バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 ミスが発覚したため、バビル2世と那月先生が最後に会った時期を10年前から変更しました。これは1年前のタイプミスです。
 とても初歩的なミスなので黙って修正しようとも考えたのですが、混乱を生みかねないのでここでお知らせします。



4話 混乱の目覚め

 風呂から迅速な撤退をした男性2人は、着替えを終えて与えられた客室で腰を落ち着けていた。

 

「さて……散々邪魔が入ったが、空隙の魔女回復についての話だ」

 

 真剣な表情でバビル2世が切り出す。古城は思わず居住まいを正し、備え付けの椅子に腰かけた。

 

「あらためてになるが、僕は現在の状態をある程度把握している。あくまで伝聞での情報だから、間違いがあれば指摘してくれ。

 今空隙の魔女はなんらかの呪いで幼児化させられている。固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪うなど、尋常な手段ではないだろう」

「それなら実行してた魔女が言ってたぜ。魔導書の力で固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪って力と経験を失わせたって」

 

 古城からの情報に、バビル2世の眉間に皺が刻まれる。

 

「なるほど、厄介だな。

 魔導書の呪が原因となると、対抗手段はまず無い」

 

 あっさりと告げられた内容に古城が立ち上がるが、バビル2世はそれを手で制した。

 

「まだ話は終わっていない。正確には、1つだけしか対策が思いつかない。

 魔導書の呪いによって現在の状況が引き起こされている以上、魔導書を奪い効果を途切れさせればいいだけの話だ。固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を留めておくほどの魔導書を操る魔女だ。並大抵の敵ではない点が問題だな。

 ついでに言うと、その魔女には心当たりがある」

 

 バビル2世が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。古城は思わずバビル2世の顔を覗き込んだ。優麻の話からすれば、彼の魔女は10年もの時間を監獄結界の中で過ごしていたはずなのだ。バビル2世との接点があるとは思えない。

 混乱する古城をよそに、バビル2世は話を進めていく。

 

「10年前、この島で大規模な魔導テロを引き起こした犯罪者、LCOの総記、書記(ノタリア)の魔女。あの仙都木阿夜が脱獄したんだな。

 南宮攻魔官の裏をかくとは、よほど虚を突くような仕掛けでもしたか」

「なんで……仙都木阿夜を知ってるんだ? その言い方からして、資料で知った程度の話じゃないだろ?」

 

 思わず、古城は追及するような調子で理由を尋ねた。それに対するバビル2世の返答は単純なものだ。

 

「10年前の魔導テロ、通称闇誓書事件を解決したのは当時高校生だった南宮攻魔官だ。その事件解決に、僕も協力していたのさ」

 

 目を見開く古城をよそに、バビル2世は話を続ける。

 

「だからこそ、魔導書の厄介な点は把握している。予想よりもまずい状況ではあるが、やらないよりはましだ。

 暁古城、君は注射が苦手かな?」

 

 突然話の方向性が変わった。

 

「……え、いや、別に苦手とかは無いですけど」

「ならよかった。とりあえず右腕を出してくれ。血を少し採る」

 

 懐から注射器を取り出し、バビル2世が事も無げに告げた。

 

「いやいやいや、なんでいきなり採血!? 那月ちゃんを助けるって話じゃないのかよ!?」

「そう、空隙の魔女を救うための話だ。

 端的な説明になるが、魔導書の呪いはあくまでも一時的な変容であり異常な状態ということはわかるだろう。魔導書の力によってだが、対象が魔力を回復した途端に呪いが外れるといったケースが数件ではあるが確認されている。弱った体に魔力を注いだところ、本能的にそれを操り呪いを外したらしい。

 そこでだ、君の血は魔力を多く含んでいるだろう? それこそ市販の魔力回復剤など及びもつかないほどの量だ。少し君の血を取り、カプセルに入れて南宮攻魔官に飲ませる。上手く行けば膨れ上がった魔力で呪いは外れるし、外れなくとも魔力が増えることによって有害な効果が出ることはないからな」

 

 そういいながら、採血の準備が淡々と進められていく。たしかに、吸血鬼の真祖である古城にとって採血程度で体がどうこうなるわけではないのだから、どことなく準備が雑なように見えるのは仕方がないのかもしれない。だが、それをあくまでも一般市民的思考を持つ古城が容認できるかは別の話だ。

 

「待て待て! せめてもう少し丁寧な準備してくれよ! 流石に怖いぞ!」

 

 古城が慌てる間にも、バビル2世は準備を進め古城と向かい合った。すでに採血準備は終了しており、古城が腕を出せばそれで済む。

 

「……なあバビル2世、ひょっとして焦ってるのか?」

 

 何気ない古城の一言に、バビル2世は目を見開いた。頭を振り、どこか疲れたような目で古城を見る。

 

「ああ、たしかに少し焦っていたな。さっきも言った通り、仙都木阿夜の力は良く知っている。友人でもある南宮攻魔官が、あの力を使われたと聞いて冷静さを欠いていた。すまないな、暁古城」

 

 自らの非を認め、バビル2世は頭を下げた。古城はあっさりと下げられた頭を見て、かえって慌てることになる。彼ほどの実力者が、こうも容易く弱みを認めるとは思っていなかったのだ。慌てて頭を上げるよう伝えようとし、その言葉を飲み込んだ。腕をまくり、バビル2世の前に突き出す。

 

「さ、準備ができたからやってくれ。でも、あんまり痛くしないでくれよ?」

 

 バビル2世が顔を上げると、古城は茶目っ気のある笑みを浮かべていた。

 

「感謝する、暁古城」

 

 短く感謝を伝え、手早く注射針で血を取り、懐から取り出した小さなカプセルに血を詰める。小指の先ほどのカプセルに第四真祖の血が満ち、バビル2世はそれを満足そうに眺めている。

 

「これでとりあえずの準備は完了だ。改めて、協力に感謝する」

「いや、そこまで言われると照れくさいからやめてくれ。

 そういえば、なんで俺の血にそこまでこだわったんだ? お前の血でも十分な力になりそうだけど」

「ああ、君は知らないのか。僕の力は過適応能力のみ。魔力の類は常人に毛が生えた程度しかないのさ」

 

 告げられた事実に、古城は飛び上がるほどに驚いた。

 

「まさか浩一さんと同じとは思わなかった……」

「ははは、そうでなくては世界最強の過適応能力者(ハイパーアダプター)とは呼ばれないさ。それだけで多くの魔族を打ち倒し、犯罪者共を下してきたからこその称号だ。自分から名乗ったものではないけどね」

 

 笑いながら、採血道具を片付ける世界最強の一角。現状の古城では手も足も出ずに捻り潰されるであろう相手にしては威圧感が無く、古城が知る強者たちと比較してとても常識的だ。

 

「ヴァトラーもあんたくらい常識的ならよかったのにな……」

「長く生きた者は大なり小なり歪みを抱える。僕は幸い人と関わることが多かったから、その歪みに自分で気がつくことができただけさ。

 吸血鬼の貴族のように自分の領地で好きに生きていたら、もしかすると世界相手に戦う組織の首領にでもなっていたかもしれないな」

 

 どこか寂しげに笑うバビル2世に、古城が声をかけようとしたところで扉が叩かれた。

 

「古城、入るわよ?」

「あ、浅葱か。開いてるぞ!」

 

 何とも言えない空気になった室内で、天の助けとばかりに古城は友人を招き入れた。開いた扉から勢いよくサナが室内に飛び込み、それを微笑ましく見る浅葱と無表情のアスタルテが続く。最後にロデムが扉を閉めながら入ってきた。

 

「ロデム、異常は無かったか?」

「はい、監視や盗聴の類は確認できませんでした」

「それならいい。

 アスタルテ、疲労は取れたか?」

「肯定。しかし、予想以上の回復が確認されました」

「……念のため調整槽を使って全身を調べる。この件が終わったらできるだけ早くだ」

「肯定。眷獣の使用に問題点はありません。ただし、長時間の運用は不安が残ります」

「今のところ戦闘は僕が引き受ける。部分召喚で護衛ができればそれでいいさ」

 

 状況確認をするバビル2世とアスタルテをよそに、豪華な客室にはしゃぐサナを古城と浅葱、そしてロデムは怪我をしないよう見張っている。

 

「こうしてみると、ただの子供みたいだな。元気すぎで怪我しないか不安になってくるけど」

「ほらサナちゃん、ベッドで跳ばないの。中のバネが歪んじゃうから」

 

 若夫婦のようなやり取りとする2人に、護衛の打ち合わせが終わったバビル2世が割って入った。

 

「会話中すまない。サナにこの丸薬を飲ませてくれ」

「丸薬って……え、なにその毒々しい赤色のカプセル」

「試作の魔力回復剤だ。人体への影響がないことは確認済みだから、飲んで悪い方向に向かうことはない。

 僕よりも、懐いている君の方が素直に飲むだろう」

 

 そう言って古城の血が詰まったカプセルが浅葱に手渡された。半信半疑の浅葱だったが、バビル2世を信用していないわけではないのでサナにカプセルを飲ませる。

 思いのほか抵抗なくカプセルを飲んだサナを見て、浅葱は息を吐いた。ベッドから勢いよくロデムに跳びかかるサナに聞こえないように、声を潜めて古城とバビル2世へと話しかける。気を使ってか、アスタルテがサナたちの傍にしゃがみ込み意識を逸らした。

 

「那月ちゃんが監獄結界の〝鍵〟ってのは本当(マジ)なわけ?」

「その通りだ。本来は秘匿事項に該当する情報だが、君達なら言いふらしはしないだろう」

「で、ああなったのは魔導書の呪いで経験した時間を奪われたらしい」

 

 バビル2世の肯定と古城の情報を聞き、浅葱は驚きを隠せないでいる。

 

固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔導書なんて、禁呪指定クラスの危険物が犯罪者の手にあるっていうの?」

「残念ながら。ついでにその犯罪者は過去に魔導テロを引き起こしかけたこともある」

「で、古城は優麻さんのせいで今回の事件に巻き込まれたのね」

「え、なんで知って……?」

 

 浅葱の不意打ちの質問に、古城は素直すぎる反応を返してしまった。バビル2世が思わず額を押さえる横で、浅葱が種明かしをする。

 

「人工島管理公社の記録で見たのよ。10年前の闇誓書事件を引き起こして那月ちゃんに捕まった魔女は仙都木阿夜。この珍しい名字で、偶然ってことはまずないでしょう? ついでに、その戦闘にバビル2世が関与していることも記録されていたわ」

 

 10年前の戦闘記録が公社に保管されている可能性を、古城は完全に失念していた。ならば、闇誓書の正体も書かれている可能性がある。それを聞こうとした古城だったが、突然サナが目をこすりふらつき始めた。アスタルテが体を支え、ゆっくりと浅葱へと近づく。

 

「ママ、眠い……」

「え? ああ、こんな時間だもんね」

 

 零時近くを指す時計を眺め、浅葱はサナを抱きしめた。そのまま横になり、サナの背を軽く叩く。

 

「眠って大丈夫よ。私たちが傍にいるから」

 

 それを聞いたサナは安心したように笑みを見せ、すぐに眠りに落ちた。起こさないよう静かに離れる浅葱の顔には、慈愛の笑みが浮かんでいる。

 

「なんか、そうしてるとほんとの母親みたいだな」

 

 古城の一言に、不意打ちを食らった浅葱が顔を真っ赤に染めた。

 

「ちょ、何言ってんのよあんた!

 だいたい、私が母親なら父親はあんたってことに……」

 

 浅葱の目が一点を見つめ、声が尻すぼみに小さくなる。バビル2世は我関せずとロデムを撫で、目線を逸らした。アスタルテですら、明後日の方向を向いている。

 

「父親は、誰になるんですか、先輩?」

 

 どこまでも透明で、まるで温度を感じさせない声が響く。古城がゆっくりと目線を扉へと向けると、感情を浮かべない表情の雪菜と身を縮こまらせる紗矢華が立っていた。

 

「ひ、姫柊……いつの間にここに?」

「つい先ほどです。係の方に名前を告げたら、とてもスムーズに案内されたので」

「えーっと、怒ってますか?」

「何故怒っていると思うんですか? 何かやましいことでも?」

 

 だんだんと部屋の気温が下がっているような気さえする。流石に耐えかねたのか、バビル2世が小声で紗矢華と会議を始めた。

 

「獅子王機関の舞威媛だったな。あの剣巫を何とかできないのか? このままだと会議もままならない」

「無茶言わないでもらえます!? ああなった雪菜は、私でも怖いんですから!」

 

 そんな2人を無視し、雪菜はゆっくりと古城へ近づいていく。何故か、古城は本能的に危機を感じ取った。このままでは何かがまずい。

 

「那月先生が小さくなったとは聞いていましたが、それを利用して藍羽先輩と夫婦ごっこですか。こちらは先輩を心配して急いで駆け付けたのに、2人でずいぶんと楽しそうでしたね。同じ部屋にバビル2世とアスタルテさんもいるのに、どうして平気でそういった行為に及べるんですか?」

「まて姫柊、お前なにか盛大な勘違いをだな!」

 

 突如、何の前触れもなくサナが立ち上がった。目は大きく見開かれ、動きも不自然極まりない。

 

「えっと、サナちゃん?」

「ロデム、敵性存在の攻撃の可能性がある。油断するな」

 

 騒然となる室内で、サナは大きく息を吸った。その場の全員が警戒する中、サナは次なる行動に移る。

 

「――――ナー・ツー・キュン!」

 

 アイドルのようにかわいらしいポーズを決め、謎の宣言を大声で発する。先程までのサナとも普段の那月とも違うテンションに、室内にいた者たちは例外無く度胆を抜かれた。ロデムですら、豹の顔にも拘らず口を開けて驚いている。いや、バビル2世だけは頭を抱えている。

 

「な、那月先生?」

「サナちゃん、どうしたの?」

 

 恐る恐る話しかける雪菜と浅葱を無視し、サナの口からは言葉が止まることなく発され続ける。

 

主人格(メインパーソナリティ)睡眠状態(スリープモード)への移行を確認。徐波睡眠(ノンレムスリープ)固定(ロック)。潜在意識下のバックアップ記憶領域へと接続。固有堆積時間(パーソナルヒストリー)復旧(リストア)を開始します。復旧(リストア)完了まで残り47分」

「まさか那月ちゃんの記憶が戻ったとか? ……バビル2世、何か知ってるのか?」

 

 あっけにとられていた古城が、1人だけリアクションの違うバビル2世に説明を請う。他の女性たちも、無言で頷き同意を示した。

 

「あれほど緊急時の人格だからこそきちんと備えろと……」

「バビル2世以外ははじめまして。私は南宮那月ュンのバックアップ用仮想人格です。キュン!」

 

 バビル2世を差し置いて自己紹介を終えたサナは舌をペロリと出し、謎のかわいらしいポーズをとった。続いて堂々としたドヤ顔で、混乱する一同を見下ろす。

 頭を抱えたバビル2世の溜息が、不思議と大きく部屋に響いた。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 施設・組織

 LCO ライブラリ・オブ・クリミナル・オーガニゼーション
 通称図書館と呼ばれる、仙都木阿夜が作り上げた魔導書を管理、収集する大規模犯罪組織。
 図書館の分類法に基づいた組織体形を持っており、所属する魔女や魔導師が力の源として魔導書を利用していることが大きな特徴。

 種族・分類

 固有堆積時間 パーソナルヒストリー
 ある存在が生まれてから現在に至るまでの時間そのもの。
 これを奪われるということは、単なる幼児化ではなく記憶、経験といったその人物を形成してきたもの全てを失い、存在自体が巻き戻ることを意味する。

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