月の周到さはもちろんだが、この作戦の規模に古城は背筋が寒くなった。この事件は、これほどの作戦が許されるだけの重大さを秘めているのだ。

 

「さて、ハンティングの始まりと行こうか」

 

 そんな古城の戦慄をよそに、那月は不敵な笑みと共に魔力を開放した。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 アスタルテ
 吸血鬼にしか扱えないとされる眷獣をその身に宿す人工生命体。
 人工生命体として生み出されたため、誕生してから未だ1年と稼働していない。
 普段は植えつけられた知識によりその実年齢を思わせないが、実体験に薄いためイベントごとに参加する際は静かにはっちゃけた行動をすることが多い。

 種族・分類

 仮面憑き
 次回本文まで、解説は控える。
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