バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 いよいよ明日、ストライク・ザ・ブラッド最終巻の発売日となりました。
 物語が終わってしまう悲しみと、無事に完結してくれる喜びで複雑な心境ですが、今は発売をただ待ちたいと思います。
 できるならば、番外編やAPPENDといった形で古城君たちの物語を読み続けたいものです。


15話 人形が得た〝永遠〟

 啖呵を切ってスワルニダに立ちはだかったタルタルーガ君……の着ぐるみを纏った古城だったが、内部では非常に苦しい思いをしていた。

 

「くそっ、この着ぐるみ動きずらすぎるぞ!」

 

 背後から突き刺さる視線を感じながら、汗だくでマネキンを叩き続ける古城。その苦労を、外部からうかがうことはできない。

 視界が狭まり、動きを制限されて戦う古城は、当然ながら隙が大きくなる。その隙を埋めるのは、タルタルーガ君の相棒たるマスクドバニー……の衣装を纏った雪菜だ。

 

「危ないですよ、先……タルタルーガ君!」

 

 美しい槍捌きで、その制空権に入ったマネキンはほぼ例外なく一瞬で切り裂かれる。

 だが、そんな雪菜も動きに精彩を欠いていた。普段と比べ大幅に露出度が上がる衣装を身に纏い、胸や太ももといったきわどい部分に強い視線を感じ続けながら戦わねばならないのだ。いくら顔が隠れているとはいえ、真っ当な羞恥心を持った年頃の女の子にとって、気恥ずかしさを覚えるなというのは酷だろう。

 そして雪菜の羞恥心から生まれる隙を潰す者こそ、キャプテン・ジョーンズ……の格好をした浩一だ。

 

「仕方がないとはいえ、周囲への注意が足りない。落第ものだぞ?」

 

 キメラのマスクに海賊服を着ただけの浩一は、現状最も普段のコンディションと近い状態で戦える人間だ。これは浩一がましな衣装を無理やり奪ったわけではない。妹を心配するあまり、一番近くにあった着ぐるみを着て飛び出した浩一と、焦って追いかけるために近くの衣装を着た雪菜の次に変装道具を探したのだが、体形に合う衣装はこれしかなかったのだ。

 バビル2世の能力として骨格と筋肉を変動させ体形をまるで変える手段はあるが、あまり元の体形からかけ離れた外見になれば、古城と雪菜に怪しまれる。

 

「おい、タルタルーガ君が助けてくれたぞ!」

「本物……?」

「さっきのショーに出てたキャラだよね?」

 

 特撮のキャラクターが突然自分たちを助けてくれたという異常事態に驚いた人々から、パニックが抜け落ちていく。

 だが、屋上の一角では別の熱狂が渦巻いていた。

 

「なんだあの槍、新しい装備(おもちゃ)か⁉」

「事前情報無しだぞ!」

「キャプテン・ジョーンズってもっと粗暴じゃなかったか?」

「あの錨も初めて見るぞ!」

「槍共々、いつ発売なんだ⁉」

 

 特撮マニアの熱心な会話を後目に、スワルニダが古城を見据えた。魔力を感知する彼女にとって、着ぐるみやコスプレ程度個人特定には何の障害にもならない。

 

「質問――なぜ私の邪魔をするのですか?

 私の目的は〝永遠〟を手に入れることのみ。人形師様(マイスター)から与えられた存在意義を達成することこそ、私の使命。貴方は私ではなく試験体(アスタルテ)に〝永遠〟を与えた。人形師様(マイスター)の最高傑作たる私ではなく、あの出来損ないの試験体に。

 私はその間違いを正そうとしているだけです。それを何故妨害し続けるのですか?」

 

 本来改造人工生命体(ホムンクルス)として希薄なはずの感情が、スワルニダの絵を震わせる。その声音から透けて見える感情は、底知れない嫉妬と憎悪だ。古城がアスタルテを助けるために霊的な繋がりを作らなければ、アンドレイドはわざわざ〝永遠〟の手がかりとして古城やアスタルテに気が付くことはなかっただろう。そしてあの屋上で古城と闘わなければ、スワルニダが醜く焼け爛れアンドレイドから見限られることはなかった。そうすれば、最高傑作の称号を未完成のホムンクルスに奪われることはなかった。

 思考は高速演算装置の補助を受けた脳内を廻り続け、底知れなくおぞましいほどの執着となってスワルニダの心を汚染していた。今の彼女にとって、すでに失った存在意義を満たす以外にその感情から逃れる方法がないのだ。自分でも制御できなくなった感情の津波に流されたスワルニダの言い分は、対峙する古城の逆鱗に触れた。

 

「おい、いつアスタルテが〝永遠〟なんてものを望んだよ。あいつは俺に逃げろって言ったんだぞ? この人工の島を沈める道具として使われながら、それでも目の前の人を救おうと命令に背いてまで逃げろって言ったんだ。

 自分の目的のために、大勢の人間を傷つけるお前とは大本からして違うんだよ!」

「理解不能。感情により正常な判断が下せていない可能性大。私は正常に作動しています。間違っているのはあなたたちであり、私は間違いを修正するために行動しています」

 

 着ぐるみのボイスチェンジャー越しに古城の声を聴いても、スワルニダの行動原理には響かない。すでに会話すら惜しいと考えているのか、スワルニダの全身から銃口が浮き上がった。魔術的に圧縮された体内に保存していた銃器が、一斉に古城へと狙いを定める。

 

「そうかよ、だったら力づくで止めてやる! 悪く思うなよ、スワルニダ!」

 

 一斉に打ち放たれた銃弾が、古城の放つ雷撃でその尽くが迎撃された。日頃の制御訓練の成果もあり、主な余波はすべて空へと打ち出され屋上に被害は出ていない。

 結果として背後にいた買い物客も守った形となった古城だったが、それを見る周囲の人々は戸惑いの表情を浮かべていた。特に、子供たちは不安そうな表情を隠そうともしない。

 わずかな思案の後、古城は理由に気が付いた。今の古城はタルタルーガ君の着ぐるみで行動しているにもかかわらず、口調は別人そのものなのだ。大人たちは異常な戦闘力を持ったコスプレ集団として警戒しているのだが、子供たちはタルタルーガ君の偽物ではないのかと疑っているのだろう。

 

「わ、悪く思うなタル! ぶっ壊させてもらうタル! ここから先はボクの正義(ケンカ)タル……!」

 

 このキャラに詳しいわけではない古城は、横目で見たショーの記憶からなんとか口調を再現した。実行している本人からして全く自信がない物まねだったが、なんとか彼の努力は報われる。

 瞳を輝かせた子供たちが、一斉に歓声を上げたのだ。その興奮は徐々に大人へと伝播していき、やがて屋上全体を揺るがす大声援へと変わる。

 その異様な雰囲気の中でも、スワルニダは思考を鈍らせない。彼女の左腕から鋼鉄の糸が伸び、歓声を上げる買い物客へと延びる。このまま無関係の人間が引き寄せられれば、古城は攻撃手段を大幅に阻害されることになる。ある程度制御ができるようになったとはいえ、吸血鬼の眷獣というものは精密攻撃への適性は全くと言っていいほど無いのだ。しかも、古城が宿すのは天災にも匹敵する破壊力を宿す第四真祖の眷獣だ。制御を間違えれば、人質は消し炭と化してしまうだろう。

 だがそれも、この場にスワルニダの行動を止める者がいなければの話だ。

 

「いいえタルタルーガ君! わたしたちの正義(ケンカ)です!」

 

 やけくそ気味に槍を振り回し、雪菜はスワルニダの鋼糸をすべて切り落とす。彼女が持つ卓越した槍捌きと、剣巫として身に着けた疑似的な未来視があって初めて成り立つ驚異的な技巧だ。その美しくも可憐なアクションに、特撮マニアの歓声が一段と大きくなった。子供たちの興奮も最高潮だ。

 そして古城と雪菜を押さえつけようと迫るマネキンの大軍は、浩一が操る錨と鎖でそのすべてが打ち据えられ砕かれていく。

 

「甘い。その程度の動きで近づけるとでも思ったか」

 

 派手な台詞や動作がないだけに、その技量は圧巻の一言だ。浩一本人はほとんど移動していないにもかかわらず、手に持つ鎖は生きているような動きでマネキンの行動を阻害し、先端の錨は容赦なくマネキンを粉砕する。

 背後を守る浩一へ向けて雪菜は軽く頭を下げ、槍の穂先をスワルニダへと向けた。

 

「行きますよ、タルタルーガ君!」

 

 雪菜が操る銀の槍は、一呼吸のうちに数閃の銀光を生み出した。スワルニダが再び伸ばした鋼糸は切り裂かれ、おまけとばかりに古城へと近づいていたマネキンが切り裂かれその動きを止める。

 

「演算完了、執行せよ(エクスキュート)――」

 

 しかし、雪菜が古城の前に出たわずかな時間を使ってスワルニダの一手は打たれていた。霧を魔力が伝達し、いまだ動き続けるマネキンへと術式を伝播させていく。

 効果は劇的だった。マネキン同士が身を寄せ合い、その姿が溶けるように一体化していく。百を超えるマネキンは、融合を繰り返し巨大な彫像へとその姿を変貌させた。

 通常の攻魔師であれば、抵抗すら難しい難敵となっていただろう。だが、今スワルニダの眼前にいるのは着ぐるみに身を隠した世界最強の第四真祖と呼ばれる存在だ。古城の体が着ぐるみごと雷光に包まれ、膨大な魔力が異界からの召喚獣の肉体を形作る。

 

「〝焔光の夜伯(カレイドブラッド)〟の血脈を継ぎし者、暁……いや、精霊タルタルーガが、汝の枷を解き放つ――!」

 

 召喚の妨害をしようと、巨大な傀儡の群れが古城へと手を伸ばす。大きさは5メートルを超え、四肢は鋭利な刺と硬度の高い装甲で覆われている。一撃でも受ければ、人間程度たやすく行動不能に、悪ければ即死しかねないほどのダメージを与えることができるだろう。

 だが、古城は一切の動揺を見せない。恐れる必要がないものを相手に、心を乱すものはそういないだろう。まるで砲身のように両腕を傀儡の群れへと突き出し、蓄えられた破壊の塊を開放した。

 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟――!」

 

 どれだけ傀儡が巨大になろうとも、元はマネキンでありスワルニダは素材を変換できるほど高度な錬金術を操ることができない。たとえマネキンが何百体集まろうとも、天災に匹敵するといわれている第四真祖の眷獣の相手になるはずがなかった。

 魔力を元に顕現した体長10メートルを超える雷の獅子が、主の命に従い巨大樹脂人形の群れを一瞬で粉砕する。大きさが幸いし、屋上の床への被害はほとんど出ていない。だが、周辺の電子機器への影響は計り知れないだろう。こればかりはコラテラルダメージとして諦めてもらうしかない。

 雷光の切れ目からスワルニダの様子を窺った古城は、驚愕に目を見開いた。手駒のほとんどを破壊され、絶対的に不利であるはずのスワルニダが笑っているのだ。次いで光り輝く砲塔が自らを狙っていることにも気が付く。

 スワルニダが吸収したのは、犠牲者の魔力と精力だ。魔力の大半は、今の巨大人形作成に消費したとみてまず間違いないだろう。だが、残りの精力は一体どこへ行ったのか。その答えが、スワルニダの左腕から延びる砲塔だ。

 本来エネルギー不足で十分な威力を発揮できていなかったサントスの光学兵器へと、スワルニダは奪い取った精力のほとんどを注ぎ込んだのだ。今やその砲塔は完全な威力を発揮するだけのエネルギーの供給を受けている。一撃で戦車すら爆散させる光線を乱射されれば、大惨事が発生するだろう。

 雪菜が未来観でそれに気が付くも、距離的にも相性的にもその行動を防ぐことができない。古城の今扱える眷獣でも、数発は防ぐことができても乱射を止めることはできない。

 そしてまさに惨劇の引き金が引かれかけた瞬間、砲塔はスワルニダの左腕ごと飛来した錨に叩き潰された。

 

「その武装を撃たせるわけにはいかない。回収させてもらうぞ、スワルニダ」

 

 錨は器用に砲塔をひっかけ、宙を飛んで浩一の手に回収された。注ぎ込まれたエネルギーが霧散し、まばゆく輝いていた砲塔はその源を失い沈黙している。観客から悲鳴が上がるが、浩一は一切意に介さなかった。彼の目的の1つは、この砲塔の技術回収だ。絶好の機会があった以上、周囲の人間への配慮からその機会を失うわけにはいかない。

 

「――ッ!」

 

 逆転の一手を潰されたスワルニダが、怒りの表情と共にその全身から射撃武器を展開し浩一めがけて一斉掃射するも、無言で展開された結界にその全てが弾き返された。

 

「もうやめろスワルニダ!」

 

 怒り狂う殺人人形に古城は懸命に呼びかけるも、スワルニダは一切の反応を返さない。これ以上はスワルニダを破壊するしかなくなってしまうため、古城はどうしても最後の一手を繰り出すことができない。

 

命令拒否(デイナイ)……命令拒否(デイナイ)命令拒否(デイナイ)命令拒否(デイナイ)!」

 

 自らの呪いともいえる激しい感情に支配されたスワルニダは、古城の言葉に一切の反応を返そうとしない。怒りのままに重火器を撃ち放ち浩一と古城の足止めをしつつ、残された魔力で最後の魔術を撃ち放とうと術式展開を始めた。魔力が枯渇し始めているスワルニダにとっては、文字通り命を削るほどの負担が襲い掛かっている。だが、それに見合うだけの規模と破壊を生み出す術式であると、魔術知識を持つものにならばすぐにわかるほどの大規模魔術が展開されようとしていた。

 そして、そのような危険な魔術の行使を黙ってい見てる雪菜ではない。

 

「――獅子の巫女たる高神の剣巫(けんなぎ)が願い奉る」

 

 銀の槍を握りしめた雪菜が、舞うような動きでスワルニダ目掛けて走り出した。美しい動きで間合いを詰める雪菜を、槍が発する輝きが引き立てるように照らし出す。〝雪霞狼〟に刻印された、神格振動波の輝きだ。

 いかなる大魔術であろうとも、高度な結界術であろうとも、その輝きの前では魔の力は尽くが打ち消されその力を失うのだ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 射撃と魔術行使のために全演算力を使用していたスワルニダは、閃光と共に放たれた一撃を避けることができなかった。

 槍が胸元に突き立った瞬間、スワルニダが練っていた禍々しい魔力は瞬時に霧散した。同時に体内の圧縮空間に異常が発生したのか、銃撃も突如止む。

 すべての動きを止めたスワルニダは、まるでただの人形のようにも見えた。鑑賞され愛でられる、美しい人形のように。

 

「起動コアに深刻な損傷が発生。制御不能。全武装起動不可、及び魔力精力共に枯渇……戦闘続行不可能。人形師様(マイスター)、指示を……人形師様(マイスター)……」

 

 瞳を見開き、うわごとのように呟きながらスワルニダはゆっくりと体を傾ける。その先に床は無く、数秒もすれば重力にひかれて地面に落下するだろう。

 その体を抱きとめたのは、古城だった。どこか迷子になった幼子のようなスワルニダを、彼は放っておけなかったのだ。着ぐるみ越しに顔を見つめるスワルニダへ、古城は優しく囁いた。

 

「もういいんだ、スワルニダ。もう戦う必要なんてないし、無理に動くこともない。このまま眠ってろ、永遠にな」

「永、え、ん……」

 

 古城の言葉を耳にしたスワルニダが、安らかな笑顔を表情を浮かべた。迷い子が無事家に着いたような、苦難の先に目標を達成したような、複雑ながらも安堵に満ちた笑顔だ。

 

命令受諾(アクセプト)……」

 

 呟くように古城の言葉を受け入れたスワルニダは、最後の力で古城の頬に顔を寄せた。すでに摩耗しきった生命力を振り絞り、ほんの僅かな魔術を行使する。

 

「なっ⁉」

 

 スワルニダの唇がタルタルーガ君の着ぐるみをすり抜け、古城の頬に軽く触れた。驚く古城の腕の中で、スワルニダの駆動音が徐々に小さくなっていく。

 最後の行動を終えたスワルニダは、誰もが見惚れるほどの美しさでその時を止めた。狂い果たすまで焦がれ追い求めた〝永遠〟を、自らを抱きとめた男の腕の中で手に入れたのだ。




 バビル2世 用語集

 用語

 変身能力 へんしんのうりょく
 バビル2世が持つ超能力の1つ。
 自らの筋肉や骨格、関節を自由自在に操り、外見を完全に別の人間へと変化させる能力。
 原作では小柄で小太りの男から、背の高い痩せ型の男まであらゆる人間に変装しており、外見から見破った存在はいないほどに高い擬態性能を誇る。
 弱点は服装までは変えられないため適当な相手から奪い取る必要があることと、内蔵疾患の跡などまでは再現できないのでレントゲンなどで体内をスキャンされるとごまかせない点が挙げられる。
 現に、ヨミは部下に化けたバビル2世を、肺疾患の治療痕がないという理由で偽物だと見破った。
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