バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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13話 蹂躙する人形群

 ガラスの割れる音で、古城は我に返った。音のほうを見れば、ショーウィンドウを粉砕し店内に侵入してきたマネキン人形の群れと、先制して1体のマネキンを蹴り飛ばす浩一の姿があった。

 

「さすがに多いな。姫柊、古城君、凪沙ちゃん、引くぞ!」

 

 1対1ならば浩一の相手にはならないマネキンも、群れとなれば浩一だけで押しとどめることは不可能だ。真っ先に突っ込んできた数体を処理した時点で、浩一は戦線を離脱し撤退を促した。店内で買い物を楽しんでいた人々も、濃霧の中から出現したマネキンがトルソーを押し倒しながら迫る光景を見て逃げ出している。

 

「なんなんだよこいつら、なんでマネキンが勝手に動くんだ⁉」

 

 パニックで踏み折られたハンガーラックの支柱を拾いながら、古城はやけくそ気味に叫ぶ。鉄製の支柱は武器としては頼りないが、牽制程度には十分役立つだろうとの判断だ。

 

「落ち着いてください先輩。恐らくですが〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟の魔術だと考えられます。人型の彫像に仮初の生命を与え、意のままに操る術式です。先ほどから微量の魔力が感じられるので、この霧が魔術の伝達媒介になっているんでしょう」

 

 そんな古城に近づき、雪菜が小声で話しかけた。会話内容を聞かれないように、凪沙のそばに浩一がつき意識を逸らしている。

 

「そういえば、さっき浩一さんとそんなこと言ってたな。でも、その魔術ってマネキンにも有効なのか?」」

「あくまでも人型の彫像に影響する魔術ですので、理論上は十分可能です。ですが、これだけの数の傀儡(ゴーレム)を同時に操ることは、人間の魔術師では不可能です。膨大な情報フィードバックに、脳や神経が耐え切れませんから。」

「人間じゃないって……じゃあ一体何がこの騒動を?」

「それもわかりませんが、目的はおそらく……」

 

 雪菜の言葉を遮るように、凪沙が悲鳴を上げた。濃霧の中から現れたマネキンが、凪沙へと襲い掛かったのだ。すぐに浩一が反応しマネキンを粉砕するが、突然の恐怖に腰が抜けたのか凪沙は床に座り込み動けない。

 

「すまない凪沙ちゃん、反応が遅れてしまった」

「い、いえ。守ってもらってるからってちょっと油断しちゃいました……ひっ!」

 

 浩一の気遣いに笑顔で返す凪沙だったが、続いて霧の中から現れた影を見て再び悲鳴を上げた。2メートル近い巨躯に加え、頭部には角が生えている。

 

「マネキンが見えて助けに来たが、そこのお嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

 

 獣化している獣人を見た凪沙は、恐怖のあまり声が出せずに震えている。暁凪沙は、過去のトラウマが原因で魔族恐怖症を患っているのだ。たとえ自分たちを心配して駆けつけてくれた獣人が相手でも、潜在意識下に刻み込まれた恐怖はそう簡単に拭えるものではない。

 

「……あんた、獣人か」

 

 震える妹とそれを介抱する浩一の代わりに、古城が聞いた。鷹揚に頷く男の様子から、凪沙の態度は気にしていないようだ。今震えている原因が自分ではなく、突如マネキンに襲われかけたことだと勘違いしているのだろう。

 

「この非常事態だからな。自己防衛のために獣化してもさすがにお咎めなしだろ」

「ああ、ありがとう」

「結局何もできてないんだから、礼なんかよしてくれ。しかしその兄ちゃん強いんだな」

 

 感謝の意を伝えられた獣人は、豪快に笑った。獣人は粗暴な正確をした者が多いが、それと同じくらい情に厚く面倒見がいい者も存在する。眼前の獣人は後者のようで、気分よく笑いながらマネキンを粉砕した浩一を褒めている。

 口ぶりからして、獣人の男は正式な市民権を持つ絃神島の住民なのだろう。古城たちと同様、買い物客としてリディアン絃神を訪れた結果この騒動に巻き込まれたようだ。悪意がないことを証明するかのように、男は右腕に取り付けた金属の腕輪……魔族登録証を腕ごと持ち上げ古城たちに見せた。魔力を感知した登録証は警告音を発し、赤いランプが点灯している。

 この絃神島は〝魔族特区〟として開発され多くの魔族が生活しているが、だからといって魔族が市街地で許可なく種族特有の特殊能力を使うことは禁止されている。男が取り外した魔族登録証も、能力を扱う際の魔力を感知しそれを通報するための装置なのだ。とはいえ、今は非常事態でありこの男性も自己防衛だけではなく周囲の市民を助けようとしていたことから能力の違法使用を咎められる心配はまずないだろう。国家攻魔官である浩一の証言もあるので、うまくいけば特区警備隊(アイランド・ガード)から感謝状の1つも出るかもしれない。

 いつどこから襲われるかわからない今の状況で屈強な肉体を持つ獣人がいるのは非常に頼もしいと、古城は僅かに安堵の息をつく。

 

「凪沙ちゃん、立てる?」

「うん……なんとかね。ありがとう」

 

 へたり込んでいた凪沙も、雪菜の手を借りてどうにか立ち上がった。その様子を確認し、古城は浩一と共に改めて周囲を警戒する。

 だが、今の環境ではその警戒もたやすいものではない。視界内の霧は徐々に濃くなってきており、視覚情報だけでなく音をくぐもらせ聴覚情報にまで影響が出はじめている。いくら古城が吸血鬼として鋭敏な五感を備えているが、逆に言えばその五感以外に一切の作的手段を持っていない。魔術や霊視を利用して広範囲を一度に索敵できる浩一や雪菜と比べれば、どうしても探知範囲が狭くなってしまうことは避けられない。しかもその狭い探知範囲内ですら、すでに多くのマネキンが蠢いているのだ。さらに悪いことに、マネキンの総量が徐々にとはいえ確実に増加している。

 その様子は、古城を超える五感を持つ獣人の男性も理解していたようだ。

 

「どうなってるんだよ、おい! マネキンどもの数がどんどん増えてるじゃねーか!」

「騒いでも仕方ないぞ。とにかく、店を出て少しでも霧の薄いほうへ移動する――なにっ⁉」

「どうし――うおっ⁉」

「浩一さん、おっさん⁉」

 

 行動方針を話し合っていた浩一と獣人の男性めがけ、濃霧から湧き出すようにマネキンの大軍が押し寄せた。10体以上の群れの接近に浩一も獣人の男性もすでに気が付いていたようで、視界に入ったときにはすでに迎撃態勢に入っていた。だが、来ることがわかることとそれに対処できることは違う。2人とも先頭のマネキンこそ排除に成功したものの、その後の立ち回りははっきりと明暗が分かれてしまった。

 浩一は多くの戦場で経験を積み重ね、敵の増援が不意に襲撃してきた際の対処法を自分の中で定型化している。彼我の戦力差に驕らず、瞬時に自分に近いマネキンのみを排除し即座に距離を取ることで数の圧殺を防いだ。いかな大群とはいえ、単体の強さからして端から徐々に削っていけば倒せない相手ではない。

 しかし、獣人の男性は自らの肉体を過信しその場に留まってしまった。剛腕を振るい接近するマネキンを容赦なく粉砕するが、一度に破壊できる数には当然限りがる。1体が破壊されればその隙間に2体が、腕を振るう間に足にマネキンがまとわりつき、それを振りほどくために上半身がおろそかになりその隙を突いてさらに大木のマネキンが押し寄せる。これが普通の生物であれば、破壊される仲間の姿から怯み獣人の男性だけで群れを押しとどめることができたかもしれない。だが、相手は感情も思考能力も持たない操り人形だ。恐怖を持たない存在相手に、自らを誇示する戦いは致命的に向いていなかったのである。

 とはいえ、戦闘経験もあまり持っていない一般市民にその判断を求めることは酷だろう。結果として獣人の男性は6体ものマネキン人形の群れに纏わりつかれ、身動きが取れなくなってしまう。

 古城は咄嗟に手に持つハンガーラックの支柱でマネキンを殴ろうとするが、それよりも先に古城の横を小柄な影が走り抜けた。

 

(ゆらぎ)よ!」

 

 雪菜が打撃に纏わせて獣人の男性へと叩き込んだ呪力は屈強な肉体を素通りし、その背中に取り付いていたマネキンを一瞬で爆砕した。古城もその動きと同時に利き腕らしき右腕に取り付いていたマネキンをハンガーラックの支柱で貫き無力化する。さらに、自分に向かってきていたマネキンをすべて排除した浩一が足を掴んでいたマネキンを踏みつぶし、自由になった体で獣人の男性は残ったマネキンを振り払った。

 すぐそばにいた凪沙には、浩一たちの援護を受けた獣人が自力でマネキンを振り払ったように見えたはずだ。兄の意外な行動に驚くかもしれないが、まさか友人の雪菜が呪力を扱ったとは思いもしないだろう。

 

「やら……れたぜ……くそっ!」

 

 息を切らせながら、獣人の男性が立ち上がる。まとわりつかれた時間が短かったためにそれほど多くの精気魔力をマネキンに吸われてはいないようだが、今までのように動くことは難しいだろう。

 そしてこの男性を救うために、古城たちは凪沙から目を離してしまった。まるでその隙を狙っていたかのようなタイミングで、新たなマネキンの一団が店内へと雪崩れ込んできてしまった。

 

「こ、古城君、雪菜ちゃん、浩一さん!」

「な、凪沙!」

「凪沙ちゃん!」

 

 マネキンの群れによって、古城たちと凪沙は分断されてしまう。マネキンの群れに押しつぶされかけた凪沙を救ったのは、残された力を振り絞った獣人の男性だった。文字通り獣のような動きで迫るマネキンを蹴散らし、凪沙が逃げる道を切り開いてくれたのだ。

 

「逃げろ凪沙! 俺たちもすぐに追いかけるから!」

「わ、わかった! 絶対に追いかけてきてね!」

 

 恐怖に戸惑う凪沙は、兄の声に背を押されるようにして走り出した。屋上へと逃げる買い物客の流れに乗ったところで、涙をこぼしそうになっていた顔が驚きに染まる。

 

「こ、浩一さん! どうやって――?」

「ちょっと無理にあの人形を突破してきたんだ。凪沙ちゃんを守ってくれと頼まれてね。

 さすがに2人を守りながら突破はできなかった。ごめんね」

「え、いえいえ! こちらこそ、古城君の無理なお願いを聞いてくれて……いえ、心配して無理してくれて、ありがとうございます」

「生徒を守るのも学校勤務者の仕事だよ。さて、早く屋上へ向かおう」

 

 浩一に促され、凪沙はしっかりとした足取りで屋上へと向かった。

 彼女が霧を見通す目を持っていたのなら気が付いただろう、いまだ古城の近くで戦う浩一の姿があったことを。そしてこの浩一が、柱の陰の床から滲み出るようにして出現した黒い不定形の存在が、その姿をかたどった偽物だということを。

 山野浩一……バビル2世のしもべであるロデムの変身は、そう簡単に見破れるものではないのだ。

 

 

 

 護衛であるロデムに思念波で凪沙を守るよう指示を出した浩一は、霧の先で凪沙と合流した自らの後姿を見た。しもべの行動を見届けた浩一は、眼前の敵に意識を戻す。彼が僅かに見せた隙を運良く突いたマネキンだったが、回し蹴りの直撃を受け四肢をばらけさせながら吹き飛ぶ。浩一の視界の端では、背中のギターケースから全金属性の槍を引き抜いた雪菜が獅子奮迅の活躍をしていた。

 雪菜が持つ七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)雪霞狼(せっかろう)〟は獅子王機関の秘奥兵器と称される破魔の槍だ。刻まれた神格振動波駆動術式(DOE)は、あらゆる結界を切り裂き呪力の類を無効化する。〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟によって操られているに過ぎないマネキン人形は、僅かに傷をつけられただけで無力化されるのだ。

 だが、次々と押し寄せるマネキン人形の対処には限界がある。いかに必殺の槍を振るおうと、いかに浩一が一撃でマネキンを砕こうと、すぐにそれを超える数のマネキンが押し寄せてくるのだ。

 

「なんなんだこいつら、いったい何が目的で!」

 

 雪菜と浩一の防衛圏をすり抜けたマネキンをハンガーラックの支柱で打ち砕きながら、古城は吐き捨てるように疑問を口にした。今の一撃で支柱が使い物にならなくなったいら立ちも原因の1つだろう。

 

「確実に数が増えている。このままだとじり貧だ」

 

 浩一には、店を取り囲むようなマネキンの群れが補足できている。しかも、その総量は今もなお増え続けている。まるで吸い寄せられるように、次から次へとマネキンは店へと群がり続けているのだ。

 

「やはり、この人形の狙いは先輩のようですね」

「お、俺か⁉」

 

 古城が思わず間抜けな声を出すほど、雪菜の予想は意外なものだった。うろたえる古城をたしなめるように、雪菜は予想の根拠を説明する。

 

「屋内で襲撃することによって先輩の眷獣を封じ、大量の人形を使って数で圧殺するつもりなんでしょう。

 この〝傀儡創造(メイク・ゴーレム)〟を使った襲撃者の目的は、先輩――第四真祖が持つ無限ともいえる〝負の生命力〟なんでしょう。触れることで魔力と精気を奪いとる術式は、おそらくそのために植え付けられたのだと思います」

 

 雪菜の推測に、古城もこの襲撃が自分を狙ったものだと納得せざるを得なかった。

 

「なんにせよ、このままじゃきりがない! 姫柊、浩一さん、とにかく外に出よう!」

「はい!」

「ならこっちだ、霧も人形も少ない!」

 

 襲撃理由に目安がついても、今この場を切り抜けるためには何の役にも立たない。マネキンがまばらになった隙を突き、3人は店外へと離脱した。

 飛び出した先は、高架状の連絡通路だった。複数のモールを連結する足場の上で、周囲を警戒しながら一行は息を整える。いかにマネキンがたやすく倒せる相手であろうとも、倒すために動き続ければ相応の体力を消費する。

 

「ここは、随分と霧が薄いな」

「おそらく、外から流れ込む空気が多いからだろうね。本来であれば発生した霧が空気と共に入ってくるから、ここの霧はもっと濃いはずだ。たぶん、霧の発生源はもう施設の中に移動しているんだろう。

 わかっていたことだけど、この霧が自然のものでないと確信が得られたよ」

 

 次の戦いに備え僅かでも呼吸を整えながら、精神安定のために古城と浩一は軽い雑談を交える。そうしながらも周囲の警戒は怠っていなかったことは、次の瞬間証明された。

 

「上か!」

 

 3人の視線が、一斉に施設のガラス天井へと向けられる。殺意に似た鋭い視線を辿った元には、1人の美しい少女が立っていた。ガラスの天井を足場に、上下逆さまになりながらも何事もないように。

 その芸術品とも呼べる外見に、獅子王機関の2人は見覚えがあった。厳密には古城も見ているのだが、その時の記憶は抜け落ちているのだ。

 

「スワルニダ……!」

 

 雪菜が呟くようにその名を呼び、その声が聞こえたのか、純白の髪を持つ改造改造人工生命体(ホムンクルス)の少女は裂けるような笑みを浮かべた。

 見えない糸を操るようなしぐさで、スワルニダが両腕を動かす。直後、濃霧から湧き出るように大量のマネキン人形が古城たちめがけれ降りそそいだ。

 

「あれは……」

 

 古城は、落下するマネキン人形の四肢が液体のようにその形を変える瞬間を目にしていた。人間そっくりだったはずの指や足は、鋭い刺となりその切っ先を古城へと向けている。

 そしてその形状変化に気を取られた古城は、回避行動が間に合わなかった。

 

「やっべ……」

「先輩⁉」

「古城君!」

 

 刺と化したマネキンの腕が服に引っ掛かり、古城は大きく体制を崩す。そんな古城を狙い、さらに多くのマネキンが宙から落下し始めた。

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 濁流のようなマネキンの群れに押し流され、古城は通路から押し出された。手を伸ばす雪菜ととっさにこちらへ向けて跳び込んだ浩一を見ながら、古城は浮遊感と共に地面へと落下していく。

 なすすべがない一行を、スワルニダは感情のない瞳でただ見つめ続けていた。

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