バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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9話 発露する変化

 突然の乱入者に、スワルニダは距離をとって警戒態勢に入った。自らの肉体が弾き飛ばされるまで一切の気配を感じさせず、吸収を目的とした肉塊を弾いたにも関わらずなんの損傷も見受けられない新しい脅威。スワルニダの改造された脳内では、大量の情報が飛び交い現在の状況を分析している。

 距離が空き僅かな余裕ができた浩一は、蹲るアスタルテの失った腕を見て絶句していた。もちろん報告にはあったし送られてきた画像も移動しながら確認はしていたが、やはり直に目の前にするのとでは衝撃の度合いが違う。

 

「アスタルテ、その腕は……」

「ミス藍羽にも問われましたが、南宮教官が私の塩基配列を保管しているため、修復は容易です」

 

 表情を動かさないアスタルテだが、どこか陰りのある声だということを浩一は聞き逃さなかった。今の彼女に戦いができるとは思えない。浩一の判断は早かった。

 

「とりあえず校舎に向かって、藍羽さんの保護をしていてくれ。ここは任せろ」

 

 一見無愛想に告げられた言葉の裏にある気遣いをくみ取れないほど、アスタルテは鈍感ではない。

 

「……命令受諾(アクセプト)

 

 移動できる程度には回復したのかよろよろと校舎に向かうアスタルテを庇い、浩一はスワルニダへと向き直った。

 

「データ更新を終了。目標の確保、及び吸収を再開」

 

 沈黙を保っていたスワルニダも、感情のない瞳に浩一を映す。撤退するアスタルテを取り込むためにも、眼前の敵を排除する必要があると判断したのだろう。一度屋上で交戦したデータから、浩一が並々ならぬ実力者であることを銀髪の改造人工生命体(ホムンクルス)は把握している。

 アスタルテの危機に間に合った浩一と、今まさに目的を達成しようとしていたスワルニダの睨み合いは、極々一瞬のことだった。

 浩一は守るため、スワルニダは喰らうために互いを障害と見なし、正面から排除にかかったのだ。

 

執行せよ(エクスキュート)――」

 

 動き出しこそほとんど同時だったが、スワルニダの武器は文字通りの光速だ。左腕が突き出され、放たれた殺人光線が浩一へと迫る。直撃すれば、人間などひとたまりもない。

 

「〝十式保護術式展開具足(パリレンクライス)〟」

 

 だが、バビル2世は山野浩一に変装した状態であろうとも世界的に有数の実力者なのだ。たとえ光速といえども、知っていれば対策はできる。ロプロスのカメラアイが捉えた映像を移動中に検分していた浩一は、左腕を向けられた瞬間に武神具を発動、致死の一撃を弾き飛ばしたのだ。

 そして、映像を見た瞬間から浩一が抱き続けていた疑念は、眼前で実物を見たことでそれが正しいものであると確信を抱かせた。

 

「まさかとは思っていたが、この威力に銃口内の発光装置……。奴らの兵器を取り込んだのか」

 

 バビル2世が持つ動体視力は、変装時でも問題なくその恩恵を浩一へともたらす。彼の目が捉えたのは、スワルニダが構える光学兵器の銃口、その最奥に備えられた発光装置の形状だ。

 まるで目玉を思わせる不気味なデザインのそれを、かつてバビル2世は見たことがあった。ヨミが秘密裏に制圧した、仮にF市と呼称される日本の地方都市において、防衛のために繰り出されたロボット兵器の一部分だ。

 

「サントスの破壊光線発生装置とはな。

 小型化の影響かは知らないが、威力が低下しているのは幸いか」

 

 万が一にも聞き取られないよう口の中で言葉を転がし、浩一は両手足の武神具を起動させた。兵器の常識に違わず、光学兵器にも長所と短所がある、その短所を突くためだ。

 無言で走り出した浩一を訝しげな瞳で捉え、スワルニダは左腕だけではなく全身から遠距離攻撃可能な武装を迫り出した。

 

「目標の急送接近を確認……迎撃開始。

 執行せよ(エクスキュート)――」

 

 人間ならば鼻で笑ったかもしれないが、機械的思考のスワルニダは淡々と迎撃のために思考で引き金を引いた。

 実弾兵器の尽くが強力な結界に弾き飛ばされその意味を失うが、浩一の姿が見えているということは光は通っているということだ。本質が光である以上、光学兵器は減衰こそすれ受け止められるわけではない。大した妨害も受けないまま、スワルニダが放ったレーザーは進路を進み、何も存在しない空へと消えていった。

 

「……?

 異常発生、原因を調査」

 

 即座にスワルニダは眼球の光学センサーを起動し、突っ込んでくる浩一の周囲をスキャンする。

 

「空間に多層の結界を感知。誤差修正」

「残念だが、その時間はない」

 

 呪術の強化で身体能力を跳ね上げた浩一の刈り取るような脚撃が、スワルニダの左足へと直撃した。スワルニダは腕を使って跳ねるような動きで距離を取り転倒を防いだが、左足は無残に歪んでいる。もしも体重をかければ、それだけで耐え切れずに折れるだろう。

 

「降伏しろスワルニダ、その足ではもう逃げられないぞ」

「拒否。降伏する必要性無し」

 

 折れた足が突然引き込まれるようにして体内へと収納され、即座に無傷の足が生え変わった。その光景に思わず目を剥く浩一だったが、アスタルテを吸収しようとしていた形態を思い出す。

 

「なるほど、圧縮した体内で代替品と取り換えたのか。考えるものだ」

 

 感心したような物言いになったが、これは浩一にとって不利な案件だ。どれだけ代替部品があるのかわからない浩一にとって、短期での決着が難しくなったことを意味しているのだから。守る立場である浩一からすれば、戦いが長引いても利点は無い。

 

「交換修理完了。戦闘行動を続行」

 

 新しい脚の調子を確かめもせず、スワルニダは浩一へと射撃を再開した。高威力の実弾兵装が浩一の周囲に着弾し、結界を揺さぶり浩一の行動を狭める。その隙を突いたレーザーが多層の結界の歪みを利用して浩一へと迫るが、浩一はそれを慌てもせずに武神具で防ぐ。

 弾幕の途切れを狙って浩一が距離を詰めようと駆け出すが、スワルニダは一定の距離を保ち巧みに射撃を続け浩一を寄せ付けない。

 2者の戦いは、膠着状態に陥り始めた。

 

 

 

 浩一とスワルニダが交戦を初めてすぐ、アスタルテは校舎の陰で様子を窺っていた浅葱と合流することに成功していた。

 

「アスタルテさん、大丈夫なの⁉」

「ごく短時間ならば、眷獣を使用した戦闘も可能であると回答します。貴女の護衛は難しいかもしれませんが、身体能力を考慮すれば貴女が逃げ切る間程度の囮は務まると推察します」

 

 自分の気持ちをよそに、淡々と役割だけを考えて物事を話すアスタルテに対し、浅葱の我慢が限界に達した。

 

「あのね、さっきから聞いてればなんでそう自分を犠牲に物事を進めようとするの! もっと自分を大切にしなさいよ!」

「私は人工生命体(ホムンクルス)です。人のために行動し、その度々に最善の行動を模索し実行することが重要であると回答します」

「それであなたが死んじゃったら意味がないじゃない! 貴女が傷ついたり死んじゃったりしたら、悲しむ人がいるじゃない!

 さっきの浩一さんの顔見たでしょ? 那月ちゃんだって絶対に悲しむわよ⁉」

 

 自らが慕う2人の名を出され、アスタルテは目を見開いた。

 

「それとも何? あなたの知ってる2人は、知り合いが腕を切られても、ましてや死んでも平気な顔してる薄情者だって言うつもりなの⁉」

「否定します。

 ミス藍羽……間違いに気が付かせていただき、ありがとうございます」

「わ、分かればいいのよ。もう!」

 

 素直に頭を下げるアスタルテに、浅葱はどこか照れ臭そうだ。激情のままに口を動かしていたため、思い返すとなかなかに恥ずかしいことを言っていたと気付いたからだろう。

 

「とにかく! あの人工生命体(ホムンクルス)かなりやばそうだったけど、浩一さんは大丈夫なの?」

「おそらく問題はないと推測します。戦闘は膠着状態に入りましたが、改造人工生命体(ホムンクルス)が攻撃のたびに多量の弾薬を消費しています。対して山野攻魔官は結界を発生させ体術で攻撃をさばき続けているため、このまま続けば山野攻魔官の体力が切れる前に改造人工生命体(ホムンクルス)の攻撃手段が枯渇すると予想できます。しかし……」

「しかし、何?」

 

 浅葱に促され、口ごもっていたアスタルテは予想の続きを話し始めた。

 

「あの改造人工生命体(ホムンクルス)は内部空間を魔術的に圧縮していました。どれだけの弾薬を保存しているかわからない以上、いつ攻撃手段が枯渇するのか予想ができません。

 さらに、今のままならば山野攻魔官は問題なく行動できるでしょう。しかし、相手がどのような手を隠し持っているかわからない以上、常に危険はあるものと考えられます」

「……つまり、さっきのは私を安心させるための希望的観測で、本当はけっこう危ないかもしれないってこと?」

「……肯定」

 

 慌てた浅葱は、思わず窓から戦場と化した校庭を覗き込んだ。彼女の目では月明かりの元行われている戦闘を分析することはできないが、それでも見ずにはいられなかったのだ。

 距離を保たれたまま一方的に銃撃に晒され続ける浩一の様子は、彼女からすれば今にもやられてしまいそうに移り焦りが増幅された。

 

「このままあの人がやられるのを見てるわけにはいかないわね。

 モグワイ、力を貸しなさい!」

『力を貸せって言われてもな。嬢ちゃん、俺が操れる電子機器は精々あの照明塔くらいで、それももう全部ぶっ壊されちまったんだぜ? 何しろってんだ?』

「うろ覚えのまま行動したくないから、知恵を貸せって言ってるのよ!

 アスタルテさんも、一緒に作戦会議!」

「ミス藍羽、落ち着くことを推奨します」

「いいから、ほらこっち来る! 学校の備品に何があるかとか、知ってるでしょう?」

 

 困惑するアスタルテへ向けられた笑みは、自信に溢れた強者の笑みだ。アスタルテはそんな浅葱に那月の笑みを幻視し、一度頷き浅葱の質問に答え始めた。

 

 

 

 銀髪の改造人工生命体(ホムンクルス)が銃を乱射し、戦闘服を着た攻魔官がそれをかいくぐって接近を試みる。膠着状態となったスワルニダと浩一の戦闘は、その繰り返しだった。攻撃の全てを防ぐ浩一と、体内の異常空間から大量の弾薬を装填し続け弾切れを一切予兆させないスワルニダ。しかし、その天秤は僅かずつではあるが浩一へと傾き始めていた。

 

「右金属杭投射銃(ニードルガン)破損、三連散弾銃へ換装」

 

 浩一の投げた照明塔の残骸が、また1つスワルニダの武器を砕いた。即座に新しい銃器へと換装されるが、既にこの行為は数回繰り返されており、浩一がスワルニダの攻撃にかなり慣れてきているということがわかる。とはいえ、徐々に浩一が有利になりつつあるというだけであり、決定的な勝利に至るまでにはまだ一手足りないのだ。

 

「破壊光線発生装置の連射を今まで一切してこない以上、連射しないではなくできないと考えるべきか。さて、どう攻め切るべきかな」

 

 浩一にとって大きな有利点が、スワルニダが殺人光線を連射してこない点である。もし仮に連射されていた場合、敗北こそしないが勝負はもっと拮抗したものになっていただろう。

 浩一は知る由もないが、サントスの破壊光線発生装置には莫大なエネルギーが必要とされている。スワルニダが扱えるエネルギーでは十全の起動はできず、最低限の威力で扱っているのが現状だ。

 さらに、この装置を動かすだけでも高い演算能力が必要となる。結界の存在から唯一浩一への有効打となる光学兵器を起動させないわけにはいかず、それ故にスワルニダは他の部分にほとんどエネルギーを割けない。

 それを補うための弾幕であり、実際浩一は結界の維持に集中力を少なからず使うために現在の均衡は保たれているのだ。

 

「経路変更、爆雷放出」

 

 スワルニダの右足が展開し、蹴りと共に大量の榴弾がばら撒かれた。爆炎と巻き上げられた土煙で視界が遮られ、浩一の行動を一時的に阻害する。そのわずかな行動疎阻害の間に、スワルニダの胴体部分から巨大な砲塔が姿を現した。

 現状彼女が動かせる最大の切り札を、機械演算特有の精密性で撃ち放つ。

 

「なにっ⁉」

 

 砲塔のサイズに相応しい巨大な弾丸が、浩一の結界すぐ傍の地面に着弾した。轟音と共にグラウンドごと構造体が吹き飛び、引き起こされた崩落は浩一の足下にまで及んだ。

 浩一が操る〝十式保護術式展開具足(パリレンクライス)〟の結界は、あくまでも使用者を保護するためのものだ。至近距離の地面に着弾した大質量の砲弾を受け止める機能があるはずもなく、その衝撃と引き起こされる崩落はスワルニダの狙い通り浩一の動きを完全に止めることに成功した。

 数秒あれば浩一は体勢を立て直し、崩落からも脱出するだろう。しかし、光の攻撃速度を持つスワルニダにとってはその数秒があれば十分だ。

 

執行せよ(エクスキュート)――」

 

 癖となっている発言と共にスワルニダの左腕が狙いを定め、視界の端に移った飛来物を右腕の散弾銃で撃ちぬいた。瞬時に粉砕された物体の中から、大量の液体がぶちまかれる。

 

「アスタルテさん、ナイス!」

 

 飛来物の予測軌跡線上には、ガッツポーズを決めた浅葱と眷獣の腕だけを顕現したアスタルテが、校舎の陰からスワルニダへと再び液体タンクの投擲準備に入っていた。予定よりもわずかに遅れて発射した光線は、浩一に体勢を崩しながらも回避されている。

 

「妨害行為を検知。制圧を開始。

 投射液体の成分分析終了。人工生命体(ホムンクルス)用の培養液と判明」

 

 ばら撒かれた液体はスワルニダをずぶ濡れにしたが、人工生命体(ホムンクルス)である彼女にとってその液体は無害なものだ。体勢を崩した浩一へ銃撃を加えつつ、再び投げられた液体タンクを近接用の山刀(マチェット)で両断する。再びぶちまけられた培養液が地面の広範囲を濡らすが、この程度でスワルニダの歩みを止めることはできない。そんなことは浅葱も承知の上だ。

 

「モグワイ、やっちゃいなさい!」

 

 こちらを脅威と認識せず、ただ歩をすすめるスワルニダを見て、浅葱は笑みを深くした。

 しかし、その笑みはモグワイの焦ったような声を聞き消え失せてしまう。

 

『まずいぜ嬢ちゃん、もう電源を入れたのに感電してる様子がない! 培養液が届いてないんだ!』

 

 改造された聴力でモグワイの声を聞いたスワルニダは、浅葱の作戦を即座に理解した。

 人工生命体(ホムンクルス)用の培養液は、主成分としてグリコールエーテルを含んでいる。それが持つ高い通電性を利用してスワルニダの動きを止め、浩一のための隙を作ろうと考えたのだ。しかし、その目論見は崩れ去った。培養液の量が足りず、モグワイが照明塔残骸に通電しても電気が流れることはなかったのだ。

 浅葱を危険因子と認識したスワルニダが、培養液から逃れるために跳躍の姿勢に入る。数秒すればスワルニダは安全券へ離脱し、浅葱たちへと容赦のない銃撃を加えるだろう。それだけの時間があれば浩一が割って入り攻撃を遮断できるが、そうなればもう浩一は動けない。雨霰と放たれる弾丸とレーザーから、浅葱とアスタルテを守り続けなければならないのだ。

 そうなれば、いかに浩一と言っても不覚を取りかねないだろう。それだけは許せないと、アスタルテは自分でも不思議なほど感情を高ぶらせた。

 直後の変化に、気づいたものは誰もいなかった。スワルニダは回避に精神を傾け、浅葱はアスタルテの背後であり、浩一とロデムはスワルニダを注視していた。上空のロプロスですら、角度の問題から見落としていたのだ。

 変化は幻想的ですらあった。アスタルテの瞳が、熱を抱いたかのようにその色を変じさせたのだ。目が覚めるような青から、透きとおるような赤へと。

 そして、その変化と同時に照明塔の残骸が蠢き、コンクリート片を突き破るような勢いで電線が飛び出した。明らかに自然の動きではないそれば、モグワイが通電した状態のままにスワルニダ付近の培養液へと突き立った。

 まさに跳躍しようとした瞬間、スワルニダの全身を電流が蹂躙した。人間ならば即死してもおかしくないそれに反応し、スワルニダの全身が激しく痙攣する。

 改造人工生命体(ホムンクルス)であるスワルニダならば、1秒に満たない時間で内部機構が電流を遮断し、ダメージはあるにしろその場からの離脱ができる。しかし、その僅かな隙を見逃すほど、国家攻魔官は甘い相手ではない。

 裂帛の気合と共に繰り出された浩一の蹴りが、スワルニダをついに捉えた。展開していた巨砲を圧し折り、足先は深く胴体へと突き刺さっている。

 

「ああああああああああっ!」

 

 あまりの勢いに2度3度と地面を転がり、やっと立ち上がったスワルニダは怒りとも苦痛に耐えるともとれる咆哮と共に、自らの両腕を山刀(マチェット)で引き裂き鮮血を辺りに振りまき始める。

 突然の奇行に身構える浩一の前で、スワルニダは血煙とともにかき消すようにその姿を消失させた。

 

「やられた、血液を媒介に空間転移したのか」

 

 空間を使った移動は、同じ空間系の魔術を扱う者でもなければ追跡は不可能だ。

 不気味なまでに静まり返った校庭が、戦いの終わりを示していた。

 しかし浩一の、いや、バビル2世の表情は晴れない。その目線は、疲れ果て気絶したアスタルテへと向けられていた。

 勝利の大きな要因となったスワルニダの感電。浅葱はバビル2世が念動力(テレキネシス)で電線を操ったと思っているようだが、あの時バビル2世は一切の能力を使用していない。

 ならば、あの場でそのような芸当ができる可能性を持つ者は2人。バビルの血を取り込んだ人工生命体(ホムンクルス)たちだけだ。

 取り込んだ量の少なさに加え、摂取してから短時間しか経過しておらず、自分に不利な現象を起こすわけがないことからスワルニダではない。

 ならば、より多量の血を取り込み、馴染むまでの時間が十分にあった者としか考えられない。

 

「この件が片付き次第、調べる必要があるな」

 

 浩一の外見のまま、バビル2世はアスタルテを調べる段取りを考え始めた。

 地面であどけない寝顔を浮かべたアスタルテの目の色は、閉じられた瞼に遮られ窺うことはできない。

 

 

 

 急ぎ浅葱を帰らせた浩一は、その場で矢瀬を呼び出した。おっとり刀で駆けつけた矢瀬だったが、あまりの惨状に思わず立ち止まる。

 

「で、戦闘の結果がこの惨状ですか」

 

 矢瀬が引きつった表情を浮かべるが、仕方のないことだろう。頼みであった古馴染みの少女は五体満足で帰路に着くことができたが、まさか変装しているとはいえバビル2世がここまで苦戦するとは予想していなかったのだ。そのため被害はもっと少ないと見積もっていたのだが、現実は照明塔全損の上に校舎に多数の弾痕、挙げ句のはてに校庭には大穴が空いている。

 

「さて、朝に部活動の生徒がやってくるまでに、これをどうにかごまかす必要があるんだ」

 

 言外に対応を任せると伝えられた矢瀬が、膝から崩れ落ちた。

 

「校庭やら校舎はわかりますが、なんで照明塔が全滅してるんですか……? そもそも、消失した体育館もまだ修繕が終わってないんですよ……?」

「スワルニダ……ああ、今回はっきりした失踪事件の犯人だが、彼女を止めるためにモグワイを通じて塔にある警備装置の1つ、催眠ライトのパターンを一部送ったのさ。

 足止めできるかと思ったんだが、抵抗されてこのざまだ」

 

 あっけらかんと告げるバビル2世に対し、矢瀬は裏切られたような表情を浮かべた。さすがのバビル2世にも罪悪感が生まれる。

 

「あー……できる限り手伝うさ」

 

 浩一のなんの慰めにもならない言葉を聞きながら、矢瀬は脳を高速で回転させはじめた。秘密を守れる業者、カバーストーリーの設定、付近の住民への説明。その中には、浩一を利用したものも多大に含まれている。手伝うと言われた以上、最大限に手伝ってもらうつもりだ。

 ギラついた目の矢瀬を見ながら、浩一はどうやってこの苦労人を労るか考えを巡らせ始めた。




 バビル2世 用語集

 種族・分類

 サントス
 かつてヨミが造り上げた戦闘ロボット。
 巨大な目玉を思わせる頭部に、つるりとした胴体と細い手足で構成される。
 装甲はバズーカ砲を無傷で受けるほどに強固であり、頭部の目玉状の装置から発される光線は一撃で戦車すら爆破炎上させるほどの破壊力を持つ。
 最も恐ろしいのは量産機という点であり、数十機が生産されバビル2世を多いに苦しめた。

 催眠ライト さいみんらいと 
 バベルの塔に備えられた警備システムの一種であり、後にヨミも運用するようになった装置。
 特殊な明滅を繰り返す無数のライトの集合体であり、その発光パターンで人間を幻惑し催眠状態に陥れる。
 バビルの血をひく者か、サングラスなどで光量を押さえない限り抵抗できる者はいなかった。

 用語

 F市 えふし
 バビル2世でヨミが秘密裏に占領した地方都市。
 ヨミの手によって完全に要塞化されており、バビル2世も自衛隊の手を借りなければ攻略不可能なほどの戦闘区域と化していた。

 念動力 サイコキネシス
 バビル2世の超能力の1つ。
 バビル2世原作では大量の瓦礫や石を一斉に巻き上げ、嵐のようにヨミへ叩きつける戦法が印象に残る。
 人間を持ち上げて操ることもできるが、一定以上の実力者相手ではあまり意味を成さないため使用回数は少ない。
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