バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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16話 広がる波紋

 リディアン絃神で発生したマネキン暴走事件から一夜明けた月曜日、古城と雪菜は通学用のモノレールに揺られていた。

 

「昨日はひどい目にあったぜ」

「そうですね。さすがに、私も疲れました」

 

 並んで吊革につかまる2人の顔には、はっきりと疲労の色が浮かんでいる。古城は窓の外の流れる景色を死んだ目で見つめ、雪菜はそんな古城を見ても苦笑するだけだ。

 

「あれだけの規模の事件で、死者が出なかったのは幸いでしたね。かなりの数の魔族が抵抗していたようですし、魔族特区だからこそこの程度の被害で済んだと聞きました」

「スワルニダを何とか止めたと思ったら、ガキどもが一斉にまとわりついてきたからな。戦うよりもきつかったぜあれ。逃げ切れなかったらとか考えるとゾッとする」

「私は、握手やサインを求めてくる男の人たちの集団に追い回されて大変でした」

「浩一さんは敵役だったからか、あんまり人に群がられてなかったな」

「それでもやりにくそうにしてましたし、私たちの脱出を助けてもらえて本当にありがたかったです」

 

 自嘲混じりに言い合い、2人は仲良く肩を落とす。自分も敵役の服を選べばよかったと、いまさらながらの後悔だ。

 そう、特撮番組のコスプレでスワルニダの凶行を食い止めた古城たちの真の苦労は、人々を救った後にやってきた。離脱のタイミングを見誤った一行は、命の恩人として屋上の買い物客たちに取り囲まれてしまったのだ。

 命の危機というある種究極の抑圧状態から解放されたとあって、群衆は思考のブレーキが緩みきっていた。度を越えたスキンシップに、着ぐるみを脱がされかけたことも仮面を奪われかけたことも一度や二度ではない。身体能力と呪術、そして容赦のない戦闘で怯えられていた浩一の助力もあり、辛くも特区警備隊(アイランド・ガード)が到着する寸前に現場を脱出できたのだ。

 ギリギリの脱出劇を思い出しながら古城が視線を上に向けると、車内モニターで放映されているニュース番組が目に入った。丁度事件を特集しているらしく、製作者殺しの人形としてスワルニダの顔写真が映されている。やけど跡も魔術で変形した跡もない、造られたままの美しい外見だ。

 

「〝永遠〟に美しいままに、か……これも、ある意味永遠ってことで納得してくれるかな」

 

 口の中で言葉を転がしながら、古城は自分の中でくすぶる感情を見ないよう努めた。

 事件が終わり、機能を停止したスワルニダを思い出すたびに古城は考えてしまうのだ。もう少し自分がうまくやれば、アスタルテのようにスワルニダを救うことができたのではないかと。与えられた存在理由を、一方的な理由で奪い取られてスワルニダは狂ってしまったのだ。彼女も人形師の犠牲者の一人といえるだろう。

 話を聞く限り、古城が手を出せない領域でスワルニダは外道へと突き落とされた。それを助けられたと考えるのは傲慢だが、世界最強と呼ばれる力を持ってしまっている以上、もしかしたらを考えてしまうのは仕方がないことだろう。

 

「先輩?」

 

 沈んだ表情で俯く古城を、雪菜が不思議そうにのぞき込んだ。

 

「ああ、何でもない。そういえば、那月ちゃんがスワルニダを回収してたけど……」

「南宮先生は良識のあるかたですから、きちんと埋葬してくれたはずです。浩一さんも一緒でしたからね」

 

 変装を解いて凪沙と合流した古城たちの目の前で、国家攻魔官としての権力を使い那月はスワルニダの遺体を回収したのだ。

 ふと、古城の脳裏にスワルニダが行った最後の行動がフラッシュバックした。着ぐるみをすり抜けて頬に触れた唇の感触を思い出し、思わず古城の手が頬に伸びる。

 その動きを見逃す雪菜ではなかった。

 

「先輩、そういえば最後にスワルニダを抱きしめたときのお話なんですが」

 

 雪菜の放った一言に、古城の体をすさまじい悪寒がはしった。冷や汗が噴き出し、服の下をゆっくりと流れ落ちていく。

 

「えと、姫柊、さん?」

「どうしました、先輩。まだ何も言っていないのに、何かやましいことでもあるんですか?」

 

 雪菜は笑っているが、古城は気がついた。目が、まったく笑っていない。

 

「距離が近かったとはいえ、スワルニダが最後に取った行動は霧で見えにくかったんです。なので、何があったのか教えていただけると、監視役として助かるんです」

「あの、えーとですね……」

「どうしたんですか? 何か、話したくないことでも、あったんですか?」

 

 笑顔のはずの雪菜から、信じられない重圧が発せられていく。もともとあまり人が乗っていない車内で、雪菜を中心にぽっかりと人の空白が生まれるほどだ。

 

「いや、べつに隠したいことがあるわけじゃない!

 ……うん?」

 

 必死に弁解する古城だったが、雪菜の肩越しに見えた光景に眉を顰める。

 

「先輩……ごまかすにしてももう少し別の方法にしてください」

「いや、別にごまかそうってわけじゃない。

 ちょっと見てみろよ。窓の外」

 

 訝しげに振り向く雪菜だったが、古城の指し示す光景を見て驚きに目を見開いた。

 普段利用している彩海学園最寄りのモノレール駅が、異様に込み合っているのだ。

 

「なんかイベントでもあったのか?」

「そういった話を聞いた覚えは無いのですが……」

 

 人ごみに首をかしげながら、古城と雪菜はモノレールから降車し改札へ向かう。どうやら、改札外の道が混んでいるために人の流れがせき止められているようだ。その人ごみの中で、古城は聞き覚えのある声に呼び止められる。

 

「古城君! 雪菜ちゃんも!」

 

 2人を見つけ嬉しそうに駆け寄ってくるのは、先にチア部の練習に向かったはずの凪沙だった。

 

「凪沙、なんでこんなことにいるんだ? 朝練はどうした?」

「それどころじゃないんだよ! 今あっちのモニタで昨日の事件の特集組んでるんだよ。ほら、早く!」

 

 妙に元気な凪沙に手を引かれ、古城と雪菜は人ごみをかき分けながら駅に備え付けられた巨大モニターの前へと進む。

 凪沙の言うとおり、モニターでは真面目そうなキャスターが機能発生した人形暴走事件を解説していた。確かにキャッチーな話題であり、足を止めて見る人が多いことも頷ける。

 

『――しかし驚きましたね。凶悪な立てこもり事件を解決したのは、特撮ヒーローに身を扮した謎の美少女というのですから。

 帯電現象でほとんどの記録機器が破損する中、稀少な記録映像を事件に巻き込まれた方から提供していただけましたので、ご覧ください』

 

 女性キャスターの合図とともに、映像が切り替わった。濃い霧の中、小柄な少女がマネキン人形を相手に戦闘を繰り広げている。露出度の高いコスプレ衣装を身に纏い手にした銀の槍で襲い来るマネキン人形を次々と切り捨てる姿は、古城のよく知る人物にとても良く似ていた。

 

「……なあ姫柊、あれってお前……だよな」

 

 古城が囁くが、雪菜はあまりの衝撃に言葉を失っている。

 そんな雪菜を後目に、ニュースは続いていく。

 

『いやあ、特撮でもなかなか見られないような見事な動きです。現実世界で颯爽と民衆を救った勇敢なヒロイン、しかもかわいらしい衣装に身を包んだ謎の美少女ということもあり、こちらの動画は昨晩だけでも百万回以上の再生がされたとのことです』

 

 キャスターの台詞に、雪菜が急激に顔を赤くしていく。

 攻魔師としての訓練を受けた雪菜は、特撮の殺陣に見劣りしない素晴らしい動きでマネキンを薙ぎ払っている。非現実的なその光景を、カメラはしっかりととらえ続けていた。

 カメラの焦点が、胸や尻や太腿を重点的に合わせているのは、古城の気のせいだけではないだろう。

 

「あれだけ動いてるのに手振れも無しかよ。すげえな特撮マニア」

「な、なんでいつまでも見てるんですか⁉」

 

 涙目の雪菜が古城を睨みつけるが、マスクドバニーの活躍に注目しているのは古城だけではない。モニターを見て足を止める人が増え続けているため、駅周辺の混雑は増す一方となっている。

 街頭カメラでその情報を掴んだのか、ニュースは動画を繰り返し流すことにしたようだ。雪菜の戦闘シーン右下にワイプでニューススタジオが映され、何事もないかのようにキャスターの会話は続いていく。

 

『こちらの魔法少女の正体について、番組は情報を募集しています。何かご存じの方は、ぜひ弊社までご連絡ください。有力な情報に対しては、最大百万円の謝礼をお支払いします』

 

 淡々と告げられた内容に、古城は目を剥いた。

 

「ひゃ、百万円……」

 

 思わず息を呑み、隣の雪菜を見てしまったことを責めることはできない。

 

「い、いやああああああああ!」

 

 古城の視線の先で、雪菜がうずくまって絶叫した。突然の悲鳴に周囲の人々が何事かと視線を向けるが、それを気にする余裕もないのだろう。

 画面の中の凛々しい姿とは対照的な雪菜の悲鳴は、よく晴れた絃神島の空へと吸い込まれていった。

 

 

 

 古城たちがいた駅前とは対照的な、日の光が一切入らない室内。室内灯で煌々と照らされた空間で、2人の人影が巨大な機械を見つめていた。一昔前の特撮に出てくるような、壁を埋め尽くす解析機だ。だがその中身は最新鋭のコンピューターすらをも上回る、事実上地上で最も優れたコンピューター群となっている。

 

「おいバビル2世、まだ解析は終わらんのか?」

 

 フリルまみれのゴシックドレスを着た美少女、南宮那月が不機嫌そうに隣に立つ人影へと話しかけた。諜報の心配がない部屋での発言らしく、遠慮なく浩一ではなくバビル2世と呼んでいる。取り繕う必要がないためか、その声にはどこか気安い響きが含まれていた。

 

「完全に未知のものを調べるんですから、ある程度の時間は覚悟してくれと伝えたでしょう。

 ぼくも利用する装置ですから、心配はありませんよ」

 

 詰め襟の学生服に似た戦闘服を身にまとう青年、バビル2世は苦笑いで応えた。この質問が投げかけられるのもこれで3度目なのだ。いくら装置の出すであろう結果が重要なものだとはいえ、普段傲岸不遜な態度を取る那月にはらしくない様子だ。

 その理由に心当たりがあるバビル2世は、僅かに口角を上げる。

 

「そう心配しなくても、そう長くかかりませんよ」

「別に心配などしていない!」

 

 むきになったように那月が言い返したところで、2人の正面にあるハッチが動いた。その裏に収まっていたカメラのシャッターのような覆いが開き、透明なカプセルがせり出す。カプセルの中には、青い髪を持つ完璧な左右対称の顔をした少女が目をつぶって横たわっていた。

 カプセルがひとりでに開封され、少女は目を開けて起き上がる。

 

「アスタルテ、体調に異変は無いか?」

「快調である、と回答します。心配していただき、感謝します。教官」

 

 無表情でお辞儀をするアスタルテに、那月は鼻を鳴らす。

 

「メイドが動けなくなるといろいろと不便だからな。

 で、バビル2世。本命の情報をまだ聞いていないぞ」

 

 純粋な好意を向けてくるアスタルテから目をそらし、那月はバビル2世をせかした。

 

「あまり良い解析結果とは言えませんね。

 ……アスタルテはぼくの血に適応しました。血の濃度からそこまで強力な能力は発揮できないでしょうが、今後血が体に馴染めば侮れない力を発揮する可能性は十分にあります」

 

 手元の端末を見るバビル2世の表情は、苦悩に歪んでいた。命を助けるため自らの血をアスタルテに注射したのだが、その結果がこれだ。彼女がバビル2世の力を得たと知られた場合、全世界のあらゆる勢力がアスタルテを手に入れようと躍起になるだろう。

 アスタルテの後見人である那月がいくら大きな影響力を持っていようとも、所詮は個人の影響力だ。当然影響力を持たない組織も多く、特に聖域条約非加盟国が本気になった場合、彼女だけではアスタルテを守りきれない可能性が高い。

 

「万が一にも発覚しないよう、厳重注意が必要だな。

 まったく、次から次へとよくもまあトラブルが舞い込んでくるものだ」

 

 那月は不機嫌そうに吐き捨てるが、愚痴の1つも言いたくなるだろう。世界に蔓延る有象無象が短慮な行動で自らの身内へと手を伸ばすという事実に、彼女は耐え難い苛立ちを覚えている。

 

「……で、今後どうするつもりだ。まさか血液中からお前の因子のみを抜き出そうとでも?」

「残念ながら、一度覚醒してしまった以上それを行っても力は消えません。そもそも、全身の血液に溶け込んだ因子を抜き出すのは、今の医学では不可能ですしね」

「この場所ならば、できてもおかしくないといっているのだ」

「さて、どうでしょうね」

 

 自らが作ってしまった空気を壊すための那月の発言に、バビル2世はありがたく乗ることにした。どこか張り詰めた空気は弛緩し、僅かな沈黙が場を満たす。

 話を再開しようとした2人の目の前に、紅茶の入ったカップが差し出された。

 

「管理者から保存場所を教えていただきました。

 どうぞ」

「ありがとうアスタルテ。いただこう」

「ふん、中々に腕を上げたな」

 

 アスタルテの気遣いを受け取り、2人の会話は再開される。

 

「で、これからどうする。一切の能力を使わせないよう、私のほうでも気を付けるか?」

「それはありがたいですが、ぼくとしてはきちんと能力を扱えるよう訓練するべきかと」

 

 バビル2世の発言に、那月の眉間に皺が寄る。

 

「何を言っているバビル2世。これから隠そうという能力を、どこでどう訓練するつもりだ?

 第一だ……あの島に監視装置がないうえに、お前の能力と同質のものを訓練できるなどという都合のいい施設があるとでも?」

「私の伝手で、特区警備隊(アイランド・ガード)の訓練施設を利用しますよ。記録装置は止められますし、万が一を考えコンピューターとロデムとぼくの3人がかりで事前に調べれば防諜も問題ないでしょう」

「だから、何故訓練するという話になっているのだ。秘匿するならば、そもそも訓練などする必要はないだろう」

 

 苛立つ那月は、アスタルテの出した紅茶を一気に飲み干した。すぐさま空になったカップにおかわりが注がれる。

 

「訓練は、いざという時の暴発を防ぐためです。

 たしかに、使い方がわからなければ能力の発現はまずしないでしょう。ですが、もしも暴発した場合それを止められないということにつながります。

 ぼくの能力のデメリットを知るあなたなら、その危険性がわかるはずです」

「むぅ……たしかに、危険は大きいか……」

 

 那月が目に見えて勢いを失った。バビル2世の能力は、濫用すると体力の低下を招く。疲れる、などという生ぬるいものではなく、立っていることすら難しいほどに力が抜けていくのだ。そのようなすさまじい脱力を受けて、脆弱な人工生命体(ホムンクルス)が無事でいられるのか。

 

「なるほどな、理解した。くれぐれもばれないよう慎重に行え。

 私も、できる範囲でならば協力しよう」

「ではさっそく。帰り次第特区警備隊(アイランド・ガード)の訓練施設を一室押さえます。口添えと訓練の立ち合いを。

 教員として、人に教える立場である南宮攻魔官がいたほうが安心ですから」

「そういうことなら協力しよう。私の助手に変な癖をつけられてもつまらんからな。

 ということだアスタルテ。多少厳しい訓練にはなると思うが、自分のためにも努力しろ」

命令受諾(アクセプト)

 

 アスタルテの返事に、那月とバビル2世は僅かな感情の揺れを感じ取った。この人工生命体(ホムンクルス)の少女は、確実に情緒を成長させている。その変化に、保護者代わりの2人は思わず笑みをこぼす。

 

「では行きましょうか。来る時とあまり変わらない時間で帰れそうです」

「帰りはまたロプロスの口の中か。ここの座標さえわかれば、もう少し苦労は減るのだがな?」

 

 先ほどの微笑が嘘のように、那月が露骨に嫌そうな表情を浮かべた。病院を嫌がる子供のような国家攻魔官の態度に、バビル2世はため息をつく。

 

「いくら元教え子であり現相棒の貴女でも流石にそれは教えられませんし、知っても無駄だと説明したでしょう。

 そもそも、知ったところでここに来るような事件が頻発したら困るでしょう?」

「そうは言うがな……あの砂嵐の中、この服装でロプロスの口まで歩くのが問題なんだ。フリルに砂が絡んで手入れの手間が馬鹿にならない。

 あの砂嵐は人工的に引き起こしているんだろう、私たちが乗るまで止めるくらいできないのか?」

「防衛の要の一角を、そんな理由で止められません。アスタルテを見習って、諦めてください」

 

 ふとバビル2世の横に視線を向ければ、何でもないような様子でアスタルテが待機していた。取り付く島もないバビル2世の返答に加え、被保護者の急かすような視線を受けて那月はがっくりと肩を落とす。

 今那月がいる部屋は、砂の嵐に隠された塔の中枢近くなのだ。那月が知らない事実として、結界と磁場の乱れにより魔術などを利用した直接侵入は不可能となっている。

 鉄壁という表現ですら表せない驚異の防衛力を持つこの塔は、名をバベルの塔といった。




 次回から錬金術師の帰還編となりますが、プロットが未完成のため投稿が遅れる可能性があります。ご了承ください。



 バビル2世 用語集

 用語

 バベルの塔
 砂嵐が吹き続ける砂漠に存在する、バビル2世の拠点。
 一年中吹き続ける人工砂嵐をはじめとした多数の防衛装置に守られ、中枢には世界最高のコンピューター群が収められている。
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