バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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4話 執務室にて

 ヴァトラー、そしてバビル2世と船上での会談があった翌日、古城と雪菜は自身が通う彩海学園の職員室棟校舎、その最上階にいた。学園に似つかわしくない重厚な木製扉が、2人の眼前に立ち塞がっている。

 

「なあ、那月ちゃんの執務室ってここで合ってるんだよな?」

「ええ、そのはずですが……」

「なんで学園長室よりも上の階にあるんだ?」

「さ、さあ?」

 

 見ればただの扉ではなく、表面に彫刻の施された高級感漂う逸品だ。正直な所、学園長室の扉よりも遥かに価値がありそうである。

 気を取り直し、古城が先に扉を開ける。

 

「那月ちゃん、悪いんだけどちょっと聞きたいことが……」

 

 扉を潜った古城の頭部に、不可視の衝撃が叩き込まれた。

 

「先輩!?」

 

 声も上げられず転倒した古城に、慌てて雪菜が駆け寄る。

 

「南宮先生、流石に生徒に対して魔術行使はどうかと思いますよ」

「あれは言っても聞かない獣の類だからな。躾けは大切だぞ、山野攻魔官」

「学園では用務員と呼んでください。下手に聞かれると面倒だ」

 

 学生2人をよそに、呑気な会話が聞こえてくる。聞き覚えのある声に古城が顔を上げ、雪菜と同時に驚いた声を出した。

 

「浩一さん、なんで那月ちゃんの部屋に!?」

「浩一さん、どうしてここにいるんですか!?」

 

 獅子王機関の先達である浩一が、何故か那月の執務室でくつろいでいる。那月と獅子王機関とは商売敵の間柄であり、あまり快く思っていないはずなのだが。

 

「なんだ、こいつがここにいるのがそんなに不思議か?

 こいつの所属は厳密には獅子王機関ではないからな、そこまで警戒する必要が無いだけだ。そもそも、こいつが獅子王機関に出向する前からの知り合いでもある」

 

 那月の思わぬ一言に、古城と雪菜は衝撃を受けた。横でただ微笑む浩一の反応からしても、嘘や冗談ではないようだ。かの勇名を誇る空隙の魔女と繋がりを持つ浩一に驚くべきか、獅子王機関において客員にも拘らず先達の地位を送られるほどの猛者と知り合う那月を恐れるべきか、悩ましい所である。

 古城はその2択を頭を振るって追い払い、改めて教師2人と向き合った。

 

「なつ……南宮先生。教えて欲しいことがあるんだ」

 

 真剣そのものの古城に対し、那月はどこか面白がっている。

 

「なんだ。中等部の転校生をつれてきたことろを見ると、子供のつくり方でも訊きに来たか?」

「んなわけあるか!」

 

 古城が反射的に否定すると、那月はつまらなそうに扇子をいじり始めた。

 

「南宮先生、このご時世だとセクハラで問題になりますよ」

「相変わらず堅いな。まったく堅苦しい世の中になったものだ」

「まったく……で、古城君。質問はなんだい?」

 

 見かねた浩一が那月をなだめ、会話を促した。

 

「ありがとう浩一さん。

 改めて南宮先生、クリストフ・ガルドシュって男を探してるんだ。何か手がかりがあったら教えて欲しい」

「お前、どこでその名を聞いた?」

 

 那月が真剣な目で古城を射抜く。普段の、どこか見守るような目ではない。国家攻魔官、欧州で恐れられた、空隙(くうげき)魔女(まじょ)の目だ。

 

「昨日、ディミトリエ・ヴァトラーから聞いたんだよ。知ってるだろ? 今馬鹿みたいにでかいクルーズ船で来てる、戦王領域の貴族。この島にそのガルドシュとかいうやつがいるって聞いたのが、訪問の目的の1つとか言ってた」

 

 古城の話が進むにつれ、那月の表情が段々と険しくなっていく。

 

「あの蛇使いめ、余計な事をしてくれたものだな」

 

 那月の悪態から、古城は確信を強めた。那月は目的の獣人について何か知っている。

 

「知ってるんだな、クリストフ・ガルドシュについて。多分、この島に潜伏しているって言うのも前から知ってたんだろ。ひょっとしたら、そのアジトも」

「ああ、お前たちが何を持ってあの獣人を追っているかは知らんが、聞いてどうするつもりだ?」

 

 どこかけだるげな那月の問いに、雪菜が答えた。

 

「居場所を突き止め、アルデアル公と接触する前に捕まえます」

 

 その一言で、那月は大体の事情を察したようだ。万が一ヴァトラーとガルドシュが率いる黒死皇派の残党が戦闘をした場合、周囲の被害は甚大なものとなる事は想像に難くない。ヴァトラーは嬉々として眷獣を開放するだろうし、テロリストが周囲の被害を気にするとは思えない。最悪の場合、昨晩ヴァトラーが予告した通り余波で島が沈みかねない。

 その惨劇を事前に阻止しようとする雪菜の決意は固く、その意気込みが表情に出ている。

 だが、対する那月の返答はそっけないものだった。

 

「やめておけ、時間の無駄だ。

 ああアスタルテ、私に新しい紅茶を頼む。ついでに無駄足を踏んだ哀れな若人にも適当になにか出してやれ」

命令受諾(アクセプト)

 

 特徴的な声に、2人が揃って振り向いた。左右対称の人形めいた顔に、特徴的な青い髪。眷獣をその身に宿した人工生命体(ホムンクルス)の少女が、エプロンドレスに身を包んでいた。

 

「アスタルテ、どうしてここに!?」

 

 叫ぶ古城とは対照的に、雪菜は声も出せないほど驚いている。

 

「そういえばお前たちは顔見知りだったな。オイスタッハに使役されていたこいつは保護観察処分となったんだが、そこを私が身元引受人となったわけだ。丁度メイドの1人も欲しいと思っていたしな」

「明らかに最後の1言がメインだろ、恰好から見ても」

 

 古城は胡乱な目で那月を見るが、見られている本人はどこ吹く風である。視界の端で細々と動くアスタルテも、どこか満足そうにしている以上、あまり悪いようにはなっていないようだ。

 

「ところで、先程のガルドシュを捕まえようとするのが、時間の無駄とはどういう意味ですか?」

 

 雪菜が、気を取りなおして先程の言葉の意味を問う。それに答えたのは、意外なことに騒ぎを微笑ましげに見守っていた浩一だった。

 

「言い方に語弊があったね。正確には動く必要がないんだ。

 既にこの島の警備隊が動いているし、潜入場所の候補地も絞りきっている。今日明日にでも、特区警備隊(アイランド・ガード)が動いて事態は収まるはずだよ」

「でも、黒死皇派の彼岸は第一真祖の抹殺と聞いています。それを実現するだけの何かを求めてこの島へ来たのではないのですか?」

「ああ、それもわかっているから問題ないんだ。彼らの目的は島に運び込まれた古代兵器ナラクヴェーラだからね」

「ナラクヴェーラ、ですか?」

 

 聞きなれない名前に、雪菜は思わず聞き返した。その様子に微笑みながら、浩一は説明を続行する。

 

「そう、神々の兵器と呼ばれている先文明の遺産だ。かつて数多の都市や文明を滅ぼしたと言われている」

「なんでそんな物騒な代物が、この島に運ばれてるんだよ!」

「研究目的というのが表向きの理由だね。すでに強奪された後だったけど」

 

 古城のツッコミに対し、浩一は冷静に反応する。話している内容は、もっと真面目な空気で進めるべき内容だが。

 

「まあ、所詮は遺跡から発掘された骨董品だ。まともに動くとは思えんし、そもそも動かしたところでまともに制御できないだろう?」

「しかし、その制御する方法を見つけたからこそ黒死皇派は島に潜伏しているのではないですか?」

 

 雪菜の質問に、説明を引き継いだ那月が蔑むように言い放つ。

 

「ほう、流石にカンが効くな。たしかに最近発見された制御法が書かれた粘土板が、ナラクヴェーラと共に強奪されでいる」

「では、その制御法を解読されたら……」

「専門家ですら失われた古代文明の文字を解読することが一苦労なのに、知恵の足りんテロリスト風情がその説明を解読できると思うか? そもそも世界中の言語学者や研究機関が寄ってたかって研究しても、解読の糸口すら見つからない代物だ。素人集団に何ができる」

 

 押し黙る雪菜に、那月はさらに続けた。

 

「解読の協力をしていた研究員はすでに捕獲しているし、残党共の隠れ家もそう長く隠し続けることはできないさ。この島に馬鹿でかい骨董品を抱えたまま潜伏できる場所はほとんどないからな。特区警備隊(アイランド・ガード)も面子がかかっている。下手をすれば今日の夜までに片が付くだろう。お前たちは、せいぜい自棄になった獣人共の自爆テロにでも気を付けておけ。

 それよりもだ古城。」

 

 急に雰囲気を変えた那月が、古城と向き合った。真剣な目つきに、古城も思わず居住まいを正す。

 

「お前はディミトリエ・ヴァトラーに警戒をしろ。やつは自分よりも格上の世代〝長老(ワイズマン)〟――真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼を、これまでに2人も喰っている。ただの戦闘狂では説明がつかない、奴の不可解な戦果だ」

「吸血鬼を、喰ったのか? あいつがか!?」

 

 古城が息を呑む。雪菜も、流石に驚愕の表情を浮かべている。

 

「ディミトリエ・ヴァトラーが〝真祖に最も近い存在〟と呼ばれている所以だ。精々お前も喰われないように気を付けるんだな。

 同時ではないとはいえ、格上の世代2人を喰って取り込んだ化け物だ。本来であれば起こり得る、喰った相手に上書きされる現象すらも起こさずに自分の力としている。喰い返しが起きていない以上、真祖が喰われない、喰っても内側から喰い返せる保証などどこにも無いのだからな。

 話は以上だ。アスタルテが出した茶を飲んだらとっとと教室に戻るんだな。そろそろ予冷が鳴るぞ」

 

 那月は不敵な笑みを浮かべ、窓の外を眺めはじめる。既に話すことは無いという意思表示だろう。

 話の途中で運ばれたのか、よく冷えた麦茶が学生たちの前に置かれていたが、2人ともとてもそれを飲む気分ではなかった。

 

 

 

 古城と雪菜が執務室から去ると、那月が扇子を軽く振る。扉に刻まれた魔術文様が反応し、部屋の内部が魔術的密室となった。生半可な方法では内部の音は拾えないし、硝子越しでも観察は難しくなる。これを刻むためにわざわざ欧州から古木を取り寄せたのだから、彼女が権力をいかに活用しているかが窺える。

 

「で、なにか申し開きはあるかバビル2世。私はヴァトラーが来ていたとは聞いていたが、古城と接触したとは報告を受けていないぞ?」

 

 不敵に笑う那月だが、ある程度の付き合いがある者が見れば即座に平謝りするだろう。内部に怒りを溜め、いつ噴火するのかわからない状況だ。

 

「ああ、それを報告するためにここに来たんですが、話を始める前に彼らが来たので話ができなかったんです」

 

 その怒れる那月に対し、平然と言葉を返すバビル2世も並大抵の肝っ玉ではない。いつの間にか顔が浩一からバビル2世のものとなっており、服も用務員服が溶け落ちるように執務室の床へと消え、その下から詰襟の戦闘服が現れる。

 

「相変わらず、ロデムの変身能力は驚くな。服に変身しておけば万が一の時も即座に護衛に回れるということか」

 

 那月の言葉に応えるように、床から黒豹の姿をとったロデムが出現した。那月を警戒するわけでもなく、床に腹ばいになる。

 

「この方法を考えてから、不意打ちや強襲では不可欠になりました。

 さて、昨日ヴァトラーの船で手に入れた情報です」

 

アンティークの執務机に、資料が無造作に置かれた。仕入れた情報、船内の地図、ヴァトラーや古城の言動が事細かに記されている。

那月は一通り目を通し、感心したように纏めた資料で手を叩いた。

 

「流石はバビル2世だ。よく調べてある。

 ところでだ、資料では私たちがあの研究員を捉える前にはヴァトラーの蛇使いから招待状が送られたとあるな」

「ええ、学校の用務員室に獅子王機関の式神が届けに来ましてね。その後ロプロスから異常事態があると報告を受けて隠蔽工作のために現場に向かったんです。それがなにか?」

 

 疑問を呈するバビル2世に対し、那月は不満げな表情を浮かべる。

 

「そこは相談するのが筋というものだろう。古城……第四真祖をあのディミトリエ・ヴァトラーが呼び出していると知っていれば、対策を考えた」

「研究員捕縛後に伝えようとしたんですが、あまりに不機嫌そうだったので言い出せなくて」

 

 ほとんど悪びれていないバビル2世に、那月も諦めたようだ。ため息を1つ吐き、冷めてしまった紅茶をすする。

 

「まったく、報・連・相はきちんとしてほしいものだな。ヴァトラーとお前がぶつかれば、必然的に眷獣としもべもぶつかることになるだろう。蛇使いも並大抵の相手ではないからな、絃神島が沈んでもおかしくないんだということをわかっているのか?」

「たしかに、国からストッパーとして指名されている南宮攻魔官を連れずに行動するのはまずかったですね。次は伝えますよ」

 

 さすがに思う所があるのか、バビル2世に反省の色が見える。それを見た那月は邪悪な笑みを浮かべ、バビル2世は嫌な予感を感じ取った。

 

「そうだな、では反省の証として……なんだ!?」

 

 突如、学園全体を莫大な魔力を伴った高周波と轟音が襲った。那月の発動した魔術すら簡単に引き裂いたそれは学園中でほとんどの硝子を粉砕し、発生源付近に至ってはコンクリートに亀裂すら発生している。

 

「屋上で異変があったようです。ぼくが向かいますので、南宮攻魔官は何かがあった場合に備えてください」

 

 すでに浩一へと顔を変え、ロデムが変化した作業服を身に纏ったバビル2世が扉を蹴破る勢いで開き、それだけを言い残すと廊下へと消えていった。那月がふと横を見ると、粉砕された硝子は全てが床のある線から内側へは飛び散っていなかった。

 

「あいつの念動力(テレキネシス)か。相変わらず器用な奴だ」

 

 那月はどこか満足そうな表情を浮かべ、アスタルテに掃除の指示を出す。

 

命令受諾(アクセプト)

 

 アスタルテは黙々と掃除を行い。ガラス片を全て片付ける。

 数分後、集まったガラス片を空間制御魔術で廃棄所へ飛ばすという魔術の無駄遣いを披露した那月は、この騒ぎで発生したかもしれない生徒のため、アスタルテを保健室へと飛ばした。

 

「さて、バビルへの貸しを作る機会を逃したこの騒ぎ……起こした馬鹿にはどんな仕置きをくれてやろうか」

 

 彼女が発した怒気を含む独り言を聞いた人間がいなかったことは、数少ない幸運といえるかもしれない。

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