バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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12話 夜明け

 睨み合う2人の魔女は、かつての空き教室で行われた訣別の再現のようだった。阿夜は怒りに満ちた表情で那月を睨みつけ、那月は悲しみを押し殺した覚悟の瞳で阿夜を見る。

 魔導書が奪われ、さらに阿夜の意識が術式から術式から離れたことで雪菜を拘束する魔力の制御が乱れる。拘束が緩んだ隙を突き、雪菜は一瞬で触手を切り裂いて脱出し那月の傍まで後退した。

 

「南宮教官、記憶が戻っていたんですか!?」

「ああ、少し前だ。

 だが戦闘に耐えうる魔術を連発できるほどの身体ではなかったのでな。こうして決定的な隙を窺っていたわけだ」

 

 驚く雪菜だが、それも当然の反応だろう。少し前に意識が戻っていたということは、しもべの暴走時にはすでに周囲の把握ができていたということだ。破壊の暴風とも呼べる猛攻を知覚して尚、彼女は反応を隠し続けた。並大抵の胆力でできる事ではない。

 予想外の復活劇に、阿夜は絶句し動きを止めたままだ。彼女は、那月の仮想人格(バックアップ)固有堆積時間(パーソナルヒストリー)復旧(リストア)をしていた事実を知らない。知っていれば、サナとなり無力のままであった那月を放置はしなかっただろう。

 記憶を取り戻した那月は闇誓書の読み手であり、魔力消失の影響を受けない。たとえ命の危機にさらされようとも隙を伺い続け、決定的な一瞬に横槍を入れたのだ。

 動揺する阿夜へ、那月は一瞬だけ憐れんだ目を向けた。しかし、瞬きの合間に那月は戦士の目へと意思を切り替える。欧州で今もなお魔族にとっての恐怖の代名詞である、空隙の魔女の意識へと。

 那月が指を鳴らすと、そこそこ離れた位置にいた紗矢華と優麻が真横に出現した。彼女が最も得意とする魔術、空間転移だ。

 

「姫柊雪菜、一瞬でいいから阿夜の意識を刈り取れ。

 それときょろきょろしてるポニテ! 阿夜の娘はまだ意識はあるな?」

「ぽ、ポニテって何よ!

 意識はあるけど、そろそろ危ないわ!」

 

 見たままのあだ名で呼ばれた紗矢華は憤慨するが、問いにはきちんと答えた。南宮那月ともあろう者が、この状況下で無意味な質問をするはずがないのだから。

 

「あくまでも(ワタシ)の敵に回るのか、那月!」

「間違った道を歩む友を止めるのは、今の私ができる唯一の友情だ」

 

 憤怒を込めて叫ぶ阿夜だったが、那月が発した〝友〟という言葉を聞き表情を劇的に変化させた。迷子の幼子のような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべる火眼の魔女は、しかし首を振るとまるで能面のような笑みを張り付ける。

 

「間違っているのはお前だ那月。(オマエ)が相手である以上、手加減は出来ぬぞ!」

 

 阿夜が両腕を振るい宙へ大量の文字を放った。それらが一斉に光を放ち、次々と秘められた意味を具現化していく。再現された魔術師が、煮えたぎる溶岩が、針の雨が、凍てつく氷塊が、那月目掛けて一斉に襲い掛かる。

 しかし、その全てが那月を捕らえることはできなかった。彼女こそ空隙の魔女。空間制御を極めた魔女は、傍に呼び出した紗矢華と優麻というハンデすら無視して迫る脅威を躱し続ける。

 その間にも、銀の槍を構えた雪菜は阿夜へと走る。幻影の類は槍で、物理的な脅威は呪符で薙ぎ払い、ただひたすらに進撃を続ける。

 

「甘いぞ。今の(ワタシ)とて、たった1人を近づけぬ程度容易いのだからな。

 すでに今操ることのできる術の程度は掴んだ。先程までのようにはいかぬよ、剣巫」

 

 阿夜の繰り出す攻撃は、先程までとはまるで別人が操るような制度と威力で雪菜を襲う。脆い岩ならば内部に溶岩を仕込み、幻影の影から氷の針が飛び出してくる。未来視を持つ雪菜だからこそ回避できているが、僅かに詰めた距離を考えると間合いに入る前にこちらの体力が尽きてしまうだろう。

 そう、ここで戦う者が雪菜だけだったならば。

 

「バビル2世、やってくれ!」

 

 那月の声と共に、光束が阿夜へと襲い掛かった。暴走するポセイドンの攻撃は、バビル2世がぎりぎりで防いでいる。つまり故意に妨害を緩めれば、しもべは嬉々としてその隙から阿夜を攻撃するのだ。その一部を那月が空間制御で捻じ曲げた結果、破壊の奔流が阿夜目掛け降り注ぐ。

 那月の声に反応し、阿夜は今の自分に可能な限りの防衛を行った。生み出された岩は瞬時に蒸発し、結界は基盤の文字が掻き消される。幻影の放つ数多の魔術が勢いを削り、水晶と合金の鏡でついにしもべの誇る光学兵器は打ち消された。全ての手札を切り、阿夜はしもべの攻撃の一部を防ぎきったのだ。

 

「――鳴雷!」

 

 そしてそれだけの術式を操る間、他の事柄に意識を割けるはずはない。光束の残滓を突き破って接近した雪菜は、呪力で強化した左足で阿夜の顎を蹴り抜いた。魔女の身を守る防御術式が破られ、脳を揺らされた阿夜は一瞬意識を手放してしまう。ほんのわずかな間だが、阿夜と守護者の接続(リンク)が途切れた。その僅かな隙があれば、那月が術式を仕込むには十分だ。那月が虚空から鎖を呼び出し、黒騎士の全身をがんじがらめに捕縛する。

 

「悲嘆の氷獄より()で、奈落の螺旋を守護せし無貌の騎士よ――」

 

 囚われた黒騎士は拘束を解こうと暴れるが、那月の獲物である戒めの鎖(レージング)は軋むことすらなく、その膂力を軽々と抑え込む。

 突風と共に、古城が空から現れた。彼が抑え込んでいたはずのロプロスの影が頭上を覆い雪菜たちは警戒するも、何故か襲撃の気配がない。

 

「わが名は空隙。永劫の炎をもって背約の呪いを焼き払う者なり。汝、黒き血の楔を裂き、在るべき場所へ還れ。御霊を恤みたる蒼き処女(おとめ)に剣を捧げよ!」

 

 空のしもべが見守る中、那月の詠唱が続く。鎖から魔力が騎士へと流れ込み、黒騎士の全身を雷撃のように打ち据えた。漆黒の鎧が罅割れ、その下から新たな鎧が姿を覗かせる。どこまでも蒼い、真夏の海にも似た色合いが。

 

「ユウマ!」

 

 古城の声に、項垂れていた優麻が顔を上げる。奪われた〝守護者〟はすでに呪いから解放されており、あとはきっかけさえあれば制御を取り戻すことができる。そう、主が発する生きたいという願いがあれば。母の呪縛を断ち切る、心からの願いが。

 

「――〝(ル・ブルー)〟!」

 

 朦朧とした意識の中で、古城の声を聴いた優麻は力の限り叫んだ。その声に反応し、蒼の騎士が咆哮する。自らを縛る霊的拘束を引きちぎり、本来の主との接続(リンク)を復活させた。

 

「……ありがとう、古城」

 

 魔女としての力を取り戻した優麻の呟きは、誰にも聞かれることなく風に乗って消えた。

 

 

 

 雪菜が阿夜を制するためにしもべを引きつけたバビル2世と古城だったが、状況は古城が思い描いていたよりも過酷なものだった。

 

「第四真祖、伏せろ!」

 

 バビル2世の念動力(テレキネシス)で狙いが狂った熱戦が、古城の頭上を通過する。余波ですら髪が僅かに焦げ付く熱量に怯む間もなく、ロプロスが一直線に降下する姿が目に飛び込んできた。

 

「うおっ、獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

 雷光の獅子が天空の巨兵へと飛びかかり、雷撃を受けた巨兵は僅かに腕を動かす。まるで引き裂かれるように獅子の巨体が分かたれるが、その隙を突いて振動の双角獣の一撃がロプロスを吹き飛ばした。空中で体勢を立て直す巨体に、一切の傷は見受けられない。災害と称される第四真祖の眷獣の一撃が、全力ではないといえ直撃したにもかかわらずだ。

 

「装甲が薄くなったってマジなのかよ! 危ねえ!」

 

 古城が思わず愚痴を漏らす合間にも、ロプロスは怪音波を容赦なく放つ。直撃する前に気がついたために双角の深緋(アルナスル・ミニウム)が余さず吸収するも、周囲に残る不協和音は古城の精神力を徐々に削り取っていく。

 2体の眷獣によりロプロスを牽制し、古城は一旦呼吸を整えた。僅かに余裕を取り戻したため、バビル2世が抑えるポセイドンの様子が目に入る。自分が相手にしているロプロスよりも動き自体は鈍いが、放つレーザーは文字通り必殺の威力を持つ。装甲もパワーもロプロスを上回る相手を、攻撃されないからといって足止めできるかと問われれば、古城は首を横に振るだろう。

 

「たしかに足止めできればって話だったけど、流石にきつすぎるっと!」

 

 怪音波が放たれ、古城はギリギリで攻撃範囲から離脱する。皮膚が不気味に震え、すぐ傍の地面が音を立てて砂と化していく。

 

「第四真祖、油断するな!」

 

 バビル2世の声が響く。念動力(テレキネシス)でポセイドンの巨体を浮かせロプロスへと投げ飛ばし、ともに地面へと叩きつけた。しもべの強大な戦力で誤解されることが多いが、バビル2世は決してしもべ頼りの情けない男ではない。しもべの主に足りる強大な力を持つ戦士であり、過去の戦いでは操られたしもべを力づくで制してきたのだ。

 

「今だ! 行け、獅子の黄金(レグルス・アウルム)! 双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

 折り重なって倒れたしもべに向けて、2体の眷獣が先を争って突撃する。雷撃を伴う衝撃波がしもべたちを包み込み、周囲の地面が弾け飛ぶ。しもべの耐久を思い知った古城はほとんど手を抜かずに眷獣を解き放ったが、想像以上の破壊力に頬を冷たい汗が流れる。

 

「……やばい、やりすぎたか?」

「気を抜くな第四真祖! 来るぞ!」

 

 しもべを覆う破壊の嵐から、計4本の腕が突き出した。荒れ狂う眷獣の身体を弾き飛ばし、ロプロスが飛翔しポセイドンが立ち上がる。流石に無防備な状態に眷獣の攻撃をまともに浴びたため、全身からは煙が吹き出し装甲も細かな傷が無数に刻まれている。

 だが、動作に一切の不備は見受けられなかった。あれだけの破壊を受けて尚健在であるしもべを見て、古城は驚きを露にする。

 

「バビル2世、あれ以上の攻撃はもう……」

「ああ、こちらもそろそろ手加減できないな」

 

 眷獣の融合攻撃をあっさりと凌いだしもべに対して、古城は有効な妨害手段を使い果たした。これ以上の攻撃となれば、次元ごと削り取る双頭の蛇の咢しかない。だが、それはバビル2世の仲間に対して不可逆の欠損を与えることに他ならない。

 手詰まりとも思えたその時、予想外の声が2人へと届いた。

 

「バビル2世、やってくれ!」

 

 かつて戦場で幾度も聞いた合図。ほとんど反射的に、バビル2世はしもべへと指示を下した。

 

「ポセイドン、やれ!」

 

 間髪を入れず、ポセイドンの指先からレーザーが放たれる。今の半暴走状態は、あくまでもバビル2世の指示としもべ自身の優先事項が衝突しているからこそ起きている。指示と優先事項が一致すれば、しもべは迅速に命令内容を遂行するのだ。

 放たれたレーザーは阿夜を焼き尽くさんと迫り、突如宙で不可解にその進路を歪ませた。空隙の魔女、南宮那月が得意とするのは空間制御の術式だ。空間転移が目立つためそれ以外の使用法があまり知られていない魔術だが、空間そのものを歪ませることにより光線を捻じ曲げることなど造作もない。歪み捻じれた光束は、幾条にも細く分かたれる。そしてその内の一本が、阿夜を真横から襲撃した。そしてバビル2世の第六感が、次の行動を脳内へ囁く。

 

「第四真祖、ロプロスに乗って行け」

「え?」

「説明している暇は無い。今は君が必要だ! ロプロス!」

 

 阿夜に接近することは、優先事項と矛盾しない。高速で古城へ接近したロプロスは、その腕で古城を捕獲しあっという間に那月の傍へと古城を放り投げた。突然の高速移動に面食らいながらも、古城は空中で姿勢を制御し無事に地面へと降り立つ。

 

「ポセイドン、ロプロス、話が済むまでその場で待機しておけ」

 

 バビル2世は傍に控える巨兵へ一言命じ、その身体能力を生かした高速移動で那月たちへと走り出した。

 既に書記(ノタリア)の魔女は制され、最優先で排除すべき存在ではなくなっている。2体のしもべは的確な状況判断で事の推移を見守るべく、瞬時に抹殺可能な状態で待機へと移行した。

 

 

 

 魔女の力の源たる霊力経路(パス)を引きちぎられ、外部演算装置兼護衛である〝守護者〟を失った阿夜が吐血し膝をついた。視線を上げれば、自らの理想を妨害せんと動いた面々が勢揃いしてこちらを見ている。その中に優麻の姿を見た阿夜は、自嘲気味に口を歪めた。

 

(ワタシ)が生み出した人形に背かれるとはな。ヤキが回ったというべきか……」

 

 どこまでも冷たい母の目線を受けた優麻は、怯えることなく正面から睨み返した。母の呪縛から解き放たれた、確固たる意志を持った目で。

 

「阿夜……潮時だ、監獄結界へ戻れ。お前の夢はもう終わった」

 

 空隙の魔女と火眼の魔女が視線を交差させる。片方は憐れみと悲しみを湛え、片方は憎しみと憤怒を込めて。

 

「戻れ、書記(ノタリア)の魔女。抵抗するならば、ここで殺さなければならない」

 

 バビル2世の言葉に、那月を覗く全員が動きを止めた。

 彼等とて理解はしている。今回阿夜が引き起こした事件は、島そのものを崩壊させかねないものだった。このまま当局へと引き渡されれば、死すら生温い処分が下されるだろう。那月は自らの結界に封印することで、バビル2世は苦しむ前に終わらせることで阿夜を守ろうとしているのだ。

 

「さて、(ワタシ)とて意地はある。第四始祖よ、そろそろ島を霧に変える眷獣を維持するのも厳しいのではないか? 暴走するまで(ワタシ)が耐えきれば、(ワタシ)の勝ちだ」

 

 阿夜の言葉は正鵠を射ていた。今古城は、島全体を霧に変え崩壊から守っている。物質を霧へと変ずる眷属、第四真祖4番目の眷獣である〝甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)〟を召喚したままなのだ。ただ広範囲を霧に変えるだけではなく、形を保ったまま維持を続けるのは中々の精神力を消費する。万が一暴走などすれば、霧と化している絃神島は文字通り雲散霧消してしまうのだ。

 

「問答をしている暇は無い……すぐに返事をしろ。

 もう、僕が手心を加えられる領域は過ぎた」

 

 バビル2世が阿夜へ迫り、控えていたしもべが僅かに動く。ポセイドンの指先が光り、ロプロスが宙で突撃体勢に入った。

 

(ワタシ)を止められるか、異端者?」

 

 燃える瞳を細め、阿夜は笑みを浮かべた。

 

「ロプロス! ポセイドン!」

「よせ! やめろ、阿夜!」

 

 魔女が初めて浮かべた陰惨な表情を見たバビル2世はしもべに命令を発し、那月は悲痛な叫び声をあげるがすでに遅い。しもべの攻撃が届くよりも早く、阿夜の全身が炎を吹き上げた。闇色の火が尋常ならざるものだということは、すぐに証明されることになる。本来であればなすすべなくその身を滅ぼすであろう光束を吸収し、怪音波をそよ風のように受け切ったのだ。それだけの耐久性を見せたにも関わらず、撒き散らす熱量と魔力は増加の一途を辿っている。すでに古城の眷獣にすら匹敵しながらも、なおその量を増やし続けているのだ。

 

「なんだ、これ!?」

堕魂(ロスト)……まさか、そこまで追い詰められていたというの?」

 

 戦えないからこそ冷静に戦況を見守っていた紗矢華が、いち早く今引き起こされている現象の正体に気がついた。古城と雪菜の問うような視線に応え、簡潔に概要を伝える。

 

「魔女の最終形態よ。自らの魂を悪魔に喰わせて、肉体を悪魔そのものへと変化させる」

「ああなってはもうだれにも止められない。阿夜は、もう……」

 

 那月が絶望の声を漏らす。自身が魔女だからこそ、堕魂(ロスト)の恐ろしさは身に染みて理解しているのだ。

 

「いいえ、止めますよ」

 

 雪菜が、銀の槍を握りしめ一歩前へと進み出た。雪菜は母の顔を知らない。だからこそ、どんな形であろうとも再会を果たした優麻が、永遠に母を失うことは許せないのだ。

 

「そうだな、やるか!」

 

 古城が並び立つ。彼も、古い友人の泣き顔など見たくはないのだ。それに、今滅び去ろうとしているのは恩人である那月とバビル2世と浅からぬ関係を持っている。もはや魔女としての力を失ったとしても、生きている方がいいに決まっている。

 

「僕と那月は手が出せない。やれるか」

 

 バビル2世の問いに、古城と雪菜は力強く頷いた。今のしもべは魔術に関する対抗手段はほとんど存在しない上に、無理に黒炎を攻撃すれば内部の阿夜ごと潰してしまうだろう。那月を補助し、一歩下がったバビル2世を見て、古城と雪菜は合図したかのように同時に飛び出した。

 敵の接近を感知した阿夜だった炎の塊が、炎の先で宙に文字を描く。枝分かれし幾重にも同時に描かれた文字からは、得体のしれない不定形の怪物たちが次々と召喚される。魔界の生物と思わしき影を前に、古城と雪菜は恐れない。この程度、装甲を解かれ待機しているしもべに比べれば可愛いものだ。

 

「やれ、獅子の黄金(レグルス・アウルム)――!」

 

 雷光の獅子が宙を駆け抜け、生み出された怪物を消滅させる。稲妻の残光を身に纏い、雪菜は無人となった道を行く。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

 雪菜の祝詞と共に、握られた雪霞狼が光を強める。堕ちた魔女の炎は、その光に怯えるように大きく揺らいだ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 一閃。

 黒い炎が切り裂かれ、全ての結界を切り裂く神格振動波駆動術式(DOE)の光を受けた阿夜の身体から魔力が消失する。それは、彼女と悪魔を結ぶ契約が破棄されたことを意味していた。彼女の身体と、体そのものを(ゲート)としていた魔界との接続が途切れる。

 

「よくやったぞ、教え子ども!」

 

 その僅かな隙を、銀の鎖が貫いた。闇色の炎の内部から、阿夜の身体が引きずり出される。

 

「ポセイドン!」

 

 虚空で燃え盛る炎が、巨人の手により握り潰された。それとほぼ同時に、阿夜の身体が虚空へと引き込まれる。

 宙に浮かぶ波紋が消えると、古城たちはまるで世界が色鮮やかに染まるような感覚を覚えた。絃神島に、魔力が戻ってきたのだ。

 それを証明するかのように、しもべの周囲に装甲版が出現した。張り付くように全身を拘束するそれを、しもべたちは黙って受け入れていく。数秒もたたず、ロプロスとポセイドンは見慣れた外見へと変化を終えた。異様な威圧感はすでに無く、主の命令をただ待っている。

 

「ロプロス、ポセイドン。いつもの待機場所まで戻り、命令あるまで情報収集を続けろ。なにか致命的な欠損があるかもしれない。

 ロプロス、海までポセイドンを運んでやれ」

 

 すぐさま宙を舞うロプロスとポセイドンを、古城は思わず目で追った。まるでそれを咎めるかのように、丁度水平線から昇った太陽が少年の目を灼く。思わず目を押さえ苦しみ古城を見て、雪菜たちは笑みをこぼす。

 霧が晴れた絃神島に、朝がやってきたのだ。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 甲殻の銀霧 ナトラ・シネレウス
 12存在する第四真祖の眷獣が1体の内、4番目の眷獣。実体のない霧の本体を殻で覆う甲殻類の姿を持つ。
 吸血鬼の持つ霧化の能力を司っているが、その影響は最低でも絃神島ほぼ全土を霧と化すほど。迂闊に暴走などしようものならば霧へと変じられた物体は消滅しかねないため、眷獣の中でも特に危険な1体といえる

 堕魂 ロスト
 悪魔と契約し力を手に入れた魔女が、己の肉体を捧げることにより至る暴走状態。
 ただでさえ強大な魔女であるが、この状態に至ると普段を遥かに超える力を発揮できる。
 しかし、その代償として悪魔に魂すらも奪われ、2度と人間に戻ることができないとされている。
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