バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 UA一万突破しました。より多くのかたに楽しんでいただけるようこれからも頑張りますので、よろしくお願いします。

 2020/6/21 用語集追加


12話 蹂躙する海神

 海中から出現し、主のもとに馳せ参じた巨兵へと下された命令は非常に単純なものだった。かつての戦場で幾度も下したように、ただ自らの意思を伝える。

 

「ポセイドン、やれ」

 

 主の言葉に従い、巨躯を誇る鋼のしもべはその剛腕を一切の躊躇なく振るった。並の人間を超える大きさの拳が、恐ろしい速度でベアトリスたちへと迫る。

 

「止めな!」

「防げ!」

 

 防衛本能からか、一切の遅滞無くベアトリスとキリシマが配下に命令を下す。2体の模造天使(エンジェル・フォウ)の放つ光の刃が、未だ数多く残るバランの鉄球が、繰り出された槍の眷獣が一斉にポセイドンへと襲い掛かる。

 

「うそ……だろ……?」

 

 古城は引きつった表情で、その結果を見た。

 ポセイドンの拳が、ベアトリスとキリシマを掠めるようにして地面に突き刺さっている。拳を僅かでも逸らそうと繰り出された攻撃は、その全てが何の痛撃も与えられなかったのだ。光の刃は砕け散り、鉄球は空しく弾き返され、眷獣の斬撃すら通用しない。装甲に刻まれた紋章でさえ、僅かな陰りすらしていない。

 そして直接狙われた2人は理解していた。今生きているのは自分たちの抵抗が実を結んだわけではないと。最初から、ポセイドンはギリギリの位置を狙って拳を振り下ろしていたのだ。

 

「気は済んだか?」

 

 バビル2世は、力を見せつけることで反抗心を折るつもりだったのだ。彼に仕えるしもべたちは、主の言葉の裏に含まれた意図を忠実に読み取って行動する。

 しかし、いつの時代も追い詰めすぎた者は予想外の反撃を受けるもの。窮鼠猫を噛むとはよく言ったものだ。

 

「嘗めやがって……もう知るか!」

 

 もともとプライドの高いベアトリスは、自らが窮地に追い込まれたことを認められなかったのだ。衝動のままに、手元の制御装置(リモコン)につけられていた赤いボタンを押しこむ。

 突然、天を舞っていた模造天使(エンジェル・フォウ)たちが動きを止めた。空中に制止したまま、がくがくと痙攣を始めている。

 

「BB、何してんだ!」

 

 キリシマが慌てて制御装置(リモコン)を取り上げるものの、彼の手の中で制御装置(リモコン)は跡形もなく崩れ去った。獣人の握力で握り潰したのではない、そもそもの機能が働き、自壊したのだ。

 

「お前、今の状況判ってるのか!」

「うるさいね、もうどいつもこいつも死ねばいいだろうに!

 ここで連中が全滅すれば、それで目的は果たせるんだよ!

 死体からでもクローンは造れる!」

 

 ラ・フォリアは突如言い争う魔族に疑念の目を向け、賢生へ無言で状況説明を求める。

 

「愚かなことを……。

 あれは恐らく自滅装置の類でしょうな。制御装置(リモコン)が自壊した以上、命令の上書きはできません。最後の命令は、周囲の敵対者を皆殺しにしろといったところでしょう」

 

 その推測を裏付けるように、2体の模造天使(エンジェル・フォウ)がめちゃくちゃな機動で古城へと襲い掛かった。狂ったように動かされる羽からは絶え間なく光刃が飛び、手には巨大な光の剣を構えている。狙いをつける事すら放棄しているようで、撒き散らされた刃はポセイドンと向かい合うバランへも降り注いでいる。

 そしてその動きに同調するように、夏音が氷を吹き飛ばして飛翔した。

 

「邪魔だ!」

 

 古城が激昂のままに腕を振るうと、降りそそいでいた光刃の内、古城へと向かっていた一群が消失した。空間ごと抉り取られたかのような光景に、命令者であるベアトリスが目を剥く。

 

「さっきから聞いてれば、殺すだの死ねだの勝手な理屈押し付けてきやがって……こっちはいきなり無人島に置き去りにされるわ人形に撃ち殺されかけるわで迷惑被ってんだよ。

 それに天使化だの兵器に改造するだの、叶瀬もラ・フォリアも普通の女の子だってのに好き勝手言いやがって……」

 

 古城の瞳が紅く染まり、闘争本能のままに魔力が噴き出す。怒りによって増幅された魔力の奔流は、それだけで敵対者を怯ませる。

 わかってしまえば、至極簡単なことなのだ。第四真祖という規格外の化け物を利用し、それと戦うことで夏音は天使へと昇華する。そして第四真祖を倒した天使と同じものを兵器として売りさばく。両者の根底には夏音が第四真祖である古城を打破することが前提として存在している。

 ならば、その前提を覆してしまえばいい。たかが模造天使(エンジェル・フォウ)程度では世界最強の吸血鬼にはかなわないと証明すれば、それで敵対者たちは行動理由の根底を失うのだ。

 

「いい加減頭に来たぜ! 叶瀬を助けて、お前らのくだらない計画なんてぶっ潰してやる!

こっから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

 覇気と共に、古城は吼えた。その魔力の高ぶりに反応し、模造天使(エンジェル・フォウ)たちの攻撃が激しくなる。古城は再び迎撃しようと構えるが、それよりも先に銀の閃光が迫る光刃を全て弾き落とした。

 神気は神気で弾くことができる。雪菜の持つ〝雪霞狼(せっかろう)〟は、彼女たちの攻撃に対する強固な守りとなりえるのだ。

 一息に攻撃を打ち落とした雪菜は、寄り添うように古城の隣で構えた。

 

「――いいえ、先輩。わたしたちの、です!」

 

 互いに背中を預け、古城は天使を、雪菜はベアトリスを睨む。

 

「ふふっ、わたくしを仲間外れにしないでくださいませんか?」

「これは僕の仕事でもある」

 

 ラ・フォリアは微笑みながら、バビル2世は油断なく敵を睥睨して古城たちの後ろに並び立った。

 ベアトリスやキリシマを無視し、古城は天を舞う夏音だけを見ている。砕け散った氷柱の上空から、夏音は温度の無い瞳で古城を見つめ返した。

 

 

 

「先輩は叶瀬さんをお願いします。地上は私たちが何とかしますから」

「2体の模造天使(エンジェル・フォウ)とバラン、ついでにあの獣人は任せろ」

「なら、わたくしは雪菜のサポートということで」

 

 背後からの声に、古城は振り返らずに駆け出した。その背後を狙う攻撃は、その全てが防がれる。

 槍の眷獣は銀の槍に、天使の光刃は怪鳥に、バランの鉄球は巨人に、そして獣人の放った弾丸は空中で制止している。

 怒りを隠そうともしないベアトリスの相手を雪菜に任せ、バビル2世はキリシマとバラン、模造天使(エンジェル・フォウ)たちに向き合った。

 

「おいおい、さすがに話が違うぜ? お前の話は聞いてたが、このバランとかいう自動人形(オートマタ)がこれだけいれば十分に足止めできるって分析だったんだが?」

「誰から聞いたかは知らないが、バランと戦った時と比べて僕自身も成長しているんだ。たしかに出力装甲共に向上しているみたいだが、かつての敵に負けるとでも?」

「おいおい、そんな理屈が通じるのは漫画だけだろ」

 

 どこか投げやりなキリシマが、雑に腕を振るう。動きに反応し、バランたちが一斉に行動を開始した。連携を取るつもりなのか、不気味な痙攣を続ける模造天使(エンジェル・フォウ)もほぼ同時に空中からの効果を開始する。

 それを迎え撃つのは、2体のしもべだ。ロプロスがその身を使った体当たりと超音波を含んだ咆哮で天使たちを牽制し、ポセイドンは両の指先をバランへ突きつける。

 巨兵の指先が輝き、一度に10以上のバランが薙ぎ払われた。ポセイドンの指先に供えられた光学兵器は、魔術科学によって強化され、余波であれば真祖級の眷獣が起こす破壊にすら耐えるバランの装甲を簡単に蒸発せしめ、数体纏めて貫いたのだ。ついでとばかりに貫通した光束は、バランが展開していた岩場を溶解させ、海面に水蒸気爆発すら引き起こしていた。

 先の古代兵器(ナラクヴェーラ)戦で、バビル2世が直接的にポセイドンを戦わせなかった理由がこれだ。3つのしもべ中最強の呼び名高い海神だが、その攻撃は対要塞の性質を持っている。直撃したとしても、周囲に余波だけで甚大な被害をもたらすのだ。人工島である絃神島で暴れさせようものならば、誇張抜きにして区画が崩壊するだろう。当時の戦場であった増設人工島(サブフロート)程度では、耐えられるはずがない。

 

「冗談だろ……」

 

 水蒸気爆発の熱風に耐えながら、キリシマの唖然とした声が空しく響く。一撃で地形を変えるその攻撃に、心が折れかけているのだ。

 

「ポセイドン、ここは連中の無人島だが、あまり破壊すると南宮攻魔官に文句を言われかねない。あまり派手な攻撃は慎め」

 

 バビル2世の指示により、ポセイドンの指先から光が消えた。その巨大な指で手刀が形作られ、バランが一度に薙ぎ払われる。既にほとんどのバランが戦闘不能に追いやられており、数少ない戦闘可能な個体もポセイドンにより丁寧に踏み潰されていく。

 

「次は天使か。

 ロプロス、もう少し低空に引きつけるんだ!」

 

 空中で模造天使(エンジェル・フォウ)たちと激戦を繰り広げていたロプロスが、バビル2世の声に反応し高度を下げ始める。つられて地面に近づく模造天使たちへ、バランの使っていた鎖付の鉄球が蛇の用に襲い掛かった。地上では、髪をたなびかせたバビル2世が天使を睨み、念動力(テレキネシス)で次々と鎖やバランの残骸を宙へと放っている。

 

「無駄だバビル2世。神の波動で守られた模造天使(エンジェル・フォウ)は、その程度で傷つきはしない!」

「そんなことはわかっている。ロプロス、ポセイドン、やれ!」

 

 賢生の声を切り捨て、しもべに呼びかけるバビル2世。名を呼ばれたロプロスは、ポセイドンの肩へと降り立った。両肩を掴まれたポセイドンは、激しく羽ばたくロプロスの脚を掴み固定している。

 

「なんだ、風圧で天使を落とすつもりか? 無駄なことを……はあっ!?」

 

 キリシマの嘲りが、驚愕の声へ塗りつぶされる。いかなる力か、ポセイドンの足が地面を離れたのだ。苦も無く飛び立ったロプロスは、大質量を保持しているとは考えられない速度で飛翔を再開する。その進路上には、バランの残骸と鎖によって宙に拘束されている模造天使(エンジェル・フォウ)がいた。迫り来る2体のしもべに対し当然離脱を試みる天使たちだったが、鎖を断ち切っても残骸を粉砕しても、次から次へと代わりが襲い掛かる。地面では、バビル2世がその様子を見ていた。彼の念動力(テレキネシス)により、空中の1点から離脱できないよう仕組まれていたのだ。

 

「やめろバビル2世!」

 

 キリシマが獣人化して襲い掛かるも、まだ地面に放置されていた鎖がひとりでに巻きつきあっという間に拘束される。船から引きだしたバランが、結果としてバビル2世の武器と化しているのだ。キリシマは悔しそうに歯を食いしばるが、バビル2世はその表情を崩しもしない。

 

「叶瀬夏音は攻撃を防ぎもしなかったが、あの2体はわざわざ弾いていたな。攻撃が効かなくとも、機動をずらされないためだろう。

 つまり、最終段階前の模造天使(エンジェル・フォウ)は物理的に干渉可能というわけだ。だったら、そこを突かない理由は無い」

 

 宙を舞う巨兵が、その巨大な掌で瓦礫ごと2体の天使を握り潰した。器用に顔だけが出されており、首から下は完全に覆い隠されている。身動き1つとれない状態であり、すでに抵抗はできそうにない。だが、鋼の手の中で天使は暴れ続けている。神の波動により攻撃が通用しない以上、こうして拘束し続けるしかない。無駄な抵抗にも思えるが、ポセイドンの手がどれほど持つのか。規格外の装甲を持つポセイドンといえども、機械で再現された手は基本的に構造が複雑であるため強度が落ちる。しかもこの指には砲撃機能が備えられている以上、空洞も多いはずだ。万が一拘束が破れた場合、再び取り押さえることは難しいだろう。

 

「まあ、出来る限りそいつの手が長く持つよう祈っておくんだな!」

 

 轟音と共に着地したポセイドンを見て、キリシマは負け惜しみを吐く。そのどこか嘲るような獣人に対し、バビル2世は小ばかにしたような表情を浮かべた。

 

「なんだ、馬鹿正直に拘束を続けるとでも思ったのか?

 ポセイドン、最後の仕上げだ」

 

 両手に天使を握りしめたまま、ポセイドンが大きく腕を広げた。何をするつもりなのか、半分蚊帳の外となっている賢生が訝しげな表情を浮かべる。

 

「あの仮面が思考拘束具(ブリンカー)と聞いているが、間違いないな」

「ああ、あの仮面で模造天使(エンジェル・フォウ)を操っている。

 だがそれを聞いてどうする? 神の波動は装飾品をも覆っている。いかに君のしもべでも、あれをはがすことは至難のはずだ。君は敵対者以外、特に被害者が傷つくことは極端に嫌うと聞いている。無傷で外す方法は、少なくとも私にも思いつかんぞ?」

「いや、間違いが無いかの確認をしただけだ。これで実行に移せる。

 待たせたなポセイドン。やれ」

 

 腕を大きく広げたポセイドンが、勢いよく両腕を閉じた。見方によっては太鼓のバチのように握られた模造天使(エンジェル・フォウ)の顔面が、凄まじい勢いで打ち合わされる。何とも表現しにくい、歪な音が響き渡った。それを見ていた男2人が、あっけにとられる。

 

「神の波動といっても、同質の存在ならば干渉できることはあの槍で証明されている。ならばこうして同質の存在をぶつけ合えば、少なくとも衝撃は伝わるだろう。天使の素体自体は波動に守られて無事だとしても、あくまで異物である仮面は、そこまで強固に守られているかという話だ」

 

 バビル2世の視線の先では、仮面の破片を撒き散らしながら、ポセイドンに握られて気絶する模造天使(エンジェル・フォウ)の姿があった。

 たしかに有効な手段なのだろう。無敵と思われていた模造天使(エンジェル・フォウ)を、一度に2体無力化したのだ。だが、その手段を見た賢生とキリシマは実行者の思考回路が理解できなかった。万が一波動の保護が十分でなかった場合、天使たちの頭部はトマトのように潰れていただろう。勢いからして、血煙となって消失していた可能性すらある。危険性を無視して戸惑いなくその手段を実行したバビル2世を、自分の立場を棚に上げた2人はなにか異質なモノを見る目で見ている。

 

「さてキリシマ、お前の手足だったバランは全滅し、強力な護衛だった天使はこの通りだ。そしてお前の最後の武器は」

 

 敵からそのような目を向けられることに慣れているのだろう。バビル2世は動じることなく、鎖に絡め取られたキリシマが取り落とした銃を拾う。そしてその手の中で、銃は粘土細工のように握り潰された。

 

「このざまだ。

 獣人化しても勝てないことはわかっているだろう。最後の警告だ、投降しろ」

 

 キリシマを見るバビル2世の目からは、一切の感情が感じられない。ここで断ったが最後、キリシマの命運は尽きるだろう。もちろん殺されはしないはずだが、無力化のためにどのような手段を講じられるのかわかったものではない。賢生に視線すら向けないのは、戦力として数えていないのだろう。事実、彼が敵意を向けた瞬間、付近の残骸が襲い掛かり1秒もしない内に意識を刈り取られるはずだ。

 

「くそっ、選択肢なんて最初から無いじゃねーか!」

 

 キリシマの遠回しな投稿宣言を受け、バビル2世は容赦なく鎖の拘束を強める。意識を奪われ倒れ伏した獣人から視線を逸らし、彼は未だ戦っているであろう学生たちへと目を向けた。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 古代兵器 ナラクヴェーラ
 かつて天部と呼ばれる存在が造り出した自己進化する戦闘兵器。
 進化の果てには吸血鬼の真祖すら打ち倒すと予想された恐るべき兵器群であり黒死皇派によって運用されていたが、第四真祖である暁古城を始めとした黒死皇派への抵抗により、進化を待たずして自己破壊プログラムを仕込まれ自壊した。

 思考拘束具 ブリンカー
 模造天使として改造された少女の顔に付けられた仮面状の思考誘導装置。
 兵器として運用するつもりであったメイガスクラフトの面々は、これで模造天使を自在に操る予定だったのだが、最終段階に到達した模造天使にはそもそも効果を発揮できないという致命的欠陥を開発者である叶瀬賢生が意図的に伝えていなかった。
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