バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 前回ラストに用語集を入れ損ねていたため、追加してあります。
 単純な投稿ミスをしてしまい、申し訳ありませんでした。


11話 暴走と復活

 バビル2世は面影をほとんど残していないしもべと向かい合い、毅然とした態度で命令を下した。

 

「ロプロス、ポセイドン、今すぐにこの場から魔力消失領域外まで退避しろ」

 

 主の命を聞いた2体のしもべは、意外にも命令通り踵を返し、すぐに動きを止めた。

 

「どうした、すぐに退避しろと言ったぞ」

 

 再度の命を発せられたしもべは、現在の状況を正確に分析していた。人の目には見えない結界だが、大気の動きを捕らえるロプロスの視界にはその存在がはっきりと映し出されている。ポセイドンは、ほんの数分前自らが激突した結界の強度をしっかりと計算し終えている。

 しもべ同士の情報共有から、今のままでは主の命……この場からの速やかな撤退を行うことが不可能であると同時に判断を下した。

 彼等にとって主の命は絶対であり、何があっても遂行すべき至上命題である。迅速に移動を開始するためにも、結界を解除しなければならない。そう、例え術者を抹殺しようとも。

 

「仙都木阿夜、避けろ!」

 

 バビル2世の警告に、阿夜が咄嗟に反応できたことは幸運だった。僅か数瞬前にいた地点を、ポセイドンの高出力レーザーが貫いていた。直撃を許せば、いかに魔女とて即死を免れ得ない威力だが、今の阿夜にその脅威について考える余裕は無かった。

 書記(ノタリア)の魔女と呼ばれ恐れられた犯罪者が、眼前の異形に呑まれかけている。今になって、バビル2世の発した警告が脳裏に響く。ヨミと呼ばれた男の脅威に始まり、しもべをこの場から離そうとした必死な呼びかけは、はったりではなかったのだ。再び異形の腕が自分を狙ったことに気がつき、とっさに空間転移で距離をとる。僅かな差で熱戦の回避に成功したものの、初撃よりも精度が上がっていることに気がつき戦慄した。このままでは、避け続けられるのかわからない。

 だが、それでもなお阿夜は幸運だったのかもしれない。回避に専念したおかげで、異形へと姿を変えたしもべそのものに意識を向けずに済んだのだから。

 姫柊雪菜は、自分を襲う不安の正体を掴めなかった。ただ装甲が剥離し、人間により近い姿になっただけだというのに、以前のしもべたちからは感じる事の無かった恐怖と嫌悪感が、肌からしみ込むようににじり寄ってくる。自らが信ずる槍を握り不快感を気のせいと割り切るも、巫女という感受性の強い体質のためか気持ちを切り替えきることができない。

 そして、暁古城は目の前の異形が引き起こす破壊をあっけにとられ見ていた。阿夜がぎりぎりで回避した熱戦は、体育館を直撃していたのだ。バビル2世の念動力(テレキネシス)ですでに半分廃墟のような有様になっていた体育館が、炎に包まれる事すら無くその姿を消していた。熱線により建材が燃焼ではなく昇華し、熱風と共にその存在を文字通り煙と化したのだ。彼だけが異形の放つ気配に呑まれなかったのは、体内に飼う眷獣の気配によって異形に対しての耐性が少なからずついていたからだろう。だからこそ、異形の主へと声をかけることができた。

 

「バビル2世、何させてんだよ!」

 

 ほとんど乱射と言っていい攻撃が、体育館以外に被害を出していないのは奇跡と言っていいだろう。古城とて無傷で阿夜を捕まえることができるとは思っていないが、流石にここまでの攻撃をする必要があるかと問われれば首を横に振らざるを得ない。今のポセイドンが振りまく攻撃は1点への破壊で比べるならば、第四真祖の眷獣に匹敵……あるいは凌駕しかねないのだから。

 

「今のしもべは半暴走状態だ。僕を攻撃こそしないだろうが、第四真祖も剣巫も攻撃対象になりかねない。離れておくんだ」

 

 バビル2世の声に、一切の余裕はない。それだけ現在の状態が危機的だということであり、古城と雪菜も思わず二の足を踏む迫力があった。

 しもべたちは主の怒りを感じ取るが、現在の状況を打破するためと割り切り阿夜への攻撃を続行する。通常時であれば、しもべは一度行動を停止し状況の再分析を行っただろう。しかし、現在の状況はそうした時間すら惜しいとしもべに判断させるほどに悪いものだった。

 島を支える様々な魔術、その根幹である魔力そのものが消失するという異常事態に加え、自らの力を制御するための外部モジュールが全て外されたのだ。多少主の意向からずれようとも、状況を回復する。そう、たとえ捕縛せよと命じられている、仙都木阿夜を抹殺してでもだ。

 緊急時に原因を断とうとするしもべの思考が、図らずも主であるバビル2世が優先する非殺傷と真っ向からぶつかる形になってしまっていることも、しもべの疑似暴走と無関係ではない。恐るるべきは、模造品の劣化版にも拘らずごく短時間でこれだけの分析を行い、速やかに実行したヨミの模体だろう。

 主の宿敵の策略にはまっていることは承知の上で、しもべたちは動きを止めない。ポセイドンの遠距離攻撃は回避された。次はロプロスの番だ。

 連結された動力が一斉に唸りを上げ、ロプロスの巨体を宙へと押し上げる。僅かな対空の後、阿夜の立つ校舎の屋上目掛けてロプロスの巨体が高速で接近した。

 

「させるものか!」

 

 僅かに回避が遅れた阿夜から狙いを逸らすように、バビル2世の念動力(テレキネシス)がロプロスの顔を校舎から強制的にずらし、巨体も僅かに捻らせることにより屋上を掠りながらも巨兵は校舎を素通りすることになった。だが、被害が出ていないわけではない。

 

「っ……があっ!」

 

 阿夜が目の端に血を滲ませている。ロプロスが放った怪音波は校舎を直撃こそしなかったものの、僅かながら攻撃範囲に阿夜の頭を捕らえていたのだ。

 元のロプロスの攻撃であれば、このようなことにはならなかった。今のロプロス怪音波は、人間でいう口を覆う部分の装甲を振動させて放たれる広範囲攻撃だ。怪鳥時にはその広範囲攻撃を首の部分で纏め上げて射程を延ばしているが、今のロプロスにそのような制限は無い。超音速で接近し、面攻撃で敵を制圧する機動兵器なのだ。通常時をライフルとするならば、今はショットガン。部分に対する威力こそ減っているものの、直撃を許せば人間程度一瞬で内臓が掻き乱される。今の阿夜は、攻撃の余波を受けたからこそ生きているのだ。

 

「劣化したとはいえ流石はヨミか。ここまで面倒な状況になるとはな」

 

 現在の状況を創り出した宿敵へ、思わずバビル2世は賞賛の言葉を贈る。自らを足止めする命令を遂行しつつ、逆らえないはずの阿夜に対する逆襲までを完璧にお膳立てしているのだ。

 しもべの攻撃は止まらない。ダメージを負い動きが鈍っている阿夜に対し、今度こそ確実にとどめを刺すためロプロスとポセイドンが同時に動いた。ポセイドンの指先が光り、僅かに遅れてロプロスが口甲を震わせる。たとえポセイドンの攻撃から空間転移で逃れたとしても、上空のロプロスが逃れた先に広域攻撃を放つ必殺の連携。

 だが、その連携が成功することはなかった。

 

「……何をしている、第四真祖。お前も今のしもべの攻撃対象に入りかねないといっただろう」

「ああ、確かに聞いてたぜ。でもよ、自分が殺したくない敵が、眷獣の暴走で殺されたとしたら俺なら絶対に後悔する。

 それに、これは俺の戦争(ケンカ)だって言ったろ?」

 

 ポセイドンの腕はバビル2世の念動力で逸らした。怪力を誇るポセイドンの腕を動かすために余力を割けず、ロプロスの攻撃が阿夜を押し潰そうと放たれた瞬間、実体化を続けていた双角の深緋(アルナスル・ミニウム)がその身をもって怪音波を防いだのだ。

 振動を司る双角獣にとって、ロプロスの攻撃はたき火に火炎放射器を当てるようなものだ。余さず受けた振動を共鳴させ、増幅して天空の巨兵へと衝撃波を送り返す。それ自体は驚異的な機動力をもってあっさりと躱され、ロプロスは明確な敵意を込めて地上の人影を捕らえた。

 空気が、まるで粘り気を持ったかのような錯覚を古城は覚えた。ロプロスの目はゴーグルのような保護装置によって、直視することはもちろん視線を伺うことすらできない。だが、古城は確かに感じ取った。ロプロスがその両目で、今初めて自分のことを注視した事実を。

 青ざめる古城だったが、周囲にいる仲間を思い浮かべて歯を食いしばる。そう、なにも古城はバビル2世のためだけにしもべに喧嘩を売ろうとしているわけではない。今阿夜を殺そうとしもべが広域破壊を敢行した場合、その余波に友人たちが巻き込まれる可能性を考えてのことだ。

 雪菜だけであれば、未来視と呪術による身体能力強化によって攻撃をかわせるかもしれない。だが、今はただの女子高生としての身体能力しか持たない紗矢華、魔女としての力を失い、今もなお癒えない傷を負っている優麻、そして仮想人格(バックアップ)が消滅したため動くことがない那月の肉体はそうはいかない。なすすべなく余波に巻き込まれ、最悪の場合死に至るだろう。

 背に守る人に視線を向け、歯を食いしばってロプロスを睨みつける古城を見て、バビル2世は自分の始まりを思い出していた。そう、バビル2世がまだ覚醒したばかりのころ、ヨミと対峙し敵対することを決めたのは嫌だったからなのだ。自分の大切な人が、たった1人の支配者の気まぐれで殺されるかもしれない。もしかすれば、ヨミと世界の戦争がはじまり、大切だった人たちが戦火に撒き込まれるかもしれない。そんな理不尽が嫌で、許せなかったからこそ、バビル2世は強大な敵との戦いを選んだ。そんなかつての自分と、今の理不尽に立ち向かおうと心を奮い立たせる古城が一瞬重なった。かつて普通の人間でありながら、運命によって人外の力を手に入れた少年だった男は、同じ運命の少年を否定する言葉を持たない。

 

「……死ぬなよ、第四真祖」

「俺は不死身らしいからな。それは安心してくれ」

 

 ただそれだけの言葉を交わし、特別にならざるを得なかった者同士は、手に入れた能力を全力で振るった。阿夜目掛けて急降下するロプロスに雷の獅子と振動の双角獣が襲い掛かり、砲口を向けるポセイドンがバビル2世渾身の念動力(テレキネシス)で投げ飛ばされる。

 

「剣巫、こちらを押さえている間に仙都木阿夜を捕らえろ! 魔力消失領域さえなくなればしもべはおとなしくなる!」

 

 ポセイドンを体育館跡地に叩きつけながら、バビル2世は攻撃の余波から紗矢華たちを守る雪菜へと指示を出した。ロプロスを引きつける古城とポセイドンを拘束するバビル2世は徐々に雪菜たちから距離を離しており、このまま距離を保てていれば巻き込まれることはなさそうである。ロプロスが古城を振り切る前に、仙都木阿夜が構築した術式を解除しなければならない

 

「わかりました!」

 

 そうとなれば雪菜の判断は迅速だった。呪術で強化した身体能力を十全に発揮し、眼から血を流す阿夜目掛けて一跳びで突っ込む。初撃こそ回避したものの、火眼の魔女は続く連撃を避けきれる体調ではなかった。浅い傷を数ヶ所受け、精度の悪い空間転移で何とか距離を離す。

 

「くっ……(ワタシ)が負傷しているとはいえ、たった1人で向かってくるとはな。随分と低く見られたものだ」

 

 乱暴に血を拭った阿夜の全身から、濃密な魔力が溢れ出す。例え傷つき魔術の行使に不都合が出ようとも、彼女こそがLCOの総記(ジェネラル)である書記(ノタリア)の魔女。伊達や酔狂、ましてや組織を造り上げたというだけの理由でその座に収まっていたわけではない。

 

「この程度の負傷、過去に何度も受けている。そのたびに(ワタシ)は乗り越えてきた。

 舐めるな、若輩者の剣巫風情が」

「仙都木阿夜、あなたは……」

 

 吐き出される言葉の端々に、憎しみと狂気が渦巻いている。高い感受性を持つ雪菜にとって、それは形を変えた悲鳴にも聞こえる。

 雪菜は、黙って機械槍を握り直した。すでに、眼前の女性にはどんな言葉も届かない。だからこそ、今できる最大の動きで制圧するのだ。

 睨み合いの時間を利用し、極限まで練り上げた呪力をもって雪菜は地面を蹴る。対する阿夜は石の壁を生み出すが、頭部の負傷が影響しているため以前ほどの頑強さが無い。その壁目掛け、雪菜は紗矢華から託されていた呪符を放つ。その一撃により壁は粉砕されるが、次いで阿夜の召喚した幻影が群れを成して襲い掛かった。

 

「この程度! 雪霞狼!」

 

 だが、大半の幻影は輝く銀の槍によって切り裂かれ、僅かに残ったものを無視して雪菜は走り続ける。次々と放たれる魔術は、そのどれもが精度の甘い、ただ乱発されるだけの単純なものだ。ロプロスの一撃は、阿夜自身が感じているよりも深く脳を傷つけていた。今のまま魔術を放ち続けても、もはや牽制にすらならないだろう。すでに迫る雪菜との距離は一跳びと僅かであり、後数度魔術を放つことができるかという地点まで阿夜は追い詰められていた。

 だからこそ、彼女の手は十二単の袖口へと伸びる。取り出されたのは、一冊の魔導書。それを見た雪菜の目が見開かれ、阿夜は笑みを浮かべる。

 

「それは……!」

「そう、固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔導書だ。

 (オマエ)の時間、奪わせてもらうぞ」

 

 魔導書のページがひとりでに捲られ、虚空から黒い触手が出現し雪菜へと襲い掛かる。霊視をもってしてもさばききれない物量は、仮に古城の眷獣が動ければ一瞬で焼き尽くされる程度のものでしかない。呪符の爆撃で迫る触手を打ち落としても、次々と迫る触手はすぐにその穴を埋める。

 普段であればほんの一跳びで詰められる距離が、今はどうしようもなく遠い。

 

「しまっ……!?」

 

 死角から迫る触手に槍の石突きを絡め取られ、一瞬生まれた隙を見逃されるほど生易しい戦いではない。あっという間に触手に絡め取られ、雪菜は完全に動きを封じられてしまった。

 満足そうな阿夜の背後に〝守護者〟が呼び出される。顔の無い、漆黒の鎧をまとった騎士だ。騎士が剣を振り上げ、雪菜目掛けて突き出した。那月が固有堆積時間(パーソナルヒストリー)を奪われた時と同じだ。

 古城とバビル2世は、暴走するしもべを押さえることに精いっぱいでこちらに気を回す余裕すらない。絶望に染まる雪菜へと剣が迫り、硬質な音とともに弾かれた。

 

「えっ?」

 

 驚きに目を見開く雪菜の眼前で、突如出現した黄金の騎士が籠手(ガントレット)を使って剣を防いだのだ。

 

「黄金の〝守護者〟だと……?

 まさか!?」

 

 黄金の鎧を身に纏う人型は、どこか悪魔のような雰囲気を漂わせている。鎧の隙間から見える内部では、無数の歯車が駆動していた。

 

「ようやく、その本を持ち出してくれたな。待ちわびたぞ、阿夜」

 

 機械仕掛けの悪魔騎士と呼べる〝守護者〟を見た阿夜は、背後から聞こえる舌足らずの声に振り向く。黄金の騎士を空間転移で傍に呼び出したのは、豪華なドレスを身にまとう少女だった。外見とは裏腹に、その物言いと佇まいはカリスマ性に満ちている。

 

「那月!? (オマエ)、記憶が……」

「返してもらうぞ、私の時間をな」

 

 那月の指が鳴らされると、虚空から伸びた鎖が阿夜の手から魔導書を絡め取った。自らの時間を奪い返した那月は、不敵な笑みを浮かべ阿夜を睥睨する。

 空隙の魔女が、今此処に復活した。




 バビル2世 用語集

 種族・分類

 しもべの姿
 ロプロスとポセイドンが、その過剰なまでの破壊力を抑えるためにつけられていた魔術装甲を打ち消された姿。
 バビル2世本編と、バビル2世・ザ・リターナーのしもべの姿が違う点を筆者の個人的な想像で統合性をつけた結果こうなった。
 魔術的な防御力がほとんど失われている代わりに大幅な機動性と性質の変わった破壊力を得ており、まさに対軍団としての護衛を勤め上げるに相応しい性能となっている。
 しかし、それだけに味方を巻き込まないような繊細な戦いは輪をかけて苦手となっている。
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