バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 今回は完全な別視点となっており、主人公側の登場はありません。ご了承ください。

 遅まきながら、各話末尾の用語集の追加作業が終了しました。


6話 悪夢の再誕

 絃神島の地下に造られた異様な光景の小部屋。主人である人形師が思うが儘に造り上げた工房で、2つの影が向かい合っていた。

 

「……で、こちらの提示した物に釣り合うだけのブツはもらえるんだろうな?」

 

 引き渡した物品をリストアップした書類を机に投げ出しながら、人形師……ザカリー・多島・アンドレイドは粘ついたような笑みを浮かべた。

 常人であれば不快感を隠せないであろう表情を前にして、対面に座る魔族の男は表情1つ変えずに書類を手に取った。腕にはめた魔族登録証が音を立てるが、その音を気にする存在はこの場にいない。

 

「なるほど、施設内に放置されていた全自動人形(オートマタ)に全実験失敗作、さらに演算特化に調整した人工生命体(ホムンクルス)3体……たしかに、確認した。

 だが、こちらの提示した眷獣共生型人工生命体(ホムンクルス)の作成資料が無いぞ?」

 

 魔族の男の言及に、アンドレイドは頭を掻いた。

 

「それがな、俺がその資料を渡した……殲教師のオイスタッハがどこかにしまい込みやがってな。捕まった結果、どこに保管してるのかわからなくなっちまったんだ。まあ、書類を保管できる場所は少ないからな。この場所のどこかだろうさ。

 申し訳ないが探せとは言わないでくれよ、こっちも作業がある」

 

 アンドレイドが追加で投げ渡した研究所の設計図には、3つの丸が付けられていた。そのどこかにあるということだろう。

 

「……まあ、これで良しとするか。

 こちらからの物資だ」

 

 魔族の男の腕から血煙が吹き出し、即座に魔力に変換された。宙を漂う濃密な魔力は黒い液状の物質へとその姿を変え、漆のような蜥蜴の身体を構築する。

 闇を溶かし込んだような蜥蜴へと、吸血鬼は躊躇なく腕を突き入れた。腕をかき回すたび眷獣の表皮に僅かなさざ波が立つが、蜥蜴は僅かな身じろ気すらしない。

 かき回す動きが止まり、吸血鬼はゆっくりと腕を引き抜いた。その手には太い紐が握られており、その先には厳重に梱包された木箱が繋がれていた。

 

「我々の開発した武装の部品だ。確認するといい」

 

 吸血鬼の男は事も無げに机へと木箱を置くが、重々しい音が響くとともに机が軋む。音からして、だたの吸血鬼の腕力では運ぶことすらできない重量だと予想できる。

 だが、そのような些事(・・)にアンドレイドの意識が向くことはなかった。眼前に置かれた木箱へと文字通り跳び付き、嬉々として納められた機会を検分していく。

 

「おお、おおおおおおお! すげえぞこれは!

 おまえら、こんな部品をどうやって……いや、それは聞かない契約だったな。いやあこれだけの部品が対価なら俺の芸術品とも釣り合うってもんだ!」

 

 まるで新しい玩具を手に入れた子供の用に、アンドレイドははしゃぎまわる。

 当然だ。箱に詰められていたのは、現在彼が自動人形(オートマタ)に仕込んでいる武器など比較にならないほど最先端にある、いや、現行技術では試作機が造れるかどうかという兵器の部品だ。これらを使えば、さらに強力な、永遠を生きることができる芸術を生み出すことができる。アンドレイドはそう信じて疑っていない。

 初め研究所内に仕掛けていた多くのトラップを含めた自動人形まで差し出せと言われた時には渋ったが、思い切っただけの対価を今アンドレイドは手にしている。

 

「どうやら文句は無いようだな。

 明日資料の捜索に獣人の代理人を1人来させる。資料を回収し次第、取引は成立だ」

「おお、俺はしばらくこの工房から出ない。これだけのブツを流してもらった礼だ、研究所内は好きに漁ってもらって構わないぜ。俺にはもう必要ないものしかないからな」

「……この工房から出ない、だと?

 ここはいつ特区警備隊が来るかもわからない施設だろう」

「あんな凡愚共に俺の隠し工房が見つかるものかよ。

 万が一見つかったとしても、俺には可愛い可愛いあいつがいるからな」

 

 目を輝かせて構想を練るアンドレイドは、すでに吸血鬼の声が聞こえているのかすら怪しい。そんな気狂いを侮蔑の目で眺め、吸血鬼は自らの眷獣を踏みつけた。まるで水面に潜るように、吸血鬼の姿が掻き消える。残された眷獣も付近にあった影を踏むと、同化するようにしてその姿を消した。

 取引相手が消えた室内で、アンドレイドに近づく影があった。顔半分が焼けただれ、内部機構に異常が発生しているのかぎこちない動きの改造人工生命体(ホムンクルス)――スワルニダだ。アンドレイドが最高傑作と呼び常に愛でられていた少女は、安置されていた棺型の寝具から痛みをこらえて這い出してきたのだ。主である人形師に、壊れかけた肉体を修理してもらうために。

 しかし、アンドレイドはそんなスワルニダには目もくれず、調整槽と木箱の中身をせわしなく見つめ続けている。

 

「あの餓鬼どものせいで散々だと思っていたが、組織の連中のおかげで気分も晴れたぜ。

 あの力、永遠に尽きない無尽蔵の魔力。いい、いいねぇ。実にいい! あれこそ俺の芸術に相応しい!

 お前もそう思うだろ、スワルニダ?」

「――肯定」

 

 自らを襲う激痛に耐えながら、スワルニダは声を絞り出した。たしかに、第四真祖の力は目を見張るものがあったことは事実だ。主人であるアンドレイドが賞賛するだけの力だったことは間違いない。しかし、その力がスワルニダの肉体を破壊し、今もなお消えない痛みを与え続けている。その矛盾が、内側からスワルニダを蝕んでいく。

 

「何の気まぐれか知らねーが、試験体(アスタルテ)に魔力の供給をしてたのはあの第四真祖の餓鬼で間違いない。つまり試験体(アスタルテ)を手に入れれば、あの〝永遠〟は俺達のものになるってわけだ!」

 

 陶酔しきった表情のアンドレイドが漏らした言葉に、スワルニダは希望を取り戻した。アスタルテは、彼女と同時期に調整された眷獣共生型の人工生命体(ホムンクルス)だ。眷獣に魔力と生命力を吸い取られるため、ごく短期間しか運用できないはずの兵器。それが、どういうわけか吸血鬼の真祖から魔力の供給を受けるようになり、吸血鬼の持つ〝永遠〟の一部を手に入れることになった。

 だからこそ、アンドレイドはアスタルテを奪い取ろうとしているのだ。彼の求める〝永遠〟を手に入れるためには、スワルニダの力が必要とされるはずだ。アンドレイドは、スワルニダを修理し十全以上の機能を取り戻させなければならないはずなのだ。

 

命令受諾(アクセプト)。執行のために私の修理と、失われた装備の補充を要請します」

 

 真剣な表情で要請するスワルニダに対し、人形師は見下すような笑みを浮かべた。

 

「なんだ、面白いことを言うようになったじゃないか。スワルニダ?」

 

 主の酷薄な笑みを見たスワルニダは、理由のわからない寒気を背筋に感じた。

 

「……人形師様(マイスター)?」

 

 困惑と共に聞き返すスワルニダを無視し、アンドレイドは調整槽へと向き直った。

 

「ずっと前から教えてやってただろぉ? 人形ってのは美しいままに(・・・・・・)〝永遠〟を生きるからこそ美しいってな。たとえ所有者の人間が滅び去ったとしても、な。

 今のお前の、どこがどう美しいってんだ?」

 

 遅まきながら、スワルニダは調整槽に浮かぶ奇妙な生物に気付いた。卵型をした、奇妙な人工生命体(ホムンクルス)だ。不定期に姿を変えながら、培養液の中を漂っている。

 

「気付いたか? 俺が生み出した最高傑作だよ。まだ未完成だけどな」

「最高……傑作……?」

 

 愛しい子供を見るような目のアンドレイドに、スワルニダは縋りつくように近づく。今までその称号は、スワルニダに与えられていたはずだった。何故、眼前の存在にその名が奪われているのか。

 

「こいつは喰った人工生命体(ホムンクルス)自動人形(オートマタ)を取り込み、その形質(ちから)を継承する。アスタルテを喰わせれば、あの力すら奪えるってわけだ。そうすれば、本物の〝永遠〟を手に入れることができる」

「私は……私は、どうなるのですか?」

 

 スワルニダは、問い返さずにはいられなかった。アスタルテの捕獲と同化は、彼女に与えられた使命だったはずなのだ。それを別の作品が担うというのならば、スワルニダは何をするればいいのか。

 

「醜く焼けただれ、壊れたお前に価値があるとでも思ったのか? 今のお前はただの廃棄物(ゴミ)だ。

 起きろナタナエル、食事の時間だ」

 

 怯えるスワルニダを厭わしげに一瞥し、酷薄な言葉を投げつけながらアンドレイドは調整槽のパネルを操作した。琥珀色の培養液が排出され、ナタナエルと呼ばれた新型の人工生命体(ホムンクルス)が目を覚ました。調整槽の蓋が開き、不定形の身体が這いずるようにして移動を開始した。

 

『I……I……accept your oder……Meister』

 

 全身を不気味に蠕動させながら言葉を紡ぐナタエルが、アンドレイドの足元で這いつくばるスワルニダへと近づいていく。身の危険を感じ取ったスワルニダは、軋む出を人形師へと伸ばした。

 今の彼女は、喰われる恐怖よりも主人に捨てられた驚愕に身をすくませていた。彼女が絶対だと信じていた存在理由が大きく揺らぎ、思考を軋ませる。彼女は今まさに壊れかけていた。

 

人形師様(マイスター)……私は……私は……」

「お前の部品はナタナエルにくれてやる。大人しく処分されておけ、廃棄物(ゴミ)

 さあナタナエル、連中の持ってきた部品も取り込んで強くなれよ?」

 

 自らに向けた情を感じさせない貌と、不定形の人工生命体(ホムンクルス)へ向けた慈しみの表情の差。それがスワルニダの見た、最後の光景だった。見た目からは想像できない俊敏性で、スワルニダはナタナエルに呑み込まれた。全身を焼けるような痛みが襲い、体を構成する機械が奪われ、肉体部分が喰われていく。

 当然スワルニダは抵抗するが、壊れかけた体ではそれも満足にできない。不定形の人工生命体に完全に取り込まれ、彼女の姿は消失した。

 

「まあ、こんなもんか。さて、融合にはどれだけかかるかだな」

 

 ナタナエルがスワルニダを取り込む間に、アンドレイドは吸血鬼から引き渡された木箱を、呪術強化した腕で運んできていた。それをナタナエルの上へ持ち上げ、内部に収められていた部品を不定形の肉体目掛けてぶちまける。スワルニダを取り込み一回り巨大化した肉塊は、それらの大部分を肉体に沈めた。

 微笑するアンドレイドの眼前で、ナタナエルが徐々に姿を変えていく。取り込んだスワルニダの経験と知識、埋め込まれた機械を再構成し、最適化を進めているのだ。現段階で、スワルニダの最盛期を遥かに超えた戦闘能力も発揮するだろう。

 このまま人工生命体(ホムンクルス)自動人形(オートマタ)、そして人間や魔族を喰らい続ければ、いずれナタナエルは最強の生体人形へと進化するだろう。そうすればアスタルテだけでなく、第四真祖すら取り込むことができるかもしれない。

 理想を思い描きながら調整槽へと手を伸ばしたアンドレイドは、異音を聞き眉を顰めた。

 

命令拒否(デイナイ)……」

 

 肉体を引きつらせ、重々しく呟いたナタナエルが横倒しになる。苦悶の声と共に身を捩る姿に、アンドレイドは脳裏を嫌な予感がよぎった。

 

「ナタナエル、どうした?」

 

 声をかける間にも、ナタナエルの異常は進行していく。透き通るような色合いをしていた肉体には焦げ付いたような色が浮かび上がり、不完全ながらも人間の頭部を模していた部分が苦悶に歪んだような表情を浮かべた。

 

「ア……ガク……ギアアアアアアッ!」

「ナタナエル!? どうしたんだ、おい!」

 

 焦りを見せる人形師だったが、次に起きた現象を見て表情を凍りつかせた。

 不完全な人型の背中から、新たな人型が姿を現したのだ。それは、取り込まれたはずのスワルニダによく似ていた。純白の髪に、透き通るような白い肌。整った左半分の顔に、焼け爛れた右半分の顔までも。

 

命令拒否(デイナイ)……命令拒否(デイナイ)命令拒否(デイナイ)命令拒否(デイナイ)命令拒否(デイナイ)命令拒否(デイナイ)……命令拒否(デイナイ)!」

 

 新しい体で、スワルニダは自分の思考が壊れたことを自覚していた。主人に捨てられ、最後の命令に逆らおうと抵抗したとき、彼女の心は壊れたのだ。今彼女を突き動かしているのは、自らの存在価値を証明するという衝動だけだ。そのためだけに、彼女はナタナエルの肉体を内側から食い破り、再誕したのだ。

 

「〝永遠〟に……生き続ける。それこそが人形の価値。所有者である人間が、滅んだとしても……!」

「す、スワルニダ!? お前――」

 

 不気味な笑みを浮かべるスワルニダを見たアンドレイドが、咄嗟に懐からウィスキーの瓶を取り出そうと手を動かした。高純度のアルコールを触媒とする魔術を使い身を守ろうとした人形師の動きが、突如制止した。

 スワルニダがのばした腕の先から光線が発射され、一瞬でアンドレイドの心臓を貫いたのだ。ナタナエルが取り込んだ部品の中にあった光学兵器は、遺憾なくその威力を発揮した。

 声も無く崩れ落ちたアンドレイドは、傷口が熱で焼けたために血を流していない。スワルニダは遺体に近づき、丁寧に体液を吸収しはじめた。人形師と呼ばれた男の死体はあっというまにミイラ状になり、特徴を知る者でもその死体がアンドレイドのものであると識別することは難しいだろう。アンドレイドが造り上げた人工生命体(ホムンクルス)には、一般に流通しているものとは違い第一非殺傷原則(人を傷つけてはならない)の防止プロテクトが存在しない。そのため、スワルニダは躊躇なく雪菜や古城へ攻撃を仕掛けられたのだ。皮肉にも作成者であるアンドレイドですら、その犠牲者に名を連ねることになった。

 主の死体を一瞥し、スワルニダは体形を変化させる。取り込んだアンドレイドの断片的な知識から、魔術を行使し体内の部品を空間ごと疑似的に圧縮することで、以前と変わらない大きさにまでその身を縮ませた。

 

「私は、〝永遠〟を手に入れる――」

 

 誰もいない地下空間で、スワルニダは美しく微笑んだ。焼け爛れた右半分の顔以外、アンドレイドが理想とした美しい姿で。

 スワルニダは通気口へと歩を進め、溶け込むようにその中へと消えていった。今の彼女は内部機構にすら縛られず、自由にその姿を変えることができるのだ。

 誰もいなくなった隠し部屋の中で、機械の駆動音だけが空しく響いていた。

 

 

 

 翌日。極短距離の空間転移で隠し部屋に侵入した獣人が見たのは、打ち捨てられた死体と無造作に積み上げられた自動人形(オートマタ)の残骸だけだった。アンドレイドがナタナエルに取り込ませるつもりだったそれらにスワルニダは価値を見出さず、それゆえに放置してこの場を去ったのだ。

 

「……所詮は思想に酔い、現実を見ない愚物か。自らの創造物を切り捨て続け、その結果がこのざまだ。

 すでに取引は終わっている。精々いい夢を見るがいいさ」

 

 場に残された痕跡から、獣人の戦闘員は人形師の死因が人工生命体(ホムンクルス)の反乱であると即座に見抜いた。

 つまらないものを見る目でアンドレイドの死体を眺め、獣人はすぐさまその空間に残された部品の回収を行った。獣人特有の嗅覚で、ばら撒かれた結果取り込まれずに残された部品は余さず回収され、この場に組織が関与した証拠は残っていない。

 

「あの吸血鬼の話では、そろそろ愚物を追って攻魔師が来てもおかしくない時期だな。資料の回収が済み次第撤収するか」

 

 前触れなく空間転移の魔術を使い、獣人の姿もまた隠し部屋から消失する。

 任務のため研究所跡地を捜索していた獣人が彼らの宿敵と再会する、ほんの数時間前の出来事だった。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 吸血鬼 きゅうけつき
 本作オリジナルキャラクター。
 謎の組織に所属する登録魔族であり、眷獣である影の蜥蜴の能力を利用して隠密行動が必要な任務に従事している。異空間を内蔵し影を移動する眷獣の特性上捕捉は非常に困難であり、今回人形師の隠れ家付近で目撃されたのは新設された監視カメラに捕らえられた不運のため。
 かつてのテロリストの根城という、特区警備隊が踏み込むには十分な理由を持つ施設に人形師が本拠を構えるとは思っておらず、あの隠し部屋も仮の住居だと考えていたことが獣人戦闘員戦死の遠因となってしまった。

 ナタナエル
 アンドレイドが生み出した異形の人工生命体。
 他の生命体や自動人形を喰らってその特徴を取り込む性質があり、完成すれば厄介この上ない存在になっていたと予想できる。
 主人の命令に従いスワルニダを喰らった結果、人工生命体の枠を超え狂ったスワルニダに内側から食い破られ、体を乗っ取られて消滅した。
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