バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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 2020/3/10 用語集追加


5話 保健室での遭遇

 学園全体に広がる破壊痕から中心地点を浩一が割り出したのとほとんど同時に、遥か上空に待機しているロプロスからの通信が入った。耳につけた無線機を操作し、ロプロスの情報を受け取った浩一の顔が一瞬で表情を無くす。動きを止めることなく、ロプロスからの情報を元に破壊の中心点であった屋上に向かうと、そこではすでに人払いの結界が貼られていた。

 浩一が結界内に足を踏み入れると、そこには何故か正座した古城と紗矢華が並んでいた。2人の前には仁王立ちする雪菜の姿がある。背後になるため表情を伺うことはできないが、槍を持ち怒りのオーラを撒き散らしているのだから、おおよそ察しはつくだろう。

 どこか間の抜けた空気に、浩一から怒りが抜けていく。しかし気を取り直し、即座に表情を切り替えた。

 

「姫柊、状況の説明を」

 

 不意にかかった声に対し、雪菜が振り向いて槍を構えるが、すぐさま戦闘態勢を解いた。怒りの表情を消し、獅子王機関の剣巫に相応しい表情を浮かべている。

 

「はい。剣巫姫柊雪菜、報告します」

 

 引き締まった表情で話を聞く浩一だったが、あまりの内容に頭を抱えたくなった。敵対状態ではない魔族、それも第四真祖に攻撃を仕掛け、負傷させたことにより眷獣の暴走を誘発した結果がこの惨状だ。しかも、暴走時に付近の学生一人が巻き込まれている。

 

「獅子王機関舞威媛、煌坂紗矢華だな。獅子王機関客員先達たる山野浩一が命じる。状況の釈明をせよ。十分な釈明が得られない場合、相応の処罰があることを覚悟せよ」

 

 先程雪菜が発していた怒気など及びもつかない重圧が、浩一から発せられた。紗矢華と雪菜の事情は把握しているものの、今回の被害はそれで帳消しにできる範囲を遥かに超えている。巻き込まれた生徒が人の形を保っているのも偶然が重なった結果に過ぎない。それがわかっているからこそ、この場の誰も声を挙げられなかった。

 古城は重圧の中雪菜の言っていた意味を改めて理解した。先達、ただの教導ではないある種の精鋭として、客員にもかかわらず選ばれた意味を。

 

「姫柊、あの生徒を保健室へ。僕も同行する。

 煌坂はこの場で待機しろ。屋上の修復及び隠蔽工作はこちらが受け持つので必要ない」

「では、先輩と紗矢華さんは〝雪霞狼〟をお願いします。くれぐれも変に移動して騒ぎにならないでくださいね?」

 

 雪菜は小言と共に格納状態の〝雪霞狼〟を紗矢華へ手渡す。収納用のギターケースを置いてきてしまったようで、流石にこれを剥き出しのまま校内は歩けないだろう。そのまま倒れていた生徒――古城にナラクヴェーラの情報収集を頼まれ、共に行動していた藍羽浅葱――を抱え、浩一と共に屋上から立ち去った。

 少しすると古城の耳に聞きなれた妹の声が響き、すぐに再びの沈黙が訪れた。

 

「なあ、なんで俺まで屋上で待機なんだ?」

 

 日差しの強い絃神島の日差しは本日も絶好調であり、吸血鬼である古城には些か辛いものがある。現在意気消沈の紗矢華が反応してくれるはずもなく、古城は黙って体を日にあぶられ続けた。

 

 

 

 浅葱を保健室に運ぶ途中、突然いなくなった雪菜を探していた凪沙と合流した浩一たちは、保健室で何故かエプロンドレスのままであるアスタルテに遭遇していた。困惑する一同をよそに、元は医療メーカーに製造されたアスタルテは、植えつけられた知識を活用した診断を終えていた。

 

診察を終了しました(メディカルチェック・コンプリート)。衝撃波、及び急激な気圧変動にさらされたことによる軽いショック症状と推定されます。後遺症の心配はありませんが、本日中の安静を推奨します」

 

 無感情な声で告げられる診断内容に、保健室内の空気が和らいだ。雪菜の強張った頬にも血の気が戻り、ホッと安堵の息を吐いている。

 その背に半分隠れて凪沙があたふたと慌てていた。

 

「ゆ、雪菜ちゃん雪菜ちゃん。メイドさんだよメイドさん。本物のメイドさんて初めて見たよ。なんで保健室にいるのかな。白衣の新型モデルなの? それともそういうサービスなのかな? あんまり驚いてないみたいだけど、雪菜ちゃんの知り合いなの?」

 

 興奮してまくし立てる凪沙と、それに圧倒される雪菜。視線で助けを求められた浩一は、苦笑しながら救いの手を差し伸べた。

 

「彼女は南宮教官が個人的に雇っているメイドです。少し落ち着いた方がいいですよ」

「山野用務員の言うとおりだ。暁凪沙」

 

 浩一の話に反応したかのようなタイミングで、那月が保健室へ入ってきた。凪沙は目を丸くし、行儀よく一礼した。

 

「南宮先生、いつもお兄ちゃんがお世話になってます! その服可愛いですね!」

「ふむ、お前は兄と違って礼儀をわきまえているな」

 

 こころなしか嬉しそうな那月の声。普段ふてぶてしく唯我独尊の攻魔官である彼女も、服を褒められると嬉しいようだ。

 

「で、このありさまはお前たちの管理不行き届きということであっているか?」

 

 ベッドで眠る浅葱を一瞥し、笑顔のまま獅子王機関の2人に対して詰問が始まった。

 

「はい、すみません」

「警戒を厳にするべきでした」

 

 2人は何の言い訳もせず、黙って頭を下げた。那月はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「なら後始末は任せるぞ。本来であれば私があのアホを直々にしばくところだが、急の用事ができたのでな」

「……黒死皇派のアジトが判明したんですか?」

 

 何の話かわかっていない凪沙を雪菜に任せ、浩一は那月と話を進める。

 

「ああ、建設途中の増設人工島(サブフロート)に潜んでいたらしい。私がいない間、学園の方を頼んだぞ」

「わかりました。大丈夫だとは思いますが、気をつけてください」

「アスタルテは置いていく。看護なら十分に役立つだろう」

 

 話が終わると、那月はすぐに保健室を出ていった。一応雪菜と情報の共有をし、一同が人心地ついたところで不意に浅葱が目を覚ました。

 

「あれ……保健室?」

 

 頭を押さえながら起きあがる浅葱を、浩一が制した。

 

「まちなさい、頭を打ったかもしれないのだから起き上がらない方がいい。アスタルテ、念のため診断を」

命令受諾(アクセプト)

 

 アスタルテの簡単な診察で問題なしと診断された浅葱は、慌てる凪沙の襲撃を受けた。

 

「大丈夫浅葱ちゃん! あたしのことわかる? この指何本に見える? 痛いところはない? 意識ははっきりしてる?」

「お、起き抜けにその質問攻めは厳しいわね。ちょっと落ち着いて」

 

 表情を引きつらせた浅葱が凪沙を引きはがし、軽く深呼吸をして頭をリフレッシュする。

 

「大丈夫かい? 屋上の配管が破裂して、近くにいた君が倒れたと聞いている」

「え、えーと……最近赴任した用務員の山野浩一さん?

 そういえば、なんか耳がキーンってなったような」

 

 不快な耳鳴りを思い出したのか、浅葱の眉間に皺が寄る。反射的に謝りかけた雪菜は、浩一に制された。

 

「けっこうな衝撃だったみたいで、学校の硝子はほとんど割れてしまったよ。屋上はもっと酷くて当面の間立ち入り禁止だ。近距離にいたのにほとんど無傷で済んだ君は運がよかったね」

 

 浩一の説明を聞いていた浅葱は少しぼんやりと考えこんだ後、保健室を見渡した。

 

「あれ、古城は?」

「どうかしたのかい?」

「えっと、気絶する前に屋上で古城……知り合いの男子生徒を見た気がして。傍に剣を持った怪しい女が居たような……」

 

 浩一は天を仰ぎたくなった。一般人に〝六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)〟を見られ、その後記憶処理を行っていないとは予想していなかったのだ。時間が経つほど記憶処理は難しく、違和感を覚えやすくなる。どうしたものかと悩んでいる間に、浅葱と雪菜との間で会話が進行していく。

 

「姫柊さんだっけ。前から気になってたんだけどさ、あなた古城とどういう関係なわけ? いつも2人でこそこそしてるけど、なにを知ってるの?」

「それは……すみません、私が答えるのは少し……」

「そう、じゃあいいわ。古城に直接聞くから」

 

 起き上がろうとする浅葱に、それを止めようとする雪菜。2人を落ち着かせるために間に入ろうとした浩一を、アスタルテが止めた。

 

「アスタルテ、何か?」

警告(ウォーニン)。校内に侵入者を感知しました」

 

 小声で浩一にだけ伝える判断は、おそらく那月から言い含められていたのだろう。それを聞く浩一は、表情を用務員から攻魔官のそれへと既に切り替えている。

 

「総数は3名。速度から、未登録魔族だと推定されます。予想目的地は現在地、彩海学園保健室です」

 

浩一は即座に判断を下した。

 

「姫柊、現在地点へ未登録魔族が向かっている。今すぐ暁凪沙を連れて屋上へ退避しろ! 不用意に動かせない藍羽浅葱は私とアスタルテが担当する!」

「え、あ、わかりました!」

 

 普段とは違う声音から冗談ごとではないと判断し、雪菜は状況が呑み込めていない凪沙をひっぱり保健室から脱出した。アスタルテは浅葱を抱え、入口から最も遠いベッドへ移動させる。浩一は、自らの聴力で侵入者との距離を正確に測っていた。今はバビル2世では無く山野浩一として活動しているため、過適応能力者(ハイパーアダプター)としての力は使えない。同じ空間にいるのが正体を知っているアスタルテだけならば問題は無かったが、何も知らない藍羽浅葱がいるのだ。先達を任されるまでに練り上げた、体術のみを使って場を乗り切るしかない。

 浩一の考えがまとまったとほぼ同時に、保健室の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは、戦闘態勢に体を変化させた黒い獣人である。

 

「獣人か」

 

 獣人は浩一の呟きを無視し、浅葱をその目に捉えると笑みを深めた。発達した犬歯が強調され、まるで獲物を前にした獣のようである。いや、首から上は獣そのものではあるのだが。

 

「見つけたか、グリゴーレ」

 

 もう1人の獣人を引きつれ、初老の男性が保健室に入ってきた。人間形態のままにも拘らず、凄まじい重圧感を放つ初老の男性だ。

 

「見つけましたよ少佐。人形と人間がいましたが、話では人間の少女と聞いているんでね。奥のベッドの上にいるのがターゲットでしょう」

 

 初老の男性は表情を和らげた。余計な手間が省けたと言わんばかりだ。

 

「これは都合がいい。最初からわかっているならば、人質と区別して運べるな。

ああ、人形とそこの男性は抵抗しないで頂けるとありがたい。ついてきてはいただくが、そこの女帝が抵抗をしなければ手荒な真似はしないと誓おう」

 

 何も安心できない台詞とともに、3人の獣人が距離を詰める。浩一は対抗しようとするが、それよりも先にアスタルテが行動した。

 

「人工生命保護条例・特例第二項に基づき自衛権を発動。実行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の(ロドダク)――」

 

 自身の使命である生徒の保護を目的とし、身に宿す眷獣を開放しようとするも、初老の獣人に染みついた反射行動の方がさらに早かった。一切の意志を介さぬ動きで拳銃を抜き放ち、瞬きの間に6発の弾丸をアスタルテの身体に撃ち込んだのだ。

 

「アスタルテ!」

 

 浩一の絶叫に、獣人たちは煩わしげに顔をしかめる。

 

「少佐殿?」

「この人形から妙な魔力の流れを感じたのでな。護身具でも埋め込んでいたのか?」

 

 訝しげに会話を交わす獣人達と、突然の凶行に言葉も出ない浅葱。その両方を無視して、浩一は身を震わせる。

 もしも銃弾が浩一に向けて撃たれたのであれば反応ができただろう。殺気が込められていれば、アスタルテを突き飛ばすなりで対処ができた。初老の獣人が身につけた、本人ですら撃ってから気が付くほどの本能的行動だったからこそ、獣人たちはこの場におけるトップクラスの障害を排除することに成功した。

 

「貴様ら、人を撃っておいて言う事はそれだけか?」

 

 しかし同時に、この世界で有数の障害を本気にさせてしまった。

 浩一、バビル2世の脳裏に1つの光景がフラッシュバックする。自分が某国の特殊機関から101と呼ばれていた時期、潜伏していたアパートで隣だった、彼になついていたというだけの理由で1人の少女が命を散らした。人形に仕込まれた爆薬で跡形もなく吹き飛んだはずの少女と、血みどろで倒れるアスタルテの姿が彼の脳内で重なり、当時の怒りを噴出させたのだ。

 

人工生命体(ホムンクルス)を人形呼ばわりし、あげくためらいなく撃つとは……」

 

 怒りに身を震わせる浩一に、グリゴーレと呼ばれた獣人が近づいた。元々黒死皇派は差別的な獣人優位主義者達であり、たかが人間が怒った程度で獣人を相手にどうこうできるとは思いもしないのである。

 今回は、その思い上がりが運命を決定した。

 

「このくず野郎!」

 

 怒りのあまり浩一の顔を維持すらしなくなったバビル2世の鉄拳が、油断しきっていたグリゴーレの腹部を捉えた。何の抵抗も無く食らった獣人は紙切れのように吹き飛び、保健室の扉を突き破って廊下の壁に叩きつけられる。

 

「その腕力、赤い髪、光る瞳……さては貴様、バビル2世!」

 

 初老の獣人がいち早くバビル2世の正体に行き付き、瞬時に戦闘形態に入る。同時にもう1人の獣人も戦闘形態に身を変え、相手の出方を伺い始めた。

 殺気と闘気がぶつかり合い、バビル2世の怒りで暴走しかけている念動力(テレキネシス)が保健室を軋ませはじめた。

 

「貴様らが何者かは後で聞こう。無事にこの学園から出られると思うなよ」

 

 宣言と同時に、空のベッドが弾かれたように浮き上がった。勢いのまま獣人達を押し潰さんと迫るが、殴られた衝撃から回復したグリゴーレが力任せに粉砕する。

 

「よくもやってくれたな、過適応能力者(ハイパーアダプター)ふぜいが!」

 

 怒りに燃えるグリゴーレの叫びが、保健室に轟いた。

 

「ふぜいか。どの程度の力か、改めて思い知れ!」

 

 負けじとバビル2世の怒号が響く。

 その光景を余さずに見る浅葱は、ただベッドの上で震える事しかできなかった。




 ストライク・ザ・ブラッド 用語集

 人物

 暁凪沙 あかつき-なぎさ
 暁古城の妹。
 気に入った相手には過度なまでに距離の近い話し方をし、マシンガントークで相手を困惑させることが多い。
 治療のために魔族特区で生活しているが、魔族恐怖症であり近距離で魔族を認識すると恐慌状態に陥る。

 グリゴーレ
 黒死皇派の副官的立ち位置にいる獣人。
 地位にふさわしくよく訓練された戦士だが、獣人優位の思想から相手を見下す傾向があり、結果的に隙を突かれることがある。

 種族・分類

 六式重装降魔弓 デア・フライシュッツ
 煌坂紗矢華の主武装である、煌華麟の正式名称。
 扱いが難しかったため、正式生産は見送られた不運な兵器だが、使いこなせる者が持った場合恐ろしい制圧兵器と化す。

 バビル2世 用語集

 人物

 101
 某国の諜報機関がバビル2世に与えた、彼を指し示す識別コード。
 バビル2世の血を輸血すると対象の治癒力が上がるのだが、一定量を超えて輸血した場合バビル2世と同質の能力が発現する。これを知った諜報機関がバビル2世を騙して超能力工作員を量産するも、バビル2世がそのたくらみを知り逃亡、全工作員を抹殺した。

 少女
 本名はキャシー。
 上記の逃亡中、潜伏したバビル2世のアパートが隣だったためバビル2世になついた少女。
 バビル2世をおびき出すために誘拐され、お気に入りの人形に爆弾を仕込まれる。
 引き渡しの際にバビル2世は爆弾に気がつき取り上げようとするも、事実を知らないキャシーは抵抗し、起動した爆弾によって死亡する。
 高威力のためか遺体すら残さず爆死したキャシーを見たバビル2世は珍しく怒りを露わにし、隠れて観察していた工作員は恐怖のあまり逃亡、後に仲間からも裏切られバビル2世の手により抹殺された。
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