バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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8話 作品同士の戦い

 月明かりに照らされた校庭で、2人の人工生命体(ホムンクルス)が向かい合っている。

 青い髪を持つ人工生命体(ホムンクルス)、アスタルテが口を開いた。

 

「最終警告です、今すぐに学園の敷地内から立ち去ってください。さもなくば、実力を行使します」

 

 人工生命体(ホムンクルス)特有の、感情を感じさせない声音で淡々と告げられた警告に、銀の髪を持つ人工生命体(ホムンクルス)、スワルニダは一切の反応を返さなかった。

 

「目標発見」

 

 美しい顔を歪ませながら、スワルニダは笑みを深くする。その顔が、不自然にズレ(・・)た。

 

「ひいっ!」

 

 浅葱の悲鳴が響くが、この状況で悲鳴を上げないほうが難しいだろう。まさに人形のように整っていたスワルニダの顔、その皮膚がズルリと滑り、水っぽい音とともに地面へと落下したのだ。その下から現れたのは、顔の右半分を覆う醜く焼け爛れた傷跡だ。

 アンドレイドの血を取り込んだスワルニダは、断片的にだが彼の持つ知識と技術を取り入れたのだ。その技術を元に、襲い喰らった女性の肌を利用して傷跡を隠していた。しかし、断片的な知識では所詮顔の表面を覆う程度の応急的補修しかできなかった。大きな表情の変化に耐えられず、犠牲者の肌は剥離したのだ。

 感性の面ではただの女子高生とそう変わらない浅葱はもちろんのこと、那月の補助としてある程度の経験を積んだアスタルテも、眼前の光景には思わず硬直してしまう。それが、致命的な隙となってしまった。

 

「目標の停止を確認。執行せよ(エクスキュート)――」

 

 スワルニダの左腕が、内側から展開し内部機構を露出した。収納されていた銃口を目視したアスタルテは、即座に回避行動へと移る。

 これがただの銃であれば、もしくは相手が純粋な生き物であればアスタルテの回避行動は成功していただろう。だが、相手は機械の演算能力を付与された改造人工生命体(ホムンクルス)だ。アスタルテの不規則な移動に対して吸い寄せられるように銃口は動き続け、ブレがほとんど存在しない。

 そして、銃口が輝くと同時にアスタルテの左腕が撃ち抜かれた。千切れ飛んだ腕は宙を舞い、しかし一切の血液を噴出させずに地へ落ちる。

 

「アスタルテさん⁉」

 

 浅葱の悲鳴が響く中、アスタルテは呻き声すらあげずに着地した。片腕が無い状態のためわずかにふらつくが、それもすぐに修正し傷をかばう立ち方で警戒を高める。傷口からは一滴の血も流れていないとはいえ、もはや長時間の激しい運動は不可能だろう。

 

「ミス藍羽、逃走を推奨します。

 執行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 浅葱に僅かに視線を投げかけ、アスタルテは眷獣を身に纏った。魔力で作られた半透明の巨体が、アスタルテを取り込むようにして世界へ顕現する。眷獣寄生型人工生命体(ホムンクルス)であるアスタルテの切り札が召喚されたにもかかわらず、スワルニダは撃ち抜かれ地に落ちたアスタルテの腕を凝視していた。足元に転がる左腕を掴み上げ、無造作に頭部へと突き刺す。

 絶句する浅葱とは対照的に、アスタルテは警戒を崩さない。

 まるで沼に沈むように腕は頭部へと消え、スワルニダは解析処理補助のために得た情報を口に出す。

 

「解析、予想通り魔力の流れを検知。本体を取り込むことにより、流入先のすり替えは十分に可能であると判断可能。

 これより接収を……異物確認」

 

 流れるように分析結果を読み上げていたスワルニダだったが、突然その口が止まる。

 

人工生命体(ホムンクルス)の血液とは決定的に異なる成分を確認。既存の薬物を遥かに超える再生力と延命性を付与する効果を確認。濃度不足のため正確性に欠けるものの、未知の異能付与効果を確認」

 

 濁流のように分析結果を垂れ流すスワルニダを、アスタルテはホムンクルスとしては強い感情の籠もった瞳で睨みつけた。人間であれば、激高しているに等しい感情の爆発だ。

 

「警告します。あなたの取り込んだ、私の腕に含まれていた内蔵成分を排出し返却してください。それは、私があの人から与えられたものです」

「濃度と総量を高めるため、吸収を実行」

 

 アスタルテの勧告を無視し、スワルニダは眷獣を纏ったアスタルテへ襲いかかった。

 

「実力を行使します。

 ミス藍羽、逃走を推奨」

 

 〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟の剛腕が唸り、スワルニダを打ちのめさんと迫る。しかし、銀髪の人工生命体(ホムンクルス)はその動きがわかっていたかのように軽々と回避した。

 

「対象の危険性の増大を確認。兵器使用を解禁。

 執行せよ(エクスキュート)――」

 

 アスタルテから距離を取り、スワルニダは左腕の兵装を完全に露出した。おもちゃのような質感の筒は、ともすれば緊張感や危機感を取り除いてしまいそうな外見だ。しかし、その兵装が脆弱な人工生命体(ホムンクルス)とはいえ人の腕をたやすく切断した場面を見た後では、そのギャップが逆に恐ろしく感じる。

 巨大な人工眷獣に向けられた銃口から、光が迸った。先ほどアスタルテの腕を切り落とした攻撃の正体は、高威力のビームだったのだ。

 一瞬で着弾した光線に〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟がよろめいた。いや、正確には眷獣を操るアスタルテが揺らいだのだ。

 その身に刻まれた神格振動波駆動術式(DOE)により、魔術に対して鉄壁とも呼べる頑強性を誇る〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟の防御が一切発動しなかった。つまり、その攻撃の正体は決まっている。

 

「光学兵器ですって⁉ あんな小型で高威力な代物、どこの国も研究段階のはず!」

 

 浅葱の叫び通り、放たれた光線に魔術的な技術は一切使われていない。物理的な攻撃すらもほとんど意味を成さない眷獣だが、それが光の塊であるというのならば話は変わってくる。

 〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟は、あくまでも宿主であるアスタルテの命令で動いている。そのためにも、アスタルテの視界は最低限確保されていなければならない。眷獣を纏うようにして召喚する性質上、視界を確保するために〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟の体は光を透過するのだ。

 眷獣は物理的な光学兵器に対して大した痛撃を受けないだろう。しかし、中にいるアスタルテは別だ。確保された視界を強い光に埋め尽くされれば、それだけで視覚は潰される。肉体にダメージが入るほどの光は遮断されるだろうが、精神的な疲労は大きい。ただでさえ眷獣の召還時間が短いアスタルテにとって、精神的な負担はただの攻撃以上に脅威となるのだ。

 光線が発射されるたびにアスタルテは動きを鈍らせ、その隙を突いてスワルニダは眷獣の懐に飛び込もうとする。今はアスタルテが何とか対応しているが、このまま精神が摩耗すればいずれ懐まで踏み込まれるのか眷獣を維持できなくなるか、2つに1つだ。

 どちらも他に意識を回す余裕がないために放置されていた浅葱は、縋り付くように携帯端末へと呼びかけた。

 

「モグワイ、お願い力を貸して! このままじゃアスタルテさんが、アスタルテさんが!」

『落ち着きな、嬢ちゃん』

 

 取り乱す浅葱とは対照的に、モグワイの声はひどく冷静だった。

 

「落ち着けって、あんた状況わかってるの⁉ このままじゃアスタルテさんが殺されて、私もお陀仏なのよ⁉」

『何とかするためのプログラムが今送られてきたんだ。塔守からな』

「塔守って……バビル2世の協力者よね。なんで今の状況が?」

 

 モグワイが告げた予想外の名に、思わずといった形で浅葱が冷静さを取り戻す。

 

『さあな。しかし恐ろしいもんだぜこれは。悪用なんかしようものなら俺は消されるな」

「ちょっとモグワイ、何する気なのよ」

『まあ気にしなさんな。

 さて嬢ちゃん、いいというまで目をつぶっててくれ』

「はぁ? この状況下で目をつぶれって、あんたね」

『いいから。間に合わなくなるぜ』

 

 納得はしていないものの、今の状況でモグワイが無駄なことをいうとも思えなかった浅葱はおとなしく目を瞑った。暗闇の世界で戦闘音だけが響き続けているが、突然瞼越しですらはっきりと感じ取れるほどの強烈な光が一瞬生まれ、すぐに消え去る。

 

『今だ嬢ちゃん! 人工生命体(ホムンクルス)の子を連れて校舎まで走れ!』

 

 響くモグワイの声に従って浅葱が目を開けると、先ほどまで激戦を繰り広げていたはずの人工生命体(ホムンクルス)二人が瞳を抑え悶え苦しんでいた。

 このチャンスを見逃す浅葱ではなく、片腕が無いアスタルテを抱え上げると一目散に校舎へと走り出す。

 

『校庭の照明塔を利用した即席の照明攻撃さ。いかしてるだろ?』

「あ、あんたにしては穏便な方法じゃない。で、でも、これからどうするのよ? あ、あの人工生命体(ホムンクルス)から、逃げ切れるとは、思えないんだけど?」

 

 校舎内へと逃げ込んだ浅葱は、アスタルテを床に下ろし息を切らせながらモグワイへと疑問をぶつける。

 

『その工作を今からするのさ。さて嬢ちゃん、絶対に窓の外を見るなよ』

 

 モグワイの声と同時に、校庭から不規則な明滅が校内へと差し込み始めた。非常に短い間隔でチカチカと照明塔に備え付けられたライト1つ1つが明滅し、奇妙な光景を作り上げている。

 その光景を校庭で直視しているスワルニダに、明らかな異変が発生した。先ほどまでの戦闘で見せていた荒々しさが一切消え、体を動かすことすらつらそうにしている。

 その光景を見ていない浅葱にも、異変が起きていた。

 

「なに、これ……気持ち、悪いわね……」

「ミス藍羽、こちらへ。この光は人が見ていいものではありません」

 

 体力をわずかに回復したアスタルテが器用に片腕で浅葱を引き起こし、できる限り明かりを見ないようにして校庭から離れた教室まで肩を貸して先導した。

 

『すまないな嬢ちゃん。まさかこれほど強い影響があるとは思ってなかったぜ』

 

 珍しく素直に謝罪するモグワイ。もともと怒る気もなかった浅葱だったが、その珍しい態度に思わず微笑みが浮かんだ。

 

「いいのよモグワイ。目的だったあの殺人人形も足止めできてるみたいだし、私の体調も回復してきたしね。

 アスタルテさん、腕は……」

「腕に関しては、私の塩基配列を南宮教官が保存しているので治療可能です。

 ミス藍羽、今のうちに校内からの脱出を推奨します」

 

 治るとはいえ、片腕の欠損を何でもないことのように言及するアスタルテに浅葱は背筋を寒くしながら、その後の言葉に首を傾げた。

 

「いつまでも拘束するのは難しいかもしれないけど、あのライトで結構な時間が稼げるんじゃないの? 影を見た私であれだけ苦しかったんだから、直接見てるあの殺人人形はまともに動けないでしょ」

「回答します。私はある人の影響で動くことができました。彼女も私の腕から彼の因子を取り込んだ以上、いつ動けるようになっても不思議はありません」

 

 アスタルテの悲観的予想を裏付けるように、照明塔の1つが轟音と共に崩壊した。思わず窓の外に視線を向けようとした浅葱をアスタルテが強引に引き留め、代わりに校庭を覗く。

 

「想定を上回る移動可能速度を確認。照明塔が破壊される予想時間、4分です。ミス藍羽、私が妨害している間にできる限り遠くへ。

 執行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 浅葱の反応を待たずに、アスタルテは再度眷獣を纏い明滅が続く校庭へと跳び込んだ。

 

『嬢ちゃん、あの人工生命体(ホムンクルス)の子の言うとおりだぜ?

 今ここで嬢ちゃんがいてできることはない。早く逃げたほうがいい』

「そう、だけど……!」

 

 浅葱も、頭では理解しているのだ。明滅を見ないようにしてこの場から一刻も早く立ち去ることが最善であり、今の自分はただの足手まといだと。

 しかし、浅葱がここまでこの場に拘るのにも理由はある。スワルニダと遭遇したとき、反射的に起動させた装置をポケットから引き出した。

 

「いつまで待たせるのよ……。早くしないと、本当にアスタルテさんが!」

 

 協力の対価として受け取った、緊急招集の発信機を睨みつけながら、浅葱は祈ることしかできなかった。

 最強の援軍は、未だ到着しない。

 

 

 

 不規則な照明の明滅が照らし出す校庭で、アスタルテとスワルニダは正面から向かい合っていた。方や物理魔術共に高い耐性を持つ眷獣を身に纏い、方や照明の明滅を見ながら頭を抑えている。

 その点だけ見れば、両者の間で戦いができるとすら思えないだろう。しかし、スワルニダの左腕に仕込まれた光学兵器と、改造され埋め込まれた高い演算能力を考えればこれで対等と呼べる戦力となるのだ。

 警告の段階はすでに過ぎ去っている。言葉すら発することなく、アスタルテがスワルニダへと襲いかかった。巨躯を誇る〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟の豪腕が唸りを上げスワルニダへ迫る。

 それをただ受けるほど、銀髪の人工生命体(ホムンクルス)は容易い相手ではない。明滅の中うまく動かない体を強引に動かし、足りない移動距離を稼ぐため胴に仕込まれた火器を打ち放ち反動で無理やり眷獣の制空権を抜け出す。わずかに間合いが開いた隙を突き、左腕の銃口が数度輝いた。

 追撃を行おうとしていたアスタルテは眷獣越しの強い光に怯んでしまい、さらに1本の照明灯が崩れ落ちる。

 

「予想的中。負荷軽減効果が見込まれたため、引き続き照明灯破壊を実行」

「公的設備に対しての破壊活動を確認。迅速に対処開始」

 

 光束で照明灯を破壊したスワルニダ目掛けアスタルテは再び眷獣で攻撃するが、今度はスワルニダが独力での回避に成功した。明らかに、身体能力の制限が軽くなっている。

 追撃を続けるアスタルテだったが、不意に眷獣の姿が揺らぎ、かき消すように消滅した。長時間の眷獣運用の負荷に加え、ここに来てスワルニダの光学兵器が与えてきた精神的負荷が吹き出してきたのだ。

 声も挙げられずに蹲るアスタルテを一旦脅威から外し、スワルニダは光をばら撒いて全ての照明灯を破壊した。大質量が崩れ落ちる音の中、妨害の光を消したスワルニダは静かにアスタルテの隣へ寄り添うように近づく。

 

「目標の無力化を確認。同化を開始します」

 

 アスタルテの目の前で、スワルニダの輪郭が崩れ落ちた。巨大な肉の塊と化したそれは、彼女が今まで多くの人間を喰らい取り込んできた動かぬ証拠であり、悪意無いままに犯してきた罪の象徴と呼べる醜悪な姿だ。

 巨体に相応しいゆっくりとした動きで、スワルニダはアスタルテへと肉塊の一部を近づける。アスタルテの青い瞳に諦めの色が浮かび、次の瞬間アスタルテへ伸ばされていた肉塊の全てが一瞬で弾き飛ばされた。

 

「すまないアスタルテ、遅くなった」

 

 アスタルテを庇うように、戦闘服に身を包んだ浩一が立っていた。同時に手足にはめた武神具が展開し、いつでもその効果を発揮できるよう備えている。

 距離を取り肉塊を圧縮し始めたスワルニダに向かい、浩一は定型としてCカードを突き付けた。

 

「国家攻魔官の山野浩一だ。アンドレイドの作品スワルニダ、主であるアンドレイドの殺害容疑、加えて人工生命体(ホムンクルス)殺害未遂及び殺傷、並びに器物破損の現行犯で捕縛する。おとなしくしたほうが身のためだぞ」

 

 規則として口を動かしているものの、眼前の改造人工生命体(ホムンクルス)がおとなしく従うと考えるほど浩一は間抜けではない。同時に、おとなしく縛につくほどスワルニダの妄執は浅いものではない。

 深夜の彩海学園校庭で、戦いの第2幕が始まろうとしていた。

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