バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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10話 いざ目的の地へ

 日曜日の朝。モノレールに揺られながら、暁凪沙は3人の同行者へとマシンガンのように言葉をぶつけていた。

 

「でも本当に驚いちゃったよ、昨日チアの練習しに行ったら校庭が封鎖されてるんですもん。隕石の落下とそれが起こしたガス爆発で大穴空いてたし、照明塔も全滅してたんだよ?

 あれ月曜日までに直るのかな? もしも直らなかったら体育の授業遅れちゃうけどどうするんでしょう? 浩一さんはそういった話とか聞いてないんですか?」

 

 言葉の奔流に呑まれていた浩一は、なんとか与えられた息継ぎの時間にやっと一息ついていた。

 

 「あ、ああ、私も休みの間におきたことだからね。申し訳ないけど、詳しい話はあまり聞いてないんだよ。

 それに立場上守秘義務もある。あまり話は漏らせないな」

 

 表情を引つらせる浩一を見て、妹の暴走を止めるべく古城が割って入った。

 

「凪沙、お前そのマシンガントークあんまりするなって言ったろ。

 すいません浩一さん、こいつ気に入った相手に対してはどうもこうで」

「だって雪菜ちゃんだけじゃなくて話題の用務員浩一さんと一緒にお出かけなんだから、話してみたいんだよ」

 

 凪沙の言葉に引っかかりを覚えたのか、いつもの距離感で古城の側に立っていた雪菜が口を開いた。

 

「ちょっと渚沙ちゃん。浩一さんだけじゃなくて、私も何かあるの?」

 

 不思議そうな雪菜に対し、凪沙はやれやれと首をふる。

 

「わかってないなぁ雪菜ちゃんは。

 ファンクラブ会員なら誰でも憧れる雪菜ちゃんとのお買い物に、何故か雪菜ちゃんと親しいと噂の浩一さんが一緒なんだよ?

 これで何もないわけないじゃない!」

「いや、浩一さんは島に来てから仕事詰めで土地勘がまだないから、買い物ついでに案内するだけだって説明したよな?」

 

 冷静な古城のツッコミも、テンションが上がる一方の凪沙には聞こえていないようだ。

 

「で、実際どうなの? 前からの知り合いみたいだけど、仲はいいのかな? それとも、初恋の人だったりして? ちょっとくらい教えてよ雪菜ちゃん!」

「え、ちょっ、落ち着いて……」

 

 暴走する凪沙の質問攻めにあっている雪菜を生贄に、男2人は一時の休息を得た。

 凪沙の意識がそれた隙に、浩一が周囲の乗客にすらバレない精度で呪符を発動する。空気の振動を利用し、声を直接互いの耳に届ける密談用の呪術だ。

 

「知ってはいたけど、ずいぶんと元気な子だね」

「すいません、あんまり話したことがない知り合いと出かけるってことで張り切ってるみたいで。

 ……で、本当なんですか。俺が改造人工生命体(ホムンクルス)に襲われるかもしれないって話」

 

 表情を引き締めた古城を見て、浩一は思考を攻魔官のそれへと切り替えた。

 

「確かだよ。彩海学園で改造人工生命体(ホムンクルス)……スワルニダがアスタルテを襲撃したけど、その目的は彼女を吸収して第四真祖、つまり君との魔力パスを手に入れることだったんだ。アスタルテには南宮攻魔官がついているし、スワルニダが君を直接狙いに来ないとは言い切れない。

 学園の時点で確保できていればこんなことにはならなかった。すまない」

「頭を上げてください!

 浩一さんのせいじゃありませんし、こうして同行してくれてるじゃないですか」

 

 不自然にならないようわずかに頭を下げた浩一に、古城は慌ててフォローを入れた。

 

「そう言ってもらえると助かるよ。教員として、年長者として最低限恥ずかしくない行動をするつもりさ。

 さて凪沙さん、その辺にしてやってくれ。姫柊がそろそろ限界だ」

 

 最低限の情報交換を終え、浩一はいい加減言葉の濁流に溺れそうになっていた雪菜へと助け舟を出した。

 

「あ、ごめんなさい」

「あ、ありがとうございます。

 浩一さん、今日私達と一緒で大丈夫なんですか? 色々と忙しいと聞いていますが」

 

 獅子王機関の人間として、ある程度の事情を知る雪菜が躊躇いがちに問いかけた。彼女は、今日スワルニダ追撃戦が行われることを知っている。その主戦力になるであろう浩一を、護衛のためとはいえ遊びに連れ出しているような現状に不安感を覚えているのだ。

 

「その点は気にしなくていいさ。僕以外でも仕事ができる人間は多いし、学校勤めとして、こうやって生徒が集まる施設を生徒目線で把握するのも立派な仕事だからね」

 

 言外に同行も任務と告げると、雪菜は少し安心したような表情を浮かべる。それを買い物への期待感と捉えた凪沙が、改めて今日の目標を確認しはじめた。

 

「では雪菜ちゃん! 本日の買い物においてなにか準備はしてきたのかな!?」

「え、あ、はい。とりあえず、最近の流行についてのチェックくらいはしてきました」

 

 やたらと元気いっぱいな凪沙に促され、雪菜は鞄から雑誌を取り出す。真新しい衣類紹介雑誌からはみ出す付箋の量から、生真面目に下調べをしてきたということがわかった。

 

「とりあえず、私服が無かったのでそれを買おうと思っています。これとか、少し気になったので」

「へえ、少し見せてくれよ」

 

 雪菜の私服を見たことがない古城は、そんな彼女がどのような服を選んだのか興味本位で雑誌を借り受けた。教え子のセンスを知らない浩一も、好奇心から覗き込む。

 

「この辺りのものは、なかなかよさそうだなと思いまして」

「おっ、ルディダスのニューモデルか。軽くて動きやすいし、デザインも洒落てるな」

「はい。UVカット機能もある強靭性の高い生地ですし、外使いにもできそうです」

「たしか速乾性も高いって聞いたな。俺も欲しいんだけど、予算がな」

 

 古城の同意を得たためか、雪菜の顔が明るくなる。古城も楽しそうに会話をしながら、共に雑誌をめくりはじめた。

 

「俺が持ってたのは1つ前のタイプだけど、こっちのスポーツタイツもなかなか良かったぜ。膝とか腰の負担がかなり軽減されてさ」

「そうなんですか。私も少し気になっていたので、ではそちらも試してみます」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 盛り上がる古城と雪菜に、凪沙が必死な声で割り込んだ。

 

「あのさ、ルディダスってたしかスポーツメーカーだったよね?

 服の話をしてたと思ったんだけど、なんでジャージの話で盛り上がってるの?」

「……え?」

「何か、変な話でもしてたか?」

 

 心の底から不思議そうな雪菜と古城に、凪沙は信じられないものを見る目になった。

 

「え? じゃないよ!

 私服って言ってもお出かけ用の服を買いに来たんじゃなかったの? もっとおしゃれな服とか見ようよ!」

「いや、お出かけ用のおしゃれなジャージじゃないか。ほら、デザインも悪くないだろ?」

「ええ、十分普段使用に耐えるデザインだと思います」

 

 不思議そうな古城が同意を求め、それに雪菜はあっさりと同意を返した。元バスケ部員であった古城にとって、外出がジャージというのはごく当たり前のことであり、育った環境的におしゃれに縁がなかった雪菜にとっても、動きやすさで服を選ぶ癖がついているのだ。

 

「いやいやいやいやちょっと待って! いくらおしゃれでも所詮ジャージだからね! 運動服だからね⁉

 世の中には私服って言ったらもっとおしゃれな服とか、かわいい服とかいっぱいあるから!

 浩一さんも言ってくださいよ! ていうか仲いいみたいなんですから、どうしてこうなるまで放っておいたんですか⁉」

「すまない、私もファッションには疎くてね。TPOに合わせた服装はできるけれども、一般的に普通という服しか買ったことがない。

 女性の服にアドバイスというのは、ちょっと荷が重いよ」

 

 浩一からの援護射撃はない。凪沙はひとしきりツッコんだ後に頭を抱え、兄を連れてきたことを早くも後悔し始めた。

 

「なんでこう思考が体育会系なの……こんなことなら浅葱ちゃんを誘えば……でも今事件関係で忙しいんだっけ……」

 

 嘆く凪沙の声に、浩一は静かに目をそらした。事件分析のため駆り出されているという表向きの理由の裏で、今浅葱は那月の特別折檻を受けているのだ。時間的にもう終わっているだろうが、とてもではないが外出できるだけの気力は残っていないだろう。

 実の妹に自らのファッションセンスを全否定された古城は、さすがにショックだったようで唇を歪めた。

 

「浅葱だって、あの普段着が普通ってことはないだろ」

「とにかく、私が来たからには雪菜ちゃんには可愛い私服を着てもらいます。これは決定事項です!

 古城君だって、おしゃれした雪菜ちゃんを見てみたいと思うでしょ?」

「いや、俺は別に――ぐっ⁉」

 

 凪沙の気迫に思わず失言を漏らしそうになった古城の横腹へ、浩一の肘がめり込んだ。

 

「古城君、君はもう少し相手の反応を考えたほうがいい。今君が言おうとした言葉をそのまま口に出したとして、姫柊がどう思うかを予想してみるんだ。

 僕も南宮攻魔官相手によく失敗したよ。難しいとは思うが、注意することだね」

 

思わず言葉を詰まらせた古城の耳元で伝えられた浩一の本気の忠告に、古城は素直に従うことにした。年長者の意見は聞き入れるべきなのだ。特に、実体験を伴った警告に関しては。

 

「あ、ああ。確かに制服とか運動着以外の格好をした姫柊も見てみたいな。言われてみればたしかに制服以外の格好はほとんど見たことなかったし、新鮮そうだ。

 それに、姫柊はどんな服着ても似合いそうだしな」

 

 古城は何とか取り繕うが、後半は素直に思ったことを口に出した。芝居がかったわけではなく、素直に褒められたと理解した雪菜の顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 

「わ、私の服が見たい、ですか……どんな服でも似合いそう、ですか……そ、そうですか……」

 

 浩一のフォローがあったとはいえ、憎からず思っている異性から思わぬ感想を告げられた雪菜がまんざらでもなさそうに口元を緩め、その様子を見た古城がめったに見ない表情を見た照れからか頬を染め目線をそらす。

 

「そうだよねぇ。せっかくかわいいんだから、いろいろとおしゃれな服を着ないともったいないよねぇ」

 

 無邪気に頷く凪沙と、2人の様子を微笑ましげに見る浩一。何とも言えない空間が形成された直後、モノレールが減速を始めた。車内アナウンスから、次の停車駅が目的の駅だ。

 窓からは巨大なショッピングモールが見え始め、屋上からは売り尽くしセールの文字が書かれた垂れ幕が吊るされている。

 目的地に集まる人ごみに気が付き、仲良く顔を強ばらせる古城と雪菜とは対照的に、凪沙のテンションは上昇の一方だ。

 

「行くよ雪菜ちゃん、古城君、浩一さん!」

 

 モノレールの扉が開き、真っ先に駅のホームへと降りた凪沙が元気よく3人へと振り返る。緊張した表情で降車した雪菜の後ろで、男2人は顔を見合わせて苦笑しあった。女性が買い物で元気になるのは世の常であり、それに男性が振り回されるのもまたよくある光景だ。

 買い物の光景を思い浮かべて溜息を吐く古城の背中を軽く叩き、浩一もまた生徒を追って駅のホームへと踏み出した。

 

 

 

 薄暗い地下道で、フリルまみれのドレスを着た美少女が鋭い目線で周囲を警戒している。その背後では、青い髪の人工生命体(ホムンクルス)の少女が付き従うように控えていた。

 

「まったく、不良娘の折檻のせいで無駄に時間がかかったな。

 アスタルテ、腕の調子はどうだ?」

「快調である、と返答します。

 この激務の中、私の腕を優先していただき感謝します」

 

 フリルの美少女……南宮那月の問いに、青髪の人工生命体(ホムンクルス)……アスタルテは生真面目に頭を下げた。

 

「よせ、私は助手の効率のいい行動のために治したに過ぎん。

 それに、私のそばに立つ者が負傷を治療もしないままでは締まりが悪いからな」

 

 至極どうでもよさそうな那月だったが、見るものが見れば僅かな照れの感情を感じ取ることができただろう。正面から礼を言われることはあるのだが、真摯に頭を下げられることに彼女は慣れていないのだ。

 

「そんなことよりも、だ。特区警備隊(アイランド・ガード)と手分けして捜索しても、スワルニダとやらの拠点らしき場所はすべてがもぬけの殻だ。

 これは、何かしらの異能がすでに目覚めていると考えるべきか?」

 

 スワルニダのアスタルテ襲撃から一夜開けた昨日、アスタルテの負傷報告のついでに浩一と那月は情報交換を行っていたのだ。

 その中でも特に気がかりな情報が、アスタルテの腕が取り込まれたという件だ。

 普段の態度とは裏腹に、南宮那月はすごぶる面倒見がいい。そんな彼女が自らの庇護する存在を害されて冷静でいられるわけがないが、会議内ではそれよりも気がかりな情報があったのだ。

 

「お前の腕からバビル2世の因子を読み取るとはな。万が一を考えると、既に分析は終了していると考えるべきだろう。

 因子の量からしてそう強力な能力は扱えないはずだ。とすると……今特区警備隊(アイランド・ガード)の手を逃れ続けていることを考えるに、第六感でも学習したのか。厄介な」

「謝罪します。私の油断がなければ、スワルニダにバビル2世の因子を奪われることもありませんでした」

「なにもお前を責めているのではないさアスタルテ。少々面倒なことになったという程度の状況確認だ。実際捕まらないだけで見つけさえすれば、私ならばどうとでも料理できる相手だからな。浩一は相性が悪かったというか、まあそもそも手加減が苦手な奴だからな。

 アスタルテ、おまえにも念のため伝えておくぞ。今のスワルニダは指名手配犯であり同時にアンドレイドの犯罪歴を追うための重要な証拠品だ。うかつに破壊するなよ。ただし、万が一暴走などで周囲の被害が大きくなると予想できる場合のみ、破壊許可が出ている。状況をよく見て対応しろ。

 まあ、おまえは今回保護対象だ。救援が来るまで耐えるだけでいい」

命令受諾(アクセプト)

「わかったのならそれでいい。そら、先行部隊の明かりが見えてきた。ひとまず合流だ。

 そうそう……浩一からも聞いているだろうが、今回の件が片付き次第総検査に入る。それだけは覚えておけ」

 

 そう言って那月が向かう先では、特区警備隊(アイランド・ガード)がバルーンライトを使用し懸命に周囲を捜索している。

 那月の姿を見た部隊長が、足早に近づき敬礼した。

 

「南宮攻魔官、御足労感謝します」

「堅苦しい挨拶はいい。状況はどうだ?」

「またもぬけの殻です。

 つい1時間ほど前まではこの場所に潜伏していたらしき形跡があるのですが、こちらを」

 

 部隊長が示す先には、直径30㎝ほどの穴が開いていた。都市ガスの配管や電線などを収める地下の空間なのだが、その端になにやら粘液のようなものがついている。

 

「これは……?」

「分析待ちですが、この周囲にも数か所似たような物質が付着していました。どうやってかはわかりませんが、目標はこの程度の隙間なら潜って移動できるようです」

「なるほどな。山野攻魔官から聞いたが、目標はある程度大きさを制御できるらしい。ここまで小さくなれるとは想定外だな」

「その情報は我々も受けています。迂闊でした」

 

 悔しそうな隊長だが、すぐに表情を引き締め周囲に指示を出し始める。今は迅速な行動が重要であると理解しているのだ。

 

「配管図を見てこの先どこに動くか予測しろ! 今まで発見し放棄されているアジトの位置から、ある程度の予測地点は絞り込めるはずだ!」

 

 指示を受け素早く行動を始める隊員たちを満足そうに眺めた隊長は、那月に改めて向かい合った。

 

「無駄足になってしまい、申し訳ありません」

「気にするな、こちらも仕事だ。

 さて、私と助手は待機に戻る。何かあれば通信機で呼べ。座標を言えば、そう待たせることなく向かってやろう」

 

 隊長と最低限のやり取りを終え、那月とアスタルテの姿が地下空間から掻き消える。その姿が完全に見えなくなるまで、隊長は敬礼で見送った。




 バビル2世 用語集

 用語

 第六感 だいろっかん
 バビル2世が持つ超能力の1つ。
 身に迫る危機を直感的に感知する能力。
 危険が迫ることだけをとらえる使い勝手の悪い能力なのだが、逃走中や潜伏中は危険を事前に感知できるため非常に有用な能力と化す。

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