バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 2020/3/8 用語集追加


3話 三者会談

 ひたすらに重い沈黙が、周囲を覆っている。互いの牽制が危うい均衡を保ち、奇妙な平穏を作り上げている。

 沈黙を破ったのは、この場のホストであるヴァトラーだった。

 

「立ち話もなんだ。部屋を用意させてあるから、続きはそこで話そうじゃないか」

 

 自ら船内へとつながる扉を開き、芝居がかった動きで入室を促す。

 以外にも、始めに動いたのはバビル2世だった。無言で歩を進め、黒豹と共に室内へ消えていく。

 

「先輩、私たちも行きましょう」

 

 古城も雪菜に促され、後に続く。

 通された部屋は、贅を尽くした貴族の来賓室に相応しい部屋だった。

 

「で、いい加減ぼくを招待した理由を言ってほしいものだな」

 

 バビル2世の要求に、ヴァトラーは笑顔で答える。

 

「君と話してみたかったんだよ。滅びの王朝に隣接しながら、一切の侵攻を跳ね返し続ける砂漠の主。世界最強の過適応能力者(ハイパーアダプター)とね。

 噂は数多く聞いているが、実際に会ったことは無かったから楽しみだったよ」

 

 優雅なしぐさでワインを注ぎ、来賓2人に差し出す。古城は未成年を理由に断り、バビル2世はワインを一瞥もしない。

 

「そんな理由でぼくを呼んだのか? なら目的は果たしただろう」

 

 それだけ言うと立ち上がり、バビルは出口へと歩いていく。黒豹も伏せていた状態から素早く起き上がり、主の傍を付き従う。

 意外なことに、ヴァトラーは止めなかった。

 

「ああ、政府筋から獅子王機関に招待状を出したからね。少なくとも連絡を取る手段がわかっただけでも僥倖としておこうじゃないか」

 

 その言葉にバビル2世は足を止め、ゆっくりと振り返った。ヴァトラーはその視線を正面から受け止める。

 

「はっきり言っておこう、ディミトリエ・ヴァトラー。

 お前がどんな目的でこの島に来たのかは別にいい。だが、もしもヨミのように一般人を巻き込むような真似をしてみろ。ぼくが貴様を許すと思うな」

 

 蚊帳の外にいた古城達が、思わず身構える威圧感。魔力も、霊力もほとんど持たないはずの人間から発せられた牽制に、流石のヴァトラーも表情を変えた。

 

「素晴らしい……。ああ、君に愛想を尽かされないよう気を付けるよ。バビル2世」

 

 ただし、歓喜に歪む方向へと。

 

「では失礼する。行くぞ、ロデム」

 

 彼は振り向きもせずに部屋を去り、歓喜に振るえるヴァトラーと警戒を強める古城たちが室内に残された。

 

 

 

「いや、お見苦しいものを見せたね。さあ、共に愛を語ろうじゃないか」

 

 数分後、上機嫌のヴァトラーがとんでもない発言をした。

 

「おい待て、俺にそっちの趣味は無いぞ!」

 

 慌てる古城に、おかしそうに笑いながらヴァトラーは続ける。

 

「君が喰ったアヴローラ……先代の第四真祖を、僕は愛しているんだ。だから彼女の〝血〟を受け継いだ君に愛を捧げる。強い血族が生き残り、より強くなるのが吸血鬼というものだろう?

 力で言えばバビル2世も捨てがたいけど、やはり吸血鬼同士の方が相性もいいだろうしね」

 

 ヴァトラーの出した名に、以外にも古城は食いついた。

 

「そうだ、さっきのバビル2世ってやつは何者なんだ? 威圧感の割に魔力や霊力を感じなかったし、眷獣を防いだでかい手も異常だ」

 

 古城の問いに、ヴァトラーは嬉しそうに反応した。

 

「そうか、君は知らないんだね。では教えてあげよう。これを知った君が、危機感からより強くなってくれるかもしれないからね」

 

 ヴァトラーが指を鳴らすと、どこからか召使が世界地図を張った仕切りを運んできた。その横にヴァトラーは立ち、1つの夜の帝国(ドミニオン)を指差す。

 

「中東に存在する滅びの王朝。そこに隣接する砂漠に、砂嵐が絶えない地区がある。通称不可知領域とも、ポイント101とも呼ばれている魔の区域でね。いかなる方法をもってしても内部に砂漠以外の存在は認められない」

「おい、いきなり何の話だ?」

 

 突然始まった地理の講義に古城が疑問の声を上げるが、ヴァトラーは意に介さず話を続ける。

 

「しかしおかしな点が1つある。何かしらの資源が無いかと多くの地質学者や探索部隊を送り込んでも、何もなかったとしか報告が上がらなかったんだ。同時に、観測機器の類は全てがデータ破損していた」

「全てが? ひとつ残らずか?」

 

 いくらなんでも異常だ。いつの話かは分からないが、部隊全員の観測機が全て故障するなどまずありえない。

 

「疑問が膨らむ中、その不可知領域から通信が入ったんだ。その領域を支配する者からね」

「それが、さっきのバビル2世ってやつか」

「その通り。彼は自分の支配領域を異常性を出さないまま隠し続けることを諦め、代わりに確実な独立を望んだのサ。まあ、それを聞いて支配領域を増やすチャンスと考えた滅びの王朝の王族が1人暴走してね。自分の親衛隊を動かしてバビル2世の居城、砂漠に聳えると言われているバベルの塔に攻め入ったんだよ」

 

 聞いたことがない事件に、古城だけでなく雪菜と紗矢華も聞き入っている。

 

「どうなったんだ?」

「まあ、ああして彼が独自に行動していることから想像はできるだろうけど、結果はバビル2世側の完全勝利に終わった。滅びの王朝側の軍はバベルの塔内部に侵入することすらできなかったらしい。王族の1人の暴走とはいえ、夜の帝国(ドミニオン)の面目は丸つぶれだ。軍部が中心となって戦線の1つにバベルの塔方面が加わったんだけれども、他の戦線と違って一切戦局を好転させることができなかった。どれだけの大部隊を送っても、砂嵐に埋もれるようにして消えていく。そうこうしている間に聖域条約が締結され、砂漠は正式にバビル2世の領地となっている。世界の影ながらね」

 

 古城たちは絶句する他なかった。当時夜の帝国(ドミニオン)が多方面と戦争を行い、その分兵力は分散していたとはいえ、決して侮れない戦力が動いたはずだ。その全てを飲み込む力を持ったバベルの塔。その力は計り知れない。

 

「自身が国際的に認められた後、彼は攻魔師の真似事を始めてね。多くの無法な魔族が捕まり、時には殺されたそうだ。そんな存在がこの島に今来ている。ぞくぞくしないかい?」

 

 実に嬉しそうなヴァトラーとは対照的に、古城は頭を抱えた。どう考えても厄介ごとの匂いしかしない。少なくとも攻魔師のように魔族を狩るだけの実力があるのは間違いない。先程の威圧感から考えて、かなりの実力者だろう。ヴァトラーとは別の意味でぞくぞくする。

 

「そんな彼の使役する、僕たちにとっての眷獣のようなものの1つがさっきの手さ。あれは海の支配者ポセイドンだろうね。ほかにもさっきまで彼の傍に控えていた変幻自在の黒豹ロデムや未だ姿を見せていない怪鳥ロプロスがいる。合わせて3つのしもべと呼ばれる、彼の護衛であり戦力だ。一般的な眷獣なら相手にもならない怪物揃いだと聞いているよ」

 

 ヴァトラーは笑顔のまま話を続ける。強者について話すのは性格上楽しいのだろう。脳内ではどう戦うのかを考えているに違いない。

 

「そう暗い顔をするものじゃない。彼自身は実に理性的で紳士だと聞いている。君が狙われることは無いと思うけどね。

 まあ、君が世界から危険視された場合はどうか知らないけど」

 

 実に不安になる一言を添えて、ヴァトラーの話は終わった。

 話すタイミングを見計らっていたのか、雪菜が古城の前に出る。

 

「恐れながらアルデアル公、お聞きしたいことがございます」

 

 雪菜の質問に、ヴァトラーが不思議そうな表情をする。今この場で発言するとは思っていなかったのだろう。

 

「君は?」

「獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜と申します。第四真祖の監視役として、今夜は同行させていただきました」

「紗矢華嬢の御同輩か。今は類稀な強者たちと出会えて機嫌がいい。答えられる質問なら答えようじゃないか。

それで、なにを聞きたいのかな?」

 

 ヴァトラーの返事に、雪菜は一呼吸おいて青年貴族を正面から見据えた。

 

「此度の絃神島訪問の理由をお聞かせください。強者との会談であれば、他に相応しい場所がいくつもあるはずです」

 

 ヴァトラーの笑みが深くなる。

 

「ああ、もちろん本題は別にあるさ。会談も同じくらい重視していたけどね。

 建前としては根回しさ。この島が第四真祖の領地であるなら、何か行う前に話を通しておかないのは不義理だろう? バビル2世も、下手な行動から敵対されると少々面倒になりそうな相手だからね」

「何か行動する予定があると?」

 

 警戒を強める雪菜を、何か面白いものを見るかのようにヴァトラーの目が細まる。

 

「こちらとしても無視できない情報が入ってきたものでね。我が第一真祖を殺そうと画策するテロリスト集団、黒死皇派のクリストフ・ガルドシュがこの島にいるという情報なんだけど、流石に無視はできないだろう?」

「まさか、ガルドシュの暗殺を?」

「いやいや、そんな面倒なことはしないさ。こちらとしても、あくまで主目的は魔族特区との国際交流となっているからね」

 

 雪菜の剣幕を軽く流し、運ばれてきたワインを飲みながらヴァトラーは続ける。

 

「でも万が一、テロリストたちがこっちを襲ってきたら反撃しないわけにはいかないだろう? 自衛権の行使ってやつさ。

 ただ、ボクの宿す九体の眷獣はそうなった時に何をしでかすかわからないからね。島を沈めるかもしれないし、先に謝っておこうというわけさ」

「なにを……」

 

 絶句した古城を責めることはできないだろう。既に一度壊滅寸前にまで追い込まれているテログループである黒死皇派、総数にして百人もいないであろうテロリストを滅ぼすため、最悪島を沈めると宣言されたのだ。正気の沙汰ではない。なにより恐ろしいのは、その発言に一切の嘘も冗談も含まれていない点だ。

 

「あまり派手にやると、何が出てくるかわからないからできる限り抑えるつもりではあるけど、それでも街の一区画くらいは簡単に消し飛んでしまうからさ。

 ああ、安心してくれていいよ。万が一そうなった場合はきちんと避難要請を出すつもりだ。間に合うかはわからないけどね」

「せっかくですが、そのお気遣いは無用です。

 アルデアル公。第四真祖の監視役として、私が黒死皇派の残党を確保します。真祖の暗殺を狙う集団を、監視対象へ接触させるわけにはいきませんから」

 

 ヴァトラーの言を切り捨てるように、雪菜が力強く宣言した。一見暴挙を止めるための行動にも見えるが、ある程度の付き合いがある古城にはわかる。半ば意地になっており、思い込みで行動している状態だ。

 どう止めるべきか悩む古城だったが、以外にも雪菜の頑固な状態はすぐに解けることとなった。

 

「ふぅん……君、古城と同じ血の匂いがするね。ボクの眷獣を防いだ雷から察するに、君が〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟の霊媒だったりするのかな?」

「血の匂い? そんなものまでわかるのか!?」

 

 思わず反応した古城は、すぐさま後悔することになった。背後から紗矢華の放つ凄まじい殺気が叩きつけられている。雪菜をまさに目に入れても痛くないだろう彼女が、その血を吸った吸血鬼を前にして冷静でいるはずがない。ここは誤魔化すべきだったと後悔するも、時すでに遅しだ。

 

「少しの鎌かけでここまでわかりやすく反応してくれるとはね。

 でも、君が古城の〝血の伴侶〟候補であるというのなら、君はボクの恋敵ということになるね」

「え? いえ、別にそういう関係というわけでは……」

 

 先程までの張り詰めた空気はどこへやら、雪菜は面白いようにヴァトラーの掌の上で転がされている。

 

「姫柊、別に俺はガルドシュとかの相手をする気は無いぞ。なんでお前が動く必要がある」

「そうよ雪菜! この男と同意見なのは癪に障るけど、雪菜が危険なことをする必要は……」

「先輩たちは黙っていてください!」

 

 思いとどまらせようとする古城と紗矢華の2人を、雪菜は一言で切って伏せた。多少気恥ずかしさを誤魔化すためかもしれないが、その気迫は思わず古城が押し黙るほどだ。一方で、紗矢華は軽い放心状態のまま固まっている。雪菜に黙っていろと言われたのが相当なショックなのだろう。

 

「まあ、別にボクとしては君が黒死皇派を捉えてくれれば、その分手間が省けるってものかな。自分の手で処断できないのは少々残念ではあるが、獅子王機関の剣巫である君の実力を見るのも一興か。

 よし、ではまずは君の実力を見せてもらおうか。ボク自身の目で、君が古城の伴侶として相応しいかどうか、見極めさせてもらうよ」

 

 勝手に決めるなという古城の呟きは、その場にいる全員から無視されることになった。眼前では古い吸血鬼と真祖を滅ぼしかねない槍を振るう剣巫が睨み合い、後ろからは放心状態から回復したのか、未知の力を持つ舞威媛が今にも襲い掛からんという目つきで背を睨んでくる。

 

「……勘弁してくれ」

 

 実に精神的に優しくない空間で、思わず古城の口から弱音が漏れた。

 

 

 

 夜の港で美しく船体を照らされている〝オシアナス・グレイヴ〟から、直線距離にして数キロ地点のビジネス街。林立するビルの1つ、その屋上。バビル2世とそのしもべロデムは、通信機から聞こえてくる会話を分析していた。

 

「機材を仕込んでおいて正解だったな。ロデム、この手の行動でお前の右に出る者はいない」

「ありがとうございます、ご主人様」

 

 ロデムの不定形という特性を利用し、伏せている間に腹から盗聴器をカーペットに埋め込んだのだ。どの程度の情報が得られるかは未知数だったが、行動に対して十分な対価を手に入れていた。

 

「まあ、あの吸血鬼もこの程度の行動は予想しているだろうし、盗聴器にも気が付いているだろう。あくまで参考程度に留めるぞ」

「わかりました。すでに塔のコンピューターへと情報は送信していますので、すぐにでも分析結果が出るでしょう」

「よし、それは明日南宮攻魔官との情報共有時に使おう。そろそろ撤収だ」

「はい、バビル2世様」

 

 黒豹と青年の会議は終わり、即座に機材は焼き尽くされた。鉄をも溶かす高温を放ったバビル2世はそれを気にした様子もなく、黒豹に跨ると共にビルの影へと消えていった。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 アヴローラ
 先代の第四真祖。古城に力を譲渡したという事実以外は、謎に包まれている。

 施設・組織

 夜の帝国 ドミニオン
 吸血鬼の真祖が統治する帝国の総称。
 意外なことに、住民の中には魔族ではない純粋な人間も多く、統治機構もそれぞれの真祖によって違うためけっこうな多様性がある。

 滅びの王朝
 第二真祖が統治する夜の帝国。
 中東に存在する。

 黒死皇派 こくしこうは
 差別的な獣人優位主義者たちの集団。
 第一真祖から戦王領域の支配権を奪うために活動していたが、ディミトリエ・ヴァトラーに指導者を暗殺され、組織力は著しく弱体化している。

 種族・分類

 血の伴侶 ちのはんりょ
 吸血鬼が共に歩むことを願い、自らの血を分け与えた異性を指す。
 婚約相手がイメージに近く、血を与えた吸血鬼が死なない限り寿命で死ぬことがなくなる。

 バビル2世 用語集

 人物

 ヨミ
 かつて世界を支配するために、帝国とも呼べる組織を造り上げた強力な超能力者。
 バビル2世と敵対し、幾度も争ったが4度目の敗北でついにその野望の火を消すこととなった。
 敵対者に対して容赦はしないが、部下には寛大に接しその能力を最大限引き出すことに長けていた。

 種族・分類

 ポセイドン
 バビル2世のしもべが1体。
 海中を自在に移動し、堅牢な装甲と比類なきパワーで敵の守りを突き崩すしもべの中でも最強の存在。
 海神の名を冠してはいるが、人型であるため陸上でも活動可能。

 ロデム
 バビル2世のしもべが1体。
 主に黒豹の形をとる不定形生命体。
 人ごみに紛れる際には、人間に擬態して主に同行することも可能。戦闘力こそ低いが、狭い場所でも十全に戦闘を行い、知能も高いため側近の名にふさわしい能力を持っている。

 ロプロス
 バビル2世のしもべが1体。
 金属でできた巨大な鳥の姿をしており、その飛翔能力から主にバビル2世の移動手段として重宝されている。
 ポセイドンほどではないもののこちらも堅牢な装甲を持っており、対空砲やミサイル程度では傷一つつけることはできない。

 用語

 発火能力 パイロキネシス
 バビル2世の超能力の1つ。
 身体から炎を発する単純な能力だが、その威力は同系統の発火能力者を抵抗すら許さず焼き殺すほどの火力を誇る。

 バベルの塔
 バビル2世の居城であり、砂漠に聳える。
 様々な防衛装置により、難攻不落の要塞としての一面を持つ。

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