バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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2020/6/21 用語集追加


11話 対抗手段

 模造天使(エンジェル・フォウ)と化した夏音が放つ低温波が、赤道付近の島を凍りつかせていく。神力を伴った極低温は、生物無生物の区別無く氷の檻へと閉じ込めていった。

 だが神力を持つということは、神力によって弾くことができるということでもある。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 

 担い手の霊力が流し込まれ、金属製の槍が神々しい光を発する。詠うような祝詞を唱え、雪菜は〝雪霞狼(せっかろう)〟を振るう。舞うように、優雅な動きで力を練り、その力が増幅され一際強く穂先が輝く。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

 祈りの言葉と共に振り下ろされた刃は、地面を抉るとその切先を起点に神力の結界を生み出した。吹き荒れる冷気は神力が含まれており、だからこそ生み出された神力の壁に阻まれる。壁を覆うように氷が張りつき、あっという間に結界の外は氷で埋め尽くされた。吹き荒れる風の音が聞こえるが、氷の壁が崩れる心配はないだろう。

 

「大義でした、雪菜。これならしばらくは持ちそうです」

 

 ラ・フォリアが氷の壁から、結界の中心で倒れる古城へと視線を移した。胸を貫かれただけならば、真祖の再生ですでに起き上がってもおかしくない。だが、古城は未だに意識を取り戻さず、ぴくりとも動かない。

 

「古城の様子はどうですか?」

「それが、まだ目を覚まさないんです。体の傷はほとんど治っているんですが……」

 

 雪菜の目線の先で、古城の胸に十字の傷が穿たれている。引き裂かれたような裂傷も、破片が突き刺さり抉り取られた痕も全て治癒しているのだが、この十字傷だけは一切の治癒を拒むようにそこにあり続けている。

 雪菜の目には、傷口から漏れ出す神気が映っている。その神気は不浄の肉体を許さないつもりか、不死身のはずの古城の肉体を徐々に消滅させているのだ。

 ラ・フォリアも、霊視により漏れ出る神気に気がついた。

 

「古城の肉体にはまだ剣が刺さっているのです。私たちには、触れることも見ることもできない剣が」

 

 そう王女が告げる間にも、傷口から漏れる光は古城の肉体を消失させていく。このままでは、そう遠くない内に暁古城は完全に消滅することになるだろう。

 

「……どうすれば、助けられますか」

「残念ながら、わたくしたちに古城の傷を癒す手段はありません」

「そんな……!」

 

 縋るような雪菜の問いを、ラ・フォリアは一言の下に切って捨てた。そもそも模造天使(エンジェル・フォウ)はアルディギアに伝わる秘奥儀である。その王女に手段が浮かばないのであれば、望みは断たれたと言っても過言ではない。

 

「ですから、彼を救うことのできる存在(モノ)を呼び起こします。本来であれば、剣に貫かれた時点で古城の肉体は消滅しているはず。それを防いでいるということは、不完全ながらも古城がその力を使っているということです」

「先輩の力……まさか、第四真祖の眷獣が!」

 

 雪菜の推測に、ラ・フォリアは満足げに頷いた。

 

「でも、眷獣を呼び起こすと言ってもどうやって……? 宿主である先輩は意識を失っていますし、外部から眷獣に干渉することは理論上不可能と聞いています」

 

 雪菜の疑問を聞き、ラ・フォリアも真剣な表情で頷いた。

 

「わたくしも初めてなので上手くできるか不安ですが、やり方だけならば侍女たちの噂話から聞いています。やってみる価値はあるでしょう」

 

 そう言って王女は、古城の服を脱がし始めた。雪菜も無言で促され、2人掛かりで古城の上半身を露わにする。

 衣服が取り去られ、古城の傷跡は一層痛々しく存在を主張している。

 

「これが、殿方のお身体なのですね」

 

 恐る恐ると言った様子で、ラ・フォリアが古城の身体をつつく。ひょろっとした印象とは逆に意外と引き締まっているのは、吸血鬼と化す直前までバスケに明け暮れていたからだろう。

 

「あの、ラ・フォリア?」

 

 流石に様子がおかしいと感じ始めた雪菜を後目に、ラ・フォリアは自らの服に手をかける。

 

「失礼、学術的好奇心に呑まれていましたわ」

「はあ……ってどうしてあなたまで服を脱ぎ始めているのですか!」

 

 ブラウスを脱ぎ、下着を露出し始めたラ・フォリアを雪菜は慌てて制止する。肌と肌の接触が必要な術の可能性もあるが、これ以上は流石に見逃せない。

 

「眷獣の覚醒として最も確実な手段は霊媒の血を吸うことなのでしょう?

 吸血衝動は性的興奮によって引き起こされると聞いています。意識を失っているとはいえ、感覚と本能は生きているはずです。外部からの刺激があれば、相応の欲求が発生するはずです」

「欲求って……」

「侍女たち曰く、体は正直、だそうですわよ」

 

 悪戯っぽく微笑むラ・フォリアを見て、アルディギア王家はもう少し侍女の選定に気を使った方がいいのではないだろうかと雪菜は訝しんだ。

 

「安心してください雪菜。わたくしも今はまだ本気で古城と交合する気はありませんから」

「あたりまえです!」

 

 言い合っている間にも、王女は気前よく服を脱いでいく。露わになるのは新雪のような肌に、予想外のサイズを持つ胸の膨らみだ。

 

「では雪菜。少し目を瞑っていてもらえますか。人前でこのような行為をするのは、流石にその、恥ずかしいので……」

 

 古城の上半身を抱えながら、ラ・フォリアは恥ずかしげに頬を染めた。雪菜の答えを待たず、ゆっくりと顔を近づけていく。

 

「駄目です、ラ・フォリア!」

 

 唇が触れる瞬間、雪菜は制止した。古城の身体を奪い返すように抱え、雪菜は必死に叫ぶ。

 

「貴方がそこまでする理由はありません。何か方法があるはずです!」

「しかし、古城と貴方、そして叶瀬夏音とわたくしが助かるためには必要な行為です」

 

 ラ・フォリアの冷静な瞳に、雪菜は息を呑んだ。どこかふざけた雰囲気に騙されていたが、彼女は真剣に考えて行動を起こしていたのだ。自らの血を吸血鬼の贄としても、助けるべき人間を救うためならばためらいを持たず実行に移す。王女の仮面を被り、これまでも、そしてこれからも様々なものを背負い続けるのだろう。

 だが、これは違う。その決意は、彼女が決めるべきものではない。

 

「わたしがやります」

 

 雪菜の言に、ラ・フォリアの瞳が見開かれた。

 

「先輩を救うのは私の役目です。私は、第四真祖の監視役ですから!」

 

 高らかな宣言に、ラ・フォリアは蕾が綻ぶような笑みを浮かべた。

 

「それでは、お任せしますわ。あなたならきっと、古城を救えるはずです」

 

 あっさりと引き下がったラ・フォリアに、雪菜はあっけにとられる。

 

「王女……まさか、最初からこのつもりで……」

 

 雪菜の言葉に、ラ・フォリアの曖昧な笑みが返された。

 

 

 

 僅かな間を置いて、雪菜は古城を抱き上げていた。結界外を覆う氷は雪菜の術式でも容易くは破ることができない厚さとなっており、結界内の酸素も徐々に減っている事だろう。

そんな危機的な状況にもかかわらず、古城は静かに眠り続けている。痛みすら感じていないのか、その顔はいっそ安らかですらあった。

 

「本当に、世話の焼ける人ですね」

 

 自分たちが悲壮な覚悟を決めたことが、どこか馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 

「さあ、雪菜」

 

 王女に促され、雪菜は槍の穂先で指を浅く切った。鋭い痛みと共に、紅い血が滲み出る。血が雫を作るのを待ち、雪菜は指を古城の口へ含ませた。

 死んだように眠る古城の身体が、ぴくりと反応する。やはり古城は生きているのだ。しかし、それ以上の反応は無い。血の量が足りないのだ。

 

「思ったよりも古城の反応が悪いですわね。やはり刺激が足りないのではないですか?」

「し、刺激とは?」

「やはり露出度、そして密着度でしょう。もしくはマウス・トゥ・マウスとか。

 ふふっ……手伝いますか?」

 

 からかうような王女の案に、雪菜の顔に朱が混じる。出来る限り冷静にと考えていたのだが、台無しだ。

 

「い、いえ。これは私の使命ですので……やりますから、その手の動きを止めてください!」

 

 わきわきと手を動かすラ・フォリアを牽制し、雪菜は制服のリボンに手をかけた。衣擦れの音と共に制服をはだけ、雪菜は古城に覆いかぶさる。露出が足りないと不満そうな王女を無視し、雪菜は手首の内側を治癒できる限界の深さまで切り裂いた。溢れる血を含み、古城の口内へ口移しで流し込む。

 まるで死体のように冷たい感触が、古城の唇から伝わる。残された微かな熱を逃がさないよう、雪菜が強く古城を抱きしめる。やがて、古城が鮮血を嚥下する感触が伝わってきた。

 

「先輩、聞こえますか!?」

 

 雪菜が呼びかけるが、反応は帰ってこない。

 

「続けなさい雪菜。古城はあなたを感じています」

「感じているって、どういう……というかなんで見ているんですか!」

「あら、見てはいけないと言われていないので」

「そういう問題……!?」

 

 雪菜の言葉を遮るように、古城が強く雪菜を抱き返した。まるで血の残り香に引かれるように、唇を貪り始める。手首の痛みもあり、まともに抵抗できない雪菜は、されるがままになってしまう。視界の端で、爛々と目を輝かせる王女に意識を割く余裕すらない。

 やがて、古城の唇が首筋へと位置を変えた。尖った犬歯が皮膚に当たり、動きが僅かに止まる。雪菜は古城の頭を抱えるようにして、犬歯を僅かに肌へと押し当てた。促されるままに、古城の牙は首筋へと突き立てられる。

 古城が雪菜の首筋に歯を当てた時点で、ラ・フォリアは背を向けていた。だが、背後に感じていた神気が不意に途切れ、ゆっくりと振り向く。

 ぐったりと抱き合って2人は倒れていた。古城の胸からは傷が消え去り、代わりに雪菜の手首からは鮮血が滴り続けている。このまま失血死では、いくらなんでも恰好がつかないだろう。

 

「天使の剣を喰いましたか。これだけの眷獣を従えているとは……やはり、あなたなら……」

 

 雪菜の手首を魔力で癒しながらの呟きは、氷の壁へと消えていった。

 

 

 

 どこかで鳥の鳴き声が聞こえ、低い地鳴りのような音と体が揺れる感触がする。古城が目を開けると、氷に閉ざされた空間に仰向けで倒れていることが分かった。同時に、全身を引き裂くような痛みが襲う。

 この痛みには覚えがある。即死級のダメージを負った後、復活したのだ。

 

「目が覚めましたか?」

 

 痛みをこらえて声の方を向くと、ラ・フォリアがこちらを見ていた。傍では雪菜が横になっている。

 

「ラ・フォリア……姫柊は、どうしたんだ! ……いってえ!」

 

 古城は思わず飛び起き、痛みに悶絶した。よほどおかしかったのか、王女は口に手を当てて体を震わせている。

 

「落ち着いてください、古城。雪菜は貴方を救うために自らの血を提供したのです。でなければ、あなたは今ごろ模造天使(エンジェル・フォウ)の力で消滅していたでしょう」

「姫柊が……俺のために?」

 

 吸血鬼の視力で見れば、雪菜の首筋に牙の跡が残っている。以前にも見たことがある、古城自身がつけた傷だ。

 無力感に(さいな)まれ、思わず頭上を見上げた古城の動きが止まった。天を突くねじれた氷柱、その中で眠る夏音の姿に気がついたのだ。太陽光が透け、黄金の輝きに包まれ背を丸めている。身を守るように閉じられた羽にあるはずの目も閉じられている。そちらも眠っているのだろうか。今の夏音にとって、周囲を見張る必要が無いだけなのかもしれない。

 

「あなたを刺した直後、彼女の自我が暴走し、今の状態になりました。雪菜の結界が無ければ、私たちも氷漬けになっていたでしょう」

「暴走ってことは……叶瀬の意識はまだあるのか!」

 

 ラ・フォリアの説明に喜色を浮かべた古城は、ふと気がついた。今この空間にいるのは3人だ。だが、あの戦場ではもう1人戦っていたはずではなかったか。

 

「なあ、バビル2世はどこだ? 今も氷の外で戦ってるのか?」

 

 目覚めてから断続的に響く轟音と揺れが、古城の勘違いを引き起こした。ラ・フォリアは静かに首を横に振る。

 

「いえ……彼は鉄球の自動人形(オートマタ)、バランと呼ばれていたものに弾き飛ばされ、真っ先に凍り付いてしまいました。この揺れは、おそらくしもべが彼を助けようと戦い続けているのだと思います。

 凍ってしまった彼もですが、叶瀬夏音の意識もそう長くは持たないでしょう。いずれ彼は凍死し、彼女の意識も消失します」

「……その前に助けなきゃならないってことか」

 

 古城の呟きに、ラ・フォリアはふと笑みを浮かべた。一度は自らを殺した相手を、それでも救おうと考えられる。そうそうできる事ではない。

 

「暁古城、わたくしの血を吸いなさい」

 

 いつのまにか、古城のすぐそばに王女の顔があった。思わず後ずさる古城は、王女の目に浮かぶ決意の色に気がつき動きを止める。

 

「あなたの様子を見るに、新たな眷獣が目覚めていないことはわかります。今はわたくしの事を信じてください」

 

 一切の偽りを感じさせない声に、古城が息を呑む。

 

「アルディギア王国が長女、ラ・フォリア・リハヴァインの名において命じます。第四真祖・暁古城、わたくしの血を吸いなさい」

 

 再度の宣告を受け、古城はラ・フォリアの両肩に手を置いた。

 

「それは、今必要なことなんだな。この状況を何とかするために」

 

 古城の問いかけに、王女は首筋を露出しながら答える。

 

「ええ、その通りです。暁古城……わたくしの目に狂いが無いことを、見事証明してみせなさい」

 

 どこか楽しげな口調と共に、王女は古城へと体を押し付ける。目を紅く光らせた古城が反射的に王女を抱きしめ、急激に伸びた犬歯が新雪のような肌に突き立った。

 

 

 

 一面が氷景色となった島で、鋼鉄の巨鳥が荒れ狂っていた。本来であれば成果物である〝娘〟の観察をするつもりだった賢生だったが、この状況ではそう言っている余裕などない。

 

「来るぞ、頭下げろ!」

 

 キリシマの警告に従って床を這い、そのすぐ頭上をロプロスの怪音波が通り過ぎて行った。その一瞬で揚陸艇の壁は崩壊し、すでに数度の攻撃を受けた船は廃船一歩手前の状況にまで追い込まれている。海洋航行が不可能な状態になっていないことが奇跡だ。

 バランの被害は無視できないほどに広がり、天使は船への被害を逸らすことが精いっぱいとなっている。

 

「クソが、まだぶっ壊れないのかよ!」

 

 暴れ続けるロプロスに対し苛立つベアトリスの声が響き、それに反応したかのように氷柱で眠っていた夏音が動き出した。目が覚める前の身じろぎにも似て、僅かな反応ではあるが確実に覚醒へと近づいている。

 

「ついに動くか。これで最後だ、夏音」

 

 どこか安心したような賢生の言葉は、ロプロスの引き起こす破壊音を超える轟音と衝撃波に掻き消された。

 音の発信源は氷柱の根元付近だ。ロプロスがいる地点からさほど遠くない部分の氷を緋色の双角獣(バイコーン)が突き破り、巨大な穴からは3人の男女が這い出してきた。敵対者以外の出現により、ロプロスの動きが鈍くなる。一旦様子を見るためか、2体の模造天使(エンジェル・フォウ)とバランたちも遠巻きに距離をとった。

 

「生きていたのか、第四真祖!」

 

 賢生の声に反応し、ベアトリスとキリシマも驚きに目を見開いた。

 

「流石は世界最強の吸血鬼といったところか。ありがたい、あの怪鳥に加え、君と――強敵と戦い霊的中枢を全開にすれば、今度こそ夏音は最終段階へと進化するだろう。それでもう誰も傷付ける必要はなくなる!」

 

 古城が反論を組み立てる前に、ラ・フォリアが一歩進み出た。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)を兵器として売り出す男の言葉とは思えませんわね」

「それはメイガスクラフトが勝手に行った事です。私の与り知るところではありません」

「勝手なことを言わないでください!

 娘として育ててくれていた相手に実験体にされ、道具のように扱われて、彼女がどんな気持ちだったか……!」

 

 悲痛な雪菜の叫びが、2人の会話に割り込んだ。構える槍は小刻みに揺れ、黒い瞳は涙に濡れている。獅子王機関に引き取られ、剣巫という名の退魔の道具として育てられた雪菜の弾劾は、容易な反論を許さない響きを含んでいた。

 にも関わらず、賢生は意外なほどにあっさりと応答を口にした。

 

「お嬢さん、君は1つ勘違いをしているようだ。私はあの子を実の娘も同然に思っている。今でもな」

「今の彼女を見て、その言葉を信じろと?」

「あの子の母は私の妹だ。実の姪を、愛さない伯父がいるかね? あの子は知らないことだがな」

 

 雪菜が虚を突かれたように目を見張った。入れ替わるように、古城が語気を荒げる。

 

「なおさらだろ! なんであの子を実験に使ったんだ!」

「娘の幸福を望まない親がいるかね?」

「あの姿の、どこが幸福だ!」

「夏音は、人間を超えた存在へと進化する。誰にも傷つける事は出来ず、やがて神の身元へと召され真の天使となる――これが幸福でなくてなんだというのだ!」

 

 賢生の言葉が終わり、古城があっけにとられる。

 突如熱風が吹き荒れた。その場にいた全員がその発生源に目を向けると、ロプロスが足を囚われていたはずの氷塊が跡形もなく融けている。そして露わになった地表に、人影が見える。

 

「娘の幸せを勝手に決めて押し付けるとは、道具扱いしていると言われても文句は言えないぞ」

 

 体全体に炎を纏い、放射熱で尚も周囲の氷を溶かし続けながら、バビル2世が事も無げに立っていた。服こそ破けているものの、その身体には傷跡すら残っていない。

 

「お前までも……」

 

 あまりの衝撃に賢生は言葉を失い、古城は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「無事だったのか、バビル2世!」

「状況を待っていた。救助が長引いたせいか、到着が遅れたんだ」

 

 バビル2世の視線の先には、海原が広がっている。

 そこへ、ベアトリスとキリシマが揚陸艇から飛び降り古城たちへと余裕を持って近づく。

 

「教育方針について話し合ってるところ悪いんだけど、とっととぶっ殺されちゃってくれない?

 そこの〝過適応能力者(ハイパーアダプター)〟も殺しておかないと、商品に箔がつかないじゃない」

 

 ベアトリスの態度は、明らかにバビル2世を下に見ている。バランの猛攻で一度は地を舐めさせていることに加え、完全体に近づいた模造天使(エンジェル・フォウ)がいることで優位性に確信を持っているのだろう。傍に控えるキリシマも、ニヤついた表情を隠そうともしない。

 

「お前たちが船を降りてくれて助かったぞ。これで気兼ねなく攻撃ができる。船の中に生き物はいないようだしな。

 やれ、ポセイドン」

 

 対するバビル2世は、愉快そうに笑っている。

 次の瞬間、揚陸艇が何の前触れもなく吹き飛んだ。

 状況を飲み込めていない面々とは違い、古城は思わず海を見る。吸血鬼の動体視力には、揚陸艇が爆散する瞬間、海から巨大な何かが船に撃ち込まれた光景が捉えられていたのだ。

 

「ラ・フォリア……海に、何かが……」

「見えていますわ、雪菜」

「あれは、いったい……」

 

次いで、魔術に造詣が深い3人が反応した。海水越しでもわかるほど、濃密な魔術の術式が海中を蠢いているのだ。

 

「なんだい、あれ……」

「おいおいおい、今度はなんだってんだ?」

 

 最後に、揚陸艇に背を向けていたため、爆散の瞬間を見逃した2人が掠れた声を出す。大量の海水を撒き散らしながら、巨大ななにかが島へと上陸しようとしているのだ。

 能面のようなのっぺりとした顔に、ライトのように光る2つの目。全身を覆う滑らかな装甲は継ぎ目すらほとんど無く、その表面を大量の術式が覆いつくしている。一歩踏み出すたびに地面が揺れ、途方もない重量を誇ることは疑いの余地が無いだろう。海中から現れた鋼の巨人は、ただ主の下へと歩を進める。

 

「あの手は、ヴァトラーの眷獣を防いだ……」

 

 古城はその手に見覚えがあった。初めてバビル2世と出会った船上で、ヴァトラーが放った眷獣を事も無げに防いだものと同じだ。

 

「よく来たポセイドン。

 さてメイガスクラフト、貴様たちには話してもらうことが山ほどあるぞ」

 

 バビル2世最強のしもべ、海の支配者ポセイドンが、ついにその姿を公衆の面前に表した。




 バビル2世 用語集

 用語

 発火能力 パイロキネシス
 バビル2世が持つ超能力の1つ。
 尋常ならざる高温を発する単純な能力なのだが、余波で鉄を溶かし同質の能力者ですらあまりの高温に逃げ出すほどの出力を誇る。
 描写を見るに、バビル2世が持つ超能力の中でエネルギー衝撃波を除けば最高位の攻撃力を持つ能力。
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