バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 きりのいいところで切れなかったので、少々長めとなっています。


5話 亡国の戦闘員

 向かい合う人工島管理公社から派遣された攻魔師たちと、得体のしれない獣人。先に行動したのは獣人だった。

 

「なっ!?」

 

 那月が驚愕の声を上げる。

 あれだけ自信満々に啖呵を切った獣人が、何の躊躇いもなく壁を突き破って逃走したのだ。それだけではない、戦闘状態に入ったことにより強まったはずの獣人の気配が、完全に掻き消えたのだ。

 

「……どういうことだ」

 

 警戒を強める那月の背後に巨大な魔法陣が展開され、無数の熊のぬいぐるみが次々と排出された。偵察と攻撃を目的に生み出された、那月の使い魔たちだ。

 

「行け」

 

 使い魔が蜘蛛の子を散らすように駆け出した。獣人が開けた穴だけではなく、入口の方面へも向かっていく。

 それでも相当数残り、周囲を警戒する使い魔に囲まれた那月とアスタルテを後目に、浩一は魔術越しに警告を飛ばした。

 

「煌坂、獣人が姿を隠した! 式神から君の存在はばれているから、奇襲に警戒!

 気配を一切悟らせない隠密技術に、入口の痕跡から魔術も扱う事がわかっている。式神を出し惜しみするなよ!」

『りょ、了解!』

 

 返事を半分聞き流しながら、浩一は那月へ向き直った。

 

「南宮攻魔官、ひょっとするとあの獣人は私の領分かもしれない」

 

 その一言で、那月の表情が引き締まった。浩一、いや、バビル2世が言う彼の領分。それはつまり……。

 

「確か、なのか?」

「疑惑がある程度とはいえ、あの獣人の戦法にどこか見覚えがあるもので」

 

 通信魔術を介して紗矢華に聞かれている現状、言葉を選んで会話が進む。

 

「私が追います。南宮攻魔官は術を通じた援護を。アスタルテは南宮攻魔官の護衛を頼む」

 

 2人が頷いた事を確認し、浩一は紗矢華にも指示を飛ばした。

 

「聞こえていただろうけども、あの獣人は私が担当した犯罪組織の構成員だった可能性がある。煌坂も身を守ることを優先し、術による援護は最低限でいい。

 術の反応からこちらの居場所を知られる可能性があるから、通信魔術は切っておく。念のため獅子王機関の波長で魔力は放出し続けるからそれでこちらの位置を把握してくれ。余裕があれば南宮攻魔官と合流し、指示に従ってほしい。

 以上」

『え、ちょっと待』

 

 慌てる紗矢華の声を無視し、浩一は一方的に通信魔術を打ち切った。同時に呪符を目に貼り、透視力(クリアボヤンス)を発動させる。

 

「では、向かいますので。

 煌坂と合流できたら、このように」

 

 透ける視界で獣人を捕捉しつつ、那月へとメモを手渡す。そして浩一の姿のまま、バビル2世は獣人が開けた穴へと飛び込んだ。

 

 

 

 奇策によって浩一たちから逃れた獣人だったが、内心穏やかではなかった。自分に匹敵する、もしくは自分を上回るだけの力を感じ取らせた攻魔師が2人に得体の知れない感覚を放つ人工生命体(ホムンクルス)が1体。さらには自分の感覚ですらかろうじて捉える事ができるほどの式神を扱う術者が控えているのだ。

 明らかに戦力的不利の状況下で、馬鹿正直に戦闘を正面から始めるほどこの獣人は愚かではない。かつての強敵との戦闘法で教えられたとおり、身を隠してから闘気を操り気配を遮断する。

 奇襲による確固撃破の準備を整えながら、ふと獣人は動きを止めた。

 

「そういえば……あの男の匂い、どこかで……うん?」

 

 記憶の片隅に封じられた情報を引き出そうとしたとき、視界の端になにかが映った。それが何かを考える間もなく、それは高速で接近し獣人へ回し蹴りを叩き込む。獣人特有の反射神経と身体能力でその奇襲を回避し、男が向き合った先にいたのは目を呪符で覆った浩一だった。

 

「避けるか。流石に簡単にはいかないようだ」

「そちらから来るとはな。

 しかしどうやって私の居場所を探った? 移動を推測するような痕跡は残していないはずだし、気配の類も抑え込んでいるはずだが」

「お前は、自分の手の内を聞かれたからといって敵に明かすのか?」

「なるほど愚問だったな。忘れてくれ」

 

 灰色の獣人と浩一は、軽口を叩きながらも戦闘態勢を維持し続けている。

 先に動いたのは、獣人だった。先程の奇襲のお返しとばかりに、正面から連撃を繰り出す。ジャブ、ジャブ、ストレートに回し蹴り。鍛えられた獣人が繰り出す攻撃は、ただの人間では見切るどころか何が起きているのかすら把握できずにその命を散らすだろう。一撃一撃が人体を破壊する威力を秘めたそれを、浩一は四肢を保護する〝十式保護術式展開具足(パリレンクライス)〟ですべて受け流し、あるいは叩き落とす。

 

「……その動き、その膂力、やはり覚えがある。貴様まさか」

「戦闘中に、おしゃべりする余裕があるとはな」

 

 獣人の意識が格闘戦から会話へと僅かにずれた隙を狙って、浩一は〝十式保護術式展開具足(パリレンクライス)〟を展開した。この武神具は十分な硬度が特徴の1つだが、その硬度をはるかに上回る結界を展開することで身を守り仲間を守ることが本来の開発目的だ。しかし、今回展開された結界はほんの一部分……拳と脚を保護する範囲でしかない。

 一見意味のない発動に獣人が疑問を浮かべるよりも早く、浩一は結界と武神具により二重に保護された拳を全力で振るった。獣人は咄嗟に回避しようと体を捻るが、その脇腹を結界がしたたかに殴打する。視認性が低い結界分、攻撃範囲が増えている点を失念していたのだ。

 本来であれば痛みに悶絶するであろう攻撃を喰らった獣人だったが、うめき声一つ上げず冷静に距離をとる。だがあくまで表に出していないだけであり、事実打撃は十分なダメージを彼に与えていた。灰色の毛の下で冷や汗をかきながら、得心がいったとばかりに獣人は頷く。

 

「やはりか。今の行動で確信が持てたぞ」

「まだ無駄口を叩く余裕があるか」

 

 口を動かす獣人へ浩一は追撃を繰り出すが、獣人とて伊達に訓練された戦士というわけではない。先の攻防で結界の間合いをある程度把握していたのか、余裕を以て浩一の殴打を回避する。

 

「この戦闘力、そして戦闘時の冷徹な思考、武神具を本来の使用法意外に扱う応用力。

 お前は、バビル2世…………の、後継者だろう?」

 

 突然の的外れな指摘に、思わずといった様子で浩一の動きが止まった。それを図星と見た獣人が、徐々に言葉に込められた熱量を増やしていく。

 

「かつてあの男の戦いを見た身としてははっきりとわかる。戦い方があの男そのものといってもいいほどに練り上げられている存在が、あの男と無関係なはずがないからな。人間の年齢ではすでに死去しているだろうが、あの御方と同じ力を持つ者が簡単に老化で倒れれるはずもない。お前の匂いからして、直近にも稽古をつけていたのだろう?

 だが貴様はバビル2世には程遠い。あの男ならば、最盛期から衰えた私がここまで対抗できるはずがないのだからな」

 

 変装と術による認識阻害により、獣人は見当違いの推測を続ける。浩一は、その内容から確信を得た。

 

「貴様、やはりヨミの帝国の生き残りか。1人で来て正解だったようだ」

「ほう、あの御方の名を知っているか。やはりお前の背後にはバビル2世がいるのだな。忌々しい……」

 

 憎しみを隠そうともしない獣人へ、浩一は冷静な態度を崩さず、かすかに捉えた空間異常に笑みを浮かべた。

 

「大層な演説をしているようだが、忘れていないか。敵は私1人ではないんだぞ?」

 

 浩一の言葉が終わらない内に、獣人を取り囲むようにして虚空から鎖が射出された。同時に、猛禽の姿をした式神の群れが廊下の角から出現し次々と襲い掛かる。

 通常の敵であれば、このれまま鎖に囚われ式神に意識を失うまで攻撃され続けただろう。だが、今その状況に相対しているのは特殊訓練を受けた歴戦の戦士だ。視界の端に鎖を捕らえた瞬間、獣人としても規格外の脚力を振るい一瞬で廊下を破壊、即座に階下へと逃走した。鎖は空しく宙を貫き、それが妨害となって式神は穴へと向かえない。

 

「やるな、流石はあの男が鍛えた戦闘員だ!」

 

 即座に浩一もバビル2世としての身体能力を僅かに開放する。呪力で強化した脚は獣人と同じように一瞬で廊下を破壊し、透視力(クリアボヤンス)で捉え続けている獣人を追って階下へと飛び込んだ。

 

 

 

 奇襲された場合、人員が多ければそれだけ対処はしやすくなる。その原則に従って那月たちと合流した紗矢華は、必殺と思っていた連撃を獣人が常識外の回避方で逃れたことに衝撃を受けていた。

 

「な、何よあの獣人は! 思い浮かんでもあそこまで躊躇なく床を破壊する!?」

「やかましいぞポニテ猿!

 しかし、まさかあのような手段で〝戒めの鎖(レージング)〟から逃れるとはな。面白い……」

 

 那月は浩一から発せられる魔力を追って、紗矢華はそれに加えて式神から送られる視覚情報を使って浩一の後を追う。入り組んだ研究所であるが故に、式神の到着が遅れた結果連撃発動までに時間がかかったのだ。

 

「誰が猿よだれが!

 ……あの身体能力じゃ数が足りない、か。――(かぎり)よ!」

 

 突然の暴言に反応しつつ、紗矢華は追加の式神を召喚した。速度重視の隼型と、攻撃重視の鷲型だ。

 

「行きなさい!」

 

 術者の指示に従い、攻撃用の式神たちは先行する式神たちに合流するため飛び去った。先行する式神たちは、浩一の周囲を警戒しつつ情報を逐一紗矢華へと送り続けている。

 その内の一体が、突然打ち消された。

 

「敵襲!」

 

 咄嗟に反応が消失した地点へと式神を向かわせ、浩一の前にも一体の式神を飛ばして先導する。

 

「位置はわかった、3秒後に攻撃する!」

 

 空間制御によって使い魔を急行させつつ、那月は〝戒めの鎖(レージング)〟による捕縛を試みた。

 

「式神を引かせろ!」

 

 声と同時に紗矢華の操る式神が獣人から一斉に距離をとり、生まれた隙間を縫うようにして8本の鎖が先端の刃を向けて獣人へと殺到した。

 咄嗟に回避行動に移った獣人へ、紗矢華が新しく放った式神が襲い掛かる。さらにすぐさま追撃を入れるためか、いつの間にか那月の使い魔が群れを成して控えていた。脅威度が高い鎖を回避した先に更なる攻撃を加える、高い実力を持った者同士だからこそ実行可能な無言の連撃だ。

 並の相手ならば瀕死にすら追い込める連撃を、獣人は正面から迎え撃った。爆発的に膨れ上がった闘気が灰色の毛並みに浸透し、その硬度を飛躍的に上昇させる。鎖が繰り出す刺突に正面から当たれば貫かれてしまう程度の硬度ではあるものの、そのしなやかさを利用して迫る鎖につながれた刃を次々と捌き落とす。魔力を捕らえる目を持っていれば、その表面をさらにうっすらと魔力が覆っている事にも気がつくことができるだろう。

 

「な、生体障壁!?」

「それに加えて防護魔術の重ね掛けか。獣人のくせに面白い術式を扱うな」

 

 人間が気功術と呼ぶ、武術としてある種の達人のみが扱う事を許された業。一般的な獣人は自らの身体能力や変じる動物の特性を恃みに技術を磨き魔術を修めることなどしない。ましてや先天的なものではなく、技術としてそれらを高めた存在との遭遇は、那月たちをもってしても今まで数えるほどにしなかった。

 必殺と呼んでいい連撃を無傷で切り抜けた獣人は、牙を剥き出しにして駆け出した。移動を重ねた結果、最初に浩一たちと遭遇した部屋の傍にまで戻ってきていたのだ。獣人特有の鋭敏な嗅覚と視覚、そして脳内で構築した施設の全体像からそのことに気がついた獣人は、厄介な後衛を先に潰すこととした。3対1となるが、先の連撃を躱してから偵察用の式神に未だ捕捉されていない今しか奇襲の機会は無い。まず3人のうち誰でもいいので打ち倒し、その身を盾にして残り2人の相手をする。肌で感じた実力差から、追い込まれたとしても離脱できないことはない。

 隠密行動力を駆使して壁一枚隔てた位置まで接近し、強化を四肢と体の前面へと偏重させる。気配からして那月たちが獣人に気がついている様子は無く、今から気がついても壁と共に押し潰されるだろう。

 気合の声を入れる事すらせず、無言のまま全力で一歩目を踏み出す。

 

「残念だが、そこまでだ」

 

 強化を弱めていた後頭部へ、浩一の膝蹴りが叩き込まれた。

 

 

 

 前触れなく壁を粉砕しながら室内に侵入してきた獣人へ、那月と紗矢華は憐れみを込めた目を向けている。何が起こったのか理解できていないうえに、頭部へと強烈な打撃を受けた影響でまともに体を動かせていないのだ。結果として、歴戦の獣人は戦闘形態のまま床に突っ伏すという非常に間抜けな状態を保っている。

 

「わざとこの部屋近くにおびき寄せて倒すとは聞いていましたけど、ここまできれいにはまるとは……」

「所詮は獣だ。あそこまで闘争本能を刺激されれば、状況的にある程度の不自然さを見抜くことはできないだろうさ」

 

 渡されたメモを元に作戦を成功させた那月は事も無げに言うが、浩一が施していた隠密術式はこの場の2人でも見逃しかねないほどに高度なものだった。浩一が常に自分の位置を把握しているとわかっているのならば話は別だが、二度の追撃を回避した後に式神と遠距離魔術の攻撃しか来なければ、ほとんどの人間は振り切ったと判断するだろう。

 

「さてアスタルテ、この男から魔力を奪っておけ。戦闘形態のままではいつ暴れられるかわかったものではないからな」

命令受諾(アクセプト)――実行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 アスタルテが自身に植え込まれた人工眷獣を召喚し、鎧のように身にまとう。内部へと収納されたアスタルテが命じるままに、巨人の腕が獣人を握りしめた。その手を通じて、獣人を戦闘形態たらしめる根幹の力が奪われていく。

 

「が、魔、力が……」

「ほう、まだ話すことができたか」

 

 嗜虐に満ちた表情のまま感心する那月と、それを見て引く紗矢華。彼女たちを半ば無視し、浩一はこの小部屋へ突入した際に獣人が漁っていた書類へと目を通していた。

 

「なるほど、眷獣共生型人工生命体(ホムンクルス)の作成方法が書かれた資料か。技術としては希少価値が高いから放置はできないが、さてどう処分したものか」

 

 獣人が部屋から逃れた際投げ捨てられた書類を整理しつつ、浩一は頭を悩ませる。

 眷獣は吸血鬼のみが扱う事の出来る強力な戦闘手段だ。魔族としては、肉体的に脆弱と言われる吸血鬼が魔族の王とまで呼ばれる理由の大半を占める存在であり、召喚時に膨大な魔力、あるいは生命力を喰らうことから吸血鬼以外には扱えないとされてきた。

 しかし、アスタルテという例外がその前提に大きな波紋を投げかけたのだ。今でこそ消費する魔力を第四真祖である暁古城によって肩代わりされているが、それより前では大きな負荷があったとはいえ単独で眷獣を召喚し操っていた。もしも眷獣を扱うために、使い捨ての召喚装置として人工生命体(ホムンクルス)を利用しようと考えるものが出てきたら。そう言った外道の発想をする者は、どこにでもいるものなのだ。そう、本来であればこの資料を引き渡すべき人工島管理公社の中にでも。

 本音で言えば、浩一はこの資料を跡形もなく破棄したい。しかし、公社の依頼を受けた那月の助手という形でこの場を訪れている以上、迂闊に物品を破壊するわけにはいかないのだ。その場合、眼をつけられるのは浩一ではなく那月なのだから。

 悩む浩一だったが、脳裏に浮かぶ危機の予感に顔を跳ね上げた。感覚に従い周囲を見渡せば、薔薇の指先(ロドダクテュロス)によって拘束されている獣人がどうしても目につく。

 

「――全員離れろ!」

 

 浩一の怒号に、獣人を取り囲んで見張っていた3人が即座に反応した。その声に込められた感情から、ただ事ではないと察知したのだ。

 そしてその声音を聞いた獣人が、驚いたように目を見開いた。

 

「その声! なるほど貴様、弟子ではなく本人――」

 

 言葉の途中で、獣人の身体が爆ぜ飛んだ。魔術と科学が混在した、高威力の破壊魔法が体内で解き放たれたのだ。

 

「煌華麟!」

 

 迫りくる爆風は、紗矢華が生み出した疑似空間切断の障壁によって防がれる。しかし、それで防ぐことができるのは一瞬のみ。その一瞬の間に、那月が余裕を以て空間跳躍の術式を組み上げた。

 研究所入口まで跳んだ一行が目にしたのは、単一の爆薬が生み出したとは思えないほどの破壊だった。件の小部屋を中心に、引き込まれるようにして建物が崩壊していく。

 

「どうやってあれほどの自爆を……魔力の類はこの子が吸い取っていたはずでしょう?」

「簡単な話だよ。魔力を流すことで起爆するのではなく、魔力を流して起爆を抑え込む仕組みだったんだろう。その仕組みであれば、万が一保持者が即死しても周囲の敵を撒き込んで証拠を抹殺できる。丁度今みたいにね」

 

 浩一が淡々と伝えた疑問への回答を聞き、紗矢華は恐る恐る研究所跡へと視線を戻した。建物があった地点はすでに巨大なクレーターとなっており、内部に残されていた資料の回収は不可能だろう。

 

「図らずとも、悩みの種が消えたか。

 ……しかし、彼の帝国の残党が未だ活動していたとはな」

 

 戦っている間の獣人は、かつての栄光のために活動しているはぐれ者といった様子は無かった。今まさに復活を遂げる組織のため、身を捧げる戦士が一番近いだろうか。

 

「だが、組織復活にはあの男が必要不可欠だろう。未だ監視装置に異常はない……先に最大の障害であるぼくを排除するつもりか?」

 

 バビル2世の口調が漏れながらも、浩一は思考の海に沈んでいく。だが、どれだけ考えても答えが出ないことはわかっていた。正解の確認手段がない以上、どれだけ悩んでもこれは妄想に過ぎない。

 傍で心配そうにこちらを見る那月と紗矢華へ心配ないと手を振り、念のため資料が破壊されているのか確認するために呪符で目を遮り瓦礫の山と化した研究所を見通す。

 

「よし、例の小部屋は跡形もないし、特に情報がありそうな部屋も無いな……うん?」

 

 最終確認を終えようとしたバビル2世の視界に、不自然な空間が映り込んだ。施設から伸びる配管は、研究所の外目掛けて伸びている。そして、その先には研究所のどの通路とも接していない空間が広がっていた。幸いすぐそこに空間の天井部分にあたる構造体があるため、すぐに調査を開始できるだろう。

 

「空間跳躍を前提にした完全機密区画か。普通であればまず気がつかないな。

 これ、は」

 

 浩一の視界に、異物が映り込んだ。表情が硬くなった浩一へと、ついに耐えかねたのか紗矢華が話しかける。

 

「あの……浩一さん?」

「煌坂、ここを煌華麟で切り裂いてくれ。地下に空間がある。穴をあけたら、アスタルテと一緒にここで不審な人物が来ないか見張っていてくれ。生き埋めにされてはかなわない」

 

 突然の指示に、紗矢華は僅かに戸惑うも素直に空間切断の刃を数度振るった。切り開かれた隙間に浩一は躊躇なく飛び込み、那月がその後へと続く。そんな2人の背を見送り、紗矢華とアスタルテは周囲の警戒を開始した。

 

 

 

 薄暗い室内には、異常としか言い表せない空間が広がっていた。

 表現するならば、実験場だろうか。山と積み上がった造りかけの機械人形(オートマタ)に、保存液に浸された異常性を発する人工生命体の標本、さらに、壁や床のいたるところに血痕が飛び散っている。

 一般人ならば、半日もいれば精神的な異常をきたすであろう魔窟が、人の手によって作り出されていたのだ。

 

「アンドレイドの工房か。見た限り、そう長い間使われていたわけでは……おい、山野?」

 

 嫌悪感を隠そうともせずに室内を見渡していた那月だったが、周囲に目もくれずに突き進む浩一が目に入った。その声に振り向きもせず、浩一は薄暗い室内を突き進む。

 

「どうした、らしくないぞ?」

 

 似合わない行動に疑問を覚え、那月は浩一の隣へと移動する。

 

「あの獣人、腕に登録証が無かった。つまり最近この付近で目撃されていた不審人物ではなかったということだ。

 さて、この男(・・・)は一体誰と取引をしていたんだ?」

 

 浩一が部屋の隅に置かれたソファーの前で立ち止まった。そこには、人の躯が横たわっていた。時代遅れのパンクロッカーとも、酔っ払いの服装とも呼べる衣装に身を包んだ、干乾びた死体だ。その死体の持つ特徴は、人形師と呼ばれていた人物と一致する。

 凶悪な魔道犯罪者、ザカリー・多島・アンドレイドは死んでいた。自らの造り上げた密室の中で、たった1人きりで。

 

「一体、何があったんだ……」

 

 那月の呟きと共に、紗矢華が空けた穴から風か吹き込む。困惑する2人を嘲笑うかのように、ミイラと化した死体は砂のように崩れ去った。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 獣人 じゅうじん
 本作オリジナルキャラクター。
 かつてヨミの帝国で研鑽を積んだ戦闘員であり、今は謎の組織に所属する灰色の毛並みを持つ老齢の男性。
 かつての訓練で獣人特有の傲慢さや粗暴性は矯正され、気功術や魔術にも秀でる上級戦闘員だった。
 仮想敵がバビル2世だったため修めた能力も相応に高く、最盛期ならば本気の殺し合いでも調査に来た人員と一対一ならば遅滞戦法で十分な時間を稼ぐことができ、逃亡ならば高確率で可能な実力を誇っていた。

 種族・分類

 自爆装置
 本作オリジナルの魔具。
 魔力を流すことで炸裂する一般的な装置とは違い、魔力を流し続けることで炸裂を押さえる構造をしている。これにより、所持者が遠距離攻撃で即死した場合でも魔力の喪失から確実に起動し、痕跡を抹消可能な利点を持つ。
 大きさからは想像できない破壊力を有しており、至近距離で起動された場合降下範囲外に逃れることはほとんど不可能である。

 戒めの鎖 レージング
 南宮那月が操る神器。
 彼女の象徴的な武装となっており、破損はもちろんのこと一度捕まればそう簡単には抜け出せない強度を誇る。
 鎖の先には刃を装着可能であり、それを利用した刺突攻撃も可能。

 薔薇の指先 ロドダクテュロス
 アスタルテがその身に宿す人工眷獣。
 宿主であるアスタルテを包み込む巨大なゴーレムのような外見をしており、刻み込まれた神格振動波駆動術式により魔術の類を反射可能。
 腕だけを顕現することも可能であり、その場合羽のような魔力の放出が引き締まって巨人の腕となる召喚プロセスを踏む。

 バビル2世 用語集

 用語

 ヨミの帝国
 バビル2世の宿敵である、ヨミが築き上げた組織の総称。
 世界規模の秘密組織であり、各国の上層部にも食い込むほどの影響力を有していた。
 首領であるヨミの死により、要を失った組織は雲散霧消し構成員も散り散りとなった。
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