バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 密かに目標にしていた3桁に到達できたのも、読んでくれている皆様のおかげです。
 これからも精進していきますので、宜しくお願い致します。


12話 狂乱の幕開け

 特区警備隊(アイランド・ガード)待機場に控えていた那月とアスタルテは、スワルニダ捜索隊からの救援要請を受けて現場に急行することになった。送られてきた座標に跳んだ那月が目にしたものは濃霧に覆いつくされた地下道と、地面に倒れ伏す大量の特区警備隊(アイランド・ガード)隊員だった。

 

「どういうことだ。救援要請からまだ30秒と経っていないぞ」

 

 魔術で調べたが、全隊員の命に別状はない。だが、彼らの体からは例外なく魔力が枯渇しきっていた。同時に軽視できない外傷を負った隊員も多く、このまま放置すれば命を落とす者も出てくるだろう。

 

「面倒な……アスタルテ、周囲の大気を調べろ。私はこの連中を病院まで跳ばす」

 

 那月が通信機で病院へ受け入れ要請の連絡を入れ始め、アスタルテは持ち込んだ機材から大気成分の検分機を取り出す。1人1人と倒れた隊員が消失する中アスタルテは機械の操作を続け、丁度那月が全員を跳ばし終わると同時にアスタルテの空気分析が完了した。

 

「まったく、隊員から魔力だけでなく精気まで抜き取るとはな。足止めに抜かり無しということか。

 アスタルテ、何かわかったか?」

「解析完了。この霧は大気の温度が急激に下がった結果発生した水蒸気の飽和が原因のものと、魔力伝導剤を気化し散布した人工的なものの混合物です。人体に有害な成分は含まれていません」

「なんだと?」

 

 アスタルテの持つモニターを那月が横から覗き込むが、表示された内容はアスタルテの報告と同一のものだ。

 

「散布された気化薬剤も気になるが、温度の急激な低下もただの自然現象ではなさそうだな」

「肯定。かつてサガリー・アンドレイドの生み出した機械人形(オートマタ)が、内部に埋め込まれた魔具を使用した際に同様の現象が発生したと、先日提供された資料に記載が確認されました」

「なるほど、大気の熱を取り込み魔具の稼働エネルギー源としているのか。魔具の種類によっては不可能ではないだろうが、よくもまあ面倒なことをしてくれる」

 

 那月が不愉快そうに鼻を鳴らすが、それも仕方がないことだろう。この濃霧により、地下道の見通しがほとんど効かなくなっているのだ。それがあくまでも魔具を稼働させるための副産物を利用しただけと言われれば、その程度で効果的な妨害を受けている身としては面白くない。

 

「実際にスワルニダにどのような魔具が搭載されているのかは不明。ですが、人工島管理公社が捉えた魔力の波動から〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟を使用した可能性が高いと推測されます」

「〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟……? 人形に人形を操らせていたというのか」

 

 〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟は、彫像に仮初の命を吹き込み意のままに操る物質操作系の魔術である。錬金術の物質変性等の要素を含むため難易度こそ高いものの、人形を稼働させるために大量の魔力が必要である上に、人形自体が複雑な命令を実行できないため主な運用法として物量による力押し程度しか挙げられない使い道のない術なのだ

 

「まったく、人形師とやらは噂通りの悪趣味だな。

 しかしだ……スワルニダはどこで肝心の傀儡(ゴーレム)を調達するつもりだ?」

 

 そう、たしかに特区警備隊(アイランド・ガード)たちから大量の魔力と精気を奪い取った今のスワルニダならばこの魔術も十分に扱えるだろうが、それをするだけの理由が見当たらない。さらに言えば〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟の魔術でで動かせる物体は、人間に近いシルエットの人工物だけという制限があるのだ。主である人形師を失った今のスワルニダに、そんな特異なものを都合よく調達する術があるとは思えない。

 そんな疑問を嘲笑うように、スワニルダの次の一手が那月を襲った。

 

「警告、前方より識別不能の移動体が接近中です。距離約400メートル。総数約80」

 

 報告と同時に、まるでマスゲームのような、規則正しい足音が聞こえてくる。地下通路を覆う濃霧にも、うっすらと大量の何かが蠢く影が映り込み始めていた。

 

「80体……だと? 馬鹿な、いったいどこでそれほどの傀儡(ゴーレム)を⁉」

 

 視界を埋め尽くすほどの傀儡(ゴーレム)の群れに、流石の那月も頬をゆがめた。主人を失い、孤立無援となったスワルニダが、いったいどうやってそれほどの大軍を用意したというのか。

 その疑問は、濃霧から傀儡(ゴーレム)の先陣がその姿を現したことで瞬時に氷解した。それと同時に、何故今まで逃走を成功させてきたスワルニダがこの地点で捕捉されたのかという答えにもなっていた。そう、彼女の本拠点こそがこの地下通路だったのだ。放棄できない理由があり、その準備が整ったからこそ、最後の補給として特区警備隊(アイランド・ガード)をおびき寄せ、彼らをエネルギー源として利用したのだ。

 

「そうだったのかスワニルダ……貴様の目的は……」

 

 那月の呟きは、濁流のように押し寄せた傀儡(ゴーレム)の足音に掻き消された。那月とアスタルテの小柄な体が傀儡(ゴーレム)の群れに飲み込まれる瞬間、その姿が揺らぐようにして消失する。単純な動作しかできない傀儡(ゴーレム)といえども、操っているスワルニダが何かを仕込んでいる可能性は十分にある。仕切り直しのため、那月は空間跳躍を使用し迅速にこの場を離脱したのだ。

 眼前の目標が消失したにもかかわらず、傀儡(ゴーレム)は一切更新速度を緩めなかった。彼らの進路上に偶然那月たちがいただけであり、攻撃できればする程度の指令しか受けていないのだ。それゆえに傀儡(ゴーレム)たちは、霧を纏った軍隊蟻のように目的地である水路の出口へと歩を進めていく。その出口から広がる、彼らの頭上に存在する大規模商業施設へ向けて。

 その施設は、リディアン絃神と呼ばれるショッピングモールだった。

 

 

 

 仮設ステージから離れた古城たちは、凪沙の先導で新装開店した衣料品店へと連れ込まれていた。最初は抵抗した古城も、先に諦めた浩一の取りなしで大人しく入店し凪沙と雪菜の服に評価を求められている。

 

「古城くん、これなんかどうかな?」

 

 試着用の更衣室で、新しい服を着た凪沙がファッションショーのようなポーズを取っている。活発な凪沙にデニムのショートパンツはよく似合ってはいるものの、古城のリアションはいまいち薄い。

 

「あー……いいんじゃないか? ちょっと短すぎる気もするけど」

「これくらいは普通だって。

 ていうか古城くん、さっきからそればっかりじゃん! ちゃんと意見言ってくれないとつまんないよ!」

「俺だけじゃなくて浩一さんにも聞けば良いだろうが」

「浩一さんはあくまでも見回りで来てるって言ってたじゃん。あんまりわがまま言ったら失礼でしょ?」

「お前そういうところはしっかりしてるよな。

 そもそも、なんでお前も服選んでるんだよ。姫柊の服を選びに来たんじゃなかったのか?」

「いいじゃんいいじゃん、せっかくの新装記念セールなんだから。

 雪菜ちゃん、試着終わった?」

 

 凪沙の問いに、試着室の中からか細い返事が聞こえる。慣れていない空間で、衣服を取り換えるという行為に雪菜は抵抗が大きかったのだ。あまりにも渋る雪菜に業を煮やした凪沙が、無理やり更衣室に雪菜を押し込み上着を剥ぎ取って着替えを促したのである。

 

「こ、こんな感じなんですが……どこかおかしいでしょうか?」

 

 恐る恐るといった様子で、雪菜が更衣室から顔を出した。凪沙の選んだ服のため、特におかしな点は見当たらない。

 なれない服を着た雪菜はどこか不安そうにしているのだが、そのしぐさは古城の視線を掴んで離さなかった。普段と違う服装に普段と違う雰囲気の雪菜は、古城にとって刺激が強すぎたのだ。

 

「ま、まあいいんじゃないか? 浩一さんもそう思うだろ?」

 

 ちょうど戻ってきた浩一に意見を投げ、古城は雪菜から視線を逸らす。

 

「へえ、随分と雰囲気が変わるね。凪沙ちゃんはいいセンスを持ってるみたいだ」

 

 さらりと褒められた雪菜は、照れくさそうにはにかんだ。同時にセンスを誉められた凪沙も、得意そうに笑っている。

 浩一を使って一時的に視線を切った古城は、ふと視界にバンド風の服を見つけた。

 

「なあ姫柊、こっちの服も似合うんじゃないか? ほら、そのギターケースにも合いそうだし」

「なるほど、確かに合いますね」

 

 古城の示したシャツを見て、雪菜は納得したように頷いた。黒地に赤のチェックは、たしかに雪菜が持ち歩くギターケースが持つ違和感を消してくれるだろう。

 しかし、マネキンが身に着けている服は明らかに雪菜が着るサイズよりも大きかった。買い物慣れしていない雪菜は、勇気を振り絞って店員へと話しかけた。

 

「あ、あの、この服のサイズ違いって、ありますか?」

「はい、ございますよ。すぐにご用意させていただきます」

 

 女性の店員はにこやかに対応し、素早く店のバックヤードへと消えていった。雪菜は胸をなでおろし、服を着替えるために更衣室へと戻っていく。

 そんな雪菜を見ていた男2人の袖を凪沙が引き、2人は何かあったのかと振り返る。

 

「ね、ねえ。この霧、何か変じゃない?」

「変って、まあたしかに昼間から霧ってのは珍しいけどな。太陽も照ってるのに」

「何か気になることでも?」

「はい、何かに見られてるような気がして……ひいっ!」

 

 突然悲鳴を上げた凪沙が、古城へと飛びつくようにして抱き着いた。

 

「な、凪沙? どうしたんだよ」

「い、今の見た⁉ 霧の中で、何か動いてた!」

 

 震える指で窓の外を指す凪沙が、古城の耳元で叫ぶように訴える。視線の先にあるのは、霧に包まれた立体駐車場だ。

 

「なんだ、いくら霧が濃いからって歩行者くらいいるだろ?」

「だからそういうのじゃないんだって! なんかのっぺりした女の人が、気持ち悪い動きで窓の外を動いてたんだよ! カサカサって!」

「窓の外って……ここ2階だぞ?」

「古城君、凪沙ちゃんが言っていることは本当だ。私もちょうど見ていたからね」

 

 真剣な声に古城が横を見ると、すでに浩一は臨戦態勢に入っていた。周囲を油断なく見渡し、いかなる襲撃でも即座に対応できるよう気配は張りつめている。

 そして凪沙と浩一の報告が見間違いではなかったことを証明するかのように、突然悲鳴が響き渡った。

 

「さっきの店員さんの声!」

「こっちだ!」

 

 古城が声の主を特定し、浩一が即座に声の方向へと駆け出す。先ほど店員が入っていった〝スタッフオンリー〟の看板を蹴り開け、浩一がバックヤードへ突入した。その間にも、何かが暴れる音は続いている。物が倒れ、防火扉が激しく叩かれる。

 浩一の目に飛び込んできたのは床に倒れた女性店員と、覆いかぶさように襲い掛かるマネキンだった。女性用にかたどられた彫像がまるで生きているかのように蠢き、女性店員を取り押さえんと襲撃を繰り返している。

 

「た、助けてください! お願いします!」

 

 飛び込んできた浩一を見た女性店員は、救いを求めるように手を伸ばした。目には涙がたまっており、恐怖で泣きわめいていないのは奇跡といっていい状態だ。

 

「そのまま動くな!」

 

 警告と共に裂帛の呼気が吐き出され、浩一の剛脚が一撃でマネキン人形を粉砕した。即座に残身を取る浩一を見て、緊張の糸が切れたのか女性店員は気絶する。

 

「浩一さん! って、なんだよこれ!」

 

 わずかに遅れて駆け込んできた古城が、粉砕されたマネキンと倒れた女性店員を見て驚愕する。だがその硬直は、直後に発せられた警告によって打ち破られることになる。

 

「古城君、上だ!」

 

 天井に潜んでいたマネキンが、古城めがけてとびかかったのだ。先に自らの下を通った浩一には反応すら示さない、悪意に満ちた奇襲を古城は転がるようにして回避した。

 

「危ねぇ!」

 

 とっさに床を転がり距離を取る古城。わずかに遅れて、古城が立っていた場所へマネキンが落下した。着地の衝撃で片腕は折れ、両足にはひびが入っている。

 

「なんだこれ、なんでマネキンが!?」

 

 混乱する古城の前で、更に混乱を助長する現象が発生した。折れた腕がまるで液体のようにその形を変え、鋭い槍と化したのだ。同様の現象は両足でも発生し、すでに傷1つ無い状態へ変化している。

 

「古城君、大丈夫⁉」

「凪沙、入ってくるな! っぶねえ!」

 

 マネキンは槍と化した腕を、古城めがけて突き出した。速度こそそれほどでもないものの、関節が人間とは違うために攻撃動作が予想しずらい。凪沙を制止した古城は念のため間合いを広く取り、そばにあったパイプ椅子でマネキンの胴を思いきり薙いだ。

 椅子もマネキンも、それほど強度があるわけではない。その一撃でマネキンの胴を破壊することには成功したものの、パイプ椅子は酷くひしゃげもう椅子としての機能は果たせないだろう。

 完全に動かなくなった2体のマネキンを放置し、浩一は倒れた女性店員を介抱しはじめた。それと同時に、雪菜がバックヤードへと跳び込んできた。

 

「先輩、無事ですか⁉ 凪沙ちゃんも、怪我はない⁉」

 

 雪菜はすでに剣巫としての顔になっており、一切の油断なく周囲を警戒している。女性店員を介抱していた浩一もそれは同じであり、衣服に隠された手足にはすでに武神具を装着している。

 

「外傷は無いが、異常に衰弱している。おそらくマネキンを通じて精気と魔力を吸い取られたんだ。触れられていたのが短期間だったからこの程度で済んでいるけれど、長期間だった場合適切な治療が遅れれば障害が残りかねないぞ。

 姫柊、君の視点からそこのマネキンを見て、何か思うことは?」

「……何の変哲もないマネキンです。一切の改造がないことから、このマネキンを操った術者はそう遠くないかと。

 この濃霧も無関係ではないでしょう。先ほど、この霧から魔力の流れを感知しました」

 

 雪菜の指摘で、古城は霧が濃くなってきていることに気が付いた。建物の外はすでに霧でほとんど視界が効かなくなっており、開けられた窓からは霧が室内へと絶え間なく流れ込んでくる。

 

「それを辿ることはできないかい?」

「すみません、すでに魔力が途切れてしまっているので……」

「そう上手くはいかないか」

 

 バックヤードから退室しつつ会議を進める獅子王機関の2人の横で、凪沙は恐怖に目を見開きながら古城へと縋り付いた。伸ばされた指先は、ショッピングモールのエスカレーターホールへと伸ばされている。

 

「こ、古城君、あれっ……!」

「どうした凪沙? あれ、は……!」

 

 様子がおかしい兄弟の声に、2人の攻魔官も視線を凪沙の指先へと向けた。

 そしてあまりの光景に目を見開いた。

 そこには、四つん這い壁に張り付くマネキン人形が群れを成していた。1体や2体という話ではない、霧で狭まった視界内だけでも軽く百を超える数が確認できた。

 マネキンの大半は、購買意欲をそそるようにコーディネートされた流行の服を身に纏っている。ショッピングモールで展示されていたものがそのまま動き出したのだろうが、服装と行動のギャップが恐怖感をあおる効果的な演出となってしまっている。

 

「冗談、だろ……?」

 

 かすれた古城の声を合図にしたかのように、マネキン人形たちが一斉に行動を開始した。霧から現れたマネキンに襲われた買い物客が悲鳴を上げ、その悲鳴でマネキンに気が付いた人がまた悲鳴を上げる。連鎖する悲鳴がパニックを引き起こすまで、そう時間はかからない。

 広がっていく混乱を、古城たちはただ見ていることしかできなかった。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 種族・分類

 傀儡創造 メイク・ゴーレム
 読んで字のごとく、傀儡を操る魔術。
 錬金術の一系統に分類される魔術なのだが、人形を創造して操るのではなくあらかじめ用意された人型の物体を操る少々回りくどい魔術。
 大量の魔力が必要な割には操られた人形の強度が増すわけでも複雑な命令を理解できるわけでもなく簡単な自立行動しかできないため、大量に揃えた人形を一気に操る物量戦が基本となるあまり活用法がない術である。
 ただし、本文で使われたような無差別攻撃や拠点への飽和攻撃には一定の効果を発揮する。
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