バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 今回、独自設定が描写されるので注意です。原作で言及されていない部分の改変になります。


8話 世界の姿

 ふと気がつくと、雪菜は夕日に照らされた校舎を1人で歩いていた。見慣れた彩海学園の校舎内を、いつも身につけている中等部の制服で。

 太陽の角度から読み取ることができる時間帯であれば、まだ校舎内に人は残っているはずであり、部活動も最後の詰めに入る頃合いだろう。しかし、校舎内に人の気配は無く、聞こえてくるはずの声や音も一切が存在しない。

 例外は、今雪菜が見ている教室内だけ。3人の影が、2人と1人に分かれ睨み合っている。

 1人は中等部の制服を着た、人形のような生徒。1人は白と黒の十二単を身に纏う、大人びた女性。そして2人の睨み合いをどこか悲しい目で見る、スーツ姿の青年だ。

 

(ワタシ)と来い、盟友(とも)よ」

 

 十二単の少女が手を差し伸べる。未だ火眼に染まらないその顔は、どこか理想と諦観を併せ持つ複雑な光を宿している。隠しきれない人懐こさと快活さを上回るその光は、一本の譲れない芯が彼女の中に存在していることをわかりやすく証明していた。

 

(ワタシ)(オマエ)は同じ……生まれつき悪魔に魂を奪われた純血の魔女だ。我らの呪われた運命を変えるためならば、(ワタシ)はこの世界のすべてを破壊することも辞さない。我らを蔑むこの世界など、贄にするに躊躇する必要もない」

「そのために、闇誓書を求めるのか?」

 

 制服姿の少女……南宮那月が問う。十二単の女性……仙都木阿夜の申し出を拒絶する光が、その大きな瞳にはっきりと表れている。

 

「なぜだ。ためらう必要などないだろう? この島の人間に下らん情でも湧いたというのか? そこの異物になにかを吹き込まれたのか?」

 

 阿夜は話を続ける。憎々しげにスーツの青年……バビル2世を睨みつけ、那月の翻意を促すために声をさらに荒げて。

 

「どのような綺麗ごとを述べようとも、公社が(オマエ)を自由にさせているのは監獄結界の管理者として設計(つく)られた道具だからだ。(オマエ)はいずれ永劫の眠りにつき、たった1人で異界に取り残されることになるのだぞ? 歳もとらず、誰にも触れられず、夢としてこの世界を認識することしかできなくなる。

 何故そのような運命を受け入れられるのだ?」

「心配してくれているのか。優しいな、仙都木阿夜生徒会長」

 

 悲鳴のような阿夜の言葉に、那月は微かに微笑みを返した。相手の肩書と名を正確に呼ぶ、訣別の宣言と共に。

 

「闇誓書を渡せ、那月。この狂った世界を容認するなぞ、例え(オマエ)とて許さぬ。いや、(オマエ)のためにも許せぬ。

 そこの異物はどのような思惑でこの場にいるのか知らぬが、貴様を気遣うほどに(ワタシ)が慈悲深いとは思っていないだろうな?」

 

 十二単の魔女が、憎しみの籠った視線を投げかけた。眼前の那月以上に、その背後に立つバビル2世へと。

 その袖口から除くのは、一冊の力ある魔導書だ。犯罪組織LCOの総記にのみ扱う事が許された禁術……相手の記憶と時間を奪う、固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔導書だ。

 

「私の時間を奪うつもりか、阿夜」

 

 悲しみに染まった眼で、那月は阿夜を見る。

 数日前の事件を収束させるために、那月は闇誓書を焼き払っているのだ。すでに異能を秘めた力ある魔導書の一冊はこの世界から失われ、同時に仙都木阿夜が引き起こした〝闇誓書事件〟は収束し、彼女の実験は失敗した。

 しかし、闇誓約書に収められていた知識は現存している。直接書を焼き払った那月の脳裏には完全な形で、それを補佐したバビル2世の脳内には断片的な形で保管されているのだ。

 完全な形で保有していないバビル2世に用は無い。邪魔をするならば容赦はしないと視線で告げ、阿夜は最後の警告を発した。

 

(オマエ)が護ろうとしたクラスメイトたちも、いずれ(オマエ)を置いて大人になり、(オマエ)のことなど忘れる! そこの異物もそうだ。どれだけの長寿を誇ろうとも、いずれは(オマエ)の傍から去っていく!」

「お前も、かつては生徒を守っていた。何故そこまで歪んだ、仙都木生徒会長」

「黙れ異物が、我が盟友に何を吹き込んだのかは知らぬが、お前も所詮は置いていく側だろう!」

 

 バビル2世の静かな声に、神経を逆なでされたように黒衣の魔女は吼える。

 

「ふん、忘れられても未来はあるさ。

 そうさな、どうせならばこの学園の教師にでもなって、新しい生徒の成長を見守るのも悪くないかもしれんな……」

 

 どこか遠い目で清々しい表情を浮かべる那月に、阿夜は憤怒の表情を浮かべた。魔女である、ただそれだけの理由で迫害し、蔑み、都合がよくなればすり寄り、骨の髄まで利用する。そのような現状を受け入れ、笑みすら浮かべる那月の態度は、阿夜からすれば許し難い欺瞞に他ならなかった。

 

「愚かな……!」

 

 魔力を脹れあがらせ、眼を火に染め上げた阿夜の背後に顔の無い黒騎士が出現する。それに呼応するように、那月の背後にも黄金の騎士が現れた。

 

「バビル2世、手を出さないでほしい。これは私がつけるべき決着だ」

 

 視線を阿夜に向けたままの那月の懇願に、バビル2世は目の光を消し教室の隅にまで下がる。それを気配で確認した那月は、ついにその魔力を解き放ち、阿夜も対抗するように魔力を放出した。

 魔女の戦いは、一般に想像されるような魔術のぶつかり合いが行われることはほとんどない。相手の隙を突き、裏をかき、防護術をすり抜ける方法を模索し合う。状況を切り抜け、ほんの一瞬でも先に相手に魔術を叩き込んだ方が勝者となるのだ。

 魔女が持つ強大な魔力に比べて、それを操る魔女たちの肉体はあまりにも脆弱だ。どちらかの魔術が成立し行使された瞬間に、敗者は最後のあがきすら許されることなく即座に勝敗が決する。

 そしてこの戦いの結果は、見届けるまでも無くわかりきっている。闇誓書事件の後、仙都木阿夜は空隙の魔女に敗れ、10年もの間監獄結界に収監されることとなったのだ。

 傍で戦いを見る雪菜には、目の前の光景が10年前のものだという確信があった。それぞれの人影が持つ僅かな特徴が、雪菜に現在の人物との繋がりを掴む助けとなったのだ。

 しかし、1つだけ疑問が残る。南宮那月と仙都木阿夜は、先程までの姿と比べてもまだ幼い。純血の魔女は老化せずとも成長するため、当時未成年だった2人が現在の姿になったことに違和感はない。しかし、バビル2世だけは現在と外見の差異が一切存在しないのだ。成人男性の外見変化が緩やかなものとはいえ、10年の年月が外見に一切の影響を与えないことなどありえない。

 

「これが南宮教官の夢だとすれば、今のイメージに引っ張られているんでしょうか?」

 

 雪菜の呟きは虚空に溶け、声と共に教室内で向かい合っていた3人の人影も消失した。

 咄嗟に周囲を警戒する雪菜の目の前に、新しい人影が飛び込んでくる。第四真祖の力を持たず、平和にバスケを続ける古城。共に進学し、雪菜の姉代わりとなっている紗矢華。日本国政府に所属せず、ただの用務員として過ごす浩一。

 平和で穏やかな日常を象徴するような知り合いの姿に雪菜はただ困惑を返す事しかできず、しかしその表情はありえたかもしれない世界を心地よく感じている。

 その光景を、十二単を纏った火眼の魔女が向かいの校舎から観察していることに、雪菜がついぞ気がつくことはなかった。

 

 

 

 彩海学園を中心に、強力な不可視の結界が展開されている。魔力消失現象を生み出す闇誓書の知識を、仙都木阿夜は校舎全体に書き記した。学園全体を巨大な魔導書として、書記(ノタリア)の魔女は闇誓書を復活させたのだ。書を破壊されれば魔力消失現象は収まり、彼女の実験は再び失敗することになる。それを防ぐために、阿夜は少なくない魔力を防衛のために回しているのだ。

 その結界越しに、2人の人影が向かい合っている。

 結界の内側に仙都木阿夜。既に守護者を顕現させ、濃密な魔力を身にまとう臨戦態勢を取っている。

 結界の外側にバビル2世。瞳は輝き髪はうねり、わずかにでも意識を向ければ強大な能力が発動するだろう。

 

「剣巫は眠らせているのか」

 

 バビル2世の初めの言葉は、今の生徒を気遣うものだった。阿夜の背後に浮く鉄の檻に視線を向け、中で倒れる雪菜とサナを見つめている。彼が見た限りでは外傷は無く、ただ眠っているだけなのだろう。サナは、体を動かしていた仮想人格(バックアップ)が魔力消失によって消滅し、行動不能になっているだけのようだ。

 

「今丁度過去の記憶を見終わったらしい。

 あの頃とは違い、今は用務員なのだな、山野事務員」

「お前が卒業後に引き起こした事件で一度学園から去っているんだ。同じ肩書だと違和感を抱かれかねないからな、仙都木生徒会長。高等部の卒業式では素晴らしいスピーチをしていたことを覚えている」

 

 過去を懐かしむようなバビル2世に対し、阿夜は嫌悪と苛立ちを隠そうともしない。

 

「その口を閉じろまがいものが。当時の教えを通じてどのような思想を植え付けるつもりだったのかは知らないが、今の(ワタシ)を見ればその思惑が失敗したことはわかるだろう」

「1人の人間として、生き延びるために必要と考えている知識を教えたに過ぎない。思想を支配するのは、僕が最も嫌う行為の1つだ」

(ワタシ)の元から那月を奪い去り、あまつさえ裏切らせておきながら、そのような言い訳が通じるとでも? 10年前のあの日といい、まったく(オマエ)には邪魔をされてばかりだよ」

 

 互いの会話は平行線をたどる。

 

「そう思うのならば勝手にするがいい。だが、何故獅子王機関の剣巫を攫った。お前と同じ闇誓書の読み手である空隙の魔女を手元に置き備えるのはわかるが、危険を冒してまで彼女を連れ去った理由はなんだ?」

(オマエ)にそれを明かす義理があるとでも?

 丁度いい、こちらからも1つ質問をさせてもらおうか。バビル2世、魔女でもない貴様が何故、10年前からほとんど年を取っていないのだ?」

「私も、それは気になっていました」

 

 風切り音と共に、突然雪菜の声が会話に割り込んだ。2人の視線の先で、檻の中の雪菜が銀の槍を手に立ち上がっている。彼女が扱う〝雪霞狼(せっかろう)〟は破魔の槍。自らにかけられていた眠りの魔術を打ち破り、現実へと帰還を果たしたのだ。今目覚めたばかりなのか、阿夜の放った山野事務員という言葉は聞こえていなかったらしく、ただ真っ直ぐに阿夜の火眼を見つめている。

 

「起きたのか獅子王機関の巫女よ。お前が望むのであれば、先程までの光景を現実にもできるのだぞ?」

 

 阿夜は何事も無かったかのように雪菜へと声をかける。彼女の夢へ魔術の回路(パス)を繋ぎ、全ての言動を見聞きしていたのだ。一切の異能が存在しない平和な世界に、少なからず雪菜が心動かされていたことも把握している。魔女の言葉に含まれている憐憫の感情は、彼女の言葉が嘘ではないことを示している。できるのだ。絃神島から全ての魔力を取り去ったように、雪菜たちの運命を変えることが。

 

「それが、闇誓書の能力ですか。自分が望むように、世界を書き換える力。絃神島から異能を消し去ったのも、その力なんですね」

「そう……だ」

 

 一切の偽りなく、阿夜は首肯した。

 

「実験には観測者が必要だ。姫柊雪菜、おまえこそ、この実験の観測者なのだよ。

 呪われているのは、我ら魔女ではなくこの世界。その証明のための実験だ」

 

 戸惑う雪菜に、阿夜は薄く笑う。僅か時間だったが、校舎を支える地盤が軋む音で雪菜は我に返った。今の絃神島は、自らを支える魔力を失ったことで徐々に崩壊を進めている。檻に囚われ何もできないとはいえ、魔導テロ対策として活動する獅子王機関の構成員として、黙って座っているつもりは雪菜にはなかった。僅かでも、情報を引き出すのだ。

 

「呪われているとはどういう意味ですか?」

「逆に問おう。(オマエ)はこの世界が正常だと思っているのか? 人が平然と魔術を扱い、魔族が闊歩するこの世界が?」

 

 島の崩壊する音に耳を澄ませていた火眼の魔女が、十二単を揺らして雪菜へと向き合う。

 突然の質問に雪菜は疑念を抱いた。魔術を扱い半分魔族ともいえる魔女。その魔女である仙都木阿夜が、何故自らの存在を否定するような考えを持つのか。

 

「……この世界を支配する法則(ルール)には、いまだ謎が多いことは事実です。しかし、現実として魔術や魔族が存在することは否定できません。その謎を解明するために造られたのが魔族特区であり、この絃神島ではありませんか?」

「優等生だな、剣巫。

 お前は一度も疑ったことはないのか? 何故魔族や魔術が存在するのか、何故たった一人の吸血鬼に、巨大な都市をも滅ぼす力が与えられているのか。

 こんなアンバランスな世界が、本当に正しい姿だと言い切れるのか?」

「それは……」

 

 阿夜の言葉は、真祖の脅威を理解する物ならば誰もが抱く疑問だ。彼らにあれほどまでの力が与えられている理由は、未だもってして不明のままなのだから。

 世界の謎を語る阿夜の横顔は世界を構成する方程式を語る学者のようであり、残虐非道のテロリストとはとても思えないものだ。

 

(ワタシ)はずっと考えていた。魔族も魔術も、本来人の想像の中にしか存在しない世界が正しいのではないかと。今の世界は、何者かによって歪められたものではないのかとな。

 ならば、(ワタシ)が世界を元に戻すことに何の問題がある?」

 

 一切表情を崩さずに持論を述べる阿夜の様子に、雪菜は背筋が凍りつく思いだった。

 

「まさか……あなたは、そのために闇誓書を……!?」

「この世界を(ワタシ)の望むがままに書き換える。これはそのための実験だ」

 

 阿夜の迷いのない肯定に、雪菜は自分の思い違いを悟った。彼女の目的は魔力を消し去り島を沈める事ではない。()()()()()()正しい姿へと、世界を書き換える事こそが真の目的だったのだ。

 

「何故、この島でそのような実験を!?」

「魔族や魔術の研究のため、科学技術と魔術を使い造られた人工の〝魔族特区〟……我が実験に、これほどふさわしい場所もあるまい。狂った世界の象徴ともいえるではないか」

「あなたの考えを正しいと証明するためだけに、何十万もの人々を犠牲にするんですか!」

「知らぬとは言わせないぞ剣巫よ。我が盟友(とも)である南宮那月に対し、どのような仕打ちを世界がしてきたのかを。これは当然の報いだ!」

「仙都木阿夜……あなたは……」

 

 雪菜は、もう1つの思い違いに気がついた。容赦なくその身を攻撃し、固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪い去り、脱獄囚たちの囮として使っていたからこその勘違いだ。

 そもそも、魔術を使えば脱獄直後に重傷を負った那月を殺すことなど簡単だっただろう。攻撃事態も、重傷ではあったが治療可能な程度だった。幼児化した那月を積極的に追いもせず、逃げるがままに任せている。そして今、無防備なサナに一切の危害を加えていない。

 仙都木阿夜は、南宮那月と戦いたくないのだ。現実世界に残されたたった1人の友として、彼女なりに友情を感じていたのだろう。紛れもなく、阿夜にとって那月は盟友なのだ。

 

「闇誓書の起動には、龍脈(レイライン)と星辰の力が必要不可欠だ。(ワタシ)の世界も、波朧院フェスタが終わるころには消える。

 もちろん、そのころにはこの島も沈んでいる事だろう。我が仮説を証明する成果として、そのくらいは必要なのだから」

 

 取るに足らないことを話すような口調で、阿夜は島の行く末を語る。雪菜は感情を抑えるために、槍を強く握りしめた。阿夜はその動きを見逃さず、さらに言葉を続ける。

 

「その槍……〝七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〟は魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を切り裂くと言われているが、それは違うと(ワタシ)は考えている。

 魔力の無効化ではなく、()()()()()()()()()姿()()()()()()()……そうであれば、真祖の能力すら無効化する威力にも説明がつくだろう?

 で、あるならばだ。そのような槍を操る(オマエ)は一体何者なのだろうな。この世界の人間と言えるのか?」

「そんなくだらない憶測で、私をここに連れてきたんですか?」

 

 内心の動揺を押し殺し、雪菜は気丈に言い返した。阿夜が自分を攫った理由がわからなかったのだが、これで謎が解けたのだ。〝七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〟の担い手として、仙都木阿夜は雪菜にある種の価値を見出していたのだ。

 

「憶測か。ならば全ての異能が失われた世界で、(オマエ)だけが今もなお呪術を扱えている理由を(ワタシ)に教えて欲しいものだな」

 

 からかうような口調ではあるが、阿夜の言葉に雪菜は答えを持たなかった。そして疑念が広がっていく。もしかすると、阿夜はこの世界の真実を語っているのではないかと。

 だが、視界の端に立つ男を見て、雪菜は1つの疑問を思い出した。

 

「待ってください。私が呪術を使えるのは〝雪霞狼(せっかろう)〟の担い手であるからという仮説はわかります。

 ならば、何故バビル2世は力を失っていないのですか?」

 

 雪菜がここに連れ去られる前、阿夜の守護者の気を逸らすために、バビル2世は瓦礫を念動力(テレキネシス)で撃ち出していた。古城の力が消えていた以上、魔力消失の影響は確実にあったはずだ。

 雪菜の疑問に、阿夜は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。

 

「それは(ワタシ)としても大きな疑問点だ、剣巫よ。たとえ過適応能力者(ハイパーアダプター)であろうとも、能力が消えることに例外は無いはずだ。

 バビル2世、何か心当たりはあるのだろう? 10年前に(ワタシ)を裏切った時も、(オマエ)は何の問題もなく力を振るい続けていた」

 

 結界の外で阿夜と雪菜の会話を聞いていたバビル2世は、どこか不敵な笑みを浮かべている。話を振られても口を開かない男に対し、阿夜は僅かに苛立ちを見せる。

 

「ずいぶんと静かだなバビル2世。先ほどから何かに備えているようだが、魔術を持たぬ(オマエ)に結界の対処は不可能だぞ?」

「もう待つ必要はない。結界越しだからか、少々伝わり方が遅いみたいだな」

 

 そうバビル2世が告げた直後、何の前触れもなく霧が発生した。同時に、不可視の衝撃を阿夜と雪菜が捉える。濃密な魔力の波動が、阿夜の支配する世界の大気を揺らしているのだ。そう、魔力に対して特殊な能力を持たないバビル2世が気付くほどに莫大な魔力が。

 

「……馬鹿な」

 

 吐き捨てるように阿夜が呟いている間にも、霧はその濃さを増していく。あまりの濃霧に遮られ、街の様子をうかがう事すらできなくなっている。いや、街そのものが霧へと変じているのだ。

 雪菜と阿夜は霊視により、バビル2世は透視によって霧の奥に潜む怪物の姿を捕らえた。実態を持たない甲殻獣、この霧はそれ自体が吸血鬼の眷獣なのだ。島全てを包み込む、霧の眷獣。そして、これほどの眷獣を従える存在はこの魔族特区においても1人しかいない。

 

「――疾く在れ(きやがれ)、3番目の眷獣、〝龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)〟!」

 

 霧を堰き止める不可視の結界が、突如空間ごと引き裂かれた。空間を喰らう眷獣、絡み合う双頭の蛇が、主の命に従い侵入経路をこじ開けたのだ。

 眷獣の用意した通路を使い、校庭に降り立ったのは血まみれのパーカーを羽織った世界最強の吸血鬼――暁古城。そんな彼に付き従うように、獅子王機関の舞威媛である煌坂紗矢華と、仙都木阿夜が道具として使い捨てた仙都木優麻が寄り添っている。

 

「流石は第四真祖だ。待った甲斐があったな」

 

 穿たれた結界を通り抜け、バビル2世が最後に続いた。

 壊す者と守る者の戦いは、いよいよ佳境を迎える。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 龍蛇の水銀 アル・メイサ・メルクーリ
 12存在する第四真祖の眷獣が1体。絡み合った双頭の翼持つ蛇の姿をしており、外見から幻獣としての面が強い。
 次元そのものを喰らう咢には、強度が無意味となるため避ける以外の対抗手段は無い。
 弱点としてその絶大な攻撃を発揮するには食らいつく必要があるため、攻撃範囲が他の眷獣と比較して狭くなってしまう点が挙げられる。
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