バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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2020/6/22 用語集追加


13話 次元を喰らうもの

 時は僅かに巻き戻り、雪菜はベアトリスと睨み合っていた。互いの手には槍があり、間合いの点から見て雪菜は不利である。背後にラ・フォリアという協力者がいることを加味しても、ベアトリスの槍は眷獣として管槍もかくやの変幻自在な攻撃を仕掛けてくる。客観的に見た場合、ベアトリスが僅かに優勢といったところだろう。

 

「ねえあなた、愛しの彼氏が別の女に駆け寄ってるのに、私なんかと見つめ合ってていいの?

 こう見えて優しいから、後ろの雌豚を引き渡してくれるなら彼氏と最後の思い出くらいは作らせてあげるわよ?」

 

 ベアトリスの安い挑発を、雪菜は槍を握りしめることで耐える。感情に流された状態で戦闘しては、勝てる戦いも勝てない。そう教えられてきているのだ。

 

「ラ・フォリア、タイミングはお任せします。発砲して、あの眷獣を僅かでいいので逸らしていただけますか?」

「構いませんが、雪菜はそれでいいのですか? あなたの実力なら……」

「楽に勝てるなら、それに越したことは無いと教えられていますから」

 

 ラ・フォリアの疑問を、微笑さえ浮かべて雪菜は遮った。その瞳に油断の色は無い。確実に勝利するための方程式が組み上がっていることを確信し、ラ・フォリアも微笑を返した。

 

「作戦会議は終わったかしら? ロウも情けない結果になりそうだからさ、そろそろこっちから行くよ!」

 

 痺れを切らしたのか、ベアトリスが眷獣を構え駆け出そうとする。まるでそれを妨害するかのようなタイミングで、海から熱風が凄まじい勢いで吹きつけた。

 動作に支障の出るほどの強さではないが、確実に意識が割かれ体制も僅かに崩れる。その隙を見逃すラ・フォリアではなく、手にした自動拳銃をフルオートで撃ち放った。

 完全にベアトリスの隙を突いた射撃だが、主と眷は意識が別だ。主の隙を突こうと、眷獣の隙を突けるわけではない。そして主が体勢を崩そうと、眷獣にとっては大した障害ではない。即座に槍が蠢き、迫る弾丸を一発残らず叩き落とす。

 だが、そこに宿主眷獣に共通した決定的な隙が生じた。僅かに開いた槍の制空圏を、呪力で強化した脚力に物を言わせた雪菜が駆け抜ける。敵の接近に気がついたベアトリスが、意外にも愉悦を隠しきれないといった様子で蔑みの表情を浮かべた。

 

「この隙にとでも思ってるのかい? 〝蛇紅羅(ジャグラ)〟っ!」

 

 ベアトリスが握る槍は、外見こそ槍の姿をしてはいるがその本質は眷獣……すなわち異界からの召喚獣だ。ベアトリスの手の中でうねり伸びきった槍は溶けるように姿を消し、瞬きの間に再び出現した際には迎撃に最適な形状へと形を変えていた。眷獣の召喚をし直すことにより、状態をリセットし相手の不意を突く。小手先の技術ではあるが、こういった形で意表を突かれると、近接戦闘時は不覚を取りやすくなる。

 

「さあ、今度こそ串刺しになりな!」

 

 ベアトリスが浮かべた勝ち誇った表情は、即座に驚愕へと塗り替えられることになる。雪菜にとって主武装であり、現状唯一の対抗手段である〝雪霞狼(せっかろう)〟が投擲されたのだ。至近距離での突飛な行動であっても、眷獣は的確に最大の脅威を防ぐため軌道を変える。

 だが、そのためにどうしても大きな隙を晒すことになる。一層強く踏み込み、ほぼ懐に入り込んだ雪菜相手に、眷獣の再召喚をする時間は残っていない。

 

「黒雷!」

 

 呪術により雪菜の身体はさらに加速する。恩恵を受ける距離が踏込一歩分と短いため十分な加速こそ得られなかったものの、相手が反撃するだけの隙を潰す最適解を彼女は選び取ったのだ。風と見紛うだけの速度を乗せた肘打ちが、ベアトリスへと突き刺さる。

 

「土雷!」

 

 瞬間、さらなる呪術により衝撃が底上げされた。少女の細腕から放たれたとは思えない重い一撃を受けたベアトリスの骨が砕け、痛みと衝撃で強制的に全身の動きが止められる。剣巫の少女は、駄目押しとばかりに掌を吸血鬼へそえた。

 

(ゆらぎ)よ!」

 

 体内に直接衝撃を送り込まれ、ベアトリスの両足が僅かに地面を離れた。そのまま人形のように地面へと手足を投げ出す。

 

「冗談、だろ。こんな小娘如きが、私を、素手で……?」

 

 混乱するベアトリスを、雪菜は無表情で見下ろす。

 彼女の肩書は剣巫、獅子王機関が誇る、対魔族戦闘のエキスパートだ。呪力を利用し、魔族特有の再生力すら掻き乱すその打撃は、鍛え上げられた獣人達ですら打ち倒す。魔族としては脆弱といえる吸血鬼が、耐えられるものではない。特に、ベアトリスのように眷属頼りで肉体をろくに鍛えもしない者には、動きを捕らえる事すら難しいのだ。

 

「あなたが眷獣を十全に扱い、慢心せずに挑んで来れば勝負はわからなかったでしょう。でも、強力な眷獣だけしか持たないあなたに、負ける道理はありません」

 

 ベアトリスが訓練を積んでいれば、槍を効果的に扱い、その隙を眷獣が埋める強力なコンビネーションが発揮できていたはずだ。だが、現実は槍に戦いのすべてを任せる吸血鬼という連携など望めないコンビだ。それが対峙するのは、槍を十全に扱う対魔族戦闘の専門家。さらにその後方には銃を使う支援者が控えている。槍以外に有効打を持たない者と、最悪の場合生身でも相手を打ち倒せる者。勝負の行方など決まりきっていたのだ。

 そして、歪な轟音が響き渡った。3人が其方へと視線を移すと、ポセイドンが気絶する模造天使(エンジェル・フォウ)を完全に掌の中へと握り込み、鎖に巻かれ倒れ伏すキリシマの意識をバビル2世が完全に刈り取るところだった。

 

「ロウ、いざという時くらい役に立てないのかよこのカス野郎!」

 

 吸血鬼の再生力で怪我を癒したベアトリスが立ち上がろうとするが、体の軸はぶれ、今にも崩れ落ちそうな様子だ。雪菜が叩き込んだ打撃は再生力を持つ魔族に対する術式であり、体を傷つけるのではなくその機能を狂わせるものだ。物理的破壊ではないため吸血鬼の再生能力も役には立たず、ベアトリスはまともに立ち上がることすら難しい状況に追いやられている。

 

「もういいわ、皆殺しにすれば後でどうとでもなるんだからね!」

 

 ベアトリスの手に深紅の槍が召喚された。宿主の怒気を汲み取ってか、シンプルだった外見は刺々しい、殺意を隠そうともしないものへと変化している。ろくに移動もできない状況下ではあるが、彼女としては槍が攻撃を行う以上、その場から動けなくともそこまでの影響はない。むしろ、槍が好きに動くことができる分戦闘力としては向上するのだ。

 そんなベアトリスに向けて雪菜が槍を構えるが、それを手で制してラ・フォリアが進み出た。手には呪式銃が握られ、備え付けられた銃剣(バヨネット)の切先は真っ直ぐにベアトリスを指し示している。

 

「美味しい所だけ持っていくようで心苦しいですが、覚悟はよろしいですか?」

 

 涼しげな笑みとは裏腹に、その眼は色に相応しい冷気を湛えている。槍の眷獣の制空圏にいることは王女にもわかっているはずなのだが、そのことに関する恐怖を一遍も感じ取ることができない。

 

「そんなちんけなナイフであたしの眷獣を止める気かい? ずいぶんと舐めてくれるじゃないか!

 〝蛇紅羅(ジャグラ)〟、臓腑(はらわた)ごとぐちゃぐちゃにしてやんな!」

 

 ベアトリスの絶叫に従い、眷獣は倍近くの大きさにまで膨れ上がる。生やした棘すべてが鋭利な小型の槍へと姿を変じながら、王女目掛けて殺到する。直撃すれば、穴だらけの判別不能な死体へと変ずるだろう。雪菜が庇うように槍を構えて駆け出そうとする。

 だが、ラ・フォリアは再び雪菜を制した。その唇が美しい祈りの(うた)を紡ぎ出し、光が身を包みだす。

 

「――我が身に宿れ、神々の娘。軍勢の守り手。剣の時代。勝利をもたらし、死を運ぶ者よ!」

 

 詠唱半ばの時点で、呪式銃の銃剣からも青白い光が溢れ出した。太陽のように周囲を照らし出しながら、刃渡り十数mの巨大な光剣を形成する。

 無造作に降られた刃の一閃は、迫る槍の眷獣を容易く両断し、その身を消滅せしめた。

 眼前の光景を受け入れられず、呆けたような顔のベアトリスはその光の正体を知っていた。ありえない現実を否定するように、ラ・フォリアへと喰ってかかる。

 

「ヴェルンド・システムの疑似聖剣……!? 馬鹿な、それは聖霊炉付の母船が無いと使えないはずだろ!」

「知っていましたか。賢生の入れ知恵ですね。

 たしかに、炉心の存在がこのシステムには必要不可欠。ですか知っているのでしょう? アルディギア王家の女子は強力な霊媒であると」

「……まさか、自分の中に精霊を召喚したってのか!」

「正解ですよ、ベアトリス・バスラー。今は、わたくしが精霊炉です」

 

 その色に相応しい、青白い光を湛えた瞳でベアトリスを射抜きながら、王女はその手に握る光の剣を高々と掲げる。

 

「騎士のみならず、非戦闘員まで手にかけたあなたの所業――ラ・フォリア・リハヴァインの名において断罪します。我が部下たちの無念、その身で思い知りなさい」

 

 未だ立ち上がることすらできないベアトリスに、その一太刀が躱せるはずがなかった。疑似聖剣の刃が女吸血鬼の肉体を袈裟懸けに切り裂き、光は吸血鬼の肉体を容赦なく灼く。

 しかし、ベアトリスは生きていた。全身に光を浴び、胴体に深い切り傷を残しながらも、意識を失っただけで命に別状はない。ラ・フォリアが振り下ろした刃を寸前で止めたせいだ。

 断罪した罪人にもはや目もくれず、王女はいざという時に備えていた雪菜へと向き直る。

 

「ありがとうございます雪菜。わたくしの我儘を聞いてくださって」

「いえ、当然の権利でしたから。

 それよりも、御身体は大丈夫なのですか?」

 

 倒れ伏すベアトリスを一瞥し、雪菜は王女体を気遣う。

 

「ええ。精霊召喚自体は、短時間であれば悪影響はありません」

 

 雪菜の疑問に笑顔で返答し、2人は同時に天を見上げる。視線の先には、3対6枚の翼を広げた叶瀬夏音の姿がある。雪菜の〝雪霞狼(せっかろう)〟も、ラ・フォリアの疑似聖剣も、人工の天使と化した今の夏音には通用しない。彼女を助けられる可能性を持つ者はただ1人。

 

「信じていますよ、古城」

 

 首に残る傷を愛おしげに撫でながら、王女は花のように美しく微笑んだ。

 それを見た雪菜が何か言いたそうに口を開くが、思い直したように口をつぐんだのは関係のない話だろう。

 

 

 

 3人の声に背中を押された古城は、ついに夏音の足元までたどり着いた。彼女の覚醒により、吹き荒ぶ風には氷の粒が混じり、吹き散らされた雲の隙間から陽光が柱のように差し込んでいる。

 その光を背に、夏音は古城を見据えていた。

 

Kryiiiiiiiiiiiiii(キリイイイイイイイイイイイイイイ)――!」

 

 黄金律の表情を歪ませ、夏音が咆哮する。甲高い声に誘われるように、全ての翼に存在する巨大な目がゆっくりと開き、古城を捕らえた。計8つの目は、一切の温度を感じさせない冷酷なものだ。だが、その内の2つだけが、涙を流していた。赤い、鮮血の涙を流す夏音に向かって、古城は話し始める。

 

「苦しいか、叶瀬」

 

 ぽつりと漏らした声は、風と距離に阻まれ消える。普通であれば聞こえるはずのない言葉だが、古城には確信があった。自分の声は、確実に夏音へと届いている。

 猫を育て、捨てたはずの無責任な飼い主に向けた文句すら言わなかった彼女が、体を改造されて同族と戦わされているのだ。それがどれほど辛く、苦しかったのか。今もなお流れ続ける血の涙が、その感情の発露といえるだろう。

 

「神と呼ばれる連中が、自分の気に入らないモノを滅ぼさずにはいられないなら、お前をそんな連中の使い走りになんかさせない」

 

 古城の声に反応するかのように、翼の眼球から光の剣が出現した。夏音の意思ではない、吸血鬼という神敵に向けて天使としての本能がそうさせているのだ。天使は、神の意思を伝えるただの現象にすぎない。人が天使になるということは、生命を現象に貶めることに他ならないのだ。神の身元で使えると言えば聞こえはいいが、それを望まない者からすればこれ以上の責め苦は無い。

 

「今、お前をそこから引きずり降ろしてやる!」

 

 次々と放たれる光の剣は、古城からある一定の距離に入った瞬間にすべて消失している。剣を防ぐ存在を暴こうとでもするかのように、翼の眼球が光彩を細めた。

 その眼球目掛け、古城が左手を突き出す。鮮血が吹き出し、古城を覆い隠すように血煙が漂う。

 

「〝焔光の夜伯(カレイドブラッド)〟の血脈を継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ――!」

 

 中を漂う血煙は、瞬時に膨大な魔力へと変換され、魔力は召喚獣の身体を形作る。先程から古城が見せていた空間の異常現象、それを操る第四真祖の眷獣。美しい銀の鱗に覆われた、その姿を。

 

疾く在れ(きやがれ)、三番目の眷獣〝龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)〟!」

 

 自らの名を呼ばれ、ついに眷獣は顕現した。うねる蛇身に鉤爪のついた四肢を持ち、禍々しい巨大な翼を生やしい龍だ。

 その龍が、2体出現している。

 同時に出現した2体の龍は、その身を絡ませ前後に顔のある1体の巨龍へと変じた。即ち、双頭の龍へと。

 雪菜の血だけでは目覚めなかった理由がこれだ。双頭であるこの眷獣は、1人の血では1つの頭しか満足させることができない。異なる血を両の頭に与えなければ、完全に従える事は出来なかったのだ。それを見抜いて血を捧げた、ラ・フォリアの慧眼を讃えるべきだろう。

 

Kryiiiiiiiiiiiiii(キリイイイイイイイイイイイイイイ)――!」

 

 眼前の龍が持つ脅威を感じとってか、天使が光剣を撃ち放った。迫る剣に対し、龍たちはそれぞれがその咢を開き口内へと剣を誘う。そして咢が閉じられ、剣は欠片すら残さず消失した。天使の光剣を、喰ったのだ。

 その光景に動揺したのか、天使の翼に存在する眼球が見開かれる。

 双頭龍の巨体が、そこへ轟然と襲い掛かった。

 咄嗟に身構えた天使の身体が、黄金色の輝きを強める。高次元から流入する神気の光は、この世界に顕現しながらも高次元世界の存在として振る舞うことを可能とする。たとえどのような破壊力を誇ろうとも、水面に映った虚像は破壊できないように、この世界の攻撃で天使を傷つけることは不可能だ。

 ――そのはず、だった。

 

「ば、馬鹿な! 模造天使(エンジェル・フォウ)余剰次元被膜(EDM)を、喰った……だと!?」

 

ありえないはずの光景に、賢生が驚愕の声を漏らす。

水銀色の龍が、触れる事すら叶わないはずの天使の翼を、その光ごと食い千切っていた。模造天使(エンジェル・フォウ)の絶叫が響き、鮮血の代わりに光が漏れる。

バランスを崩して落下する天使を、双頭の龍は尚も追撃する。上下前後左右から、光の防護膜をその咢を持ってこそぎ落としていく。

その光景から、ついに賢生は古城の眷獣が持つ属性に気がついた。

 

「あの眷獣……まさか、次元喰らい(ディメンション・イーター)か! 存在する全次元ごと、空間を喰ったのか!」

 

 そう、他の眷獣と比べれば、その攻撃は地味ですらある。周囲を焼き払う雷光も、広範囲に響き渡る衝撃も生み出すことは無い。だが、その凶悪さという1点においてはこの水銀の双頭龍は群を抜く。

 この眷獣に喰われた空間は、世界から消失するのだ。創造主たる〝神〟からすれば、これほど呪わしい眷獣もいないだろう。

 だが、今の古城にとってはこの眷獣こそが、夏音を救う切り札なのだ。高位次元に立つ天使をこの世界に引きずり降ろし、その加護を失わせたことによって彼女に攻撃が通用するようになった。既に彼女は無敵ではないのだ。

 しかし、その努力を嘲笑うかのように模造天使(エンジェル・フォウ)が放つ光が強さを増した。神の波動が肉体を焼き、古城が苦しみの声を上げる。

 燃えるように神気の炎を吹き上げ、夏音の背中の翼が再生する。

 

「そうだ、まだ同じ次元に落ちただけ……高次空間から流入する神気が失われたわけではない。

 そうだとも。たとえ真祖の眷獣が相手だろうと、我々は負けない、負けられないのだ!」

 

 賢生の満足げな笑いの先で、再生を完了した夏音が攻撃を再開する。乱射される光の剣は余さず双頭の龍が呑み込んでいくが、その量に陰りが出ることは無い。むしろ、徐々に量を増やしてすらいる。失われた防護被膜こそ回復していないものの、神気の流入を止められたわけではないのだ。

 

「やめろ叶瀬!」

 

 慟哭の叫びと共に攻撃を続ける夏音に、古城は叫び声を上げる。

 無限の再生を続ける模造天使を倒すためには、彼女の霊的中枢を破壊するしかないだろう。しかし、それをしてしまえば今の彼女にどのような影響が出るのか予想もできない。

 夏音を救うために戦う古城にとって、彼女が傷ついてしまうのならばそれは敗北と同義だ。ましてや今の古城に使える攻撃手段は眷獣のみ。強すぎる破壊力は、間違いなく彼女の身体を跡形もなく粉砕するだろう。

 彼の習得してきた眷獣の部分召喚や能力の利用も、相手がある程度の頑強性を持つことが前提となっている。巨獣であれば怯ませる程度の攻撃であっても、ただの人間が受ければそれは致死の一撃となるのだ。今の夏音は保護膜を失っている。天使として相応の強度を持っているのか、あるいは神気を扱うことができるただの少女と化しているのかの判別は不可能だ。

 今の古城にこれ以上の打つ手はない。古城では彼女に勝てないのだ。

 

「くそっ、なんでだ!? これでも駄目なのかよ! 叶瀬!」

 

 古城が絶望の表情を浮かべ、静観していたバビル2世が動いた。

 彼からすれば、叶瀬夏音は絶対の救出対象ではない。たしかに守るべき民間人であり、境遇に同情が無いと言えば嘘になる。しかし今現在の最優先対象であるラ・フォリア王女への危険度に加え、第四真祖が敗北した場合世界に与える影響と比べては、どうするべきかはわかりきっている。

 主の苦渋の決断を感じ取り、傍に控えるポセイドンが腕を上げた。模造天使(エンジェル・フォウ)の被検体を握っているとはいえ、指一本ならば展開できる。伸ばされた指先に光が集まり、狙いが定められた。主の一声さえあれば、哀れな少女の肉体は一瞬で消し飛ぶだろう。

 しかし、幸いにも非情の命令が発せられることはなかった。

 

「いいえ、先輩。私たちの勝ちですよ!」

 

 制服姿の小柄な少女が、天使と巨龍が荒れ狂う戦場へと駆け出した。

 

「姫柊!?」

 

 銀の槍を構え、微笑すら浮かべて彼女は宙を舞った。

 

「――獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 雪菜の手の内で、機械槍が祝詞に反応して白く光を放つ。あらゆる結界を切り裂き、魔力を無効化する神格振動波の輝きだ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 美しい弧を描いて放たれた一撃は、夏音の身体を薄皮1枚斬り裂いた。たったそれだけで、夏音を天使たらしめていた術式が全て破壊される。

 声も出ない賢生の前で、1人の少女が雪菜に抱きとめられた。地面に降り立つ雪菜の背後で、夏音から抜け落ちた翼がその霊的中枢と共に暴走を開始し。

 

「喰いつくせ、〝龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)〟!

 

 主の命を受けた眷獣により一片の残滓すら残さず喰いつくされ、この世界から消失した。満足そうな咆哮を残し、双頭の龍が姿を消す。

 それを見届けたバビル2世が、ポセイドンに腕を下げさせた。表情には満足そうな笑みと、僅かな安堵が浮かんでいる。

 

「終わりだな、オッサン」

 

 眷獣を消した古城が、放心したように座り込む賢生へと歩み寄った。右の拳を握りしめ、眼前の研究者を見る。

 

「ああ、そのようだ」

 

 だが、喪失感に満ちたその目を見た古城は、手の力を抜いた。手段は最悪でも、彼は間違いなく娘を愛していたのだ。そうである以上、その裁きは被害者である夏音が決めるべきであり、古城が手を出すのは間違いだろう。なによりも、少女を見つめる賢生の目には、確かな愛情が浮かんでいた。

 

「夏音……」

 

 黒服の魔導技師が呟く。その視線の先では、かつて天使だった少女が、自ら愛する猫のように背中を丸めて眠っている。

 どこからか飛ばされてきた氷の欠片が眠る少女の頬に舞い降り、まるで涙のようにその頬を伝った。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 龍蛇の水銀 アルメイサ・メルクーリ
 12存在する第四真祖の眷獣が1体。
 絡み合う双頭の翼持つ蛇の姿をしており、2つの思考を持つが故に霊媒の血が2人分必要という難儀な性質を持っている。
 次元喰らいとしての性質を持っており、喰らいつく以外の目立った攻撃法こそ持たないものの、存在を次元ごと喰らうため凶悪性という一面ならば第四真祖の眷獣の中でも上位に位置する。

 ヴェルンド・システム
 本来であれば精霊炉という特殊な動力炉から取り出したエネルギーを利用し、武装疑似的に聖剣クラスにまで強化し、身体を破邪の光で覆うことにより攻守共に大幅に向上させるアルディギア王国の機密技術。
 対魔族用技術の粋とも呼べる存在であり、この状態となった兵士は並大抵の魔族ならば簡単に滅ぼすことが可能となる。

 黒雷 くろいかづち
 獅子王機関に伝わる体術の一種。
 呪力で全身を強化し、残像すら生み出す速度を得る呪法。
 直接攻撃力は皆無だが、補助技術としては優秀の一言に尽きる。

 響 ゆらぎ
 獅子王機関に伝わる体術の一種であり、その中でも基本に位置する業。
 対象に触れた手のひらから呪力を送り込み、体内で炸裂させることによって内部に直接ダメージを与え体内機能を狂わせる。
 直接触れてから呪力を打ち込むという性質上、手加減がしやすい。

 余剰次元被膜 よじょうじげんひまく
 別名EDMと呼ばれる、模造天使を取り巻く一種の力場。
 翼を核として模造天使全体を覆っており、それによって模造天使は高次元の存在でありながら地上に存在することができている。
 これを失った場合、あくまでも天使の力を持ったこの次元の存在と化すため、干渉を防ぐことができなくなる。
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