「まずはありがとうキュンバビル2世。例のお薬で魔力の回復に問題は無さそうです。おかげで
演劇のように大げさな身振り手振りで感謝を伝える
「そうだ、
一縷の望みを抱いた古城の問いに、
「残念ながら、それは無理っぽいかな? 魔力こそさっき言ったみたいにお薬のおかげであるていど戻ったけど、魔術を使うには体が幼すぎるんだよね。無理に使いでもしたら、反動で体が耐えられないっぽい。
でもでも、記憶だけなら何とかなりそうでもない、キュン?」
「そうそう上手い話は無い、か」
「でも、このまま10年くらい待てば元通りになるし、のんびり待って見るキュン?」
「待てるか長すぎるわ!」
古城と
「流石はLCOの大司書……空隙の魔女をもってしても、簡単には対処できない呪いなんて」
「紗矢華さんでも、対処できないですか?」
「ごめんね雪菜。舞威媛としてある程度の呪詛返しは修めているけど、ここまで強力で複雑な呪いはちょっと手におえないわ。受ける前に備えてたとしても、緩和くらいしかできないと思う」
申し訳なさそうに眉を顰める紗矢華だが、力ある魔導書の呪いを緩和できるだけでも驚異的な対抗魔術だ。今この場では意味が無いだけであって、十二分に誇ることができる腕前である。
「なによそっちはこそこそしちゃって。
というか那月ちゃんの抑圧された潜在意識って、こんな人格だったんだ。意外なような、わかるような……」
「いや、これはあくまでも魔術によって生み出された代替人格だ。友人の名誉のためにも、その勘違いは正させてせてもらう」
どこか納得したような浅葱の独り言に、バビル2世は素早く訂正を入れた。
「……てか、これ大丈夫なのか? 事件を無事解決した場合、元に戻った那月ちゃんの反応が怖いんだけど?」
古城の漏らした危機的な未来予測に、一瞬で室内が沈黙に包まれた。自分本来の人格ではないが、自分の身体が盛大に暴走した姿を見られた場合、しかもそれが普段の自分とはまるで違うキャラクターだった場合に冷静になれる人間がどれほどいるだろう。
『やっと見つけたぜ嬢ちゃ……なんだ、この空気?』
「モグワイ!? いいところに!」
突然部屋に備え付けられていたテレビに電源が入り、画面に映し出されたぬいぐるみのようなアバターが困惑の声を漏らした。浅葱は天の助けと言わんばかりにモグワイへ話題を変更する。例えそれが問題の先送りでしかないとしても、一介の女子高生の精神に現在の悩みは重すぎたのだ。
『妙に食いつきがいいな、珍しい。まあいい、実は厄介な
「監獄結界が出現して、脱獄囚が暴れまわって、おまけに
皮肉を交えた浅葱の問いに、モグワイはあっさりと肯定を返した。
『ああ。中々にヤバい異常事態だ。嬢ちゃんたちが通っている彩海学園を中心に、妙な空間が発生してる。その空間の中だと、魔術が使用不能になってるみたいだ。魔術を利用したデバイスは全部止まるし、発動されてた魔術もキャンセルされてる』
「……魔力が無効化されてるってこと? 平和でいいんじゃない」
浅葱の呑気な回答に、モグワイは重々しく頷いた。
『たしかに、平和でいいことだ。ここが絃神島っていう人工島じゃなくて、魔術研究の最前線じゃなければ俺も全面的に同意してただろうなァ』
「っ、強化魔術!」
『ご名答。現在の人工島維持に必要な、思いつく限りの建築魔術が軒並み機能を停止してやがる。すでに学園周囲じゃ強化切れの強度不足による破損に、悪霊除けの機能停止で怨霊発生なんてトラブルが少なからず報告されてるぜ。このまま空間が広がり続けて島を覆いつくせば、ちょっとどころじゃないくらいにヤバい状況になること請け合いだ』
「最悪ね……」
いかに建造当時最先端の技術を駆使したとはいえ、科学の力だけで絃神島を構成する
科学と魔術2本の柱によって支えられている島から、その片方が突如消失すればどうなるか。それを想像できない者はこの場にいない。
『で、ダメコンの計算やら避難誘導のプログラムを構成できる連中をかき集めてるってわけだ。バイト代も弾むぜ』
「事情はわかったけど、公社まで行く足が無いわ。モノレールの駅までもけっこう遠いわよ?」
「ならロデムに送らせよう。ついでと言ってはなんだが、アスタルテも護衛に付ける。緊急事態だ、塔守にも計算を手伝わせよう」
悩む浅葱に、バビル2世が破格の援助を申し出た。喜ぶ浅葱だったが、モグワイは訝しげに尻尾を揺らす。
『ありがたいが、随分と太っ腹だな』
「島1つが沈むかもしれないという状態で、出し惜しみはできない」
『なら、移動にロプロスを貸してくれねーか? ロデムも早いが、ロプロスなら数分で着くだろう?』
「落下の危険があるからな。それに、その空間とやらに万が一にもロプロスを入れるわけにはいかない」
『ならいいんだ、忘れてくれ。一応こっちからも護衛を送る予定だから……』
モグワイも図々しいと思っていたのか、食い下がらずに会話を切り上げ段取りを話し始める。
次の瞬間、何の前触れもなく部屋の電気が非常用に切り替わり、モグワイを映していたテレビも電源が切れる。
「アスタルテ、窓から飛来物!」
「
第六感によって異常を感知したバビル2世が飛ばした指示に、アスタルテは即座に眷獣を部分召喚し答えた。
咄嗟に身を守る一同だったが、飛び散ったガラス片はバビル2世の
アスタルテの眷獣が受け止めた物体を見た古城は、思わず声を上げた。
「な、ヴァトラー!?」
仕立てのいいスーツを血で染め上げ、髪が風圧で乱れたディミトリエ・ヴァトラーが眷獣の腕の中で獰猛に笑っている。
「ああ古城か。悪いけど今いいところでね……話はまた今度にしてもらえるかな!」
濃密な魔力を身に纏い、ヴァトラーが割れた窓から飛び出していく。状況が処理しきれない古城と浅葱を置いて、他の面々は既に脱出の準備を始めていた。
「待て待て、何が起きてるんだよ! まさか、監獄結界の脱獄囚か!?」
「ご名答ニャン! どうやら正面からこの船に乗り込んできたみたいだニャン?」
「マジかよ……てかキャラブレてるぞ」
古城の疑問に、
オシアナス・グレイヴⅡの甲板上で、ヴァトラーの眷獣が襲撃者に切り裂かれていた。前時代的な鎧を身に纏い、馬鹿げた大剣を振り回している様は神話の英雄のようだ。
「馬鹿な……眷獣を切っただと!?」
「なにをぼさっとしてる暁古城!」
バビル2世の怒鳴り声と共に、古城の身体が宙に浮いた。そのまま勢いよく室内から引き出され、廊下に放り出される。
「今は船からの脱出が先決だ。
ロプロス、上空からの情報は脱獄囚を重点的にだ! ロデム、藍羽浅葱と幼児化した南宮攻魔官を背中に乗せろ!」
既に廊下を警戒している獅子王機関組に、しもべからの情報を処理するバビル2世が続き、浅葱とサナを背負うロデムが続く。そして、殿を務めるのは眷獣の腕を顕現したアスタルテだ。
「ありがとうアスタルテ」
無言で頷く
「私が後部デッキに案内します。一番近い搭乗口はそちらになりますので」
「助かるけど……ヴァトラーをあのままにしてていいのか? けっこうでかいダメージ食らってたぞ?」
「ええ、まあ、いつものことですので。仲間がフォローに回っていますし、大事にはならないと思います」
キラの視線を辿れば、港の倉庫に人影が見えた。眷獣を呼び出し、戦闘の余波を防いでいるところを見るに吸血鬼なのだろう。他にも数人が、散らばって余波を防いでいるようだ。
「いざとなれば助けにも入れますし、皆さんはどうぞ避難してください。ただ、我々は全力で市街地の保護に回りますので、護衛には手が回らないのですが……」
「いや、助かるよ。みんなもそれでいいか?」
古城の問いに、一同は頷きキラに続いて船内を走る。廊下を走る間にも、船を襲う揺れは強くなり蛍光も不安定に明滅する。
「ロプロスからの情報を精査した。現在アルデアル公と戦闘しているのはブルード・ダンブルグラフ。龍殺しの末裔で、相性からしてアルデアル公は不利だな。たった今4体目の眷獣が切り裂かれた」
「なっ!?」
バビル2世の情報に、思わず古城が反応する。吸血鬼がその身に宿す眷獣は、近代兵器など比較にならない戦闘能力を誇る。武闘派で知られるヴァトラーの眷獣ならば、街1つを軽く滅ぼすほどの力をもっている。
その眷獣を、正面から打倒する存在。先程自らの目で見てはいたが、一度だけならばヴァトラーの油断という可能性もあった。だが2回目ともなれば、それは眷獣を超える戦闘力を持つことに他ならない。自らも眷獣を宿す古城だからこそ、反応も大きくなってしまったのだ。幸い、魔族特区育ちのため眷獣の強大さを知っている浅葱も驚いていたため、不審に思われることはなかったが。
「大丈夫です。あの程度の相手ならば、あの方が苦戦こそすれ負けることなどありえませんから」
不安そうな様子を一切見せず、笑みすら浮かべでキラは断言する。
装甲話している内に、一行は船のデッキにたどり着いた。既に搭乗口のタラップは降ろされており、勢いのまま船を駆け下りていく。
「私は主の援護に向かいますので、ここまでとさせていただきます。皆様の無事をお祈りしています」
「ああ、助かったぜ。ありがとうなキラ君」
丁寧に頭を下げるキラに、古城が礼の言葉と共に手を差し出す。何故か頬を赤らめながら、その手を握り返す。思わぬ掌の柔らかさに古城は驚き、離された後に思わず手を見つめてしまった。
その様子を見て、浅葱が疑わしげな目つきになる。
「ねえ古城、前から思ってたんだけど……あんた、男が好きなの?」
言い放った浅葱以外の時間が止まり、当の古城は脳が質問の意味を理解できていない。生温い沈黙の後、古城が泡を喰って口を開いた。
「待て待て待て! 何をどうしたらそんな発想になるんだよ! てかこの状況下でいう事か!」
周囲を見れば、雪菜が悲痛な表情を浮かべ、紗矢華に至っては性犯罪者に向けるような目つきになっている。アスタルテは表情が読めず、
バビル2世が浅葱に残念なものを見る目をしていることを救いとし、古城は改めて問題発言をかました友人と向き合う。
「だって、そうとして考えられないんだもの! 〝戦王領域〟の貴族と仲がいい理由もそれで説明つくじゃない! あの人めちゃめちゃ美男子だったし、仲がいい優麻さんもボーイッシュだったしさ」
「あの馬鹿は引き合いに出さないでくれ鳥肌立っただろ! それに優麻は
「でも!」
なおも食い下がろうとする浅葱と言葉を遮り、オシアナス・グレイヴⅡで行われる戦闘の余波が轟音と共に一行近くの大型クレーンを直撃した。異音と共に鉄の塊がゆっくりと傾き、古城たちを押し潰さんと迫る。
「全員、念のため頭を下げておけ」
落下地点から逃げようとする一行を、バビル2世の冷静な声が押し留めた。自らの
「全員怪我はないか?」
「やあやあお見事! 凄まじい力でありますな
事も無げに告げるバビル2世を褒め称えながら、赤い装甲の奇妙な乗り物が一同の前に滑り込んできた。リクガメのような外見の本体に榴弾砲が装着されている。対魔族用に試作された、市街戦用の
「……その喋り方、まさか〝戦車乗り〟!?」
「ご名答! リアルでお目にかかるのは初めてでござるな、女帝殿。
拙者リディアーヌ・ディディエと申す。モグワイ殿に頼まれて、護衛に参上した次第」
戦車乗りとは、浅葱と同じく人工島管理公社に雇われているフリーランスのプログラマーだ。戦車が中年男性の顔を乗せているアバターに加え、低く加工された声、さらに時代劇のような話し方から、てっきり男性だと思っていた浅葱は驚きを隠せないでいる。
「……お前の友人も、濃い奴が多いよな」
「うっさい! あんたが言えたこと?
戦車乗りにまで招集がかかってるってことは、けっこうヤバい状況みたいね」
浅葱の推察を、リディアーヌは真剣な表情で肯定した。
「その通りでござる。10年前の闇誓書事件、その再現と言って間違いないかと」
客室で話していた事件名が告げられ、古城とバビル2世が顔をしかめた。資料を閲覧した浅葱も、苦い顔になっている。
10年前に闇誓書事件を引き起こした犯罪者が脱獄し、その夜に同じ状況の事件が起きる。ただの偶然と片付けるには無理があるだろう。
「行ってくれ浅葱。サナはこっちで引き受けるから、島を頼む」
いつになく真剣な表情の古城に浅葱は困惑するが、意を決したように頷いた。
「いいわ、でもひとつ約束して」
「なんだよ?」
古城の背後に立つ雪菜に一瞬視線を向け、浅葱は意を決して口を開いた。
「この事件が終わったら、お祭りの続き、ちょっとでいいからあたしに付き合いなさいよ」
言いながらも、浅葱はリディアーヌの小型戦車が持つマニピュレーターに抱き上げられる。思い切って勇気を振り絞った反動か、顔は真っ赤に染まり恥ずかしげに眼を逸らしている。
そんな浅葱に対して、古城は力強く返答した。
「ああ、終わったらみんなで楽しもうぜ! パーッとな!」
屈託のない笑みを浮かべた古城に、浅葱は一瞬あっけにとられる。
「――馬鹿っ!」
怒りをむき出しにした怒鳴り声を残し、浅葱は戦車と共に去っていく。雪菜と紗矢華からの冷たい目線の理由を、古城は理解できていない。
「ロデム、アスタルテを乗せて並走し護衛しろ。アスタルテ、いざという時はロデムと連携し彼女たちを守るんだ」
「かしこまりました、ご主人様」
「
我関せずと指令を出すバビル2世も、どこか呆れたような雰囲気を漂わせている。アスタルテを乗せたロデムが去ってく様を見ながら、古城は途方に暮れた。
「全員構えろ、敵がすぐに来る。倉庫街の室内にいたのをロプロスが見落としていたようだ」
「おいおいおい、ずいぶんと湿気た空気になってんじゃねーか、ああ!?」
バビル2世の警告の直後、突然聞きなれない粗暴な声が響き、一同は一斉に声の咆哮へと向き直る。
「お前は、監獄結界の脱獄囚!」
「シュトラ・Dだ!
別に覚えなくてもいいぜ、全員ここで死ぬんだからな!」
荒々しく吼えるドレッドヘアの脱獄囚と、古城を先頭とした一行は睨み合う形となる。
絃神島を襲う危機は、佳境を迎えようとしていた。
ストライク・ザ・ブラッド 用語集
人物
シュトラ・D
次回本文まで、解説は控える。
ブルード・ダンブルグラフ
監獄結界の脱獄囚であり、龍殺しの一族の末裔
圧倒的な攻撃に加え、先祖が龍の血を浴びることによって得た不死身の肉体をも引き継いでいるために防御面でも優れている。
鎧を着ているのは防衛のためではなく、上記の肉体のために鎧以外は戦いで失われてしまうので衣装として身につけているに過ぎない。
リディアーヌ・ディディエ
戦車乗りの通称で活躍する、凄腕のプログラマー。侵入者を迎撃し、情報を守る防衛戦術を得意としている。
基本的に人との交流をアバター越しに加工音声で行っていたため、正体、というよりも外見を知る者は非常に少ない。
バビル2世 用語集
用語
第六感 だいろっかん
バビル2世が持つ超能力の1つ。
自らに迫る危険を察知する能力ではあるのだが、明確にその危険を判断できるわけではなく何かが起きること以外はわからない。そのため、この感覚が働いた瞬間に周囲を警戒する必要がある微妙に使い勝手の悪い能力である。